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白銀の髪と紅の瞳  作者: 三毛猫
6歳 アルテシア編
2/13

第1話(改訂版)




 燦々と輝く太陽が昇り始める快晴の朝。窓から見える屋敷近くの林が、陽の光を全身に浴びながらそよ風に揺られていた。

 その光景を見て、屋敷に住み込みで働くメイドは、そっとカーテンをひいていく。この付近の廊下は総てカーテンが陽の光を遮っている。

 その事を確認したメイドは、目の前にある扉を開けて部屋に入っていく。


 部屋の中は薄暗いが、カーテンがひかれた窓からは薄く陽の光が漏れ出している。

 壁には服を収納している大きなワードローブがあり、中でも一番目を引くのは、部屋の中央にある天蓋付きのベッドだ。

 そのベッドで眠っているのは、大きさに対してあまりに小さなこの部屋の主である少女だ。胸あたりを上下させて実に気持ちよさそうに眠っている。


 その寝顔は、薄暗いこの部屋の中でも、精緻な造りの人形の様に綺麗だ。

 あまりにも気持ちよさそうに寝ている少女を見ていると、このまま見ていたいと言う衝動に駆られるメイドだったが、仕事でも有る為そうも行かない。

 メイドはベッドの横に立ち、ベッドに寝ている少女を揺り起す。


「お嬢様。始の鐘が鳴りました。そろそろ起床のお時間です」


 メイドは揺さぶる手と掛声で少女の覚醒を促すが、眠れる少女は眉間に皺をよせ、反対側に寝返りを打つ。自らの眠りを妨げる物に対しての対抗策だ。

 しかしそんなものは丸っきり意に介さず、メイドの起床を促す揺さぶりは続く。

 うぅーんと唸りながらも、少女はようやくその目を開けた。


「お早う御座います。お嬢様」


 メイドの声を聞く少女はゴシゴシと眼を擦りながら、緩慢な動きで体を起こしてようやく覚醒した。半分程、だが。



 俺のカノンとしての一日は、今ベッドの脇にいるメイドの手によって揺り起されて始まる。

 彼女は俺の専属として任命されたメイドのヴィヴィアンだ。俺が生まれる何年も前からこの屋敷で働いているらしい。

 ヴィヴィアンに起こされる俺は、所謂低血圧で、兎に角朝に弱い。

 低血圧の人は早めに睡眠を取る事で朝起きれるようになるらしいのだが、俺の知識が間違っているのか単純に睡眠が足りていないのか、夜早く寝ても朝は中々一人で起きられない。

 今日はまだマシな方だ。酷い時は気分が優れなくて昼頃まで寝て過ごす時もある。唯一救いなのは低血圧の症状として朝に起きる頭痛の程度が、それほど酷くならない事だろう。


「おはよう、ヴィヴィアン。いつもありがとう」

「いえ、これが私の仕事です。さ、お嬢様。お着替えを致します」


 そう言いながらヴィヴィアンはスッと手を此方に差し出す。

 この薄紫色の天蓋付きベッドは、俺にとって少々、いや大分大き過ぎる。普通の成人男性でようやくちょっと大きいかな? 位の大きさのベッドだ。いまだ歳若すぎる俺には、一々ヴィヴィアンに手を貸してもらわないとベッドから這い出るのにも苦労する。

 俺にとってこの問題は如何ともし難いが、この家の者たちは基本的に「それも仕事」で片付けてしまっていて、俺の意見は通らない。メイドに仕事をさせているという観点からすればこの問題は解決されるのだが、俺としてはベッドくらい自分で出たいと思っている所だ。


