第9話(改訂版)
「<気炎万丈、打ち砕け爆炎>火属性魔術【フレアシュート】発動!」
「まだまだ、これぐらいじゃ私の守りはびくともしないわよ」
「また消された。これも通らないのか」
俺の魔術によって作り出された小型の炎弾は、母親の魔術によって生みだされた小規模の台風によってかき消された。その台風の目の中にいる母親は余裕の笑みを浮かべて此方を見つめている。
小型の台風は目の中にもほんの少しだけ風が吹いているのか、母親のまとった純白のドレス、動きやすさを考慮して斜めに揃えたフレアスカートの裾が風に靡いている。その揺れた裾からは母親の綺麗な足が露出している、意匠を凝らして作られたであろうヒールであっても、一種の芸術性さえ垣間見せる程魅力的な脚線美には引き立て役に甘んじている。
母親が特に気に行っている金色の髪の毛も、舞い上がる風によってひとりでにワルツを踊っているかの様に自由に遊んでいる。
炎弾と台風がぶつかり合う今日この頃。今日は天候が曇りなので、屋敷の外で魔術の実践授業である。
「さぁ遠慮なくどんどん撃ってきなさい。私の風の守りを抜けたら次の訓練があるわよ」
そう言いながらも台風は容赦無く吹き荒れる。周りの木々の木の葉が巻き上がってはヒラリヒラリとマイペースに落ちてゆく。
後の訓練が詰まっていると言うのに、行った張本人はまったく手心を加えてくれるつもりはないらしい。自力でこの台風を如何にかしなければならないのだが、さて。さっきから魔術がこの台風によってかき消されてどうにも出来ないのが現状であった。
「お母様、せめて無属性魔術を使わせて下さい」
「駄目。カノンの使える火属性魔術で対抗しなさい。私はそんなに甘くないわよ」
にべもない。兎に角火属性魔術でどうにかしないといけない様だ。
「<燃やせ弾け爆炎の魔手、敵を強かに打ち砕け>【爆炎球】!」
球体に渦巻く炎の球を打ち出す。爆炎球は先のフレアシュートより火力があり、着弾時に小規模の爆発を起こす初級の火属性魔術だ。
母に向かって進む火の玉。やがて台風にぶつかり、爆発を起こすが、どうやら守りに影響を与えた様子はなさそうだ。以前変わりなく健在な様子で吹き荒れる台風の目の中で、母の余裕が挑発的な笑みとして表情に浮かんでいた。
しかし、これで俺の成功率100%の火属性攻撃魔術は打ち止めとなった。後は使えるかどうか分からない魔術を試すか、今まで使った魔術を使ってどうにかあの守りを打ち砕くか。
………。自慢じゃないが、俺は対して知能は高くないと自負している。数ある手駒(魔術)であの守りを崩す戦略性のあるスマートなやり方は俺のやり方じゃない。知識型を自称する俺のやり方じゃない。
ゲーム。そうこれはゲームだ。プレイヤーは火属性魔術師。対して敵は風属性魔術師一人。レベルは相手が遙かに高い。しかし相手は防戦しか行ってこない。
成功条件は守りの突破。倒す事じゃない。
まぁ攻撃される訳でも失敗しちゃいけない訳でもないなら、気楽にやろうか。本格的な実践なんて初めてなんだし。
「<気炎万丈、討ち貫け火計の一矢>火属性魔術【フレイムアロー】発動!」
成功。
空中に生み出された炎の矢は弾かれた様に母を守る風に向かって進む。
フレイムアローは一点突破の魔術だ。先の【爆炎弾】の改良を行ったバリエーションの一つ。炎が弓に弾かれた矢の如く相手に向かって射出される。着弾時に爆発も起こさなければ発動と射出の間に明確なタイムラグがある事が現在の問題。成功率は7割位だろうか。魔力消費は軽くて済むので気軽に打てるのが利点だ。小型軽量低燃費ととても俺に優しい仕組みとなっている。
爆炎弾は元々魔術書に載っていた火属性初級魔術の一つで、ゲームでも火属性の最初の魔術だったと記憶している。勿論呪文も同じだ。
そこから改良したのが先の【フレアシュート】と【フレイムアロー】。どちらも他のゲームからインスピレーションを貰っているが、けっしてパクリではない。これもれっきとした自作魔術だ。、そもそもこの世界でそれを指摘する人もいない訳で、先人達の知恵は存分に十全に参考にさせて貰っている次第だ。
