つかの間の休暇と平穏な日常、そして若干の違和感
ログアウトして戻ってきたのは平凡な日常の世界。
銃弾飛び交う戦場から、安全な日常の世界。
とはいえ、日常もまた時間が過ぎていく。
そんな中で、感じた違和感・・・とは?
「もう・・・こんな時間か・・・結構長くしていたんだな」
ログアウトして時間を確かめると現在は午前10時、ログインから3時間ほどが過ぎていた。
「しかし・・・すごい臨場感だよなあ。武器は本物みたいだし・・・。しかもアーマー付けての突撃って昔のSFの定番かな?」
ベッドから起き上がり、伸びをすると、俺は自分の部屋にいた。本棚、机、壁のシミまで自分のいつもの部屋だった。少し古いワンルームマンションだ。駅に近いから割高だが、大学に通う人間にとっては最高の環境と言えるだろうか。金を出してくれる親には文句はいえまい。
まずは寝起きということもあり、軽くシャワーを浴び、汗を流せば、髪を整え、鏡を見る。
そこには戦場を経験したという感じのしない、いつもの平凡な顔が映っていた。
「この俺が・・・戦士ねえ・・・、まあ、ゲームの中での話だがな」
苦笑しながら身支度し、軽くパンを口にしていけば、時間は11時になっていた。
「っと・・・、そういえば今日はバイトの日だよな・・・。早めに行っておくか」
バイトはいくつか経験したことある。警備会社の警備員、有名どころのファーストフード店やコンビニ、ファミリーレストランの店員もしたこともある。が、どれもあまり、長続きせず、今は面白いカフェに勤めている。
バイクを軽快に飛ばし、マンションから少し離れた駅の前にあるカフェ・・・それはいわゆるコスプレ喫茶という奴だ。
『カフェ&サバイバルショップ・ガンフリークス』
店舗ははっきり言って趣味人の世界だろう。いわゆるサバイバルゲームを楽しむためのグッズ一式、それらを取り扱う店でありながら同時に軽食や飲み物も楽しめるという変わった店だ。というのも、店長と副店長、そして二人の奥さんががそれぞれ、海自、陸自の経験者だからだ。しかも海自名物の海軍カレーのレシピを持っている強者、かたや災害派遣で被災地に野戦炊事車で豚汁などの炊き出しを経験したというベテラン組だったりする。
そして店員は・・・・みんなコスプレしていたりする。
エアガンを取り扱う店も兼ねているせいか、旧日本軍と現代のアメリカ海兵隊、ワイシャツ姿にショルダーホルスターの刑事、そういう店員がわんさかいたりする店である。
「いらっしゃい・・・って匠か。今日は早いな。やっぱりこの間お勧めした【レギオン・フラッグ】にでもはまったか?」
そう言ってくるのは店長、服装は旧ソ連軍将校。レジカウンターに置いてあるのはヤクザ拳銃の悪名を持つ銀ピカメッキ版トカレフだったりする。
「また文鎮ですか?好きですね」
トカレフを手にしてスライドを引こうとしても動かず、銃口は完全に塞がっている。実銃ではあるが、動かない銃。無可動実銃だ。日本国内で何の資格もなく、実銃を持つ方法。それが重りとしかならない、コイツだろうか。
ただし、口の悪いサバゲーマーとモデルガンコレクターには文鎮扱いされている物だったりする(まあ、実際、展示以外には重しという意味合いしかないのが悲しいところだろうか)
そのトカレフを返して店長に声をかけると少しむっとした顔をしていた。
「仕方ないだろうが。モデルガンとエアガンだと暴発しかねないからな。かと言って店長が丸腰では格好がつかんだろう?」
「わけのわからんことを・・・。じゃあ、着替えに更衣室行きますね」
いつものように更衣室に入ると自分のロッカーにあるコスプレ候補から適当に選んでみた。
今日の選択はナポレオンフランス軍歩兵服仕様にしていたりする。
