表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀の髪と紅の瞳  作者: 三毛猫
6歳 アルテシア編
6/13

第5話(改訂版)




 今俺は、応接間を出て廊下を歩いていた。


 先程まで応接間のソファに座っていたのだが、大人たちが話してる内に暇になってしまったのだろう。ロイは手持無沙汰になりソワソワと動き始め、一時間も経たずに暇そうに欠伸をし始めた。

 イルミナおっちゃん(内心での呼び名は完全にこっちで定着した)が怒鳴って叱りつけたが、ロイ自身はやはり面白くなさそうにぶうたれる。

 それを見た俺は彼を連れて少し屋敷内を案内したいと父に提案した。その時の瞳の輝き様と言ったら。今は廊下をキョロキョロと見回してイキイキとしている。


 どうやらロイはじっとしている事が嫌いなのだろう。

 だがまぁ仕方ないのかもしれない。ロイの年は俺の2つ上の8歳。この世界から見てもまだまだ幼い筈だ。一を聞いても零も分からない親同士の話なんて子供には何一つ楽しくないのだから、当たり前の反応なのかもしれない。


 隣を楽しそうに歩くその子供を見て、クスリと気付かれないように一つ笑う。


 この世界で子供は自分を除けば兄しか見た事がなかった。兄はロイとは一つ違いの9歳だが、年不相応に落ち着いている。まだ両親の言葉に唯々諾々と従っているので幼さはあるのだろうが、それでもやはり年齢よりは大人びていた。


 それ故にこの世界の子供は皆こうなのかと思っていたが、はてさて。


 少なくとも隣のロイは年相応の子供の様だ。俺としてはこちらの方が好感が持てる。

 彼は今、このアルテシア領にしか咲いていない花を生けた花瓶に興味を持った様だった。確かに奇形一歩手前の様なデザインをしていて、見慣れていない者には面白いかもしれない。ためつすがめつ花瓶を見て楽しんでいる。


 花を無視しているのはやはり男の子か。まぁ自分も、大して興味なんて持ってはいないが。


「おー面白れー。なぁなぁ、この花瓶なんでこんな形してんだ?」

「さぁ、何故でしょう? 恐らく庭師などを兼任している者がこう、何とも言えない様な形をした物をとても良く好むので、それ故かと思います」


 俺の舌足らずな口調の説明を聞いているのかいないのか、「へー、変な形!」と一人で楽しんでいた。

 落ち着いた兄が特別なのか、幼さを残したロイが特別なのか。はたまたどちらも特異な存在なのか。

 アルテシアには子供は特に少ないので、未だ俺は見た事がない。今度、雨か曇りの時にでも探してみる事にしよう。


「なぁ、そういえばなんでここはカーテンを全部閉めてるんだ? 外はピッカピカのいい天気だぜ?」


 ロイはいままで壷に夢中だったのに、飽きてしまったのか、今は窓に張られたカーテンに近づいていた。

 その手には、カーテンの端が。

「ま、待ってくだ」

 先の予想が出来る彼の仕草に、俺の中で警鐘がけたたましく鳴り響いた。

 「ほら」との一言で、ロイは軽くカーテンを開いた。開いてしまった。

 カーテンがめくられるその音を聞いた瞬間、俺は目を見開いた。とっさの事で、殆ど条件反射だった。

 陽の光。日光。その光は、人にとってなくてはならないモノ。

 しかしそれは同時に、


「キャアァ!」


 俺の双眸を焼いた。


「ど、どうした!?」

「ロ、ロイ。カーテンを閉めて貰えませんか? 私は陽の光に特別弱いので……」


 俺は顔を両手で隠して蹲った。

 先ほどの直射日光は不意打ち過ぎた。眼を見開いてしまったせいか、視界がホワイトアウトしている。何も見えない、まるで白の絵の具をぶっ掛けられたかの様だ。光量を調節出来ない赤い眼が、一時的な失明状態に陥っている。

 結構、いやかなり目が痛い。


「わ、悪い! 今閉める!」


 サッ! と勢いよくカーテンが閉められる音がする。体に注がれていた暖かい日光も無くなった。ロイがカーテンを閉めてくれたのだろう。

 でも、駄目だ。

 カーテンによって陽の光は遮られたが、視界がまったく回復しない。あまりにも急すぎたんだ。対処が完全に遅れたせいで暫くは回復しそうにないな。

 顔をおさえた掌が少し濡れている。涙も多少流れているな。


「カーテンは閉めたぞ! 大丈夫か?」

「ロイ、すいませんがこの道をまっすぐ戻ってメイドを二人程呼んできて貰えませんか? どうやら先程の光で目がやられて見えないのです」

「わ、分かった。直ぐに呼んでくる! 動くなよ!」


 動けませんよ、と言う前にタッタッタ……と忙しい足音が遠ざかっていった。ここまで来るまでに仕事中のメイドを見たから、まっすぐ戻ればまだいる筈だ。


「お嬢様!」

「お嬢様、大丈夫でございますか!?」

「連れてきたぞっ!」


 暫くすると何人分かの駆け足のと共に3人の言葉が聞こえてきた。

 声的にメイドと執事か。どちらも切羽詰まった声を出して此方にかけてくる。


「ロイ。ありがとうございます。そこにいるのは誰ですか?」

「メイドのアルゥと執事のアーツィアです! お嬢様、ご無事でございますか!?」


 男性の声が返ってくる。若い執事のアーツィアか。声が直ぐ隣で聞こえる。どうやらしゃがんで俺の状態を窺がっているのだろう。


「ええ、大丈夫です。ちょっと目が見えないので、アルゥは私を寝室に運んで、お父様に体調不良の旨を伝えてきて下さい。執事のアーツィアは私に変わり、ロイのご案内をお願いします」

