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白銀の髪と紅の瞳  作者: 三毛猫
6歳 アルテシア編
7/13

第6話(改訂版)




 沈んでいた意識がゆっくりと、表層に浮上していく。これは何だろう。冷たくて気持ちいい物が俺を冷やしているのを感じられた。


 感覚の惚けた体をゆっくりと動かして、恐る恐る掌で探ってみる。

 冷えているのは目のあたりの様だ。そこにはひんやりと濡れた布があった。

 パチッと意識が覚醒する。眉間のあたりから布が落ちる事も厭わず体を起こした。

 暗い。窓を見れば、カーテンの下から切羽詰まった犯罪者の様に意地汚く這い出てくる陽の光もない。時刻は夜か。


 そうだ。確かロイの屋敷案内を途中で抜け出して、部屋で休んでいたんだったか。


 視界は……、回復している。

 暗いが、屋敷はまだ灯りがついている様だ。ドアの隙間からは、その形を教えてくるかの様に光が漏れている。

 その微かな光源が、部屋の中を見渡す為の必要最低限の光量となっている。部屋が大きすぎて扉から離れた所は真っ暗だが、目を痛めた今の俺にとっては十分な光量に思える。


「誰かいますか?」


 少しだけ時間をおいて扉が開かれる。その一瞬、扉の外の眩しさに目を細め、咄嗟に手で遮るが、痛みはない。目は問題なさそうだ。


「お嬢様、お体の方はどうですか?」


 そう言いながらヴィヴィアンが扉を閉める。いつもは扉を開けたまま礼に移る所だろうが、俺の事を気遣って扉を閉める辺りは流石気の利く。こうした気配りと経験の長いヴィヴィアンだから俺の面倒を見る事になったのだろう。


「大丈夫です。心配をかけました。後はどうなりました?」

「その事ですが、ロイザ様がお待ちになっています。如何なさいますか?」

「ロイが? どうぞ通してください」


 ヴィヴィアンが礼で了解を示して、部屋にある小型のランプを起動する。


「お嬢様、目の方はどうですか?」

「大丈夫です」


 ヴィヴィアンは俺の言葉を聞くと、一礼して外に出ていく。ロイを呼んでくるのだろう。

 しかしこんな時間に? 俺が起きる時間なんて今日初対面のロイには分からない筈だ。ましてや目を痛めて休んでいたのだから想像なんて付く筈が無い。

 ならロイはずっと待っていたのか? いつから?

 俺が頭を捻っていると、先程出たばかりの筈のヴィヴィアンが再度部屋に入ってくる。続いてロイもやってきた。


「カノン! 大丈夫か!?」


 言うが早いか、直様俺の体を受け止めているベッドに突進する勢いで駆け寄ってくる。

 その勢いに少したじろぎ、「え、ええ……」とだけ返した。ヴィヴィアンがそっとロイを引き離した。

 ロイはここに来た時と全く同じ服装だった。しかし顔は心なしか憔悴した様な顔をしている。良く見ると目の下にはクマもある。寝ていないのか?


「ど、どうされたのですか? どうやら随分とお疲れのようですが」

「その事ですが、お嬢様。お嬢様が目を痛めて眠られた後から、既に一日以上経っています。ロイザ様はその間、お嬢様の部屋の前で昨日から全く動かず、石の様に張り付いておられたのです。様子を見れば、寝る事さえ惜しんでおられました」

「ええぇ!?」


 自分が一日以上寝ていた事にも軽く驚いたが、ロイがその間ずっと部屋の前で張り付いていた事にも驚きだ。っというより怖い。どうしたって言うんだ。なにがそこまでロイを駆り立てたんだ。


「ど、どうされたんですか? ロイ」

「謝りたかったんだ、本当に、すまなかった。ごめんカノン!」


 そう言って頭を下げる目の前のロイ。起きてすぐに起きた事で軽くパニックになりそうな俺は、ロイの謝罪に「え? あ、はい」と反射的にそう返した。ロイは頷いた俺に安堵する。が、続きはない。


「……もしかしてその為だけにずっと飲まず食わず、さらに寝ずに待っていた訳じゃないですよね?」

「いや、それだけだ。ドヴェルグ訓の中にもある。何かを通すなら頑なであれ。俺はカノンを傷つけた。その事をずっと謝りたかったんだ。それ以外はなにもないぞ?」


 どうした? と言いたげなロイに俺は眩暈がしそうだった。


 自らをドヴェルグと称すドワーフ達はその大半が頑固で職人肌であると聞いた事がある。先程ロイが言ったドヴェルグ訓なる物が有るからなのかは分からないが、しかしそれにしたって、たった一言謝るだけの話なのに、なにがどうしてこんな事になった?


「でも良かった。カノンが良くなって。でもそろそろ自分の部屋に戻るよ。カノンも起きたばかりでまだしんどそうだし」

「ありがとうございますロイ。ありがたいですが、しかし酷い顔です。早く自室に戻って寝てください。ヴィヴィアン、ロイの案内と、もし何か摘める物を届けてあげてください。きっとお腹も空いていると思いますから」

