第64話 2-31 燃え上がる粉灰 2
古びた巨大な要塞は、外見こそボロボロで今にも崩れ落ちそうに見えたが、内側は豪華で手入れが行き届いていた。
今、この要塞の前の草原は色とりどりの帆布のテントで埋め尽くされていた。
奇妙な動物の図柄が描かれた色鮮やかな旗が、棒の先端に掲げられている。
それはアリアアルデルで公式に使われる旗ではなく、王国が建国されるより前の時代、古い貴族の家系の旗だった。
兵士たちは数は多くないものの、集まれば総勢で千人を超えていた。
ある集団は完全武装の騎士甲冑を身に着け、厳しく見回りをしていた。
別の集団はぼろぼろの革の服を着て、酒を飲みながら賭博に興じ、規律も何もない。
彼らには全く一体感というものが欠けていた。
大きな白いテントの中、騎士団の長は退屈そうに待っていた。
彼は自分の領地を放り出して、主である伯爵を『用事』に連れてこなければならなかったが、その用事の内容は事前に知らされていなかった。
彼はあまり乗り気ではなかった。
領地には片付けなければならない問題が山積みだったからだ。
例えば、森で暴れる山賊などである。
しかし彼は伯爵の配下の騎士であり、たとえ領地を持っていても、主の命令に従わなければ取り上げられる可能性があった。
外から雷鳴のような音が聞こえ、それに続いて殴り合いの音が響いてきた。
彼は苛立ちを覚えた。
「外が本当に喧しい!」
彼は椅子から立ち上がり、鋭い視線で側近の二人を見た。
その視線を受けた二人の側近は、腰の武器に手をかけ、そして三人は一緒に大きな白いテントの外へ歩み出た。
外の空は真っ暗で、ところどころに松明が灯されており、道をぼんやりと照らしているだけだった。
彼らは闇を切り裂くように音のする方へと歩いていった。
そこに広がっていた光景は決して見苦しくないものではなかった。
彼らの兵士たちが別のグループの兵士たちと殴り合いをしており、多くの人間が近くで輪になって声援を送っていた。
「止まれ!!!!」
騎士団の長が大声で叫ぶと、混乱の中にいた者たちがぴたりと静止した。
「これは一体何事だ!!」
彼がもう一度叫ぶと、自分の兵士たちは身を縮め、別のグループの兵士たちはそれを見て嘲るような態度を取った。
「そりゃあ、お前らの部下だろ。ちょっと雷が鳴っただけで、ドラゴンの声だって騒ぎやがってよ」
別のグループの兵士たちの頭らしき男が嘲笑いながら、顔を伏せて縮こまっている若い兵士を指差した。
「閣下、先ほどの音は本当にドラゴンの咆哮だったんですよ」
彼はそう言いながら、夜の空を指差した。
今夜は真っ暗闇の夜で、分厚い黒い雲が二つの月の欠片を覆い隠しており、彼らは上空に何があるのか見ることができなかった。
しかし突然、空に真っ赤な光の点が輝き始めた。
瞬く間にそれはキャンプ地に向かって真っ直ぐに飛来し、巨大な爆発を起こした。
煙が舞い上がり、炎が激しく燃え盛る。
「あれは何だ!!!」
騎士団の長が驚愕して大声で叫んだ。
しかし次の瞬間にも、炎の弾が何発も撃ち込まれ、あちこちで爆発が連鎖した。
兵士たちは命からがら逃げ惑い、戦闘態勢を保てているのはわずかなグループだけだった。
「陣形を整えろ!!!」
銀の鎧をまとった騎士たちがその声に即座に集結した。
彼らは輝く銀の盾を壁のように構え、鎧を着た魔術師たちが後方に立ち、防御の魔法を詠唱した。
銀の盾の縁に刻まれた文字が眩しく輝き、その前方に透明なガラスの壁が生じて火球を防いだ。
しかしわずか数秒後、それらはひび割れ、粉々に砕け散った。
銀の鎧の兵士たちは四散し、完全に戦闘不能に陥った。