さて、先程母に向かって放たれたフレイムアローは風の守りに対して少し食いこんだ様だが、やはり渦巻く強風にかき消されて消滅してしまった。
しかし、この魔術が届かないならもう無理だ。他の魔術でもあの守りは突破できない。このフレイムアローは相手の守りを突破してダメージを与える事を想定して改良した魔術だから、これ以上の突破力を持つ魔術はまだ習得していない。
と、いう事は勿論母も理解している筈だ。その上で恐らくこれほどの風を生み出している。
ここで少し考えてみるか。
【ゲイル】はゲーム「NEO」では【種族魔術:エルフ】の初級防御魔術にカテゴリーされていた。その効果は貫通属性持ち以外の同じ等級魔術なら全てキャンセル、一定以下の能力を持つ遠距離攻撃は無力化ないし命中率マイナス補正と、非常に優秀な魔術として認知されていた。
しかしその効果はメリットとデメリットがはっきりしていた。
1に、【ゲイル】中は他の魔術を使用できない。
2に、使用中は遠距離通常攻撃の命中率に極端なマイナス補正が掛る。
3に、術者はその場から動けない。
これだけのデメリットがある代わりに、使用MPは少なく、また持続時間も長い(ゲームでは拘束時間とも言った)。
本当に防御に徹するならばエルフのこの系統魔術はとても優秀の部類に入る。対人戦では「エルフは自分よりレベルの下のキャラには絶対に負けない」とまで言われていた。勝てるかどうかは別にして。
つまり母がその場から動かないのも、この魔術のデメリットの為と言う訳だ。まぁ動くつもりもなさそうだけど。
しかし俺が【爆炎弾】を元にして改良した【フレイムアロー】は恐らくゲームで言う貫通属性持ちの筈だ。そもそもこの魔術のコンセプトが「一点突破」なのだから。
ここでもう一つ説明すると、ゲームでもこの世界でも防御魔術は発動中に他の魔術の使用は難易度が格段に上がり、また一点でも防御を突破されると急激に安定性を崩す。
一流の魔術師は安定さを欠いた防御魔術をすぐさま立て直す事は出来るらしいが、それでも多少の時間がかかる。その間に何かしらの攻撃を受けるとまた安定性を崩す為、一流の防御魔術の最良点は「突破されない事」に集約される。また、防御魔術を突破されたのなら直ぐに解除して別の方法に移る用意をしておく事が防御魔術使用時のセオリーだ。まぁたまに自分の防御に過度な自信を持って用意しない魔術師もいるらしいが。
ともかく、その防御魔術対策に開発したのがこのフレイムアロー。射出していく炎を球ではなく矢の形にする事で先端に最大火力を集中し、魔術的な障害を突破する事を目的としている魔術だ。その分爆発もしなければ周りに引火する事もない。ただ対象を貫くだけの魔術だ。
母親に当たらず、尚且つ守りを貫くつもりで放ったそれは、風の守りに阻まれた。
つまり、突破力が足りない訳だ。
なら話は簡単。これ以上の突破力を持つ魔術を現状習得していないのなら、最高突破力の魔術を強化するしかない。ここは魔術書に乗っていた強化法を試してみよう。
頭の中から魔術書の記載を詳細に思い出す。さて、後は実行あるのみだ。
「<気炎万丈、討ち貫け火計の一矢>!」
ここで一時詠唱を中断。ここで魔術に注ぎ込む魔力をいつもより増やす。元々燃費のいい魔術だから、多いと言ってもたかが知れているが。
魔術の強化法はいくつかの通りがある。今回はその一つ、使用魔力量を過剰に加算して魔術自体の効果を強化する手段を取ることにした。
【爆炎弾】の消費魔力を10とするなら、【フレイムアロー】の消費量は3程度。今回はフレイムアローに対して10の魔力を込める。大凡3倍以上の消費魔量になるが、それだけの効果は見込める筈だ。
「魔力充填…完了。火属性魔術【フレイムアロー】発動!」
魔力の充填にも成功し、勢いよく叫んで魔術を発動する。が、しかし。
バフッ!
