1-8 女神に祈りを 3
体を清め終えた後、リースは綿のズボンだけを履き、上半身裸の状態で薬師僧侶の部屋に連れてこられた。
部屋の扉を開けると、マリッサが「主任僧侶」と呼ぶ人物が静かに待っていた。傍には二人の下級僧侶が仕えている。マリッサが暗い部屋で話したことが本当だと、リースは確信した。だが、その男の雰囲気はまるで違った。
「こちらへおいで」
僧侶はリースを手招きした。近づくと、薬師僧侶は奇妙な形の道具で彼の前後をじっくり観察し、不満げに喉で唸った。
「巡礼の儀式は無事に終わったようだな」
その声は苛立つキツネのようだった。彼は奇妙な眼鏡を引出しにしまい、鼻をつまむ仕草で感心したふりをした。
「二週間あの部屋にいたのに、体の損傷がほとんどない。回復魔法の回路と相性がいい証拠だ」
そんな不満げな態度をするなら、はっきり「不満だ」って言えばいいじゃないか、とリースは心の中で思った。
だが、その言葉に安堵した。あの二週間は、普通の時間と比べ物にならないほど長く感じられた。部屋では時間が分からず、激しい苦痛に耐え続けた。出てきた時には、月や年が経ったかと思ったほどだ。
「つまり、高度な回復魔法を使えるようになるってことですよね?」
時間を忘れようと、少年はそう尋ねた。薬師僧侶は面倒くさそうな顔をして答えた。
「ハハハ! 違う!」
わざとらしい笑い声の後、彼は声をトーンを変えた。
「巡礼の儀式は、回復魔法の回路を魂に刻むためのものだ。体を準備するだけ。どこまでできるかは別問題だよ」
グレモアは喉で笑い、巡礼の儀式でボロボロになったリースの自信を容赦なく打ち砕いた。
その狡猾で嘲るような口調に、リースは顔が熱くなるのを感じた。この男の性根がすぐに分かった。
だが、彼の言う通りだ。魂に魔法回路を刻むのは準備にすぎない。回復魔法の技術はまだ始まってもいない。
だから、もっと真剣にやらねば。リースは静かに息を整え、怒りが頭を駆け巡らないようにした。
慢心に支配されたら、目指す道から簡単に落ちると心の中で戒めた。
だが、一つの疑問が浮かんだ。リースはできる限り礼儀正しく、声を抑えて尋ねた。
「こんな風に回復魔法を使える体を準備できるなら、なぜ広まっていないんですか?」
僧侶は頭をかき、肩をすくめた。部屋の他の二人の僧侶をちらりと見て、答えた。
「まあ、昔は広まっていたさ。でも今は禁忌だ。神の領域に踏み込むなんて冒涜だよ。マリーナの信徒でなければ、せいぜい無駄に苦しむか、最悪、障害者になるか死ぬだけだ」
それを聞き、リースは背筋が凍った。一瞬、殺して口封じするつもりだったのかと疑ったが、結局ナイフで刺されなかったのでその考えを捨てた。
……本当にそうかな? もしかしたら、あり得るかも。
「はぁ……これから週に二日、教会の治療所で訓練するよ」
僧侶は面倒くさそうな声で言った。言葉の一つ一つが負担のようで、狡猾さは残るものの、心身ともに疲れ果てたようだった。
「他に質問は?」
ついにその時が来た。リースがずっと気になっていた質問をぶつける時だ。
「僧侶様のお名前は?」
薬師僧侶は慌てて二人の下級僧侶を見やり、咳払いで誤魔化した。
「さて、君はもうマリーナの信徒だ。自己紹介してもいいだろう」
「それは言い訳ですよね、主任?」
一人の下級僧侶が口を挟んだ。主任僧侶の目はさらに慌てた。
「試験に受かりそうもない人には名前を教える必要ないって言ったじゃないですか?」
もう一人の下級僧侶が冷たく言い放ち、上司の悪事を暴くかのようだった。
その言葉に、リースの目はピクピクした。本当にそんなつもりだったのか!
薬師僧侶は肩を落とし、悲しげな顔をしたが、すぐに狡猾な笑みを浮かべた。
「私はグレモア、アッシェンブルクのマリーナ教会の主任僧侶だ。この男性僧侶はアーウィン、女性僧侶はレナだ」
グレモアは二人を紹介しながら手を振った。彼らは顔を覆う布を下ろし、顔を見せた。
アーウィンは真面目そうな顔立ちで、硬い眉と鋭い目、几帳面そうな雰囲気だった。眼鏡を真剣に直すのが癖のようだ。
レナは短い青い髪を三つ編みにし、肩にかけていた。鷲のような鋭い目と鋭い顔立ち、威厳ある声で話す女性だった。
「リースです。今後ともよろしくお願いします」
リースは深く頭を下げた。顔を上げると、三人とも満足げに見つめていた。
「今日、は休みなさい。後で訓練のスケジュールと召喚書類を冒険者のギルドに送るよ」
「ありがとうございます」
少年はもう一度頭を下げ、薬室を出た。服は外で綺麗に洗われ、用意されていた。彼はそれを着て宿に戻った。
「リース!!!」
宿の扉を開けた瞬間、ニシャの叫び声が響いた。彼女は持っていたトレイを置き、猛スピードで駆け寄り、リースの服を強くつかんだ。
「二週間もどこに行ってたの!?」
「うわっ!」
彼女は叫びながらリースを地面に叩きつけた。
「人を心配させるんじゃないよ!」
ニシャはしゃがみ込み、倒れているリースを見下ろした。店内の客が顔を覗かせ、騒ぎを見物した。それだけではない。ギルドの受付嬢マーラと、もう一人の女性受付嬢もいた。三人の顔には、リースが戻った安堵が浮かんでいた。
「これで教会に取り戻しに行かなくて済むわね」
女性受付嬢がしゃがみ、リースを指でつついた。
「教会が巡礼の旅に出たとかなんとか。レオ様、書類を手に持ったまま燃やしちゃうくらい怒ってたのよ?」
マーラは長いため息をつき、微笑み、リラックスした目で少年を見た。
「明日朝、ギルドに報告しなさいよ」
そう言うと、二人の受付嬢は宿の食堂に戻った。
「もう勝手に消えないでよね」
ニシャは倒れているリースを引っ張り上げ、空いているテーブルに座らせた。
「ご飯、用意するから」
その日の料理は格別だった。丁寧に作られただけでなく、二週間もまともな食事を取っていなかったリースには格別の味だった。食べながら、彼は起きた出来事に混乱した。
食事を終え、ニシャに別れを告げ、部屋に戻った。二週間もいなかったのに、彼女は部屋をそのまま残し、他の人に貸さなかった。
少年はベッドに倒れ込み、出来事を振り返った。慌ただしい出来事を整理し、ようやく拠り所を見つけた。あとは十分に訓練するだけだ。