騎士団の長は炎に包まれた地面を這いずり出た。
その直後、数十体のワイバーンが彼の目の前に舞い降りて着地した。
手綱を握っていた者たちが飛び降り、絶望の眼差しでこちらを見つめる騎士団の長をじっと見つめた。
「ワイバーン軍団……お前たちは……ハジムの裏切り者……。」
騎士団の長の声はかすれ、途切れ途切れだった。
彼の瞳は震えながら彼女たちを見つめていた。
「まさか我々のことを覚えていてくれるなんてね」
彼を見つめていた女性の声がゆっくりと近づき、顔を突き出してきた。
「選択肢は二つだけよ。大人しく降伏するか、一人だけ残ってから降伏するか?」
「お前たちは悪魔だ……」
「悪魔は選択なんてさせてくれないわよ」
彼女の顔に冷たい笑みが浮かび、ゆっくりと数を数え始めた。
「三、二」
「降伏する……」
騎士団の長が宣言すると、彼女の顔が彼から離れた。
彼女は後ろの者に鋭い声で命令した。
「武装を解除して、銀の鎧どもを縛り上げろ」
こうして彼らは武装を解かれ、絶望のうちに縛られて一箇所に座らされた。
そして、ワイバーンより二倍は大きなドラゴンが飛来するまでその状態が続いた。
エスタとマリッサは巨大なドラゴンの背中から降り立ち、眼前の炎の海へと歩み寄った。
銀の鎧の騎士たちは全員が武装解除され、縛り上げられて一箇所にまとめられていた。
中には意識を失って倒れている者もいれば、じっと座り込んでいる者もいたが、全員がマリッサの視線を避けていた。
「ひどい有様ね……」
エスタはそう言いながら、捕らえられた敗者たちを見下ろした。
「降伏しなかった連中に比べれば、まだマシよ」
マリッサが言葉を遮り、炎に包まれた野原の方へ顔を向けた。
あちこちから殺戮の音が響き渡っていた。
それでもエスタとマリッサの表情には何の変化もなかった。
(敵だから……何も感じないんだ……)
エスタは目を細め、心の中で自問した。
心が答えたのは「そうだ」という言葉であり、それはまさにその通りだった。
彼女は唇の端をわずかに上げ、マリッサの方を向いた。
「私はリースを探しに行きます」
マリッサはエスタの方へ振り返り、確かな眼差しで彼女を見つめると、何かを取り出して差し出しながら言った。
「リースを安全な場所に連れて行けたら、この信号弾を撃ちなさい」
「はい」
「あまり時間をかけないでね」
マリッサの言葉が終わると同時に、エスタの姿はぼんやりとかすみ始めた。
完全に消えたわけではないが、炎の中で何かが動いているのを判別するのは難しかった。
エスタの姿が見えなくなると、マリッサは縛り上げられた銀の鎧の騎士団の長の方へ向き直った。
「お久しぶりね、騎士様」
「姫様 ……」
マリッサが冷たい声で挨拶すると、彼はこれ以上ないほどの絶望した声で応えた。
エスタは巨大な要塞の門に向かって進んでいた。
今の彼女の心は、ワイバーンが広場を焼き尽くす炎よりも熱く燃えていた。
彼女はリースがかつて買ってくれた紫の宝石のネックレスに自分の魔力を注ぎ込んだ。
十分に溜まると、その力を解放した。
「速くなれ……」
加速の魔法が装飾品を通じて詠唱され、彼女の口から小さな声が漏れた。
リースが直接かけてくれた時ほどの強力な効果はなかったが、それでも彼を探す時間を大幅に短縮してくれる。
エスタは魔力による隠蔽魔法のおかげで、守備についている兵士たちに気づかれることすらなく、兵士で溢れる中央の広間を無視して駆け抜けた。
(リースを助けるのが最優先。他のことは後回し……)
彼女はそう心の中で思いながら、右手で剣を強く握りしめた。
