2-15 目に血が入る 3
「グレイモアさん、どんな敵が呪いを広めることができるんですか?」
ギルドに向かって歩いている最中、ふとリースが口を開いた。
グレイモアは少し振り向いて目を細め、眉を寄せながら口の端をわずかに吊り上げた。
「いるよ。精霊とか、呪いを受けてさらに呪いを広めるようになったモンスターとか……そして、あの魔獣だな」
魔獣という単語を聞いた瞬間、リースの眉がピクリと跳ね上がった。
(エスタ、ついこの前二体倒してきたばかりじゃないか……まだ他にもいるってこと?)
心臓がドクンと大きく鳴った。
もし他にも魔獣が残っているなら、エスタは絶対に休まずにすぐ出撃しようとするだろう。
我慢できなくなったリースは、思わず声を張り上げてしまった。
「この近くに、まだ魔獣が残っている可能性って……あるんですか!?」
「あるよ」
今度はグレイモアではなく、老いたラントンが答えた。
彼は二人を射抜くように目を細めながら、言葉を続けた。
「ギルドに送られてきた情報が改ざんされていたんだ。あの時、エスタは負傷して帰ってきただろう? 教会が最新で入手した情報によると、あと一体残っているらしい」
「ちょっと待てジジイ!! そんな大事なこと、なんで俺が知らされてなかったんだよ!!」
それを聞いた瞬間、グレイモア様は口をぽかんと開けて、目を剥いて老いた神官を睨みつけた。
だが彼は微塵も動じず、逆に非難たっぷりの声で言い返してきた。
「で、どこの馬鹿が大事な会議をサボって薬を煮詰めて売ってたんだ?」
「……え、す、すみませんでした……」
「すみませんでした……」
師匠にそう言われて、リースもグレイモア様も口を塞がれたように言葉が出なくなった。
一人は部屋にこもって薬を煮詰め、もう一人はこっそり森に薬草を採りに行っていたのだ。
そりゃ、怒られて当然だ。
しかし、街の中央通りへ足を踏み入れたその時、グレイモア様の手がリースの腕を掴んだ。
振り向くと、グレイモア様だけではなく、ラントンも足を止めていた。
リースは慌てて前方を振り返った。
その刹那、赤く燃える魔法の槍が真正面から彼らに向かって撃ち込まれた。
「我が女王ルセリアよ、光の壁を!」
老いたラントンが右手を前に差し出し、素早い簡易詠唱で光の壁を展開した。
薄く透明な光の幕が現れ、炎の魔法をギリギリで防ぎ止める。
爆発の衝撃で、土煙が大通りに一気に広がった。
爆音が収まると、今度は頭上から別の声が響いてきた。
「リース! リース! アルテシアを止めてぇ!!」
煙がまだ立ち込めている中でも、リースはその声をすぐに聞き分けた。
「アズアラ!!」
名前を呼んだ瞬間、アズアラが飛び込んで頭上に止まった。そしてすぐに言葉を続けた。
「私にはあの子を止める力が足りないの……あっ、グレイモア先生!!」
鳥の精霊アズアラはちょうどグレイモアと目が合って、彼の名を呼びながらお辞儀をした。
一方、グレイモアは鳥の精霊を見た途端、まるで狐の尻尾を踏まれたキツネのような嫌そうな顔になった。
「ちくしょぉ!! なんで俺の人生、毎回こんな目に遭うんだよ!!!」
グレイモアは頭をガシガシと掻きむしり、大声で叫んだ。
そして煙の向こう側に向かって大声で叫び返す。
「もう少し加減しろよアルテシア!! 俺はちゃんと手続き踏んで辞表出したはずだぞ! なんでこんな街中で魔法ぶっ放してんだ!!」
煙幕が薄れていくと、そこに現れたのは病衣姿の少女だった。
彼女は肩で息を荒げ、顔を歪め、両手をぎゅっと握りしめ、まるで目の前の相手を引き裂いてしまいたくてたまらないといった様子だ。
大賢者アルテシアが、リースに向かって指を突きつけた。
彼女の目は呪いによって閉じられたわけではないが、眼球の細い血管が破裂して真っ赤に充血し、恐ろしいほどに血走っている。
それを見たリースは思わず声を上げた。
「エスタが僕に言ってたよ……アルテシア様は呪いで目が見えなくなってるって……」
「それは『目封じ』の呪いなんかじゃない、『目に血が入る』の呪いだ!
