“墓荒し”
「やめてくれっ!?
いいじゃないか一人ぐらいっ!!」
男が騒ぐ声が辺りに響く。
そこは殺伐とした場所だった。
雑草すら生えていない乾いた土の上には大きな岩が転がっている。
その大きな岩に混じって、一つだけ小綺麗な岩があった。
なにやら文字が彫られているその岩の周りだけ、枯れかけた花が添えてある。
それは、墓だった。
「悪いが此方も仕事なんでな。
あんただけ特別扱いするわけにはいかねぇんだ」
先程の悲鳴じみた声で静寂を破っていた男に対して、
茶色のロングコートを着て大きなツルハシを肩に担いだ黒髪の男、ギーア=レオニドがそう言い放った。
それから容赦なくツルハシを墓に向けて振り下ろす。
「あっ!? あっ!? ああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
それを見た男は今度は完全に悲鳴を上げた。
彼は必死で墓とギーアの間に飛び込んで、墓石に抱きつく。
「うぁぁ、ニフィ。大丈夫かい。
大丈夫かい、ニフィ?」
ニフィというのは墓の持ち主の名だろうか。
同じようなことを繰り返し言い続ける男の襟首を掴んで、
ギーアは墓から引き離そうとする。
ギーアの瞳に慈悲の色はない。
「やめろっ!? やめろっ!?
放すものかっ!?
“大復活の日”まであと少しなんだっ!!」
叫ぶ男を無視して、ギーアはさらに強く腕を引く。
すると抵抗は虚しく、男は墓から引き剥がされた。
再びギーアはツルハシを振るう。
「やめろっ!?
この人でなしっ!!
クソッタレな墓荒らしがっ!!」
引き剥がされた後に蹴飛ばされて地面に転がった男は吼える。
が、その罵倒すら無視して、墓を壊し続けたギーアのツルハシはようやく何か固いものにぶつかった。
「あった」
小さく呟いたギーアに対し、男の体は大きく震えだす。
ギーアが掘り出したものは棺桶だった。
それに向かってギーアは大きくツルハシを振りかぶる。
と、その時--
「やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
鬼のような形相で走ってきた男がギーアに強烈な体当たりをかました。
「っ!?」
ギーアの体が荒れた地面に叩きつけられる。
「やめろ、やめろ、やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
さらに追撃してくる男の姿にギーアは驚く。
爪に土を食い込ませ、怒りに体を震わせている男の目は赤く染まり、血の涙を流している。
口からは牙が生え、一番大きな変化としては背中から黒い翼が生えていた。
「死者に魅入られて悪魔堕ちしたか」
ギーアは追撃をかわしてから立ち上がり、コートについた土をはらう。
それから、ツルハシを構えた。
諦めずにもう一度突っ込んで来る男にむかい、それを思いっきり振るう。
血飛沫があがった。
「なんだ。あんたも死んでたのか」
大復活の日と呼ばれるものが信じられるようになったのは、
真っ赤な光が空から堕ちてきて、何故か死体が腐らなくなった日に、
多くの有名な預言者達がこう言い始めたからだ。
『まもなく死者は皆蘇り、
この世界は不死の楽園へと変わるであろう。
偉大なる神は我々に永久の幸福を約束して下さった』と。
その不確かで無責任な言葉にある者は疑念を抱き、ある者は希望を抱いた。
もし、この時起こっていた不可解な現象さえなければ、
誰もこんな預言を信じなかったかもしれない
それからしばらくして、その言葉を信じ恋人の死体を部屋に置いて暮らし始めた女が豹変した。
まるで悪魔のような姿になり、人を襲い始めたのだ。
この現象は“悪魔堕ち”と呼ばれるようになる。
それをきっかけに、仮に人が生き返ったとしても、
それは悪魔堕ちした姿で生き返るのではないか、
と考えるようになった人々が出てきた。
彼らは、そうなれば大復活の日は、
この世の終わりの日となると考え、遺体を破壊し始めた。
一方で、大復活の日を待ちわびている人々は彼らを恐れ、
死体を腐らなくなる前の死体と同じように、
カモフラージュとして墓に埋める人も出始めた。
故に、大復活の日を怖れている人々は墓を荒らしてまで死体を破壊するようになった。
これが、ギーアのような人間が墓荒らしと呼ばれる由縁である。
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