1-21 彼女、エスタ、そして夜の教会 2
朝の光が再び窓から差し込んでくる。まだ最初の光が 強く 射し込まないうちに、リースはベッドから起き上がった。
彼は素早く顔を洗い、服を着替える。
階段を下りて玄関の扉まで行き、そっと押し開けて、再び歩き出す。
春の植え付けシーズンの温かな風が心地よいが、リースにとってはこの時間は正反対だった。
頭の中で多くのことがぶつかり合っている。天空の橋、乱れていく世界、そしてエスタ。彼女は一体何者なのか。彼は初めて会った時から疑問に思っていた。
あの日、彼女はまるで自分とアンジェリカを長年知っているかのように話した。自分がパーティーから追放されたと知った時、彼女は失ったような顔をした。
彼女は死ななかった……だが、彼は彼女に大切なものを失わせてしまった。彼女は変わってしまった。以前とは違う人間になってしまい、それは自分のせいだ。
灰色の瞳が、早朝なのに人々で賑わう道をぼんやりと見つめるが、その活気は少しも心に染み込まない。
彼はマリナの教会に、僧侶たちが朝の祈りを始める頃に入った。一緒に祈りを捧げ、終わるまで参加する。
皆が散会すると、彼は育ての母である女性のもとへまっすぐ向かった。
「マリッサ様」
息子のような少年の口から、柔らかく穏やかな声が漏れる。マリッサは微笑みを向ける。
「リース」
温かな手が髪に伸び、優しく撫でる。
「傷の具合はもう大丈夫?」
質問を受け、リースは頭を下げて撫でやすくする。
「はい、すべて良くなりました。心配しないでください」
「それなら安心だわ。ベンチで話しましょうか」
二人は祈りのベンチへ歩き、座る。そこでリースは鉄蜂の巣を破壊した任務の出来事と、エスタのことを話した。
「まあ、そんなことが」
「はい、だから彼女はあんな風になってしまったんです」
彼の視線が下がる。まるで罪を告白するようだ。だがすぐにマリッサに戻る。
「マリッサ様、僕、アッシュエンブルクに夜の教会を建ててもいいですか?」
それを聞き、マリッサは眉をひそめる。リースはマリナの信者なのに、他の女神の教会を同じ街に建てたいという難しさを理解していた。
「このレベルのことなら、世界の問題に手を貸さないのはマリナの掟に反するわ。でも、マリナの教区に夜の教会を建てるのは、私には決められないのよ」
彼女は遠回しに断る。
リースは途方に暮れる。次にどうすれば?
「そういうことは、マリナ様に直接お願いするといいわ」
マリッサの手が、気づかぬうちに握りしめていたリースの手の上に優しく置かれる。その導きで道が見えた。
「心配しないで。私はマリナ様のどんな答えも受け入れるわ。願いが叶うといいわね、リース」
「はい!」
その時、街の鐘が鳴る。マリッサはベンチから立ち上がる。
「まあ、もうこんな時間。ごめんなさい、リース。失礼するわ」
「はい、マリナ様のご加護を」
「あなたもね」
言い終え、彼女は優雅に背を向け去る。リースは心からの敬意を込めて、その高貴な姿を見送った。
彼は再び歩き出す。マリナの教会から冒険者のギルドへ。今日は昨日とは大違いだ。ギルドの職員側は相変わらず戦時のような忙しさだが、もう片方は静まり返り、接待テーブルに二、三人しかいない。
エスタは小さな本を読んでいる。リースが近づいても気づかない。内容に夢中で、顔中がワクワクした笑顔になる。
「こんにちは、エスタ」
「は!?」
彼女は慌てて叫び、本を閉じてテーブルの下の膝の上に隠す。リースは思わず小さく笑う。そんな仕草は、古いパーティー時代には見たことがない。
「こっそり笑ってる? 失礼ね」
「うん、ごめん」
エスタが頰を膨らませると、彼は隠さず素直に謝る。エスタは不機嫌な顔をする。
リースの顔の笑みが消え、尋ねる。
「今日は人が少ないですね」
「第二回の作戦が始まったのよ。今回は探索チームが森にいくつも巣を見つけたみたい。冒険者たちは森に長期キャンプを張ってるわ。一週間はかかるかしら」
リースは眉をひそめる。期間を聞き、不安になる。森にキャンプは良くない。来ている冒険者たちは皆良い人々だ。すべてが無事に終わることを祈るしかない。
「僕としては、サブボス級の残りがもういないことを祈るよ……」
