“悪魔堕ち”
決意が宿った少女の目を見ても、ギーアのやることは変わりなどしない。
“死体を壊す”
それが彼の仕事だ。
そのことで何人の人間が泣こうが、新たにその何倍の人間が泣くことになるよりずっとましだ。
もし、腐敗しない死体を生きていると考える人がいるならば、
その人の瞳にはギーアは人殺しとして写るだろう。
恐らくは目の前の少女の瞳にも。
「どいてくれないか、お嬢ちゃん」
退かないことを承知でギーアは頼んだ。
これから行うことに対しての一種の罪悪感のようなものが、彼にそうさせたのかもしれない。
そういったことは考えないことにしている彼には珍しいことだった。
「嫌よっ!!」
少女はやはり、ギーアの頼みを突き返す。
「死体と長い間過ごしていると悪魔堕ちするぞ?」
「そんなのただの推測でしょっ!!」
そう、ただの推測だ。
悪魔堕ちの原因については詳しいことは何も分かっていない。
死体からそうさせる物質が出ていると言う人もいるし、
つよい負の感情で心が一杯になったら起こると言う人もいる。
ただ、どれも確証はないのだ。
だから、遺体の破壊に反対するものは少なくない。
今、一番信じられているのは遺体からそうさせるものが出ているという説だが、これを信じていない人間も多いのだろう。
「でも、悪魔堕ちがそれによって引き起こされないというのも推測だ」
「……しないもん」
少女が俯く。
桃色の唇が小さく動いた気がした。
そこから発されたであろう言葉はギーアには届かない。
「ん?」
「私は悪魔堕ちしないもんっ!!」
少女の言葉は震えていた。
彼女が言ったことは自分は特別だという意味だ。
確かに、何事にも例外はある。
だが、ギーアには目の前で震えている少女が特別な存在には見えない。
そして、また確証もないのだ。
例外かもしれないし、例外じゃないのかもしれない。
今の時代、人は曖昧なものに動かされている。
大復活の日だってそうだ。
人は生き返るかもしれないし、生き返らないかもしれない。
でも、そんな曖昧なものに流されるわけにはいかなかった。
彼は墓荒らしだ。
情に流されて遺体の破壊を怠る訳にはいかない。
例え相手が年端も行かない少女だとしてもだ。
少女の横を通り過ぎようとする。
そんな彼のコートの端が掴まれた。
「行かせない」
少女はギーアの目を見ずそう言った。
コートの端から彼女の震えが伝わってくる。
彼女は知っている。
彼女ではどうやってもギーアに勝てないことに。
今の彼女は強がっているだけだ。
だが、ギーアは無視して墓へと進む。
少女の手がコートから離れ、
次の瞬間、ギーアの体が吹き飛んだ。
「っ!?」
ここには、ギーアと少女の二人だけしかいなくて、
彼女にはギーアを吹き飛ばせる力などない。
だから、これが何を意味するかをギーアは理解していた。
完全に油断していたと、ギーアは地面を転がりながら歯を食いしばった。
今、この時に、少女がそうなることはないだろうとギーアは信じていたのかもしれない。
大復活の日を信じている人と同じように、
曖昧なものに期待していたのかもしれない。
少女は血の涙を流していた。
黒の翼が背中から生えた彼女の姿を目で捉え、ギーアは忌々しそうに呟く。
「悪魔堕ちか」
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