“道連れ”
人と人との繋がりというものは、
築き上げるのには時間がかかるが、
壊れるのは一瞬だ。
それは今回の場合も例外ではなかった。
村人達が墓を掘り返していく。
彼らは完全にとはいかないまでも遺体が人を悪魔堕ちさせるというのを信じていた。
悪魔堕ちに対する恐怖が彼らを駆り立てる。
ギーアの予想と反したことに、
その作業の中で初めに出てきたのは少女の母親の遺体ではなく、中年の男性のそれだった。
「あ、あ、あ」
墓穴が掘り返されていくのを見ていることしかできなかった中年の女性が声を洩らす。
昼間にギーアと言葉を交わした中年の女性だった。
「ルタニアさん。旦那さんは病気で外に出れないんじゃなかったんですか……」
村人達の視線は全て彼女に集まっていた。
不信が募る。
「違う、これは違うんだよ」
視線を宙に泳がせながら、女性は言い訳にすらなってない否定の言葉を口にする。
そんな女性を後目にギーアはツルハシを振り上げた。
その時だった。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
女性が発狂する。
彼女の背から黒い翼が飛び出し、すぐに彼女はギーアが見慣れたものへと姿を変えた。
人間から化け物へ。
目からは血の涙が、口には牙が、背からは黒い翼が。
「本日二度目か。何体破壊しようが、給料は変わらないから勘弁して欲しいものだな」
悪態をつき、ギーアは地面を蹴る。
それから駆けた。
人が集まっているこの場所で悪魔堕ちが出たことはさらなる不幸を招きかねない。
犠牲者が少ない内に破壊する。
それだけを考えて、悪魔堕ちの目前まで一気に踏み込んだ。
至近距離でツルハシを振り上げる。
鮮血が片腕と共に綺麗に宙を舞った。
「なっ」
間抜けな声をあげたのはギーアだった。
急所をはずされた。
一撃で決められなかったことはギーアにとって致命的な失敗だ。
悪魔堕ちの口元がギーアを嘲笑うかのように歪む。
直後、残された片腕がギーアを襲う。
「っつ」
間一髪で、地を蹴り後ろへと跳ぶが、尖った爪が容赦なくギーアの肩を抉った。
鋭い痛みに声が洩れ、ツルハシを落としそうになる。
「面倒なことになった」
ツルハシを反対の腕に持ち替え、追撃をかけてくる悪魔堕ちの体をはらう。
翼を使い、宙で一回転して態勢を立て直す悪魔堕ちの顔から歪な笑みは消えない。
それに対してギーアの息は荒かった。
“墓荒らし”は結局のところ人間に過ぎない。
訓練を積んだだけのただの人間。
武術の才能も魔術の才能も天からの恩恵は低い者が多い。
武術の道に長けていれば普通は騎士になり、
魔術の道に長けていれば普通は魔術師になるからだ。
特別な理由でもない限り、墓荒らしに進んでなるものは少ない。
もっともフリーの墓荒らしは特別な理由を持つ者が多いのだが。
ギーアは生憎それには当てはまらない。
それでも、ギーアが悪魔堕ちとの度重なる戦闘で生き残ってきたのには理由がある。
武術の才能でも魔術の才能でもないそれは、強いて言うならば、異能と呼ぶべきかもしれない。
追いつめられた時の第六感。
“未来への既視感”
「あああぁぁぁぁぁっ!!」
奇声をあげながら信じられない速度で突撃してくる悪魔堕ちを、
ギーアは首を傾けるだけで避け、代わりにツルハシを叩きつける。
頭部へと力強く。
鈍い音が響き、勝敗は決した。
「次」
ギーアがただそれだけを口にする。
村人達が再び作業を再開する。
少女の母親の遺体はすぐに見つかった。
少女は抵抗することなく、
母親の遺体が燃えていく間、ただ唇を強く噛みしめ俯いていた。
彼女の目が赤く腫れていた理由が母親のためなのか、
はたまた自分の居場所がなくなったためなのかは分からない。
でも、その様子は珍しくギーアの心を動かした。
彼の第六感が告げていたのかもしれない。
ギーアは少女にただこう告げた。
「一緒に来るか?」