第4話(改訂版)
「さて、それじゃ今日から魔術のお勉強を始めるわよ」
翌日。母の宣言通りさっそく魔術の勉強が始まった。
この世界はネットゲームの世界か、それに酷似した世界である。
その可能性を全面的に肯定した場合、俺は魔術に関しても多少の知識が有る事になる。
お試し期間から数年、少なくても5周年記念のキャンペーンに参加するまでの間はやり続けていた俺は、ゲームで得て覚えている知識は決して少なくない。
が、俺は肉弾戦好きのファイタータイプであった為、魔術系の事はあまり詳しくない。覚えている事となればあまり多くは無いだろう。
結局は機械を挟んだ間接的な知識であるし、この世界とは差があるかもしれない以上、信憑性の確立は高くない記憶では有るが、既に知識を持っているという有利さ(アドバンテージ)はやはり大きいと思う。
生身でファイターの真似事をする気は無いし、この体では夢のまた夢だ。
魔術の記憶をどれだけ有利に使えるかは、この先の行動に大きく関わると予測する。
「まずはじめに、魔術の基礎を教えるわよ」
だから、めんどくさがらず一から真剣に教わる。
魔術はイメージが肝だ。
術者が思い浮かべる【想像した事象】。これを人間族が個々が持つ潜在魔力で世界という器に無理矢理具象化する。それが簡単に言う魔術の使い方だ。
この魔術の基礎とも言える使い方を軸に、元の魔術である「種族ごとの魔術」に似た魔術を具象化させるのが一般的。
しかしヒトが単体で世界に対し、無理矢理現象を引き起こすなんて事は、はっきり言って無理だ。
そこでこの大陸で重宝されている存在、「クリスタル」が出てくる。
クリスタルは生成された時点から魔力を含んだ鉱石の事で、「透過」と言う不思議な特徴を持っている。
この透過は形なきものをゆっくりと受け流すクリスタル特有の性質の事で、このクリスタルを世界と自分の中継ポイントとする事によって、魔力による具象化にかかる負担を軽くすると言う事らしい。
その性質上、クリスタルの純度が高ければ高いほど魔力透過率が高くなり、多くの魔力を一気に透過できるようになる。
つまり、クリスタルは魔術を起こす為の無くてはならない補助装置と言う事だ。
クリスタルはいろんな種類があり、透過速度の遅いクリスタルもあれば、少ない魔力を時間差なしで透過するクリスタルもある。
速度の遅いクリスタルは主に光源としてライトや、この家ならシャンデリアに使われている。時間差なしのクリスタルは、魔術と武器を両方使う所謂魔法戦士と呼ばれる人達の武器に使用されている。
話を戻して次は魔術の種類。
火属性、水属性、土属性、風属性、そして無属性の魔術。
この五つが主だった魔術の種類となる。
ここからさらに細かく分離するらしいので、後々掘り下げていくと母に言われた。こう言った属性の分類は本来必要ないらしいが、イメージを固める意味では有効らしい。魔術に名前をつけたり、使用時に魔術の名前を宣言したりするのも同様の理由との事。
と、ここで母親の基礎知識の説明が一旦終わる。
やはりここまでの話でも俺の知らない事は多かった。大雑把な部分はゲームでも触れられていたが、細やかなところはこうして覚えていくしかなさそうだ。
「あとで初心者用の魔導書を使って勉強していくわね。さて、最初に魔術がどんなものか、見本を見せてあげる」
と、母親がおもむろに腕をあげて人差し指を此方に向けてきた。人を指すなんて親がしていいのか。
なんて思っていたら、
「きゃっ!」
突風が向かい風でやってきた。俺の髪の毛がぶわっと揺れて驚く。
