1-4 故郷への旅 3
キャラバンが目的地に到着した後、リースはアッシェンブルクのギルドマスターに会いに行った。
ギルドマスターのレオは、かつてランタナのギルドマスター、ワガスとパーティーを組んでいた仲間だった。
厳格な雰囲気の老人で、髭はなく、右目に単眼鏡をかけている。口元には自然とわずかな笑みが浮かんでいるが、その顔に慈悲の色は一切なかった。
「ワガスからの手紙か」
「はい」
リースは答え、大きなバックパックから木箱を取り出し、レオの机に置いた。
ギルドマスターは箱を開け、巻かれた手紙を取り出して封印を確認した。だが、点検中に一つの手紙に目が留まり、それを解いて読み始めた。
レオは単眼鏡を調整しながら手紙を読み、時折リースの顔を見上げた。読み終えると、どこか不機嫌そうに尋ねた。
「本当に冒険者を辞めるつもりか?」
「はい……」
リースは緊張した様子で短く答えた。
「どうして辞めたいんだ?」
「僕、どれだけ頑張っても上手くいかなくて……だから、辞めようかと」
その言葉に、レオは鼻で笑い、うんざりしたように息を吐いた。
「残念だが、今はお前を自由にはできない」
「え?」
「この依頼書類を見てみろ」
レオの掌が目の前の書類の山を叩き、大きな音が響いた。恐ろしいほどの高さに積み上がった書類だった。
「前線の状況は良くない。モンスターや悪魔が異常なほど増えている。王国のギルドは鉄ランク以上の冒険者を動員して戦力を強化する必要がある。もっとストレートに言うなら、雑務をこなす人手が極端に足りないんだ」
ギルドマスターのレオは最後の言葉を一語一語強調し、重々しい声で言った。部屋は静まり返った。
リースは言葉を失った。レオの言い分は理解できるものの、まるで「奴隷として働け」と言われているような気分だった。だが、目の前にいるのは冒険者ギルドの大物だ。気に入らないことを言えば、毒蛇の檻の掃除のような死にやすい仕事に無理やり放り込まれるかもしれない。
「……頑張ります」
「よろしい。それじゃ、カウンターのマーラから新しい規則を聞いて、今日から仕事を受けるか、明日から始めるかはお前次第だ」
「……はい」
話が終わると、レオは机の上のベルをリズミカルに鳴らし、リースを追い出した。だが、リースがドアを開けた瞬間、ギルドマスターが最後に一言付け加えた。
「知ってるか? 『ドラゴンハントの槍』のワガスも、十四歳の時にパーティーから追い出されたんだ」
「ありがとうございます」
その言葉に、リースは少し勇気をもらった気がした。彼はその一言に感謝し、部屋を出た。
一階の受付ホールでは、受付嬢がリースを待っていた。
「主任受付嬢のマーラです。レオ様から、冒険者の新しい規則について説明するよう指示を受けました」
「はい」
「こちらへどうぞ」
主任受付嬢のマーラはリースを裏にある小さな部屋に案内した。部屋には、きれいな字で書かれた規則が黒板に並んでいた。教室のような部屋には、六つの机と椅子のセットが置かれていた。
マーラは一番前の小さな机に座るよう手で示し、どこからか用意していた書類を開いた。
「リースは冒険者として二年活動し、アッシェンブルクでアンジェリカと登録し、すぐにランタナへ向かったのね」
「はい」
書類を読み進めるマーラは、長いため息をついてから続けた。
「ランタナ支部のギルドは強いけど、あそこは黒い森の前にあり、中心には逆さの塔のダンジョンがある。モンスターは恐ろしく、若い冒険者の死亡率は四十パーセントにもなるのよ」
それは誰もが知っている事実だった。ただ、皆が見て見ずふりをするだけだ。冒険者は皆、名声と富を追い求めるのだから。
「それに、冒険者の動員問題もあって、こっちは人手が全然足りないの」
そう言って、マーラはまた長いため息をついた。
「だから、アッシェンブルクの冒険者のギルドでは新たに三つの規則を設けたわ。
一つ、別の都市に移る冒険者は、三年以上の経験かブロンズランクに達していること。
二、三年未満またはブロンズランク未満の冒険者は、ギルドが指定したレベルの仕事のみ受けられる。
三、銅ランク以下の冒険者は、モンスターとの戦闘を伴う仕事は禁止よ」
説明を終えると、マーラは指をリースの顔に突きつけた。
「そして、あなたの場合、戻ってきたばかりで最低ランクだから、活動期間をゼロから数え直すの。分かった?」
「は、はい……」
リースは渋々答えた。マーラは彼の反応を見て、微笑んで頷いた。
「よろしい。それじゃ、この支部の細かい規則について話しましょう」
その後、リースはマーラから、ランタナにいた時には知らなかった、従ったこともない規則を延々と聞かされた。
その日の講習が終わる頃には、空の色が変わっていた。
リースは宿のベッドに倒れ込み、目的もなく天井を見つめた。心の中で葛藤が渦巻いていた。
本心では、冒険者を辞めて別の人生を歩みたいと思っていた。なのに、なぜレオに辞職を拒否されてほっとしたのだろう? ワガスが十四歳の時にパーティーから追い出されたと聞いて、なぜこんなにも心が軽くなったのだろう?
