選ばれた七名
戦災孤児・フィオンが悪名高き「リジアの楽園」入牢して約二ヶ月。過酷な使役と度重なる苛めによって苦痛はピークに達しつつあった。
「一同、よく聞けっ」
衛兵の声は今日も高らか。
昼休憩を返上し中央広場に集められた囚人たちを前に、獄卒マブラスが声を上げた。
「冥鉱石の採掘量がひどく落ち込んでおる」
一人ひとりを睨みつけながら。
「公国にとって採掘量の安定は急務。そこでもう一つ鉱穴を掘ることにした。北側にはまだ採掘の余地がある」
どよめきが沸き起こる。
「マジかよ、新規に穴掘りなんて…キツいな」
「北って言うと、さらに固い岩盤じゃねえか」
「そんな仕事食らったら半年もたずに死んじまう」
一喝するようにマブラスが大きな声を張り上げた。
「明日から取り掛かる。各舎房は五名以上、この名誉ある任務に就く人材を差し出せ。以上」
「どうせ俺が選ばれるんだろうな…」
ため息をついたのはコボルト。フィオンが尋ねる。
「さっきの、新規の穴掘り話ですか? コルさん、自分が選ばれるって思うんです?」
「選ぶのは舎房筆頭だぞ、ウチじゃガルスだ。嫌ってるヤツを選ぶに決まってるだろ、そんなキツい仕事」
「そうか。だからコルさんは選ばれる、ってわけだ」
「バカ、俺だけじゃねえよ。お前も選ばれるぞ、間違いなく」
コルボトの予想は的中した。ガルスが指名したのは七名。
「おお、凄いですねコルさん。全員を言い当てた」
驚いた顔のフィオンに、呆れ顔のコルボト。
「つくづく能天気な野郎だな、お前さん。見ろよ、ベルシールにトナッラ、キラエフとゾーフォ、んでお前。グリーブ以来ガルスに立てついてる面子だ。お前とつるんでる俺とダンマリも仲間だと思われちまったようだ…とんだ迷惑だっての」
「ご、ごめんなさい」
「ほんといい迷惑だ…だが仕方ねえ、お前と俺は新入り仲間だ。まあ仲良くやろうじゃねえの」
「仲間…ですね」
翌日から新しい仕事が早速始まった。
「思った以上にキツいぞ、こりゃ」
分厚く硬い岩盤は多少のことではびくともしない。精一杯ツルハシで叩いてもわずかに欠けるだけで、いつになったら鉱脈に辿り着くやら。
衛兵たちのムチは容赦なく飛び交い、あちこちから悲鳴が聞こえてくる。
「これじゃ、いくら掘っても…」
ちょっと地面に穴を開けたと思っても、すぐに吹き荒れる砂塵が埋めてしまう。
「水、水…」
すでに初日から倒れる者も少なくない。砂漠のど真ん中、屋外は堪える。
「まるであの時みたいだ…」
フィオンは、またしても思い出していた。
「視界は遮られ、体力は尽き果て。朦朧として倒れた…そして僕は捕えられた」
脳裏にこびりつく光景を振り払うように、何度も首を横に振る。
「いや、あの時とは違う。今は独りぼっちじゃない、仲間がいる」
まだ傷も癒えきらないキラエフやトナッラも歯を食いしばって労働に勤しんでいる。ゾーフォも脚を引きずりながら岩盤にツルハシを打ち込み、隻腕隻脚のダンマリも黙々と穴を掘り続けている。
「仲間がいるってだけで、救われる」
とは言うものの、使役が終わる夕刻にはすっかり表情も変わっていた。
「もうダメだ。明日も明後日もこんな仕事なんて、無理」
足取りも重い西四十二房の七名は、道具を担いで倉庫に向かう。
ふと、ベルシールが言った。
「なあ、皆。俺たちは仲間だよな」
「あん?」
一同、互いの顔を見合わせて頷く。
「そうさ。グリーブ以来特に、な」
コルボトが自嘲気味に言う。
「肩を寄せ合ってる弱者ってだけなのかも知れないがね」
ゾーフォも皮肉っぽく言う。
「ああ、虐められ仲間さ。もっと言うなら『死に損ない仲間』だ」
ベルシールが舌打ちする。