怒りを抑えきれなくして狂わせる呪いだよ! くそっ!! こんなタイミングでこんなオマケが送られてくるなんて、完璧すぎるだろ!!」
リースが言い終わるやいなや、グレイモアが即座に叫び返した。
リースは思わず息を詰まらせた。
(この裏にいる奴……どこまで計画を立ててるんだ?)
リースとグレイモアが互いに顔を見合わせているその時、向こう側――アルテシアが、狂ったような甲高い声で割り込んできた。
その声は激しく、まるで炎が爆ぜるように響き、大賢者の魔力が込められて周囲に轟いた。
「先生! どうして先生はあいつらと手を組んだの!!」
「誰と手を組んでるってんだよ! 知るか!!」
グレイモアも負けじと荒々しい声で叫び返した。
まるで彼自身も血が上って呪いにかかったかのように。
「あの後ろに立ってる灰頭の奴よ! あいつがアッシュズなんだ!!
この地から掃除しなきゃいけない下劣な連中!!」
アルテシアが甲高い声で叫びながら、リースに向かって指を突きつけた。
彼はすぐに自分がこの騒動の原因だと悟った。
(アッシュズ? 排除しなきゃいけない連中? でも、どうして……?)
だが考える暇はなかった。彼女の周囲に再び複数の火の槍が現れ、回転しながらドリル状に形を変え、あらゆるものを貫く準備を整えた。
彼女が手を振り下ろすと、それらは凄まじい速度でリースに向かって飛んできた。
老いたラントンが即座に光の壁を再び展開し、火の槍を防ぎ止めた。
爆発の衝撃で周囲の家屋が揺れ、熱風が三人の肌を焼くように襲い、顔を背けざるを得なかった。
屋根瓦や木片がバラバラと地面に落ちてくる。
煙幕の隙間から火の槍の光が漏れ、彼女が次のセットを撃つ準備ができていることを示していた。
一方、グレイモアももう黙ってはいられなかった。彼は両手に青い魔力を集め、円を描くように広げながら、時間を稼ぐために言葉を吐き出した。
「今すぐ止めろアルテシア!! こいつはお前の弟弟子だぞ!! 殺す気かよマジで!!」
「先生、あいつらを弟子に受け入れたっていうのですか? 先生は狂ったのね……なら、先生も一緒に排除してあげるわ!!」
だが時間稼ぎは効果を上げていないようだった。
アルテシアは狂ったように叫び返し、グレイモアさえも殺す勢いだ。
リースは歯を食いしばり、体を震わせていた。
この問題の全てが自分から始まったというのに、今の状況では何もできない。
大人二人に守ってもらうしかないのだ。
グレイモアはアルテシアがもう話が通じないと悟ると、老いたラントンに向き直り、懇願した。
「ラントン師匠、もう一度だけ……少しだけ時間を稼いでくれ!」
ラントンは頷いたが――
「我が女王ルセリアよ……」
高く手を掲げた老人の背中から、骨の軋む『ギシッ』という音が響いた。
「うわっ……俺の腰!!」
神官ラントンの顔が、まるで小指を机の脚にぶつけた時のように歪んだ。
ラントンは地面に崩れ落ち、息も絶え絶えに苦しげだ。
リースとグレイモアの二人は呆然と口を開けたまま、固まっていた。
「ふざけんなよジジイ! こんな時に腰をやるなんて……嘘だろ!?」
「俺を便利な盾扱いかよ! 俺はもう八十だぞボケ!!」
命の危機が目の前に迫っているのに、老人二人はタイミングも考えず言い争いを続けている。
リースは歯を食いしばり、息を荒げながら、火の槍に囲まれたアルテシアの方を向いた。
(どうすればいいんだ……丸い盾もないし、ラントン爺さんまで『事故』に遭うなんて……)
握りしめた手は焦燥で震えていたが、一つだけ確かなことは、アルテシアが炎の槍を自分に向けているということだ。
アルテシアの魔法は危険すぎる。
(前に飛び出せば死ぬかもしれない……でも、何もしなければみんな一緒に死ぬ)
でもリースは誰にも死んでほしくなかった。時間ももうない。
彼は目を見開き、大きく口を開いた。
「アズアラ! 僕が突っ込む!! 場所を空けて!!」
「は、はいっ!」
アルテシアの手が再び振り下ろされると、炎の槍が全てリースに向かって一斉に飛んできた。
その瞬間、リースの手の震えがぴたりと止まり、視線は真っ直ぐ前方へ。
彼は大きく叫んだ。
「固まれ! 速くなれ! 強化する!!」