リースの視線がエスタからテーブルに落ちる。それで彼女は彼の心配事がわかる。あの日、ルナリスの神像のことを教えてくれなければ、二人は終わっていた。
エスタはそれがもう問題ないことを知っている。
「心配ないわ。あいつが偽りの体を封印外に出すには何年もかかるの。だから安全よ」
「でもエスタ……どうしてそんなことを知ってるの?」
「ガイドブックから……」
エスタは凍りつき、強く震える。言ってはいけないことを言ったと気づいたようだ。息を整えようとしながら、黒い瞳が揺れる。
「違う違う、正しくは運命の記録書って伝承されてるやつよ……」
彼女は慌てて訂正する。もっと聞きたい質問はあるが、絶対に答えないとリースはわかる。
だから保留する。彼はそう思う。
沈黙が二人の間に横たわる。やがてエスタが顔を上げ、尋ねる。
「それで、頼んだことの進展はどう?」
「面倒そうだけど、マリナ様に直接お願いするって答えをもらったよ」
「え?」
エスタが理解できない顔をするので、リースは朝の話を説明する。彼女は驚きも動揺もせず、むしろ積極的になる。
「じゃあ、マリナ様に[お願い]しに行こう!!!」
言い終え、エスタは待たずにリースの手を掴み、マリナの教会へ走る。『願い事』で何が待っているか、彼女は知らない。
「失礼しまーす!!!」
黒髪の少女が大扉を飛び越し、明るい声で宣言する。ホール内の僧侶たちが一斉に振り返る。視線はあまり友好的ではない。
聖なる場所は静けさを愛する。どの神を信仰しようと、皆同じく静寂を尊ぶ。聖騎士の訓練場でさえそうだ。だから大声で騒ぐのは歓迎されない。
「何の用だ!」
返事の声は鷲の爪のように鋭い。青い髪を払うレナが近づく。彼女は今、リースがエスタに会わせたくない相手だ。
だが遅い。エスタは危険を感じず、相手に向かって歩く。
「マリナ様に夜の教会を建てる許可をお願いしに来ました」
それを聞き、レナの頭の中で何かが切れる。
「信仰を侮辱する気か!」
彼女は大声で叫び、拳を全力で振り上げる。
「固まれ!」
リースは身を乗り出して受け止め、直撃で数メートル吹き飛ばされる。”強化魔法で気絶はしないが、衝撃で動けない。殴られるはずだったエスタは、しょんぼり立っているだけ。
レナはエスタを通り過ぎ、目も合わせず、地面に倒れたリースを見る。
「なぜ邪魔する?」
「マリッサ様が……許可してくれました……」
「ちっ」
それを聞き、彼女は舌打ちし、エスタに向き直る。
「ついて来い」
エスタはリースを支え、レナの後を追う。レナは地下室への階段を下りる。大扉が開き、暗い大部屋が現れる。魔法のランプが点々と灯り、古い文字が床に刻まれているのが浮かぶ。
古い石柱が美しい彫刻のように並ぶ。貴族や宮殿のものほどではないが、魅惑的だ。
扉に向かって、実物大の女性像が立つ。上のマリナの像とは違う。服か、彫り師のせいか。
部屋の空気は清潔で、風がないのに湿気がない。ここをよく手入れしている。
だがここはリースがかつて『巡礼』した部屋。来るとすぐに悪い予感がする。
「マリナ様に直接会う一番簡単で早い方法は、巡礼の儀式よ」
心臓が速く激しく鳴る。あの痛い儀式……一ヶ月でまたか。
「本当にいいのね?」
だがレナの視線は彼ではなくエスタに向く。
「はい」
彼女は自信たっぷりに答える。無知ゆえの自信だ。リースを離し、レナは部屋の僧侶に指示する。彼らは大きな椅子を運ぶ。あの拷問椅子……
「え、え!!!」
三人の僧侶がエスタを椅子に座らせ、鎖でしっかり縛り、目を覆う。
「ふん、初めては皆こうよ」
レナが言い、手を上げて祈る。他の三人も同じ。
「マリナ女神よ、この少年少女の願いを聞き、祝福を与えたまえ」
足元の刻印が青く光り、未知の言語の模様が現れる。壁の刻印から魔力が噴き出す。美しい光景だ。前回は目隠しでリースは見えなかった。
「ぎゃあああああああああ」
エスタが前回の彼と同じく苦痛に叫ぶ。彼は椅子へ駆け寄るが、レナが肩を掴む。
「今度はお前がこの子を導く番だ」
彼女は肩を叩き、僧侶たちは部屋を出て扉を閉める。リースと椅子で痙攣するエスタだけが残る。
リースは考える。導くとは? どうすれば?
