第4話: 銀髪のエルフと、森の略奪者たち
「ギギャギャッ! ギギャッ!」
ゴブリンたちが、下卑た声を上げながらじりじりと距離を詰めていく。
中心にいるエルフの少女は、片膝をつき、肩を激しく上下させていた。その足首には深い切り傷があり、鮮血が緑の草を赤く染めている。
「もう……矢が……」
彼女が震える手で背中の矢筒を探るが、そこは既に空だった。
絶望が彼女の美しい顔を覆う。ゴブリンの一匹が、錆びた短剣を振りかざして彼女に飛びかかろうとした、その時――。
「そこまでだ、緑のチビども」
俺は木の枝から飛び降り、少女とゴブリンの間に着地した。
不意を突かれたゴブリンたちが動きを止める。少女もまた、呆然とした表情で俺の背中を見つめていた。
「な、何……? 人間……?」
「詳しい話は後だ。今はこいつらを片付ける」
俺は右手の紋章を光らせる。
「【召喚】、スイ! それから二号、三号!」
三体のスライムが、俺の足元に出現する。
「ギ、ギャ?」
ゴブリンたちが嘲笑うような声を上げた。彼らにとって、スライムなどただの柔らかい餌に過ぎないのだろう。だが、それは「普通の」スライムの話だ。
「スイ、一気にいけ! 【能力共有】――『ウルフ・スピード』!」
俺の魔力を通じ、共有されたグレイウルフの身体能力がスイたちに付与される。
「きゅうっ!」
弾丸のような速度で射出されたスイが、先頭のゴブリンの顔面に激突した。
「ギギャッ!?」
鼻筋をへし折られ、のけぞるゴブリン。間髪入れず、二号と三号が残りの個体の足首に絡みつき、その機動力を奪う。
「よし、仕上げだ」
俺は腰から引き抜いた、先ほどの戦いで得たグレイウルフの鋭い牙――それを加工して作った即席の短剣を逆手に構えた。
「疾走」を発動。景色が加速する。
一歩。二歩。
気づいた時には、俺はゴブリンの懐に入り込んでいた。
「……ふっ!」
無駄のない動きで、喉笛を切り裂く。
現代日本でシステムエンジニアとして、ミリ単位のバグを修正し続けてきた俺の集中力が、今、戦闘という未知の分野で開花していた。敵の動きが、スローモーションのように見える。
「ギ、ギギャ……ッ」
最後の一匹が崩れ落ちるまで、十秒もかからなかった。
静寂が戻った森。俺は短剣に付いた緑色の血を払い、エルフの少女の方へ向き直った。
「怪我は大丈夫か?」
彼女は信じられないものを見るような目で俺を見上げていたが、やがて正気に戻ったのか、慌ててスカートの裾を整えようとした。だが、破れた布地では隠しきれない太ももが、俺の視界に飛び込んでくる。
「……あ、ありがとう。助かったわ。私はリリア。この先の村に住む、猟師よ」
「俺はユートス。……あぁ、あんまり動かない方がいい。足の傷、深いぞ」
俺はスイを呼び寄せた。
「スイ、お前の体液で洗浄してやれるか?」
「きゅう」
スライムの核から分泌される特殊な液体には、軽い消毒と止血の効果があることを、俺はさっきの自らの傷で試して知っていた。
スイがリリアの足元に擦り寄ると、彼女は一瞬身を引いたが、ひんやりとした感覚に安堵したのか、小さく吐息をついた。
「不思議なスライムね……。あなた、ただの人間じゃないんでしょ? その召喚術、見たこともないわ」
「まあ、色々あってな」
俺は苦笑いしながら、彼女を背負うために背中を向けた。
「村まで送るよ。このままだと、また別の魔物に襲われる」
「えっ、でも……重いでしょ?」
「気にするな。これでも、結構鍛えてるんだ(レベル的な意味でな)」
リリアは躊躇いながらも、細い腕を俺の首に回した。
背中に伝わる、柔らかい感触。そして、森の香りと混じり合う、少女特有の甘い匂い。
社畜時代、女性とこんな距離になることなんて一度もなかった。心臓の鼓動が速くなるのが自分でもわかる。
「……ユートス。本当に、ありがとう」
耳元で囁かれる声。
俺は前を向き、しっかりと彼女の体を支えて歩き出した。
孤独だった俺の人生に、初めて「誰かの体温」が加わった瞬間だった。
だが、リリアの表情は晴れない。
「ねえ、ユートス……お願いがあるの。村に着いたら、私の父様……村長に会ってほしい。今、この森で……とんでもないことが起ころうとしているの」
「とんでもないこと?」
俺の問いに、リリアは震える声で答えた。
「魔王軍の……『先遣隊』が、私たちの村を狙っているの」
平和な異世界ライフの予感は、その一言で打ち砕かれた。
どうやら、のんびりハーレムを作っている余裕はなさそうだ。
いや――仲間を守るために強くなる。それが、この【無限召喚】の本質なのだとしたら。
俺は無意識に、力を込めて彼女を抱き直した。