鳥の精霊が翼を広げてリースの頭上から飛び立ったその時、彼は三つの強化魔法を自分自身に同時にかけ、勢いよく前方へ飛び出した。
自分の体を盾代わりにして、炎の槍を全て引き受け、師匠二人を守るためだ。
爆音が轟き、地面が激しく揺れた。その振動は遠くの城門にまで届くほどだった。
激痛がリースの体を襲う。
炎の槍の熱が全身を焼き、肉体を引き裂かれるような痛みが、全ての感覚に広がっていった。
言い争いを続けていたラントンとグレイモアは、突然リースが飛び込んでいくのを見て振り返った。
リースの体は傷だらけで焼け焦げ、ボロボロのぼろ布切れのように見えるほどだった。
二人は同時に口をぽかんと開けて固まってしまった。
「今度こそ逃がさないわよ……」
アルテシアが獰猛に叫び、まるで街ごと焼き尽くすかのような勢いだ。
無数の魔法の槍が頭上に現れる。
「来いよ……!!」
リースが大声で叫び、意識を前方に集中させた。
危機の最中、彼の精神は驚くほど澄み渡っていた。
(もう耐久力で凌げる戦いじゃない……もう一発受けたら、終わりだ)
決意のこもった視線を真っ直ぐに前へ。
揺らぐ魔力の感覚が、認識の流れに乗って伝わってくる。
アルテシアが強く手を振り下ろし、多彩な色の魔法の槍が再び彼に向かって飛んだ。
(今だ!!)
リースは持てる精神力の全てを振り絞り、ボロボロの体を前方へ突き出した。
(あれだけの速度の魔法の槍は、急に方向を変えられないはず……
強化魔法で真っ直ぐ突っ込めば、避けられる……あとは……)
だが、アルテシアは手のひらの裏に、もう一つの魔法を隠していた。
彼女が手を振り、鞭のようにそれを放つ。
「ぐっ……!」
雷撃が鞭のように迸り、リースの体を直撃して動きを止めた。
激痛が全身に広がり、手は痺れて自分の体に付いているのかさえわからない。
膝が折れ、体重を支えきれず。
リースは地面に膝をつき、全身の神経が倒れろ、止まれ、諦めろと叫んでいる。
(動け……ない……)
リースはただ絶望的に目を見開いてアルテシアを見つめるしかなかった。
彼女の周囲に、再び十六本もの炎の槍が浮かび上がる。
勝利者の笑い声が響き渡り、歓喜に満ちた叫びが迸った。
「死ね、アッシュズの灰頭!!!」
だがその瞬間――
「俺は、お前が魔法を使うことを許さない!!」
グレイモアが大声で叫んだ。
周囲のあらゆる魔力が、まるで最初からなかったかのように消え去る。
青い輪がアルテシアの首、両手首、両足首を締め付け、魔法文字が深く染み込んでタトゥーのように刻まれる。
大賢者は自分が一瞬目を離していた相手を振り返り、グレイモアの狐のような顔に嘲るような笑みが浮かんだ。
「最高位の封印呪い……! グレイモア先生……まさか!!」
アルテシアの体から一瞬で力が抜け、さっきまで堂々と立っていた体が、操り糸が緩んだ人形のようにふらついた。
その隙に、グレイモアが再び叫ぶ。
「行け、リース! お前の先輩に、冒険者の教えってやつを教えてやれ!!」
叫び声が終わった瞬間、本来なら意識を失っていてもおかしくないリースが、ぐっと体を起こした。
彼は即座にアルテシアへ飛び込み、間合いを詰める。
「ぐわっ!! てめぇこの野郎!!」
彼女が最後の叫びを上げたその時、リースの手が襟首を掴み、もう片方の拳が顔面に直撃。
勢いよく吹っ飛ばされ、回転しながら地面に叩きつけられ、数メートル先まで転がった。
リースはそこで止まらなかった。
倒れたアルテシアの元へさらに飛び込み、再び襟首を掴み上げる。
だが、完全に気を失って動かなくなったのを見て、手を緩めると、その体を抱き上げてグレイモアの方へ歩いて戻ってきた。
二人の老いた師匠は、ボロボロのぼろ切れのような姿で戻ってきた弟子を見て、言葉を失った。
リースはアルテシアの体をグレイモアに預けると、その場にへたり込むように座り込んだ。
口から血の塊を吐き出し、荒い息を繰り返す。
「やれやれだわ……!! これからマリッサにどう説明すりゃいいんだよ!!」
ラントンが老人のような声で呟き、腰の痛みを堪えながら急いで治療魔法をかけ始めた。
現在、僕は多大なる励ましを必要としています。
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