ここは俺の自室だ。勿論体質の関係上カーテンは閉め切られていて窓は空いていない。風が吹くなんて事はありえない。が実際風は吹いた。
なるほど、これが魔術。風の魔術か。
「ふふっ、可愛らしい声ね。カノン」
一瞬、何の事か理解できなかった。が、頭はすぐに解をはじき出す。
可愛い声、いや、体は女の子だから声が可愛らしいは褒め言葉なのだろうが、正直言ってショックが大きかった。
うおっ、とか。わっ、とか。咄嗟の事は前世と同じ行動をするだろうと無意識に思っていた。この小さな体に変わった影響は意外と出ていたらしい。
その事にどこか気恥かしさが湧いてすこし母から目を逸らした。耳と頬がほんのりと熱を帯びた気がする。
「カノンが魔術を試すのはまた今度ね。最初は基礎をしっかりと覚える事」
「分かりました。お母様」
いつかなにかで驚かして反撃をする事を心の中に隠しながら返事をする。と、同時に部屋のドアがノックされた。この控えめの音はメイドのだれかだろう。
「アイリーン様、お嬢様。お茶の用意が出来ました」
「あら、ありがとうヴィヴィアン。入ってきて」
「失礼します」
母親の許可でヴィヴィアンが一礼して入ってくる。横には白いワゴンの様な手押し台がある。白いワゴンに乗っているのはお茶の用意か。
「ヴィヴィアンが来たから一旦お茶にしましょうか。終わったら魔導書での勉強に移ります」
「はい。お母様」
母親の講義はヴィヴィアンによって一旦のティーブレイクを挟む事になった。
2
「おはようございます。お嬢様」
「うん、おはよう。ヴィヴィアン」
今日もアルテシアは快晴。アルテシアは暖かく晴れが多い気候なのは分かっているが、こうも長く晴れが続くと少々曇り空が恋しく感じてくる。
前世では天気なんて気にはしなかったが、今の俺は曇りが大好きだ。
何故なら曇りであれば屋敷の外を歩けるのだ。もちろん、極力肌は隠す事になるが、それでも外を出歩けるのは嬉しい。
逞しい身体のお爺ちゃんや元気なお婆ちゃんに会えるし、あまり外を出歩かないから町の様相がよく分かっていないので、見知らぬ町を探検してるみたいで楽しい。街の皆もいい人達ばかりだし、領主の娘と言う事でこれでもそれなりに人気がある。
いつもいつも決まった区画内で勉強ばっかりしているのは、いくら前世でインドア派だとしても流石にストレスが溜まった。
「今日はイルミナの領主様がやってきます。少し着替えが長引きますが、ご容赦ください」
「え、今日なの?」
「はい。アイリーン様からも「可愛く着飾ってね。第一印象は大切だから」と言いつけられております」
中々上手い母のモノマネをこなすヴィヴィアン。アンタにそんな特技があったのか。
しかし今日だったのか、知らなかった。近々やってくるとしか父さんには教えてもらっていなかったからな。
今日は俺にとってあまり好ましくない晴れの天気だが、俺の体調は悪くない。屋敷の中だけで会うならば問題ないだろう。低血圧ながら、今日は珍しく朝でも頭が冴えている。
どんな人がくるのだろうか。少し楽しみだ。
今日のドレスは純白のアフタヌーンドレス。細かい模様の入ったレースがドレスの端々に刺繍されており、シフォンのストールを肩に纏っている。今日は珍しく裾が長く、その長さは後ろの布を床に引きずるほどだ。ここまで白いとウェディングドレスのようだなと他人事の様に考える。
このタイプのドレスは一回裾を踏んでコケた事があるから、正直あまり好きじゃない。
今日はゆっくりと歩こう。ただでさえ今日はパンプスではなくヒールの高い靴を穿くのだから。
しかしいつも不思議に思うのだが、なんでこんな大人の女性が着るようなドレスの子供用サイズがあるのだろうか?
