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2-20 物語の後半 4


エリゼはリースと並んでうつむきながら、街の中央通りを歩いていた。

目指すは市場通りだ。

遠くにぽつぽつと灯る街灯の薄暗い光が、前方をぼんやりと照らしている。

二人とも言葉を発さなくなり、ただ互いの吐息だけが静寂の中に溶けていく。

こんな夜更けに、元々人通りは少ないものだけど、アルテシアが暴れまわったせいで、みんな家に閉じこもってしまっている。

通りは完全に無人だった。

二人は長いベンチの前で足を止めた。

昨日はまだ、ここで一緒にソーセージを頬張りながら、活気に満ちた旧市街を眺めていたのに。

今は、そんな生命の息吹がどこにも残っていない。

ただ空っぽの空間と、かすかに吹き抜ける風の音だけが残っている。

リースはあの長いベンチに腰を下ろし、エリゼに視線を向けた。

二人はしばらく見つめ合い、それからリースが彼女に手を差し伸べる。


「喜んで、リース……」


彼女は、貴族の息子にダンスを申し込まれたときのような、

柔らかな声で答えた。

優雅で気品あふれる仕草で体を折り曲げ、彼の隣にそっと腰を下ろす。

そよ風が止むと、彼女は口を開き、言葉を紡ぎ始めた。


「さっきまで、もしエスタの目を欺けたら、リースの目だって欺けると思ってたの……間違ってたみたいね」


彼女の視線がリースの目にゆっくりと重なる。

それは空っぽで、何の重みもない。

リースの唇がわずかに上がり、微笑みを浮かべる。

それは偽りではないけれど……やはり、何も感じられない、空虚な笑みだった。


「あなた……見かけ以上に、すごく上手く演技してるのね、リース」


「褒め言葉かどうかはわからないけど……ありがとう」


リースはその言葉に小さく笑った。

エリゼも彼に合わせて小さく笑い、それから顔を向けてもう一度尋ねる。


「いつから、気づいてたの?」


「アズアラが話せるってわかったときからです」


リースはそう答えながら、エリゼの瞳をじっと見つめ返した。

彼はもう一度、ゆっくりと息を吐き、それから言葉を続けた。


「でも、本当に確信が持てたのは、アルテシア様が教えてくれたからなんです。僕が『アッシュズ』の一員だと、エリゼが彼女の耳元で囁いたのだと」


「ごめんなさい……」


エリゼはリースの視線から顔をそむけた。

でも、泣き出しそうな表情でも、涙を浮かべているわけでもない。

彼女の声は、変わらず静かで落ち着いていた。

(随分前から、心の準備はできてたんだな……)

リースはそんな静かな彼女の顔を見つめながら、心の中で呟いた。

彼は小さく息を吐き、それから顔を前に向けて、静まり返った通りを眺めながら、彼女に問いかけた。


「どうして、そんな道を選んだんですか?」


「……嫉妬と、悔しさ……だから」


「きっと、とても辛い理由だったんですね」


リースの返ってきた声に、エリゼはぞくりと寒気を感じ、深い孤独に包まれるのを感じた。すぐにわかった――リースも、自分と同じような感情を、かつて味わったことがあるんだと。

だからエリゼは、小さく笑ってから、言葉を続けた。


「私ね……第二王子殿下の、新しい婚約者に選ばれたの。……昔の婚約者、オレリアの代わりに。彼女が何年か前に姿を消してから……でも」


エリゼはそこで言葉を止めた。最後の音が震え始め、手をぎゅっと握りしめる。

口元はすっかり貴族らしい気品を失い、歪んでいた。

彼女は勇気を振り絞って、言葉を続けた。


「でも……一度も、婚約者として扱ってもらえなかったの。どれだけ努力しても、ずっと無視されて……頑張れば頑張るほど、激しく拒絶されるだけだった」


涙が頬を伝い、膝の上で固く握りしめた両手にぽたぽたと落ちていく。


「……それに……王子は、自分の『人形』を学園に連れてきて、彼女を大切に世話してるの。私の声は、もう彼に届かなくなってしまった……」


「だから、彼を苦しめたいと思ったんですね……」


「そう……。彼は私を人間として見てくれなかったから、反対派の貴族たちにいじめ抜かれたの。そして、私が助けを求めたときの答えは『それは俺の知ったことじゃない』……だから、悔しくて、憎くて……」


エリゼの傷は、顔には表れていないけれど、心の奥深くに深く刻まれている。

震える声と、こぼれ落ちる涙が、誰にも語りきれなかった痛みを雄弁に物語っていた。

(貴族だって、裏では同じくらい酷い目に遭ってるんだな……)

リースは自分の胸に手を当てた。

あの日、パーティーから追い出された日のことを思い出す。

(僕が追い出された日も、そんな気持ちだった……いや、それよりずっと前から、追い出されていたんだ……)

リースは過去の辛い日々を思い浮かべた。

本当は、ずっと前からグループから外されていた。

雑用ばかりを一人で押しつけられ、アーニャと一緒に仕事をしたことは何度かあったけれど、残りの三人からはほとんど相手にされなかった。

大事なことさえ、聞く耳を持ってくれなかった。

(でも、エスタは僕を受け入れてくれた。そして、彼女はエリゼも受け入れてくれたんだ)

