第6話「常世からの帰還者」
黄金色に発光する給水塔の頂上。
半開きのハッチから伸びる無数の腕が、ゆらゆらと虚空を掻いている。
助けを求めているのではない。
指先が、外の空気を味わうようにねっとりと動いていた。
やがて軋み音とともにハッチが完全に開き、中から「それら」が這い出してきた。
ひとり、またひとり。
給水塔の錆びたタラップを、列をなして降りてくる。
湊は広場の片隅に立ち尽くしていた。
空気がゼリーのように重く、指一本動かすことすらできない。
タラップを降りきり、アスファルトに降り立った者たちの姿。
裾の広がったパンタロン。派手な幾何学模様のワンピース。大きな襟のシャツ。
古い写真の中でしか見たことのない、数十年前の衣服。
肌は一様に、蝋細工のように白く透き通っている。
血の気は全くない。
ただ、その瞳だけがビー玉のように異常な澄み方をしており、瞬き一つせずに団地の棟を見つめていた。
生ぬるい風が吹き抜ける。
古い線香の煙と、磯の潮風を混ぜ合わせたような匂い。
死の匂い。同時に、どこか懐かしい「あちら側」の香り。
呼吸の仕方を忘れかけた湊の背後で、砂利を踏む音がした。
「……源、さん」
掠れた声だけが喉から漏れる。
振り返ると、使い込まれた盆栽鋏を握りしめた源さんが立っていた。
老人の視線は湊を通り越し、タラップから降りてくる列の先頭に釘付けになっている。
セーラー服を着た、おかっぱ頭の少女。
彼女の白い脚が地面に触れた瞬間、源さんの喉からヒュッ、と空気が漏れた。
黒鉄の鋏を握る、節くれだった手。
決してブレることのなかったその右手が、カタカタと微かに震えている。
源さんが、無造作に手元の空間へ鋏を突き出した。
怪異を断ち切る、いつもの剪定。
――グシャッ。
金属が噛み合う澄んだ音ではない。
濡れた新聞紙を力任せに引き裂いたような、鈍く不確かな音。
空間の澱みは消えず、老人の顔に初めて明らかな狼狽が浮かんだ。
帰還者たちの列が、広場から放射状に散り始める。
それぞれが、かつて自分たちが暮らしていたはずの「部屋」へ向けて。
おかっぱ頭の少女が、ゆっくりと首を巡らせた。
ビー玉のような瞳が、四号棟を捉える。
湊の家族が住む、あの建物。
少女が一歩、歩みを進める。
上履きがアスファルトに触れた瞬間、足元のコンクリートが波打ち、青々とした古い畳へと変質した。
壁の塗装が剥がれ落ち、茶色く変色した襖が浮かび上がる。
彼女が歩く後ろで、団地の風景が「数十年前の室内」へと次々に書き換えられていく。
止めなければ。
頭では分かっていても、高密度の霊圧が湊の膝を地面に縫い付けていた。
「……あいつらが帰ってきたのは」
耳元で、嗄れた声が響いた。
横目で見上げた源さんの顔は、後悔と怒りでひどく歪んでいた。
震える鋏の切っ先が、湊の胸元に向けられる。
「お前が、『あまのさざめき』を呼び込んだからだ」




