第24話:人魚姫の毒吻! 操られた美女たち
リヴァイアサンの巨体が氷結した海面に沈み、静寂が訪れたはずの港。そこに響いたのは、鈴の音を転がしたような、あまりにも場違いで美しい笑い声だった。
「ふふっ……いいわ。本当に素晴らしい魔力。これほど純度の高いエネルギー、魔王様への献上物にするには惜しいくらい……。ねえ、私の『宝物庫』に来ない?」
氷の上に座り込み、優雅に尾鰭を揺らすのは、四天王の一角『深海の誘惑者』メロウ。
彼女が細い指先をパチンと鳴らした瞬間、周囲の空気が一変した。海面から立ち上る霧がピンク色に染まり、甘ったるい、脳を麻痺させるような香りが鼻を突く。
「……っ、何だ、この匂いは……!?」
俺は魔剣『古竜雷』を構え直すが、背後で異変が起きた。
「ユートス……様……。なんだか、とっても……良い気分……」
エレノアの瞳が、トロンと虚空を見つめている。
「……そうね。戦うなんて、馬鹿らしいわ。……メロウ様の言う通りにしましょう?」
リリアまでもが、弓を地面に落とし、メロウの方へとふらふらと歩き出した。
「おい、しっかりしろ! リリア! エレノア!」
俺は叫ぶが、彼女たちの耳には届かない。アリエルは剣を抜き、エレインは冷徹な眼差しで俺を凝視している。その瞳には、かつての知性はなく、どす黒い「隷属」の色が混じっていた。
「私の『魅了の旋律』は、魂の深い場所に直接語りかけるの。愛が深ければ深いほど、その愛を私への忠誠に書き換えるのは容易いこと……。さあ、あなたの大切な女の子たちが、あなたの敵よ」
メロウが唇を歪め、邪悪に微笑む。
次の瞬間、リリアが放った風の矢が、俺の頬をかすめた。
「リリア……っ!」
「……ユートスを、殺して……メロウ様に、献上する……」
虚ろな声で呟くリリア。間髪入れず、アリエルの神速の一撃が俺の肩を狙う。
『警告:契約者たちの精神状態が「強制書き換え」されています。……解除には、対象への物理的な「衝撃」または、より強力な「魔力的上書き」が必要です』
システムの声が頭に響く。だが、愛する彼女たちを傷つけることなんてできるはずがない。
「……ヒャハハハ! 苦しいかい? 絶望しているかい? その顔が見たかったのさ!」
メロウが歓喜に身を震わせる。
彼女たちの攻撃は、契約による「能力共有」の恩恵を受けているため、普段以上に鋭く、重い。俺は防御に徹するしかないが、スイの防御膜も彼女たちの全力攻撃を浴び続けて悲鳴を上げていた。
「ねえ、ユートス。諦めて私と『契約』しましょう? そうすれば、彼女たちは解放してあげてもいいわよ。……その代わり、あなたの魂は永遠に私の家畜だけどね」
メロウがゆっくりと近づいてくる。
彼女の唇は、獲物を前にした捕食者のように艶めかしく輝いていた。
だが、俺は俯いたまま、低く笑った。
「……メロウ、と言ったか。お前、大きな勘違いをしてるぞ」
「……あら、負け惜しみ?」
「俺と彼女たちの絆は、そんな安い洗脳で壊せるほどヤワじゃない。……それに、お前が『愛を書き換える』って言うなら、俺はそれをさらに『愛で上書き』してやるだけだ」
俺は剣を納め、両手を広げた。
「スイ、全員を捕まえろ! ――【無限召喚:愛縛の粘液】!!」
俺の体から溢れ出したスイの分身たちが、リリアやアリエルたちの体を優しく、だが力強く拘束した。
「なっ、何をするつもり!? 拘束したところで、洗脳は解けないわよ!」
「洗脳を解く方法は一つだ。……俺の魔力を、強制的に彼女たちの中に流し込み、お前の汚い魔力を押し出す!」
俺は拘束されたリリアに歩み寄り、その額に自分の額を押し当てた。
「リリア……戻ってこい。俺の声が聞こえるだろ!」
俺は『魔力同調』を最大出力で発動した。ただの供給ではない。魂の奥底まで、俺の熱を、記憶を、愛を叩き込む「真の交感」だ。




