陽キャグループを追放されたギャルが、クラス最底辺の俺を選んだので全部壊れたけど、二人だけは幸せです
教室の隅は、俺にとっての安全地帯だった。
誰にも話しかけられず、誰にも期待されない。だから、傷つくこともない。俺――相沢は、そうやって波風を立てずに高校生活をやり過ごすつもりだった。
あいつに、見つかるまでは。
「ねえ、相沢くん」
最初は、ただの偶然だったはずだ。ギャルグループの中心にいる夏川が、たまたま消しゴムを借りに来ただけ。
それだけだったはずなのに、いつの間にか彼女は、休み時間や放課後の誰も見ていないタイミングを狙うように、俺の隣に座るようになっていた。
「こっち来るとさ、静かでいい」
「……あっちのほうが楽しいだろ」
「楽しいよ。でもさ」
彼女は机に頬杖をついて、俺を見る。
「疲れない?」
その目は笑っていなかった。いつもクラスの中心で騒いでいる彼女の、初めて見た「本当の顔」だった。
それから、俺たちの距離は一気に縮まった。くだらない話をして、笑って、ときどき黙って。その沈黙すら心地よくて、気づけば俺は、彼女が来るのを待つようになっていた。
だが、現実は変わらない。彼女はクラスの中心で、俺はただのモブだ。
ある日、教室の後ろから聞こえた軽いノリの言葉が、その事実を突きつけてきた。
「夏川さー、最近あっちの陰キャと仲良くない?」
「え、マジで? 意外すぎなんだけど」
悪意のない、だからこそ残酷な笑い声。俺は顔を上げず、聞こえないふりをした。
その日の放課後から、彼女は俺のところへ来なくなった。グループの中に戻り、いつも通り笑って、騒いで、中心にいる。ただ一つ違うのは、俺のほうを一度も見ないこと。
――やっぱり、そうなるよな。
少しでも期待した自分が馬鹿だったと、胸の奥が冷えていくのを感じていた。
数日後の昼休み。俺は突然、屋上に呼び出された。
そこにいたのは、夏川が所属するグループの女子たちだった。
「ねえ、さ」
リーダー格の女子が一歩前に出る。笑っているのに、目はまったく笑っていなかった。
「うちらのこと、壊さないでくれる? 夏川、あんたのせいで変になってんの。陰キャって自覚ないよね、空気壊してるの」
言い返す言葉は出なかった。事実だからだ。俺が関わらなければ、彼女の居場所は守られていた。
「もう関わらないで」という言葉に頷こうとした、その時。
「やめてよ」
後ろから声がした。振り返ると、息を切らした夏川が立っていた。
「それ、違うから。壊れてるの、最初からだよ」
屋上の空気が凍りつく。夏川は一歩、また一歩と前へ出る。
「ずっと思ってた。みんな、楽しいフリしてるだけじゃん。本音言ったことある? 私はさ――」
彼女は、俺を見てまっすぐに言った。
「相沢くんといるほうが、ちゃんと笑える」
空気が一気に弾けた。
「マジで言ってんの?」
「意味わかんない」
「そいつ選ぶの?」
と、罵声のような言葉が飛ぶ。でも、彼女は一歩も引かなかった。
「うん、選ぶよ」
その決定的な一言で、完全に終わった。
「じゃあ、もういいや。抜ければ?」という冷たい言葉を残し、グループの女子たちは去っていく。
屋上に残されたのは、俺と彼女だけになった。
「……いいのかよ。全部、なくしたぞ」
絞り出すように言う俺に、彼女は少しだけ息を吐いて微笑んだ。
「なくしてないよ。いらないもの、捨てただけ」
強がりだと思ったが、その目は少しも揺らいでいなかった。
「私さ、ずっと“あのキャラ”やってたの。明るくて、ノリよくて。でも、相沢くんの前だと、そのままでいられる」
彼女が一歩、近づく。距離が近い。
「……後悔しないのか」
「するかもね」
彼女は少しだけ震えながら笑い、ぎゅっと俺の袖を掴んだ。
「でも、それでもいい。相沢くんがいるなら。だから……責任、取ってよ」
「……は?」
「好きなんでしょ?」
逃げ場はなかった。いや、もう逃げる気もなかった。
「……好きだよ。最初から」
「……知ってた。私も好きだから」
それは、すごくシンプルな答えだった。彼女は泣きそうな顔で、本当に嬉しそうに笑って、軽く抱きついてきた。
「やっと言った」
「……うるさい」
俺の心臓は、壊れそうなくらい鳴っていた。
数日後。教室の空気は完全に変わった。
夏川のいた場所は別の誰かが埋め、俺たちは相変わらず教室の隅にいる。でも、そこはもう「安全地帯」という名の孤独な場所ではない。
「ね、今日さ。帰り、どっか寄ろ」
隣に座る彼女は、前よりもずっとよく笑うようになった。無理をしていない、本物の笑顔で。
壊れたものは戻らない。それでも、たった一人に選ばれたこの嘘じゃない関係だけは、しっかりと残った。
───俺には、それで十分だった。