「畏まりました。お嬢様は」

「私はもう一度休みます。気にしないでください」

「分かりました。では、ロイザ様」

「分かった。じゃあなカノン。また明日」

「ええ、また明日」


 お互いに手を振りながら別れを告げる。ヴィヴィアンの一礼で扉が閉まった後、俺はまたベッドに体を預けた。


「しかし、これは本格的に、どうにかしないとなぁ。自分」


 ぽつりと独白が寝室に消えた。



 ●●



「よぉ、邪魔するぜぃ」

「ああ、バルドか。入ってくれ」


 ギィっと扉が開いて、小さな巨躯を揺らすドワーフが部屋に入る。

 部屋には中央にある来客用ソファ二つとサイドテーブル。ドアの向かい側には人間とエルフが寄り添って座っていた。


 「どっこいせぇ」と少々その身体には背もたれが遠いソファに深々と座るドワーフのバルドルフ。

 それを見ていた優秀な侍女は急ぎすぎず、かといって遅くもなく、絶妙なタイミングでお茶の注がれたカップとソーサーを差し出した。

 そして侍女は一礼し、一歩下がって物言わぬ彫像となる。


「カノンが目覚めたとヴィヴィアンから聞いた」

「ああ、らしいな。愚息も部屋に戻ってきたよ。すまなかったな、迷惑をかけてよぉ」

「気にしないで頂戴。でも、やっぱりあなたの息子ね、彼。あの律儀な頑固さは誰かさんにそっくり」

「ほっとけぃ。勝手にああいう風に育っちまったんでぃ」

「フフフ、いいじゃあないか。お前にもいったが、あれはあれで一つの美徳というものだ」

「けっ、こちとら性分。しかしまぁ、まさか俺達が子供の事で顔を突き合わせるなんてぇなぁ。時間なんてものは、長ぇようで早ぇもんだ」

「そうだな。俺も子どもとの距離を測りかねるなんて事、10年前は考えもしなかったさ」

「10年前ってぇと、俺達がまだ「竜殺し」だった時じゃあねぇか。懐かしい話を引っ張り出しやがって。でもまぁ確かに、あん時はかあちゃんのケツに敷かれるなんて思いもしなかったぜ」


 ハハハハハ。と部屋に響く笑い声。

 一転。場の雰囲気は変わる。示し合わせたように三人は真剣な表情になった。


「で? 本題は何でぇ。ただそんな馬鹿な話をする為に呼びだしたんじゃあねぇだろ」

「ええ。あなたをここに呼んだのは、【転落者】の事についてよ」

「!? ……その話は終わったんじゃねえのか」

「カノンに、その疑いがある」


 その言葉を聞いたバルドルフは、まるで信じられない事を聞いた様に、いや、実際簡単には信じられないのだろう。ひどく驚いていた。


「なっ!? そいつぁ、本当か」

「あくまで疑いだ。しかし――」

「その可能性は高い。知ってるでしょ? 私の力は」

「あ、ああ。――するってぇと、あの嬢ちゃんは」

「カノンは私達の娘だ。【転落者】だろうが関係無い」

「ええ、そのとおりよ。でも、あの子には近い内、何かが起きる。あの子に何かがあった時、貴方にも協力してほしいの。それが呼んだ理由よ、バルド」

「成程な。そう言う事なら任せな。手始めに、アイリと同じイヤリングでも作るか。前のは壊しちまっただろ?」

「ええ。でも、カノンのはネックレスにしてちょうだい。私はハイエルフで耳が長いからイヤリングにしたけど、カノンは人間の血の方が濃いから耳は短いわ。だったら色白の肌を綺麗に見せる為にネックレスの方がいい」


 そう言うアイリーンの耳たぶには、確かに風を思わせるような意匠が施された薄緑色のクリスタルイヤリングが着けられていた。


「嬢ちゃんには、ちっとばかしまだ早ぇんじゃねぇか?」

「何を言ってるの。女は何歳であっても女なのよ。可愛く綺麗に時には艶やかに。身を磨いて困る事なんてないんだから。それに私の玩具でもあるし」

「やっぱり嬢ちゃんのドレスはお前さんの趣味か。人形趣味も自分の娘でやるのもいいが、嬢ちゃんに嫌われねぇ様にしろよ。っていうか、今さらっと自分の娘を玩具って言ったな」

「大丈夫よ。出来た子ですもの。容姿も性格も、私にピッタリ。流石私の娘」

「……まぁ、楽しそうで良かったよ」

「ええ、子供の頃からの夢だったもの! あぁ、カノンにはもっともっと色んなドレスを着させたいわぁ。成長させたら何を着せましょうか。いまから楽しみだわ。ウフフフフフフ……」



  ◆☓◆☓◆☓◆☓◆


「ねぇあなた、カノンって可愛いわよね。こうムギュッってしたくなっちゃうくらいに! ああ~もうあの子ったらなんであんなに可愛いんでしょう!」

「そ、そうだな。ああ、分かっているよ。それよりもだなバルド」

「それより!? それよりもってなによあなた! カノンちゃんの可愛さを差し置いてそれより!? あなたはカノンちゃんへの愛が足りないわ! そんな事だからあの子達の距離の測り方一つとってもねぇ!」

「……俺もかあちゃんのケツに敷かれてるが、お前ぇも大変なんだな、アイザック」

「……分かってくれるか、バルド。夜にでも酒に誘うよ」

「ああ、偶には二人で飲もうや」

「ちょっと! 聞いてるの!?」


  ◆☓◆☓◆☓◆☓◆




「キャア!!」


 ガバッと掛け布団を撥ね退けて飛び起きた。


「な、なんだ今の寒気は?」


 ハァハァと息を吐く。

 な、なんだか寝てる間にものすごい強烈な寒気が襲ったのだが、なんだったんだろう? 夢見が悪かったのだろうか。そう言えば夢の中に母様が出てきた様な、無い様な。


 ウフフフフフフ……


「ヒッ!?」


 な、なんだかまた寒気が背中に! か、風邪でも引いたのだろうか。

 割かし真剣に自分の体調を心配した頃。ドアから控え目なノックの音が響き、ガチャと音を立ててドアが開かれた。


「失礼します。おや? 今日はお早いのですねお嬢様。おはようございます」

「お、おはようヴィヴィアン」


 今日はなんだか嫌な朝だな。何事もなければいいが……。


 この話の詳しい事は活動報告で書きます。

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