制服は赤、白、青の3色で編成されており、帽子はシャコー帽という大型の帽子、靴はブーツの一種、ゲートルを履いていたりする。この頃の一般なフランスの歩兵は銃の名前、フュジリエ銃という火打ち式銃の名称からフュジリエ銃兵と呼ばれ、選抜されたエリート部隊は手榴弾(といっても、当時の手榴弾はダイナマイトと同じ導火線着火方式なのでエリートが使わないと死人が続出する)が問題となるので本当にエリートとして選ばれた部隊としてグレネーダー(擲弾兵)が選ばれていた。その名残は欧州各国のエリート部隊として装甲擲弾兵とかという名称を部隊に与えることがあった。
フランスでは身体頑強にして長身なる選抜された者を集め、グルナディエ連隊という名を与えられていた。
「匠は相変わらずだねえ・・・派手な衣装が好きなようだ。女性だったら宝塚でも目指していたのじゃないかな?」
店長に呆れられながらも、店からの支給品でしょうがとツッコミを入れながらバイトを開始していく。
といっても料理をするわけじゃない。料理は店長と副店長、それぞれの奥様方の計4人が担当する。
俺は料理担当の時は注文を取り、テーブルまで運ぶ配膳係。またはガンショップ担当の時はレジ、及び物品管理となっている。
「いらっしゃいませ。銃をお探しでしょうか?それとも、お食事をご希望でしょうか?」
恭しく、派手な格好で演じる姿は少々滑稽だが、接客はあくまで丁寧かつ親切、的確にこなしていく。
例えばガンコーナーではこんなこともある
「目玉商品はこちらのL85A1ですね。レアリティの高い一品です。最新作という意味では・・・こちらのMASADAシステム、通称ブッシュマスターACRですね。既に枯れた技術を組み合わせつつ、安定した性能をたたき出す、本来アサルトライフルとはかく在るべき、という物でしょうか。カスタムパーツで色々楽しめる一品です」
「ご購入ありがとうございます。えー、ご購入前に遊戯用空気銃及びその他有害玩具の適正取り扱い条例に基づき、年齢確認を行うことが義務化されましたので、運転免許などの年齢がわかる身分証明書か、当店のメンバーカードを提示していただきますが・・・はい、確認しました。それでは梱包させていただきますね」
カフェコーナーでは・・・・
「ご注文を復唱します。陸自レーション風サバの煮付け定食ですね。少々お待ちください」
「申し訳ありません。当店名物の海自自慢の海軍カレーセットは金曜、土曜のみとなっております。店長と副店長のこだわりでどうしてもこれだけは譲れないということなので本日は取り扱っておりません・・・」
「ケーキセットですね。セットの紅茶とコーヒーはどちらを・・・。紅茶ですね。ホットのミルクティー・・・。英国伝統のですね。分かりました。少々お待ちを」
そんな風に客をうまくあしらいながら、時間を過ごしていくと、夜になっていった。
辺りは暗くなりつつ、夜の帳が降りるという表現が似合っていた。
「・・・・またのおこしをお待ちしています」
最後の客を見送ると玄関の掛札をopenからclauseへとひっくり返し、閉店を迎えた。
時間は夜10時。辺りは真っ暗になり、各店舗の明かりが煌々と輝いていた。
「お疲れ様です。店長。今日も人気でしたね。ですが、やっぱりここ最近、エアガンの売れ行き、落ちてますね。やっぱり、ほぼ全国で有害玩具規制関連条例ができたのが痛いですねえ。年齢確認の絶対厳守、しないと販売者逮捕ですから・・・」
レジの記録と予約販売数、取り扱い品目リストを見て俺は呟いた。
「まあ、最悪はミリコス喫茶にしちまうつもりだ。もっとも、あの【レギオン・フラッグ】にエアガンメーカーが協賛している。各社の有名な銃をサンプルにしているみたいだ。それとだ・・・ここ最近妙な話聞いたことないか?【レギオン・フラッグ】関連で」
店長は真剣な目をして俺を見てきた。
「匿名掲示板のゲーム板などでは、苦手だった格闘技がうまくできるようになったとか、普通のオンラインゲームよりレスポンスが良すぎるとか。そういった類の話が聞こえてくるんだよ」
そう言いながら店にある少し古いパソコンのディスプレイで格闘技板の疑問スレにあるいくつかのスレッドタイトルに【レギオン・フラッグ】の名前があるのを見せてくれた。
