“巣窟”
「ヒャハッ。お前また珍しいもん連れて来たなッ」
職場に戻ったギーアを迎えたのは、そんな言葉だった。
発言者は職場で“墓穴掘り”と呼ばれている同僚だ。
彼の名をグールという。
「情でも移ったか、それとも所長の真似事かア」
「似たようなとこだ。で、その所長は?」
「あー、あの人には今は近付かない方が得策だぜッ。なんせ、あの人また女にふられたらしいからなッ。機嫌が最悪だぜッ。仕事に私情を持ち込むとか、全くこれだからあの人は……」
そこでグールの肩が大きな手に掴まれた。
ギーアの顔が引きつるが、グールはそれに気づかない。
「ほぉ。これだから、何だ?」
「これだから所長は女にモテな……え」
グールの顔が見る見るうちに青くなる。
その様子を他の同僚達は、笑いながら半ば呆れて眺めている。
「ああ、また墓穴を掘ったのか」
と誰かが呟いた。
同僚であるグールが殴り飛ばされたのを見た後、
殴り飛ばした本人、ギーアの所属する街の墓荒らしの職場の所長にギーアは話しかける。
「今帰った。こいつは拾いものだ」
拾いものと呼ばれたことに少女は片眉を吊り上げる。
そんな少女を見て、所長はギーアにニヤリと笑いかけた。
「何だお前、幼女趣味にでも目覚めたのか?」
「ちげーよ、馬鹿。
こいつは悪魔堕ちから戻った珍しい人間なんだよ」
ギーアの口調は上司に対しては失礼に値するものだが、所長がそれを気にした様子はない。
「何だと?」
所長の目つきが変わる。
「居場所を失ってたから連れて来た。
墓荒らしとして育てようと思うんだが」
「どうして元に戻ったか調べようとは思わんのか?」
「どっちにしろ、調べる方法がないだろうが。
解剖でもする気かよ」
「それもそうだな。
まぁ、ウチで面倒を見るのは構わんが、
お前が親代わりを務めるんだぞ。
しかし、その子を見てるとお前らがここに来たときのことを思い出すな。
その子は昔のお前によく似ている」
「どこが? 性別からして違うだろうが」
「馬鹿が、見た目じゃねぇ。雰囲気がだよ」
やっぱり似ていると頷いてから、所長は少女の方を向く。
それから、両手を広げて言った。
「ようこそ、墓荒らしの巣窟へ。
ここでは皆が家族だ。
歓迎しよう、新しい家族を」
◇◆◇
「お前さ、もうちょっと自分でなんか喋ったらどうだ?」
少女は部屋に案内されるまでに一言も言葉を発していなかった。
ギーアの言葉に少女はやはり、黙ったまま顔を上げた。
「まぁ、喋りたくないんなら別にいいけどよ。いつまでも辛気臭い面してると幸運が逃げちまうぜ?」
ギーアはそう言って少女の頭に手を置く。
その手を払って、少女はギーアを睨みつけた。
「居場所を与えてくれたことは感謝するわ。
でも私はあなたを許してないから」
そんな少女にギーアは苦笑する。
「そうか。まぁ、好きにしろ。
お前みたいな奴も少なくねぇ。安心していいぞ。
お前が俺を嫌いだろうが何だろうが、この先でお前が生きていける程度には鍛えてやる」
少女は不機嫌な顔を背けて一言、ボソリと声を出す。
「フィリア」
「あ?」
うまく聞こえなかったギーアが聞き返す。
「だから、お前じゃなくてフィリアよ」
「そうかい。まぁ、よろしくな、フィリア」
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「何だ?」
「さっきの人の言葉から考えると、あなたも拾われてここに来たの?」
フィリアの問いにギーアは苦笑する。
「俺だけじゃない。ここにいる奴の大半はそうだ。
あの人、所長に拾われて来たんだよ。
今の御時世じゃ、ガキの頃に親を亡くすなんてこと珍しくないからな。
あの人言ってたろ?
ここの人間は皆、家族だって。
あれ、あながち間違いじゃないよ。
あの人が俺達の親父だな」
フィリアはギーアの言葉に少し驚いたようだったが、再び俯き、頷いた。
「そう」
この日からギーアとフィリアの共同生活が始まった。