「ちっ、すっかり負け犬根性が染み付きやがったな、お前ら。ずっとこのままでいいのか?」
一同は押し黙ってしまった。
それぞれの顔を見渡しながら、ベルシールは目を輝かせて語りかけた。
「なあみんな。出来るぞ、俺たちなら」
「ん?」
皆がベルシールに注目する。
キラエフが鼻息を荒くした。
「出来る、って…何をやらかすんだ。もしや殺るのか、ガルスを」
ベルシールはフッと笑って首を横に振る。
「まさか。たかが牢名主一人葬ったところで何にも変わりゃしねえ。バレて晒し首になるのがオチだ」
ゾーフォはゴクリと唾を飲んだ。
「…もしや、お前さん。まさか」
ベルシールはニヤリと笑った。
「このままの暮らしで一生を終える気はないだろ?」
「まさか…脱走を…」
ベルシールが頷く。
「そうだ。ここを出てやろうじゃねえか」
「しかし…」
トナッラは怯えるような目で周りを伺うように小声で言った。
「ここから逃げ出せたヤツは、歴史上ただの一人もいないって訊くぜ。脱走なんて危険過ぎる」
キラエフもしかめっ面。
「一年ほど前、脱走を企てたヤツらがいたんだが…あっという間に捕えられて酷い拷問の挙句に皆処刑されたぞ」
コルボトはブルっと身震いした。
「覚えてる覚えてる。思い出しただけでゾッとするよ…ありゃ見せしめだ、ありゃ惨かった…」
ベルシールは言う。
「もちろん俺だって見たさ、脱走者たちの無残な最期を」
そしてもう一度、みんなの顔を見渡した。
「だがお前ら、ずっとこんな毎日でいいのか? 誰もがいずれは必ず死ぬんだ。それまでずっとここで、こんな生活でいいのか?」
ゾーフォが項垂れて呟いた。
「そりゃ、こんな生活のままでいい、なんて思ってるやつはいないさ。だが、この要塞のような施設から脱走なんて…」
ベルシールはゾーフォの肩を叩いた。
「無理だ、って言うのかい? 思い出せ、グリーブの時に俺たちは不可能を可能にしたんだ。いいか今しか無いぞ。脱走する機会は、この面子が揃った今しかない」
「確かに…だがあのグリーブは奇跡」
「奇跡なんて無い。あるのは、あきらめず必死にしがみついた結果だけだ。『奇跡』なんて言葉で自分を安く見積もるな」
一同は互いの顔を見合わせた。
「あきらめず…」
「必死にしがみついた、か…」
ベルシールは頷いた。
「そうさ。脇目も振らずにただ一つの目標まで走りぬいた、その結果に『奇跡』と名が付いてるだけなんだ。俺たちなら出来る、いや俺たちにしか出来ない」
フィオンがニヤニヤと笑みを浮かべた。
「脱走できたら…また自由になれる」
コルボトも頬を緩めた。
「そうだな、俺はまず腹いっぱい美味いものを…」
ゾーフォは小声で。
「あの女、今でも俺を待っててくれているはずだ」
キラエフがゾーフォをつつく。
「は? もう三年近く経ってるんだ、待ってるはずがない」
「チッ、これだからオニ族は無粋だっての。あいつはそんな女じゃねえ。知らねえくせに決め付けるなっての」
ベルシールは一同を引率する衛兵をチラリと横目で見ながら一同に目配せ。
「シーッ、声が大きいって。聞かれたら間違いなく打ち首だぞ」
幸い、丸一日の炎天下にいた衛兵も疲れているのか、彼らの内緒話に気付いてはいない。
「ようし…」
一同はすっかり鼻息を荒くしていた。
「やるか。まずあの衛兵から血祭りに…」
「待て待て」
ベルシールが制した。
「そんな簡単にいくかっての。じっくり時間をかけてしっかりと準備、だ。機会は一度きり、失敗は許されない」
「た、たしかに…で、何が要る? どうやってやる? いつやる?」
「まあ、慌てなさんな。作戦は…」
「おう、聞かせてもらおうか」
冥界の赤い日が落ちる頃、舎房に帰る彼らの足取りは少しばかり軽く見えた。
つづく