彼の心は、名前と髪の色さえ捨てて自分を守ってくれた相棒によって、癒されていた。

そして彼女は、今、エリゼのためにも懸命に努力してくれている。


「僕、エスタ自身もわかってると思います。でも、まだ頑張ってるのは……彼女がエリゼに対して、まだ希望を捨ててないからなんです」


エリゼは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、再びリースを見つめた。

彼の優しい微笑みに触れ、彼女は気づいた――リースの空っぽだった笑みが、今は純粋な善意で満たされていることを。

思わず、その笑みをじっと見つめてしまう。


「エスタ……なんだね……私、彼女には到底かなわないわ……」


彼女はもう一度微笑んだ。

自分でも気づかないうちに、その笑みもまた、同じように温かなもので満たされていた。


たとえ現実では、エスタの理由が二人ともが想像していたものとはまるで別のことだったとしても……。

--------------------

だがその瞬間、拍手が響き渡った。

暗闇の中から、灰色の髪の男が姿を現す。

彼は銀色の鉄仮面を被り、灰色の髪をなびかせ、貴族らしいスーツを着ていた。

左肩に掛かる茶色のマントが、高貴な身分を示している。

リースはゆっくりと歩み寄ってくるその男に視線を向け、髪の色がはっきりと確認できる距離まで近づいた。

(灰色の髪……アッシュズ家!?)


「実に素晴らしい芝居だったね~」


男の仮面の下から、まるで詩を朗読するような高い声が漏れ出てきた。


「そんなに芝居がお好きなんですか。僕も好きですよ。ただ残念ながら、下層民の僕には劇場に入る金なんてないんです。外から漏れてくる音を聞くことしかできないんですけどね」


リースはそう返しながら、ゆっくりと立ち上がった。

急ぐ様子はないが、警戒を解いてはいない。

左手の人差し指がゆっくりとリズムを刻み、いつでも防御の構えを取れるように動いている。

だが仮面の男は嘲るように肩をすくめ、再び声を上げた。


「戦おうなんて思わない方がいいですよ~。僕、君たちにしわなんて作りたくないんですから~」


「でも、行動と言葉が完全に矛盾してますね」


「おや~? そうなの? ハハ~ ハハハハ~!」


リースがそう返した瞬間、男はまるで舞台の役者のように大仰に笑い出した。

その男の背後には、マントで身を隠した者たちがさらに数人、姿を現した。

一人ひとりの周囲には、強烈な魔力の波動が激しく揺らめいている。

(こいつら……魔力のレベルが尋常じゃない)

リースの顔から笑みが消えた。

左足を一歩前に踏み出し、体を低く構える。

鋭い視線を前方に向けながら、地面からいくつもの模造魔獣が浮かび上がってきた。


「お願いだから、戦わないでくださいっ!!!」


リースの背後にいたエリゼが叫んだ。

その声に、両陣営がぴたりと動きを止める。

彼女は前に進み出て、リースの正面に立ち、彼に向かって言った。


「リース……私、もうこの道を選んじゃったの。もう、後戻りなんてできないわ」


「だったら、僕も後退しません」


リースはそう答えながら微笑んだ。

それは自信に満ちた笑みではなく、死んでも構わないと覚悟を決めた者の笑みだった。

彼はエリゼの体を後ろに引き、自分の前に再び立ちはだかる。

だがエリゼは彼の服を掴み、囁くように言った。


「リース……優しすぎるのよ……」


エリゼは懐からガラス瓶を取り出した。

中には紫色の液体が入っている。


「だから……エスタはあなたを、過剰なほど心配してるの」


言い終えると同時に、彼女は瓶を地面に叩きつけた。

瓶が砕け、リースの目の前で爆発的な紫色の煙が一気に広がる。


「エリゼ……」


リースが呟いた瞬間、膝が崩れた。

体が地面に倒れ込む。

視界に映るのは、同じように倒れていくエリゼの姿。

そして、すべてが闇に飲み込まれていった。

------------------------------

リースの目の前には、仮面の男が立っていた。

彼とその従者たちは、眠りガスの霧の中に平然と佇んでいる。

彼らが被っている仮面こそが、吸い込んだ毒を防ぐ魔法具だったからだ。

だから彼らは安全そのものだった。


「ふふ~ん、いい感じですねぇ~。これで僕も、嫌がる人形と無理やり夫婦ごっこをしなくていいじゃないですか~」


仮面の下から、再び歌うような高い声が響き、男は体をくねくねと不気味に揺らした。


「さあ、二人を連れて帰りましょうか~~」


彼がそう言うと、従者たちはすぐにリースとエリゼの体を縄で縛り、模造魔獣の背中に担ぎ上げた。


「それで、この街はどうするんです? そのまま襲撃しますか?」


マントの一人が尋ねた。


「いや~、君って本当に繊細さがないよねぇ~。街なんて今はもう、どうでもいいんですよ。ここに来た目的は、この二人を確保することだけ。さあ、愛しの城に帰りましょ~」


灰色の髪の男は即座に、わざと相手を苛立たせるような仕草と声で返した。

それを聞いたマントの人は、拳をぎゅっと握りしめ、鎧が擦れ合うという鋭い音を響かせた。

(アルテシアの呪いも、エリアス領主も……それに魔獣まで。せっかくあれだけ周到に計画して、簡単に街に入れるようにしたのに……何もしないってのか?)


「勝手にしろ!!」


マントの人が怒鳴り声を上げ、闇の中に足を踏み入れて消えた。残されたのは、鎧の擦れ合う音が徐々に遠ざかっていくだけだった……


ヒロインは、もはや堕ちた存在だった。

それはエスタの理解を完全に超えている。

エリゼは断固とした意志で、悪役と共に歩む道を選んだ。

そして、彼女の手によって、リースはあっさりと連れ去られてしまった。

リースは、闇へと堕ちてしまったのだろうか?

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