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白銀の髪と紅の瞳  作者: 三毛猫
プロローグ
1/13

ハジマリ(改訂版)



 12月24日。


 聖夜とも呼ばれるその日には深々と雪が降っていた。特別特徴も観光名所もない普遍的な街を、神秘的な白を使って静かに飾っていく。

 街は聖夜のテンション真っ盛りで、そこら中でカップルが仲睦まじく歩いている。

 自分もこんな日は魅力的な女性と一日共に過ごしたいもんだが、俺こと「谷本 優志」に女性との縁はひっじょーに薄く、今日は一段と寂しい日をすごす事が決定していた。不承不承と実家に帰り、いつも以上に心から冷え込むこの寒さを温めてくれる酒を求めて、俺は近くのコンビニに繰り出していた。


 そんな俺の傍らには、来年には高校受験が控えている妹が共にいた。妹は勉強の気分転換の為、一緒についてきたのだ。

 2人で駅前のコンビニに向かう途中、俺と妹は色んな事を話した。


 勉強は捗っているか?

 お兄ちゃんと一緒にしないでよ。

 仕事は辛くない?

 辛くない仕事なんてありゃしねーよ。

 友達と上手くやっているか?

 腐れ縁って本当にあるんだね。

 ちゃんと食事取ってる?

 もっぱらコンビニ母さんに作ってもらってる。


 他愛ない事を話しながら歩いて行くと、10分程でコンビニに到着。

 ウィーン、と聞きなれた機械音と共に自動ドアが開く。外気温とまるでかけ離れた、まるで砂漠の中のオアシスともいえるあったかいコンビニの中を、酒という水を求めて店内を散策しようとして一歩踏み出したその時。


 そこには何とも奇妙な光景が映っていた。


 一目で恐怖とわかる表情を顔に貼り付けた店員と、黒いニット帽に2つの穴を穿ちそれを限界いっぱいまで深々と頭に被った男性。口元は露出しており無精ひげを伸ばしているその男は、ある意味ではこの場に一番見合った格好をしていたのではないだろうか。

 そんな怪しさ抜群の男性の片腕は店員に向って一直線に伸びており、その手には拳銃が握られていた。それも撃鉄は既に落ちている。


「え嘘。コンビニ強盗!?」


 とっさに妹がそう言った。よく強盗(らしき人物)にそんな事はっきり言えるな。お兄ちゃんは固まっちまってるよ。

 ドラマでよく見るいかにもといった様な強盗風の格好をした男は、こちらを見るなり「くそっ!」と悪態を吐きながら、店員に向けていたモノをこちらに向けた。


 コンビニに轟音が鳴り響いたのはその直後だった。


 拳銃から放たれた弾丸は、轟音が耳に届く前に既にこの体の中心を捉え、一片の迷いもなく愚直に体内を蹂躙した。

 膝から崩れ落ちるように地面に倒れる俺。ドサッとどこか遠く聞こえるその音でようやく撃たれたという実感と共に湧いてくる、形容できないほどの激痛と恐怖。


「いやぁぁああああああああ!!!」


 横にいる妹の絶叫。しかしそれすらも遠く聞こえ、徐々に掠れていった。

 震える右手で横たわった自らの右脇腹に手を当てる。ヌチャと手から伝わる感触は生まれて初めての物だった。


 痛い……寒い……。


 体を支配していた激痛が薄れていくが、途端に深淵からの極度の寒さが体に広がっていく。

 意識が彼方に消え去るのは、そう時間の掛る事では無かった。



 2



「おや、こんなところに客とは。久しい感覚だ」


 ふと、後ろから低くて綺麗に通る声がした。


 反射的に視線を後ろに動かすと、そこには一筋のスポットライトの様な光の柱が射しこんでおり、光の中には小洒落たバーのカウンターにあるようなイスが置いてあった。

 周りにはなにもない。上がウエなのか、シタが下なのか。

 そもそも俺はどこにいるのか。


 なにも分からない虚無に、俺はただ存在していた。


 そんな奇天烈奇妙な空間に降りる光の外側から、見知らぬ男がやってきた。

 男は長身痩躯で黒いスーツをまるで自身の一部のように着こなしている。切れ長の目とスッとした顔の線で、オールバックの艶のある黒髪と耳のシルバーピアスがよく似合うホスト上がりの様なイイ男だった。

 その人物は片手に赤いカクテルが注がれたグラスを摘まんでいて、光の円環のただ中にあるイスにゆっくりと座った。


「ここは転落者の間。自身の世界に見捨てられ、吐き出された者が訪れる狭間。お前は世界というものに見捨てられたが、運命の女神とやらには見染められたようだな」


 クィっとカクテルを傾ける男。その様はとてもよく似合っていた。まるでもう何十年も続けてきた事だと言うかの様に。


「お前は、最早自分が誰だかも覚えてはいないだろう。お前の様に自らの世界から此方側に渡る者は、自身がどんな形だったのかすら覚えていないものだ。勿論、私にもそれは知る術は無いし、知る必要性すらも無い。私の存在理由は、この世界にやってきた「転落者」の運命の歯車を、この手で回してやる事。相手が馬だろうが虫だろうが人だろうが、それはほんのちっぽけな些細な問題でしかない」


 片手間にカクテルグラスを回しながら淡々と言葉を紡いでいく男。その表情には軽く笑みを湛えていた。

 やはり一挙一投足においてまるで違和感を持たせない動作だ。


「分からないか? 私の言っている事が。ならお前はまだ、自分という真実にたどり着いていない。この世の全ては意味を内包せずにはいられない。こんな空っぽのカクテルグラスにだって始まる意味と終わる時は存在する。そして存在し続けるという事は、「在る」と言う事が、必要と言う事だ。世界にとってな」


 男は饒舌に語りを続ける。まるで自分に何かを説いている様に見えるが、悲しいかな、俺にはとても理解が追い付かない内容に、正直辟易としていた。


「喋りが過ぎたか。まぁお前にはまだ、私の存在も、私の話している事も、まったく理解が出来んだろう。しかしそれはいつか必ず、「巡り合う」。そして次の存在になっても、覚えておくといい。「転落者」と言う、真実に辿りつかぬが故に「真性」を必要とする存在を」


 そう言って男は中身のなくなったグラスを背後に放り投げた。投げ捨てられたグラスは光の円環の中から飛び出し、何も見えない虚無へと消える。男はそれを一瞥もくれず、代わりにこちらに向けて手を差し出した。


 この手はなんだ?


 俺がそう問う前に、男はフッと微笑みこう告げた。


「【君という存在に、薄からぬ幸と、求むる真実が訪れん事を】」


 パチンッ


 男の手が軽快な音を鳴らした。


 それを合図に、俺の世界は閉じていった。


2012/10/16 内容改訂

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