 ヴィヴィアンの手を借りてベッドから立ち上がり、そのまま手を引かれて大きな鏡の前に移動する。

 鏡は大の大人が丸々入る程の大きな長方形の鏡で、俺がヴィヴィアンに着替えさせられる時に使われる物だ。

 その大きな鏡には、ヴィヴィアンの姿と鏡の前にある椅子に座った、俺の姿が映っている。

 ヴィヴィアンはヘッドドレス型のホワイトブリムとヴィクトリアンメイド型のエプロンドレスに身を包み、腰まで伸びる黒髪を仕事の邪魔にならない様に後ろで束ねている。

 装飾が少なく落ち着いた黒と白の長袖ロングスカートの服に隠れていない褐色の肌と、スタイルのいい長身痩躯の体が彼女の魅力だ。そう俺は考えている。メイド服による雰囲気的な補正がどれくらい働いているかは知らないが、それなりに整った容姿をしていると思う。


 そんなヴィヴィアンの横で寝間着を脱がされている俺は、自分でも人形と納得してしまう程の白い乳白色の肌を晒していた。

 背中をチクチクとくすぐるのは腰まで伸びていてそのまま流している自らの髪の毛。一本一本が細く、それでいてサラサラと絡まる事も無い手入れの行き届いた白金色の髪の毛が、寝間着を脱ぐ度に揺れている。

 顔はまだ丸みがある童顔で、眼は元々が少し大きいのに加え、両目とも二重瞼によって大きく見える。此方も人形の様だと言われる原因の一端を担っている部分だ。眼の色は透きとおった淡紅色で、乳白色な肌のせいでより一層際立っている。

 寝間着のカボチャパンツのような下着である薄いピンクのドロワーズと、肌より白い純白のシースルーは既に脱がされ、代わりにアフタヌーンドレスに着替えが行われていた。


 そして体は、ヴィヴィアンの半分ぐらいの身長。まるで大人と子供だ。

 いや、まさに大人と子供である。そこに揶揄や比喩なんて存在しない。

 何故なら俺は今、身体は小学生程の歳なのだから。


 この状態がまさに俺の現状である。かつての俺の姿である、日常に疲れたスーツ姿のサラリーマンなんて面影もない。


「御髪を梳かせていただきます、【カノン】お嬢様」


 ヴィヴィアンに自分の髪をゆっくりと梳かれている間、俺は自身の新しい女の子カノンとしての体に、小さな溜息を洩らすのだった。



 2



 ヴィヴィアンの手際のいい着替え作業を終えて、その身をドレスに包み、家族との朝食に向かう。勿論傍らにはヴィヴィアンが付き添っている。

 ドレスは薄い桃色のアフタヌーンドレスで、露出と装飾は総じて少なめ。スカートの丈は足首まであり、袖の長さは手首近くまである。これで手袋をすれば頭以外は完全に肌が遮断されるのだが、外に出る訳でもないのでつけていない。

 こういったアフタヌーンドレス(決して午後専用のドレスではない)は外に出ない俺にとって基本的に部屋着と化している。

 ドレスを着る事になったその原因は母親で、曰くドレスはその場その時間帯で見合った物を着こなす事、と言われた。

 故に俺の着替えの時間は朝に着るアフタヌーンドレスの着替え、夜前に着るイブニングドレスの着替え、寝る時の寝間着の着替えと3回ある。着替えさせてもらえるのだが、正直メンドクサイ。

 ドレスについて最初は歩きにくい、スカートの中がスースーする、着替えるのがメンドクサイで真剣に抗議しようかと考えた事もあったが、習慣とは怖いもので既に慣れてしまった。スカートの裾を踏んでこけた事は、自分の中で既にいい思い出と化している。掘り返さないぞ。

 そんな苦い思い出を思い返していると、家族の待つ食卓の扉に辿り着いた。思わず一つため息。理由は、これから行われる食事の時間は、俺にとって少し憂鬱な時間となるからだ。