二階の通路とはいえ、かなり広く大型の荷車も通れるほどで、しかも非常に複雑に入り組んでいた。
ここは戦いのために設計された場所であり、貴族の屋敷とは全く違う作りだった。
複雑に入り組んだ通路を進む途中、彼女は魔術で作られた複数の模造魔獣と、それらを操る魔術師が二人と遭遇した。
冷静に戦う時間はなかった。
リースを探すことばかりに心を奪われ、回避する方法を考える余裕などなかった。
彼女は叫び声を上げた。
「かかってこい!! 」
その声に、模造魔獣を操る魔術師たちは慌ててこちらを向いた。
操られている最中の模造魔獣は、操り手が混乱している間、本来の自由な戦闘行動を取ることができなかった。
彼らが気づいた瞬間、エスタの剣はすでに彼らの喉元を切り裂いていた。
彼らの体はぐったりと倒れ、与えられた粗雑な命令に従って模造魔獣たちもそのまま静止したままとなった。
エスタは二階の長い通路を駆け抜けると、再び同じようなローブを着た集団と遭遇した。彼らは大きな檻を押しながら移動していた。
エスタはその形をよく覚えていた。
それは以前、森で彼女たちが出会った魔獣を閉じ込めるための檻だった。
そして中に入れられているのは、呪いの元凶である魔獣だった。
彼女は躊躇せず、ローブを着た者たちが押す檻の集団に向かって一直線に突進した。
暗闇の中で彼女の紫がかった青い瞳が光の線を描きながら高速で迫り、手にした剣を振り上げて眼前の敵を斬り伏せようとした。
しかし、仮面を着けた戦士の影が現れ、曲刀で彼女の攻撃を阻んだ。
戦士の曲刀はエスタの剣を美しく受け止め、彼女は後ろへ飛び退いて体勢を整えざるを得なかった。
その間に、仮面の戦士が叫んだ。
「貴様らはあの二人の子供を追え! 少なくとも頭と目玉だけは確保しろ!!」
「了解しました、頭目!!」
部下たちは返事をして、檻を押す力をさらに強めた。
(頭と目玉だと!?)
それを聞いたエスタはたちまち激昂した。
彼女は高速で突進したが、強力な曲刀の一撃に弾かれ、再び後退せざるを得なかった。
「チッ!」
エスタは舌打ちをしながら、眼の前で檻を押して遠ざかっていく異端者たちを見つめた。
自分自身が少し情けなく感じられたが、幸いなことに檻の動きはそれほど速くなかった。
(この人を先に片付けて、檻の中のものを解放される前に止めないと……)
彼女は今目の前にいる相手が、簡単に倒せる相手ではないことを悟っていた。
それでも、その溝をどんな手段を使ってでも越えるしかない。
「邪魔をしないで!!!」
そう叫ぶと同時に、彼女は眼前の敵に向かって突進した。
「お前こそ死ね!!!」
ローブを着た男も同じく突進してきた。
エスタが振り下ろした剣は長い刀で美しく弾かれ、二つの刃がぶつかり合う火花が一瞬、周囲を明るく照らした。
ローブの男は剣を旋回させながら踊るように斬りかかり、黒髪の少女は体を翻してかわし、逆に突きを繰り出した。
刃と刃がぶつかり合う光が、金属音の響くリズムに合わせて何分間も瞬いた。
両者は全力で攻防を繰り返し、すべての攻撃に本気で相手の命を狙っていた。
しかし、突きを返した瞬間、エスタの剣は弾かれ、隙が露わになった。
「これで終わりだ!!」
ローブの男が悪態をつきながら斜めに剣を振り下ろし、エスタの体を真っ二つに切り裂こうとした。
しかしその瞬間、エスタは口元を歪めて笑った。
胸元の紫の宝石が輝き、彼女の速度が突然跳ね上がった。
エスタの体を真っ二つにすべき剣は、左の頰に小さな傷を残しただけだった。
エスタは体を回転させ、剣を返して相手の仮面の中心に全力で突きを放った。
