第20話:商業都市メティス! 守銭奴の錬金術師
王都グラン・セルティアを後にした俺たちは、国王から提供された最高級の魔導馬車に揺られ、数日の旅を続けていた。
街道の先に、黄金色に輝く巨大な城壁が見えてくる。大陸中の富が集まると称される、商業都市メティスだ。
「……すごい。王都よりも活気があるんじゃない?」
車窓から身を乗り出し、リリアが目を輝かせる。
街道には数え切れないほどの商船や馬車が列をなし、色とりどりの旗が風にたなびいている。市場の喧騒は、城壁の外まで微かに届くほどだった。
「リリア、はしたないわ。……でも、確かに独特の空気ね。魔力の匂いよりも、金貨が擦れ合う匂いが強いわ」
アリエルが腰の剣を確かめながら呟く。彼女にとって、この街は没落した実家の再興に必要な「資金」を感じさせる場所なのだろう。
「皆様、メティスはアステリア王国の中でも自治権の強い特殊な都市です。ここでは『ギルド証』よりも『財布の厚み』が信用に直結しますので、ご注意くださいね」
事務的に、だがどこか楽しげにエレインが補足する。彼女の手元には、すでに現地の有力商人のリストがまとめられていた。
城門での厳しい検問も、国王直属の特使証を見せれば一発だった。
俺たちは街のメインストリートへと足を踏み入れる。だが、華やかな表通りの喧騒とは裏腹に、俺の『魔力探知』には奇妙な違和感が引っかかっていた。
「……おい、何かおかしくないか?」
俺が呟くと、隣に座っていたエレノアが不安げに俺の袖を掴んだ。
「ええ……ユートス様。私も感じます。街全体を流れる魔力の『脈動』が、ひどく不安定です。まるでお湯が冷めていくような、不自然な消失感……」
俺たちはエレインが事前に予約していた、錬金術師の工房へと向かった。
街の北西、高級住宅街とは真逆の下町じみた路地裏。そこに、煤けた煙突から紫色の煙を吐き出す一軒の建物があった。
看板には『フィオナ錬金工房――相談料:金貨一目盛りから』という、商売っ気全開の文字が躍っている。
扉を叩くと、中から盛大な爆発音と、可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。
「あだだだ……! また配合ミス!? もう、石炭の質が落ちてるせいよ、絶対に!」
中から飛び出してきたのは、顔を煤で汚した一人の少女だった。
艶やかな赤い短髪を雑にまとめ、職人用の革エプロンを身に着けている。背丈は小柄だが、そのエプロンからはみ出さんばかりの豊かな果実が、彼女の動きに合わせて激しく揺れていた。
「……何よ、アンタたち。うちは冷やかしお断り。依頼なら、まず手付金として金貨三枚をそこに置きなさい」
少女――フィオナは、煤だらけの顔を拭いもせず、不遜な態度で俺たちを睨みつけた。
「……フィオナさん、ですね? 王都のギルド本部から紹介されて来ました。ユートスと申します。……あんたが、この街で一番腕の良い錬金術師だと聞いて」
「ギルドの紹介? ……フン、あの狸親父どもの紹介なら余計に高くつくわよ」
フィオナは鼻を鳴らし、工房の中へと俺たちを招き入れた。
室内は、怪しげな液体が入ったフラスコや、巨大な歯車、そして大量の古文書で溢れかえっている。
俺は懐から、ボーン・ドラゴンの討伐時に手に入れた『古竜の魂殻』を取り出し、作業台の上に置いた。
その瞬間、フィオナの瞳が、金貨を見つけた守銭奴のように鋭く、そして熱く輝いた。
「これ……っ! 『魂殻』じゃない! しかも、この保存状態……どこで手に入れたの!? 冗談でしょ、こんな国宝級の素材が市場に出回るはずが……!」
彼女は吸い寄せられるように素材に顔を近づけ、虫眼鏡を取り出して隅々まで観察し始めた。先ほどまでの傲慢な態度はどこへやら、職人としての純粋な知的好奇心が彼女を支配している。
「これを加工して、俺と仲間に適した武具を作ってほしい。……代金は、あんたの言い値で構わない。ただし、条件がある」
俺は一歩踏み出し、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「この街で起きている『魔力枯渇現象』。……あんた、その原因を知ってるだろ?」
フィオナの動きが、ピタリと止まった。
彼女はゆっくりと顔を上げ、先ほどまでの熱狂を押し殺したような、冷めた視線で俺を見返した。
「……アンタ、ただの召喚士じゃないわね。……いいわ。この素材を弄らせてくれるなら、話してあげる。でも、タダじゃないわよ」
彼女はニヤリと小悪魔のような笑みを浮かべ、俺の胸元に指先を這わせた。
「お金じゃなくて、アンタのその『魔力』……私に研究させてくれない? 召喚士の癖にこれだけの純度を持ってる人間なんて、素材としても超一級品なんだから」
リリアとアリエルが背後で殺気を放つのを感じたが、俺は苦笑して彼女の指を軽く握った。
「ああ。……俺の体で分かることなら、いくらでも教えてやるよ」
その瞬間、フィオナの顔が真っ赤に染まった。
「っ、な……っ! 冗談よ、冗談! 変な意味じゃないんだからね! ほら、さっさと奥に来なさいよ! 契約書を書くわ!」
ツンデレ気質な錬金術師、フィオナ。
彼女との出会いが、メティスを覆う巨大な陰謀を暴く、最初の鍵となった。
工房の奥へと進む俺たちの背後で、街を揺らすような低い震動が、再び響き渡った。
それは、地底に眠る「何か」が目覚めようとしている前兆のように思えた。




