第8話 ひみつのその2
学校からは距離がある暗渠目指して歩いている最中、春木はふと思った。
これってデートになりませんか?
いやでも待てよ。これは部活動の一環であるからして。例えば大会に行こうとして学校外で行動を共にするあれと同じようなものなんじゃないか?
いやいや待て待て。運動部などは休日にスポーツ用品店に連れ立って行くことがあると古代の文献にも記されている。あれは部活動でありながらデートにもなり得るという一石二鳥にして隙のない構えであるとの解釈も可能であると偉人も言っていたのであって……
「春木よ。ふと思ったのだが」
「ふぇっ。あ、はい」
春木が悶々としているところに、武城もまたふと思っていたのだ。
「昨日、たまたまテレビをつけたらよく知らない洋画がやっていてな。なんとなく見ていたんだ。夜のシーンで、ものすごく暗い部屋で主人公が本を読んでいたんだ。スタンドだけつけて。何かの演出かなと思っていたんだが、その後のストーリーにも関係ないみたいでな」
春木は頭から悶絶を吹き飛ばして、ちょうど自分が知っている領域に武城の疑問が表明されたことにほくそ笑んだ。
「ああ、それ俺知ってますよ。青い目の人って、俺らみたいな黒い目よりも光を強く感じるらしいんですよ。だからスタンドぐらいでも十分らしいですね」
「へええーそうなのか。……あーそうか。だからサングラスかける人が多いのか」
「そうそう。あれってかっこつけでかけてるんじゃなくて、強い太陽がものすごく眩しいらしいんです。俺らがちょっと眩しいかなと思う程度でも、彼らにはかなりきついみたいですね」
「なるほどなあ。サングラスがファッションとして流行った時期もあるというけど、そういう事情を知らないで真似をしたってこともあるんだろうな」
「でしょうね」
たまには雑学知識で武城を感心させられることもあるものだと春木は誇らしい気持ちだった。
ちょっと胸を張り、歩調も軽くなる。
「してみると、月の神が日本では存在感がないのも納得できるところかもしれない」
武城は腕組みをして歩きながらふいにそんなことを言った。
心中得意げになっていた春木だったが、武城の発言が突拍子もなく思え、怪訝な顔をせざるを得なかった。
「日本で月の神といえばツクヨミだ。この神のエピソードはアマテラス、スサノオに比べて極端に少ない。もとより月の光は太陽に比べればとても弱い上に、日本人が光をあまり強く感じないとくれば、存在感がなくなるのもむべなるかなというところだろう?」
春木の誇らしい気持ちはぺしょりと折れた。
ツクヨミという名前はかろうじて聞いたことがあったが、エピソードの多寡もさることながら、それと光の感じ方の差を結びつけるなど、思いもよらぬことだった。
「おそらくだが、青い目をしている人種が元々多い土地では、日本よりは月の神の神話が多いのではないかな」
本当かどうか知らないが、そう言われるとそんな気が非常にしてくるのであり、だめだこの人には勝てそうにないと春木はがっくり肩を落とした。
「おっ。あれ見ろ春木」
落胆する春木などどこ吹く風で、武城が好奇の声をあげた。
しぶしぶ武城の指差すほうを見てみると、二階建ての家の、裏側の壁があった。
「ほら、あの二階のところ」
春木が目線を上げると、二階の部分にドアがついているのが見えた。
が、そのドアからは階段も何もつながっておらず、ただドアだけがぽつんと浮かぶように取り付けられていた。
「なんだあれ。なんであんなところにドアが……? あんなの、中の人が外に出ようとしたら落ちちゃうじゃないですか。フランク自殺装置?」
「あれはな、トマソンというやつだ」
「トマソン?」
「無用の長物という意味だ。あそこには元々非常階段でもついていたんだろう。何かの事情でそれが取り外されたあと、ドアだけ残されてしまったんだ。たぶん家の内部でも、あのドアに通じる廊下はつぶされてしまっているだろうな。そんな事情を知らないわたしたちには、こうして不可思議な光景に見えるというわけさ」
「なるほど……。しかし、なんでドアも取り外さなかったのか……」
「不思議なところではある。だが、こういう無用の長物は結構あるものらしいぞ。撤去にお金がかかるからか、別にあってもいいじゃないか困るもんじゃなしってことで残されているのか、それぞれなのだろうが」
「いいかげんなこって」
「それも街の彩りだよ。いいじゃないか」
いろどり。ものは言いようだ。歴史を感じるといえばそうでもあるのだが。
ああいう不可思議なものを見て、頭の中にストーリーを思い描いて、楽しく妄想していた時代もあったなあ……と春木は幼少のころを思い起こした。
いまなら何を考えるだろう。
実はあのドアから入れる家の中は、正面玄関から入る家の中とは別物で、あのドアからしか行けない秘密の部屋があってそこには死体がざっくざく! ミステリー!
いまいちである気がする。ミステリーの才能的な意味で。
「おーい春木、何やってるんだ」
妄想たくましくしているうちに、武城は先を歩いていた。