気の抜ける音を出して自分の周りに煙が舞い上がる。
魔術の発動失敗による魔力の魔力素還元現象。しかも過剰な魔力充填を行ったから、いつもの失敗より煙が多い。一瞬自分が浮いた程だった。
ファサァと煙と共に舞い上がった真っ白な髪の毛と、白を基調として黄色をアクセントに加えたドレスが重力に従って落下する。
「ケホ、ケホケホ」
煙が喉に入って咽てしまい、何度か咳をする。これほどの大失敗は初めてだ。
「大丈夫? カノン」
「大丈夫です、お母様。ちょっと失敗してしまいました。ですが、次こそ」
「そう、ならやってみなさい」
「はい。<気炎万丈、討ち貫け火計の一矢>魔力充填…完了。火属性魔術【フレイムアロー】発動!」
頭上に渦巻く炎の熱源が現れる。今度は成功の様だ。
しかしいつもの【フレイムアロー】の炎じゃない。フレイムアローの炎は普通の赤い炎だが、今現れている炎は青い。しかも大きい。これが魔力を過剰に込めた結果なのだろうか。
大きく青い炎はゆっくりと渦巻いているが、一度跳ねる様に脈動をすると急激に収縮。野球ボールほどにまで凝縮された青い炎の球は一度制止すると、まるで強力な磁石に呼び寄せられたかの様に凄まじい初速で母に迫った。
「ッ!? 【ウィンドブレイカー】!」
母は焦ったように両腕を【フレイムアロー】に向かってかざし、高らかに声を上げて魔術を発動する。
【ウィンドブレイカー】。効果は知っている。ゲームでも出てきた魔術だ。
その代り、今まで発動していた【ゲイル】はもう既に発動していないようだ。既にゲイルによって巻き上げられていた台風は落ち着いている。
どうやら制約にある「発動中は他の魔術を発動できない」はゲイルの魔術をキャンセルして回避したようだ。しかし……。
そんな事を思っている内にも強化版の【フレイムアロー】は母親の目の前まで迫っていた。
だが青い炎の矢は、その母の目の前で進撃を止めてしまった。いや、受け止められてしまった、と言った方がいいのかもしれない。
母とフレイムアローの間には、先程母が発動した魔術、ウィンドブレイカーが遮っているのだ。
ウィンドブレイカーはゲイルと同じ防御魔術。しかし等級としては中級に位置する魔術だ。
その魔術はまさに風の盾と言っていいだろう。複雑な螺旋を描く様に術者を守る風の盾。特筆するような特徴はないが、シンプルな上に防御魔術に比重を置く風属性の種族魔術なだけに勿論その防御力は高い。
現に自分でも驚くような強化がなされたフレイムアローを見事に防ぎ切ってしまった。
フレイムアローは風の盾に阻まれ、その複雑な螺旋軌道の風によってかき消されてしまった。と、同時にウィンドブレイカーも消失する。
瞬間、二人の間を静寂が支配した。
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「ふぅ。驚いたわカノン。まさかこれほどの魔術を使えるなんてね。さっきのは【ゲイル】じゃ防ぎきれなかった。あんまり驚いたから、お母さんちょっとムキになっちゃったわ。おかげで疲れちゃった」
「私も、あれほどの威力になるとは思いませんでした。一度は失敗しましたし」
「そうね。ああ、今日は疲れちゃったから今日の訓練は終わりにしておきます。後でヴィヴィアンを迎えに来させるから後はカノンの好きにしていいわよ。それじゃお疲れ様」
言うが早いか、母は颯爽と屋敷に向かって歩いて行った。
しかしどうした事だろう。母には大して疲れた様子は見られなかった。どちらかと言うと、何かに気付いて焦っていた?
それだけじゃない。さっきの母の魔術、【ウィンドブレイカー】。
母の魔術的技量がどこまでなのかは知らないが、それにしても、発動が早すぎる気がする。
さっきの【フレイムアロー】は、結構な速度だった。初速に関しては普段のフレイムアローを知っているだけに、想像を超えていた。放たれた矢というより、弾丸の様だった。
それに対して、母は違う魔術で対抗した。そこが引っ掛かる。
母の魔術発動を見る限り、詠唱は行っていないようだ。だがそれでも、早すぎる。
強化版フレイムアローを詠唱している間は集中していたから分からないが、恐らくあの詠唱が終わりそうになった時に、母は既に【ゲイル】を解除してウィンドブレイカーの準備をしていたんじゃないだろうか。
その証拠に、フレイムアローが母の目の前に来るその時には既にゲイルの魔術によって生まれた台風は跡形もなく姿を消していた。俺のフレイムアローを見てから発動をキャンセルしたにしては、あまりにも急すぎる落ち着き方の様な気がする。
俺の気にしすぎなのだろうか。
それにもう一つ。母はなぜここまで人間族の魔術に関して詳しいのだろうか。
各種族が扱う魔術と、人間族の魔術に関しては根本的な物がまるで違う。魔術書にはそう書いてあったし、実際母にもそう教わった。
しかし母のあの教え方は、初めての様には感じられない。手慣れている。そう、誰かに魔術を教える事に。それも一人二人の様な軽い経験による熟練じゃないだろう。
母は昔、一体何をしていたのだろうか。
母親の過去がとても気になる一日となった。