目の前のドレッサーの中の事情が非常に気になる朝になった。
「よぉ! 久しぶりだなぁアイザック! アイリーン!」
「ああ、お前も元気そうだな。なぁアイリーン」
「そうね。元気そうでなによりだわ。バルド」
朝食を黙々と食べて解散し、いつもの様に勉強部屋で本を読んでいると、昼頃に父が勉強部屋までやってきた。
曰く、イルミナの子息がやってきた。と。俺は父に連れられて応接間に引っ張り出される。
父と共に屋敷の広い応接間にやってきたのだが、目の前の白いシックなソファにはガタイのゴツイ小さな人が座っていた。いや、俺よりは大きいのだが、横にいる母さんよりは小さい。
日に焼けたようなこんがり肌に、淡く赤が入ったこげ茶色の髪の毛。がっしりした体格に、短いが筋肉溢れる腕と丸太の様に太い足。髪の毛と同じ色の立派な顎ヒゲ。ヒゲはモミアゲと融合してしまっている程に多い。そしてその身長。
彼は恐らくドワーフだろう。先入観による判断だが、これだけ想像の中で典型的なドワーフの様な容姿でドワーフじゃなかったらむしろ軽く驚く。
「おぉ、そのチビッ子がお前の娘か」
俺に気づいたそのドワーフは、今まで渋い顔で飲んでいた紅茶のカップをソーサーに置いた。
ともすればダミ声に近い声は、その体にはとてもマッチしていた。
「ああ。カノン、挨拶をしなさい」
「はい」
俺はドレスの左太股あたりの裾を摘んで、目を瞑り軽く頭を下げ、左足をドレスの中で右足の後ろに交差させ、右足一本で身体を軽く沈ませる。ここで沈ませたまま挨拶をするのがやり方だ。
「初めまして。アルテシア領主、アイザック・イヴ・アルテシアが第2子、カノン・アルテシア・フィッツジェラルドです」
如何なる時も礼は優雅に。
フィッツジェラルド家は領主ではあって貴族ではないが、父親にはそう教えられた。領主と言う立場上、まさに貴族と対面する事もあるだろう。
その時にとやかく言われない様に、最低でも礼は優雅に。という訳だと思う。未だ6歳児の俺にはそこまで教えられているわけではないが、大凡の理由としてはこんな物だろう。
礼の練習は事前にしておいてよかった。
「おお、ご丁寧にどうもあんがとよ。だがそんな堅っ苦しい挨拶は抜きでいいぜ嬢ちゃん。俺はお前の両親とは特別仲がよくてな。イルミナの領主になる前から色々と世話を焼いてんのよ。だから楽にしてていいぜ、お前さんも疲れるだろ」
「では、お言葉に甘えて」
俺は裾を手から離し、足を元に戻して身体を浮かせる。
「まったく、誰が誰の世話を焼いていると? 昔はよく問題を起こした癖に」
「そりゃお互い様よ。お前ぇが落ち着いたのは別嬪な嫁さんを貰ってからだろうがぁ」
「正確には貰って少し経ってから、かしらね。まぁ当時は当時で力強くて魅力的だったけど」
「そういうアイリーンもな。昔はとても頼もしかったよ」
「あら? 一体私が何かしたかしら?」
「馬鹿の嫁さんしてんだ、心当たりなんざぁいくらでもあるだろう。なぁ?」
「違いない」
愉快に笑い合う両親達。このずんぐりとした人は昔からの友人なのだろう。父がこれほどまでに笑っているところなんて見た事がない。案外此方が素なのではないだろうか。
「さて、嬢ちゃんにゃ挨拶がまだだったな。俺はバルドルフ・イヴ・イルミナ・ガーラディン。イルミナの街を治める領主だ。よろしくな。おいロイ! お前ぇも見惚れてねぇでとっとと挨拶しやがれ!」
イヴの名がついているという事は当家初代領主か。父親と同じ立場と言う事だ。親しい友人だし、もしかして同時に就いたのだろうか。
イルミナ領主のバルドルフ(感じ的にはイルミナのおっちゃん?)の隣でソファに座っていた子供が立ちあがる。燃え上がるような赤い色の貴族服を着ている為、それなりに目立つ。まぁ隣の存在感も無視していても目に入るレベルではあるが。いや、これはこの世界の人を見慣れていない俺だけか?
でも、さっきから此方をちょっと熱っぽい目で見ていたので気にはなっていた。
「見惚れてねぇよ! ったく。俺はロイザ・イルミナ・ガーラディン。ロイって呼んでくれ。よろしく」
ロイは子供特有の幼さの抜けない笑みで挨拶する。
この出会いが、後に歯車のスイッチになっていた事は、この時は誰も知らなかった。
2013/1/6 改訂