しかし剣は鉄の仮面を貫けず、彼女は仮面を剣に引っ掛けたまま後退して体勢を整えた。
「まさか隠し武器を用意していたとは。お前もやるじゃないか」
「互いに十分に準備して来ただろう?」
ローブを着た人物は少女のような甲高い声で言い、エスタは剣を振り払って鉄の仮面を弾き飛ばした。
そこに現れたのは、初々しい少女のように美しい顔立ちだった。
飾られた栗色の髪がその顔をとても可憐に見せ、危険な集団の頭目とは到底思えないほどだった。
「へっ! 自分の地位に似合わない顔をしてるわね、本当に」
エスタは一目見てすぐに嘲った。
それを見た相手は顔を歪め、醜く引きつらせながら、恐ろしいほど甲高い声で言った。
「この顔を見た者は、皆死ななければならないの」
しかしその声で、エスタは相手の本質をすぐに理解した。
どれほど強い者でも弱点はあるもの、そしてこの女は自分の美しすぎる顔のせいで自信を失いつつあった。
「ごめんなさいね、それって典型的な二番手悪役のセリフじゃない? たいていそのセリフを言った後に死ぬやつ」
「殺してやる!!!」
ローブの少女は叫びながら、腰から金属の棒のようなものを取り出した。
それを見たエスタは素早く突進したが、間に合わなかった。
ローブの少女が呪文を詠唱した瞬間だった。
緑色の魔法陣がエスタの周囲に広がり、直径十メートルほどの円を描いた。
次の瞬間、エスタの体は魔法の力に引きずり倒され、地面に叩きつけられた。
ローブの少女はゆっくりとエスタに近づきながら、恐ろしい笑い声を上げた。
彼女はもう片方の手に持った剣を振り上げ、顔を醜く歪めていた。
しかしその瞬間、エスタが声を出した。
「そんなミスを二度も繰り返すと思ってるの?」
何かが彼女の手から落ち、転がって横に光った。
青い魔法陣が緑の魔法陣に重なるように出現した。
すると彼女の手元の筒が爆発し、爆風で彼女は壁に激突して後退した。
エスタは体を起こしてすぐに突進し、迷わずローブの少女の胸の中心に剣を突き刺した。
「魔法道具を破壊する爆発……最悪ね……」
そう言い終わると同時に、ローブの少女の腕がだらりと落ちた。
エスタは剣を引き抜いて刃についた血を振り払い、魔獣の檻を押す集団を追いかけて走り出した。
しかし、爆発で体中の魔法道具はすべて壊れてしまっていた。
彼女は自分の足だけで走るしかなかった。
エスタは全力で、カーペットに残った深い引きずり痕を追いかけた。
しかしその痕の先には、ローブを着た者たちの倒れた体が転がっていた。
魔獣の檻は引き裂かれてボロボロになり、周囲に散らばった人々の体も檻と同じく、無惨に引き裂かれていた。
「最悪……時間をかけすぎた……」
エスタは焦って舌打ちをしたが、床をよく見ると、深くカーペットに沈んだ獣の足跡があった。彼女はそれに従って走り出した。
「どうか間に合って……」
彼女は息をするたびに祈りながら、道を駆け続けた。
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『あとがき』
まずは、丸一ヶ月も姿を消してしまい、本当に申し訳ありませんでした。
白状しますと、仕事が鉄砲水のように押し寄せてきてしまいまして……。
現在はだいぶ落ち着いてきましたので、これからは遅れずに更新できるよう努めます。
次回は、いよいよリースと魔獣の決戦へと戻ります。
この章の物語がどのような結末を迎えるのか、ぜひ最後まで見届けていただけますと幸いです。
引き続き応援よろしくお願いします!
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