曰く、ゲーム内での戦い方が何故か現実でも上手く出来た。
曰く、柔道は苦手だったのに、何故か一本背負いから腕ひしぎなんて上級技を無意識に決めていた。腕ひしぎなんて習っていないのに。
曰く、剣道の試合で相手の攻撃を全部回避した。次の斬撃がなんとなくわかる。
などなど・・・。不思議な内容の書き込みが繰り返されていた。
「な?スレ主とかの間じゃあ、支援AIで感覚的に覚えているモーションを身体がとったのではないかとか色々な説は出ているが・・・。まあ、変なことあったら、すぐにログアウトしておけよ。趣味で作った店の数少ない店員なんだ。事故に遭いましたなんて言われたら・・・・見舞いに持っていく金が大損だ」
あまりにも笑えないブラックジョークをオヤジギャグですねと返し、更衣室で私服に着替えたならばバイクに乗って家路につくことにした。夜、遅いこともあり、途中のコンビニで適当な弁当とサンドイッチ類を買い込んでおいた。
自炊は出来無いわけではない。けど、この時間だ。わざわざ作るのも億劫だったりする。
今日はログインしなくていいだろう。そう思い、テレビをつけてみた。定番の芸能人のバラエティ番組の他に、普通のニュースもやっていた。
「・・・・防衛省は先の東日本原発問題対策の一環として強化防護服開発計画を立案すると発表しました。これは近年、我が国にて開発されてる介護サポート用パワードスーツなどの技術を応用した物であり、野党などからは軍備増強の一貫であり、憲法上許されるものではないとの見解も出ています。一方、防衛省側はあくまでも東日本大震災のあとに発生した福島原発事故などに対応した悪条件下における人命救助と捜索を行う人員保護のための装備であり、最終的には火災などで救助困難な状況下で行動する消防庁ハイパーレスキューなどにもノウハウを提供する用意があるとを発表しています・・・・軍事コメンテーターの丸井氏によれば・・・・」
そのニュースは違和感を覚えた・・・。素体のデザインはガーディアンとは違うが、要求される性能や技術はまるで同じもの。・・・現実がゲーム世界に追いついたのか?昔からそういう話はある。
国民的人気アニメで出てきた猫型ロボットのひみつ道具の中には実現化している物もある。
それどころか、アニメの主人公である心を持った少年ロボットの再現こそが日本のロボット工学の基礎となっていたりする。
故に、どこかで見たことのある、またはどこかで聞いたことある設定という、そういう印象が普通ならあるのだが、これに関しては、むしろゲームのデータをサンプルにしているのではないか?そう思わせる印象だった。
もっともそれはそれでいい。放射能ダダ漏れの状態、まともに調査に入れない状況、そういうところをなんとかする。そのための装備だと言われれば頷くことができる
不安と言えるのは・・・このゲームがシミュレーターとしてデータ収集用の演算装置に成り下がっていないかぐらいだった・・・。
「まあ、・・・おエライ人の考えることはまた今度にしておこう。大学卒業までにはまだ時間があるんだし・・・」
そう、そう信じて今は飯を食い終えて、寝ることを選択することにした。
いい夢が見れるだろうか・・・
というわけで第6話、なんとか完成です。
戦闘がない、平凡な時間ですが、大学生ならバイトの掛け持ちぐらいは、よくあることでしょう。
ちなみに作品内に出てきた海軍のカレーとは曜日の感覚がなくなる長距離航行を経験したイギリス海軍が土曜日に出していたカレーが発祥となっています。
大英帝国艦隊はインド方面を抑えていたので香辛料の輸入がしやすかったこと、またカレーという料理の魅力に惹かれたこと、香辛料に含まれる栄養価の高さも要因の一つでしょう。
ちなみに現在の海自では基本的には週休二日制の影響で土曜日から金曜日にカレーの日が変わったそうです。面白いことですね