もしかしたら、心の奥底でアンジェリカのそばにいたいと思っているから?
それとも、まだ冒険者でありたいと思っているから?
でも、自分はもっと強くなれるのか? 強くなれたとしても、ヴィクターたちに追いつけるのか?
リースは疲れ果て、ばかばかしいことを考えながら眠りに落ちた。
その夜、彼は夢を見た。
リースとアンジェリカがランタナに着いた時のことを思い出す。あの時、二人は初めて冒険者のギルドに足を踏み入れた。アッシェンブルクとは比べ物にならない大きなホールに、二人は圧倒された。
多くの冒険者が集まり、騒々しく話していた。カウンターは人で溢れ、掲示板には依頼の紙がびっしり貼られていた。
少年と少女はすぐにカウンターへ向かった。
「何か用かしら? 依頼を出すの?」
カウンターの受付嬢が明るい声で尋ねた。リースとアンジェリカは顔を見合わせて微笑み、頷いた。
「仕事を受けたいです!」
二人は同時に言い、錫のバッジを差し出した。受付嬢は一瞬固まり、驚いた様子で尋ねた。
「ちょっと、二人とも何歳なの? どこの冒険者のギルドから来たの?」
「僕はリース、こちらはアンジェリカ。十二歳です。アッシェンブルクから来ました」
リースは礼儀正しく答え、アンジェリカも頭を下げ、自信に満ちた目で受付嬢を見返した。
それを聞いて、受付嬢は長いため息をついた。彼女は背後の同僚を手招きし、リースたちに聞こえないよう小さな声で何か指示した。
「じゃあ、まずは配達の仕事からね」
「え? 配達? モンスター退治の仕事はないんですか?」
アンジェリカが不満そうに声を上げた。受付嬢は厳しい目で彼女を睨んだ。
「ダメよ。錫ランクは戦闘の仕事を受けられないの。銅ランク以上の者が保証人にならない限りね」
「じゃあ、銅ランクになるにはどうすればいいんですか?」
アンジェリカは負けずに食い下がった。
「決められた数の仕事をこなすの。百から百五十件、評価次第でね」
受付嬢は冷たく答えた。アンジェリカはがっかりした目でリースを見た。
「大丈夫だよ、アンジェ。ゆっくりやっていこう」
リースは温かい笑顔で赤毛の少女を励ました。
その後、「炎と灰」と名付けられた二人のコンビは、ランタナで半年間、雑務をこなした。
そして、ヴィクターと出会った日がやってきた。
リースは その夢から はっと目を覚ました。
翌朝、目を覚まして顔を洗ったリースは、宿の一階に降りた。埃と古い木材の匂いが、代々冒険者が泊まるこの宿の歴史を物語っていた。
この宿はリースにとって馴染み深い場所だった。孤児だった彼とアンジェリカは、八歳の時にここで働くよう送られたのだ。
「リース、朝食できたよ!」
宿の主人の娘、ニシャの明るい声が響き、朝食の皿が運ばれてきた。彼女はリースとアンジェリカより一つ年上で、今は十五歳だ。
目玉焼き一つ、パン、野菜、少量の焼き肉。長年この宿で提供されてきた簡単な朝食だ。準備が早いため、常連客が多いが、今日は客足が少ない。
「リース、冒険者の動員の話、知ってるよね?」
ニシャはリースが何度も周囲を見回しているのに気づき、尋ねた。
「うん、昨日レオ様から聞いたよ」
「どれくらいかかるんだろうね」
「僕もわからない。モンスターが増えてるから、討伐には時間がかかるかも」
「じゃあ、もう戻らなくていいんだよね?」
ニシャはリースの肩をつかんで揺さぶった。子供の頃からこんな調子だったので、リースは慣れたものだ。
「まだ行けないよ。ブロンズランクになるか、三年働くまでは新しい仕事を受けなきゃ」
それを聞いて、ニシャは揺さぶるのをやめ、胸に手を当てた。
「ほっとした。すぐにお客さんが減らなくて済むわ」
さすが、すべてを金に換算するニシャらしい……。
朝食を終えると、リースは宿の皆に別れを告げ、冒険者のギルドへ向かった。