思い出した。前回、マリッサが助けた。あの記憶が鮮明に。
まず癒しの魔法で痛みを止め、願いを強く持てと言う。女神は決意に応える。
「ヒール」
リースは全力でヒールをかけるが、無駄だ。エスタはまだ叫び、身をよじる。それで彼は自分のヒールがマリッサのものと天と地の差だと悟る。
「くそ、どうすれば」
思わず呟きながら、ヒールを続ける。
「リースよ、汝自ら願いなさい」
女性の声が頭に響く。無方向だ。それで思い出す。今巡礼するのはエスタだが、彼が願いを禁じられているわけではない。
膝をつき、手を合わせ、目を閉じて祈る。
「マリナ女神よ、我らをお迎え入れ、願いを叶えたまえ」
「よし、目を開けなさい」
少年は目を開ける。周囲が変わる。青い魔力の部屋ではなく、白く穏やかな空間。
前に、古い服の女性が立つ。高貴で畏敬の念を起こす。海色の髪が輝き、美しい顔は若く慈悲に満ちる。
「我はマリナ」
女神マリナの声が頭に響く。少年は頭を下げ、言う。
「マリナ女神、僕はずっと」
「知っているわ、リース。我が愛する子よ。幼い頃からずっと一緒だわ。ところで」
女神マリナが細い指でリースの横を指す。見ると、椅子にエスタが痙攣しているが、声は出ない。
「あの子たちったら、いつも見苦しいものを押しつけてくるのよね」
女神は疲れた声で言う。教会が長年こうしているらしい……
「女神様、お願いします」
「いいわよ」
指先が輝き、エスタの首に印が現れる。彼女は即座に落ち着く。前回のリースのように痛みが消える。
「初めて神の領域に入ると、魂が神域の力に干渉され、激痛を受けるわ。でも印を与えたから、次は干渉されても痛まない。他の神の領域に行けば、また痛みを耐えて印をもらうのよ」
指先が再び輝き、エスタの体と服が浄化される。リースは目を逸け、彼女を解き放つ。
だがエスタは立ち上がり、目の前のものに感動した顔をする。拷問などなかったかのよう。
「わあ、すごい! 本よりずっと素晴らしい」
彼女は大声で言い、女神を凝視する。リースは肘で突く。それで思い出し、女神に言う。
「マリナ女神、夜の教会をアッシュエンブルクに建てていいですか?」
彼女は率直に願いを述べ、神との地位など気にしない。
女神マリナは怒らず、首を傾げて考える。少しして答える。
「やめた方がいいわ」
エスタは縮こまる。だが女神は続ける。
「ルナリスは我が愛する妹よ。彼女の像をここに安置し、姉妹一緒に崇めなさい」
リースは即座に理解する。別々の教会は信者間の分裂を生む。マリナとルセリアのように。この視野に、少年は心で女神を称賛する。
「やったー!!」
エスタは縮こまっていたのに喜び、飛び跳ねる。リースが引き止める。女神マリナはエスタを指し、言う。
「では、ルナリス女神の像を早くここに安置しなさい」
「了解です!!」
「願いが叶うよう祝福するわ」
女神の祝福が終わり、白い空間が暗くなる。青い魔力の光が壁と床の刻印から薄く漏れる。前の女神は今、古い石像に戻る。
「これで神の領域から戻ったの?」
リースが言う。前回は目隠しで混乱する。
「そうよ。知ってたよりずっと良かった。初めて本当に行ったけどね」
エスタは平気な顔で言う。
「神の領域を知ってたの?」
「ガイド……古い記録書からよ。でも全部じゃないわ。少なくとも、神の領域に入るのがあんなに苦痛だとは知らなかった」
「せめて僕に教えてよ」
「えへへ!!」
部屋が徐々に暗くなる。光が消えていく。それでもリースはエスタの顔がわかる。
彼は持っていた魔法のランプを灯し、部屋から出る。
この度も読みに来てくださり、ありがとうございます。
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