椋田智美
椋田智美はショッピングモールのなかの洋服店でバイトを募集していると聞いたので珍しく正装をした。椋田は仕事にはつかず、フリーターでやってきた。
椋田は勉強が苦手でギリギリ高卒の馬鹿だった。それゆえか中学では馬鹿にされ高校では半分虐められていた。ただ、椋田は鈍感なので虐められていることには気がつかなかった。
肩にかかるくらいの髪を後ろで一つにまとめ、今にも消えそうな白い肌。普段着はお洒落に気を使っていなさそうな茶色のワンピース。お世辞にも美少女とは言えない容姿ではあるが特にブスというわけでもなく中の下のような顔をしている椋田は彼氏はいたが肉体関係になったことはなかった。気取らないブス、それはまさしく彼女のことを言うのだろう。
ショッピングモールで椋田は面接を受けていた。
「志望動機は?」
「ファッションに興味があるからです。それに御社で
働いてみたい、という気持ちもあります。」
「数あるブランドのなかでなぜ我々の会社に?」
「御社の斬新で、温かみのあるファッションがとても素敵に思えたからです。」
「はい、わかりました。面接は以上です。結果は追って報告いたします」
「ありがとうございました。失礼します。」
面接室をでた彼女はため息をついた。
「緊張した…なんだよ、あの美人…」
椋田はそのまま店の外に出てワイシャツのボタンを外した。履きなれないハイヒールでコツコツと音をならしながら歩いた。特に目的もなく。
そのとき館内放送が流れた。
「椋田智美さん、椋田智美さん、お連れ様がお呼びです。至急一階、インフォメーションセンターまでお越しください。」
そこで椋田は思った。お連れ様って誰だ…?と。今日は椋田は一人で来た。どこかで待ち合わせでもしたか?そう思ったがそれはない。椋田には友達という友達がいないから。とりあえず椋田は一階まで降りようとエレベーターに向かった。
急いでいる道中に椋田は誰かとぶつかった。
「あ、すいません!」
「いえ、こちらこそ。前を向いていなくて…」
椋田のぶつかった相手は目をみはるほどの美人だった。少しウェーブがかったおろした髪は大きめの胸に被っている。二重の大きな目、きゅっとした口、高い鼻。すべてが完璧だった。
「あの、どうかなされましたか?」
美人はそう言うと椋田の顔をじっと見つめた。椋田は吸い込まれそうな瞳に見つめられて
「いや、美人だな…と思って。」
と言ってしまった。慌てて椋田は口を押さえた。すると美人はにこやかに微笑み、
「あなたのその目もとても美しいですよ、それでは失礼しました。」
と言った。椋田は美しいと言われた目を大きく開いて美人を見送った。そして今日の出来事を一生覚えておこう、そう思う椋田であった。
椋田は無事エレベーターに乗って一階にたどり着いた。そしてインフォメーションセンターに向かった。面接の前にも通ったはずの一階は緊張がほぐれたせいかさっきとは違うように見える、と椋田は思った。椋田は無意識のうちに面接を受けた店に入った。するとさっきの面接官の声と店員の声が聞こえてきた。
「さっきの人どうしましょう、合格にしますか?人手足りませんし。」
「いや、放っておきましょう。ファッションに興味がなさそうだし。何より…可愛くないわ」
「先輩!そんなこと言っちゃ駄目で」
ここで椋田は店を飛び出した。これ以上聞きたくなかった。そして椋田は涙を堪えつつインフォメーションセンターに向かった。ついさっき誉められた目は赤く充血している。ハイヒールを最大限にならして かつかつ歩く様はとても絵になっていた。
とにかく椋田はインフォメーションセンターについた。インフォメーションセンターに普通はいるはずの受け付け人がいない。そこに椋田は疑問を感じた。が、椋田は楽天家だった。そのままインフォメーションセンターのなかに入った。するとそこには館内放送用マイクが置いてあるテーブルと入ってきたのとは別のドアがあった。そのドアは鍵がかかっていなかったから椋田はドアを開けてなかに入った。するとそこは降りる用の階段になっていた。普通ならここで諦めるだろう。だが椋田は階段を下りた。とても長くて暗い階段だった。ショッピングモールにこんなものがあるのか、思いつつ椋田は進んでいった。