「了解しました、後の事はお任せください! アルゥ、早急にお嬢様を寝室に」

「はい。お嬢様。失礼します」


 柔らかい腕に体を持ち上げられる。

 横に抱きあげられたから、まさにお嬢様抱っこか。抱えてるのメイドだけど。

 どうやら妙な事を考えられる程度には落ち着いてきたらしい。相変わらず目は痛いが。


「すいませんロイ、案内はこの執事のアーツィアが引き継ぎますので、行きたい場所等があればアーツィアに言いつけて下さい」

「そ、そんな事よりカノンは大丈夫なのか?」

「ええ、恐らく休めば治ると思いますので。騒がしくして申し訳ありません」

「お嬢様、早く寝室に」

「分かりました。ではロイ。失礼します」


 その言葉をスイッチにしたかの様に、メイドは足早に歩き出す。

 そのまま俺は、寝室へと連行されるのだった。


 ●●



「ではロイ。失礼します」


 そう言ってカノンはメイドに担がれながら、屋敷の奥へと連れて行かれた。

 連れて行かれる前に見た、メイドに担がれたカノンの顔。

 その顔を見たロイザは、カノンが無理をしていた事を悟った。涙を流していたからだ。

 淡々と冷静に言葉を述べていたので、多少辛そうではあったが、そう大きい痛みではないと、そう彼は思っていた。

 が、しかしそれは間違いだと気付く。カノンの去り際の顔は、明らかに苦痛によって歪んでいた。

 カノンが消えていった方向を、苦い顔で見続ける彼に執事が話しかける。


「ロイザ様、お嬢様がお休みになられたので屋敷の案内はこの執事めが引き継がせていただきます。何所か行きたい場所でもございますか?」

「え、あ、ああ。いや、そんな事より、カノンは大丈夫なのか?」

「ええ、暫くお休みになればじきに収まるでしょう。過去にも一度、あった事ですので」

「過去にも……。なぁカノンに何があったんだ?」


 質問された若い執事は短く答えた。

 曰く、「分かりません」と。


「お嬢様は陽の光に弱く、短時間でも晒されるとあの様に目を焼かれるのです。原因は未だ、分かっておりません。何かの呪いではないかと疑いもしましたが、呪術師によれば、これは呪いではないとの事で」

「呪いじゃない……」


 じゃあ何が原因なんだ?


「――だぁーくそぉ! 考えても分っかんねぇ!」


 ロイザは頭を掻き毟る。そもそも彼は考えるのを得意としない。いくら考えたって答えなんて出てこないとつまらない思考は放棄する。


 なら今は、カノンの事だ。


 答えと言えないような答えを導き出して、彼は思考を切り替える。


「(そうだ、俺にはしなくちゃならない事がある。こんなところでウダウダと愚にもつかない考えをしている場合じゃあ無い)


 顔を上げる。暫く考え事をしていたせいで、若い執事、アーツィアはロイザの事を訝しげに見ていたが、そんな態度なぞ意に介さずに彼はアーツィアに話しかけた。


「えっと、執事の、なんだっけ?」

「アーツィアでございます」

「そう! アーツィア、俺をカノンの部屋の前まで案内してくれ」

「どうされたのですか? お嬢様に何か用事なら、先に伺いますが?」

「いや、案内してほしいのは、俺がカノンに謝りたいからだ」


 結局カノンが陽の光に弱い理由はよく分からないが、そんな事は既に彼にとって、どうでもよかった。

 知らぬとは言え、直接的ではないにしても、カノンを傷つけた。

 ならばそれを謝らないと。単純思考の彼の頭には、悪い事をしたなら謝らなければいけないと、そう結論をつけていた。


「ドヴェルグ訓その1、頭の下げられる男であれ、だ。いくらだって待つ。案内した後は放って置いて構わない。だから俺を案内してくれ!」

「い、いくらだって待つと申されましても、お嬢様が目覚めるのはいつになるのか。最悪、明日の朝まで起きない可能性もございます」

「それぐらい! 頼む、この通り!」

「ロ、ロイザ様!?」


 勢いよく頭を下ろすロイザ。その姿にアタフタ狼狽するアーツィア。

 本来執事やメイドには命令はしても、物を頼む事に頭を下げる領主やその子息なんて滅多にいない。主人や上の物に頭を下げさせるのは、超の言葉が頭に付く一流の執事やメイドだって余程の事が無い限りありえないだろう。それ以外で上の者の頭を下げさせるのは頭にドの付く三流である。

 その事を知っている執事は、頭を下げられた、頭を下げさせてしまった事に酷く動揺した。


「わ、分かりました! では今すぐご案内します、ですのでお頭をお上げください!」

「ありがとう、じゃあ頼む」


 こうして執事に連れられたロイザは、カノンの部屋へ向かっていくのだった。


2013/1/26 改訂

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