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マスクド・ハロウィン

作者: 岸薫
掲載日:2025/12/07

 保湿パックをはがすと、ゴミ箱にセットしてあるポリ袋に捨てた。新調したばかりのデパコスのリップの空き箱も横たわっている。

 北参道駅から歩いて十分の所に、私の暮らすアパートはある。敷金礼金無、おまけに保証人も必要ないという好条件。

 出来れば二年は住んで欲しいと不動産屋は意味ありげに口にしていたが、私はここに暮らしてもう六年になる。住んでみてわかったことだが、このアパートは俗にいう幽霊屋敷で、それもまた、私にとって好都合だった。

 支度を終え立ち上がると、ロングコートに袖を通す。そして忘れてはいけない。ビニールを指先で裂き、新品のマスクを取り出す。コートとマスク。私を構成する二つのアイテムを身にまとい廊下へ出た。

 薄暗い廊下の天井から、にゅっと逆さまに首が生えた。見知った女は私の姿を見て、

「あら、お出かけですか。いいわね、自由に動ける方は。うらやましい」

「心配しないで。いい人がいたらあなたにも紹介してあげる」

 あら本当? と、首はくすくす笑い、髪の毛を枝垂桜のように揺らした。

 似たような住人たちと挨拶を済まし、私は副都心線に乗りこんだ。

 さすがはハロウィン。すでに幾人かは、勝負服を着こんでいる。その人数は、渋谷駅で降りハチ公方面に進むにつれ増えた。

 彼ら彼女らは私に目もくれず、写真を撮ったりロング缶を手にコンビニから躍り出たりと、好きに過ごしていた。たまにすれ違う人が私を振り返るのは、真面目なOLが運悪く巻き込まれたような場違いさを感じたからだろう。

「さて、そろそろかしら」

 つぶやいた声を拾ったのか、二人組の男がこっちを振り返った。大学生くらいの子たち。ぱっとしないけど、ふと脳裏に、天井の枝垂桜がよぎる。確かあの子、純朴系が好きだった。

「ねえ。そこのお二人さん」

 近頃マスク美人なんて言葉があるが、不名誉ながら私はそのパイオニアのような存在だ。目でにっこりと微笑みかけると、二人は足を止めて、ドギマギしながら、え、俺たち? と顔を見合わせた。

「そう。あなたたち。ステキなお二人にお訊ねしたいのだけど、いいかしら?」

「もちろん。なんでも答えるよ。なあ?」

 うん、うん、ともう一人も頷く。

「ありがと。それじゃ教えてくれるかしら」

 不織布越しに息を吸い込み、私は訊ねた。

「私、綺麗?」

 すると、何かを察したようで男たちの口元が緩んだ。

「もちろん」

 声をそろえて答えたので、私は爪をマスクの紐に引っ掛け、可能な限り口角を釣り上げた。

「これでも?」

 彼らが固まった。だけどすぐに、

「すげえ! マジで本物みたいじゃん」

「お姉さん、もしかして特殊メイクとか専門の人?」

 耳まで裂けた唇に、男の子たちは予想以上の食いつきをみせた。

「はい。舞台美術関係の仕事をしていて……」

 確かな手ごたえを覚えながら、適当な話をでっちあげる。初手でうまくいくことなど、ここ数年なかった。

「ところで私、北参道のアパートに住んでるんですけど、これから一緒に飲みませんか?」

 二人の顔から一瞬、朗らかさが消えた。嫌がっているわけではない。ことを肯定的にとらえようとする脳の処理の結果だった。

「いいっすね。ぜひ!」

 一人がもう片方の意見も代弁し、事が決まった。

渋谷駅に向かって歩きながら私は、

「そういえば。アパートに私の友人もいるんですけど、いいですか? 髪がさらっとして綺麗で、可愛らしい子なんです」

「マジっすか? 全然! 大歓迎です!」

 棚から牡丹餅とばかりに喜ぶ彼らと一緒に、私は電車に乗りこんだ。

 音を立ててドアが閉まり、電車は北参宮へ向けて走り出した。静かな車両に、私たち三人の声だけが響いてる。

乗客はほかに、一人もいなかった。


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