 朝食の場であるダイニングルームの扉を、ヴィヴィアンがゆっくりと開ける。

 そこに広がるのは長い長方形のテーブルと、家人の数と同じ数の背が長いイス。一番奥には藍色の燕尾服に身を包んだ男性が座っており、その横には

メイドが二人待機している。

 一番奥の燕尾服姿の男性の名は、アイザック=アルテシア・イヴ=フィッツジェラルドと言う。

 この家の、アルテシア家の現当主で、あまり多くを語らない厳格な人だ。今も家族が談笑していたであろうその空間において、ただ眼を伏せて静かに座っていた。


「お待たせしました、おはようございます。お父様、お母様、お兄様」


 入室と同時にまだ少し舌っ足らずな言葉で挨拶をする。それに対してお父様はただ頷きだけを返してきた。

 それを見てとったヴィヴィアンが動きだし、俺は目の前にある縦長なイスを引いてくれる。そのイスにドレスの後ろスカート部分を押さえながら腰かける。ここまでの一連の動作に迷いはない。物心着いてから一度も変わらないものなのだから、迷う筈もなかった。


「まぁ、よく出来ました。カノンちゃんは賢いのねぇ」


 掌を軽く合わせ、にこやか顔で話す金のロングヘアーが似合う自分の斜め右に座る女性。彼女は母親のアイリーンだ。

 俺にドレス着用を強要しただけあって、俺はこの人のドレス姿以外を見た事がない。これが他では普通なのか、それとも特別なのか判断が付かないので、時間があれば調べてみたい事でもある。


「ありがとうございます。お母様」

「お父様、カノンもやって来た事ですしそろそろ朝食を頂きましょう」


 俺から見て左の席に座っている少年、3つ年の離れた兄のシャルルが父に告げる。

 それを聞き届けたお父様は今まで閉じていた双眸をようやく開き、軽く握った右拳をゆっくりと胸に置いて立ち上がった。


「豊穣の女神と大地の精霊よ、お恵みに感謝いたします」


 お父様はそう言い終えると、胸に当てた右拳を降ろして椅子に座る。それを合図にして、皆目の前の料理を口に運び始めた。

 先ほどお父様が述べた口上は、日本で言う「いただきます」と似た食事の前口上だ。

 この村、アルテシアは「豊穣の女神」が眠っているとされる地と近く、この地域は先程父が述べたこの言葉が食事の時の前口上となる。

 他の村や地域ではその地域独特の口上があり、それに習ってその場の代表者が口上を述べるのがこの国では一般的である。


 今日の朝食はパンとコーンスープに似通ったスープ。味は俺の居た現代のコーンスープには似ていないが、これはこれで俺の好物でもある。

 既に一切れ一切れ分けられているパンをスープに浸す。この世界のパンはフランスパン以上に固いので、パンをスープに浸して食べる。それでも固いが、これはこれで食べ慣れるとおいしいものだ。余談だが、普段の食事はナイフとフォークで食べるが、パンを題材とした料理は基本的に手掴みである。

 パンをスープに浸し、口に入れる。

 いつもと同じくおいしい料理に舌鼓をうち、ふと周りを見る。

 家族の皆はこの料理を黙々と食べ続けている。この世界では食事時に会話をすると所謂「行儀の悪い」行いとなってしまう為、皆何も言わずに料理を口に運んでいるのだ。

 この状況が、俺の「食事の時間が少し憂鬱な時間になる」理由である。

 やはり何か物哀しい。日本での文化に触れた生粋の日本人としては、食事は一家の団欒と考えている。

 その俺からすると目の前の様に黙々と食べ続けているこの状況には、元々少ない食欲のグラフは更に右肩下がりだ。

 一家の中で一番歳が低く、又小食である事もあって、一番早く食べ終わるのはいつも俺。

 今日にもご多分に漏れず、先に食事を終えて席を立つ。食事の後は「ごちそうさま」などと言わず、そのまま自室へと変えるのも又、この国では常識である。

 ヴィヴィアンがダイニングルームの扉を開ける。その扉をくぐる俺は、家族に一瞥もくれる事はなかった。


 2011/11/28

 修正:低血圧の人は早めに会う移民を取る事で → 低血圧の人は早めに睡眠を取る事で

 akiwest様、ご指摘ありがとうございました。

2012/10/16 改訂

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