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1-20 彼女、エスタ、そして夜の教会 1

 リースは再びマリナの教会の治療室で目を覚ました。全身を刺すような痛みがまだ残っていたが、それでも体を起こして座ることができた。


 最後に見た光景は、あの少女が壁際に重傷を負って倒れている姿、そして紫色に点滅する光と、虚空から現れた一人の女性……


 それとも、それは死の直前の幻だったのか?


 リースは右手を上げて見つめた。痛みが疼く。拳を握りしめると、痛みが上腕まで走った。

 奇跡的に助かったんだな……それで、あの娘は?


 彼はすぐに周囲を見回した。治療室には患者が二人だけだったが、隣のベッドにいるのはあの子供ではなかった!

 まさか彼女は……

 心の中で嗚咽が湧き上がり、徐々に声となって溢れ出した。涙が顔を濡らした。

 ごめん……僕が弱いせいで。


「リース!」


 呼びかけの声に、少年は慌てて涙を拭き、声の主を見た。優しいルーファスが早足で近づいてくる。彼は必死に感情を抑え込んだ。


「よかった、目覚めたんだな」


「えっと……」


 リースは微笑んで返し、尋ねようとしたが、ルーファスが遮った。


「まだ何も話すなよ。お前は二日間も昏睡していたんだ。レナ様を呼んでくる」


 そう言い終えると、彼は後ろへ急ぎ、明るい声で呼びかけた。レナはすでにここにいたようで、すぐに現れた。


 レナは椅子を持ってリースのベッド脇に座った。無言で腕を掴み、引き、押さえ、口を開かせ、目を広げて症状をチェックした。


「もう問題ないわね。残るのは筋肉の痛みだけ」


 彼女はいつもの厳しい声で言った。隣のルーファスはただ微笑んで立っているだけだったが、リースは彼の気持ちを理解した。反論なんて試してみろよ。


「ありがとうございます」


 リースは痛みを堪えて頭を下げた。彼女は治ったと言ったが、筋肉はまだ悲鳴を上げていた。


「あ、そうだ。冒険者のギルドに急いで行きなさい」


 レナは手中的な道具を置き、自然に鋭い鷹のような目で彼を睨んだ。少年は本能的に視線を逸らした。


「えっと……冒険者のギルドが僕を呼んでいるんですか?」


「ええ、昨日から呼び出しが出ているわ。でもあなたはまだ意識がなかった」


 レナの短い返事に、彼はレナが我慢強く彼を起こさなかったことに感謝した——『拳で』。

 だが、すぐに了承して行かなければ、レナが彼を殴ってギルドの前に投げ捨てるかもしれない。


「はい、すぐに行きます」


 そう言って彼は痛みを堪えて立ち上がったが、レナが引き止め、念を押した。


「この期間は休みなさい。まだ冒険なんて行かないで」


「はい」


 少年は了承し、着替え室へ向かった。リースの服はボロボロだったので、ルーファスが教会の服を用意してくれた。普通の僧侶が着るような粗末な麻の服で、階級を示すマントはなかった。

 もしかしたら、冒険者を辞めてこんなのを着るのもいいかも……

 一瞬リースはそう思ったが、すぐにその考えを振り払った。ルーファスに別れを告げ、冒険者のギルドへ向かった。


 今日の街の様子は二日前とは違っていた。人々が明らかに増えていた。

 あの時期が近いからか? 鉄蜂の問題があるのに? それとも領主たちが問題を解決できると確信して発表したからか?

 だが、今それを理解する必要はない。少年は気にせず、足を速めて冒険者のギルドへ向かった。


 一歩足を踏み入れると、アッシェンブルクでは珍しい光景が広がっていた。


 冒険者のギルドは混乱と喧騒に満ちていた。

 冒険者側は大声で楽しげに話し、顔は嬉しそうだった。

 だが、受付嬢側は緊張していた。ギルドと商会のスタッフが走り回り、書類が飛び散り、計算機を叩く音が響き、叫び声が絶えない。


 鉄蜂の死骸が人間のベルトコンベアで運ばれ続けていた。


 任務は成功したようだ。少年は静かに微笑んだが、あの娘は……


 しかし、周囲を見回しても、リーダー級や高位の人物は一人も見当たらなかった。


 リースはハンサムパーティーのグループに加わった。今、歓迎テーブルにパーティーメンバーが四人座っていた。


「こんにちは、スレスさん。皆さんこんにちは」


「おお、リース。体はもう大丈夫か? 聞いたぞ、ボロボロだったって」


 スレスは手を挙げて挨拶し、からかうような声で尋ねたが、リースは彼の本気の心配を知っていた。


「もう治ったと思います。マリナの教会で治療してもらいました」


 リースは丁寧に答え、相手は照れくさそうに微笑んだ。もしかして本当にからかいたかったのか?


「ところで……ギルドの状況がかなり緊張してるみたいですね」


「スタッフ側ならそうだな」


 スレスは気楽に答え、他のメンバーも笑顔だった。


「聞いたぞ、お前たちは洞窟に行って前代未聞の大巣を見つけたんだろ。どんな感じだったか教えてくれ」


 スレスが尋ね、リースは思い出した。鉄蜂を産み出す異形のモンスターの恐ろしさ、洞窟入口を塞ぐほどの巣。


 彼の視線は無意識に下がり、弱い声で言った。


「はい、洞窟入口を完全に塞ぐほどの巨大な鉄蜂の巣で、無数の鉄蜂がいました。女王は戦うのが非常に難しく、最終的に焼却して生き延びました。でも僕はそこで気絶して、どう終わったか知りません」


 それを聞き、スレスは長く息を吐き、椅子に寄りかかって困った顔をした。


「そうだな。あの女王は最低だ。斬っても刺しても効かず、初遭遇でチーム全員パニック。最後に焼却したよ。惜しいけど、冒険者は生き残るのが優先だろ」


「スレスさん側もですか??」


 リースはすぐに聞き返した。


「ああ、川の上流に巨大巣があって、三体もいた」


 スレスの言葉にリースは凍りついた——大量の虫を産む危険な存在が洞窟前だけじゃなかった?? ——これを放置したら、国が鉄蜂の軍団に壊滅するんじゃないか?


「全チームが巣を破壊したけど、領主とギルドはまだ安心せず、追加で調査チームを雇って広範囲検索だよ」


 スレスは疲れた声で天井を見上げながら言った。


 それを聞いてもリースはあまり心配しなかった。今、弱点を知ったから戦いは難しくない。

 だが、スレスたちと話している最中、突然背後に冷たい気配が立った。受付嬢マーラが眼鏡を押し上げ、厳しい顔で呼んだ。


「リース、呼び出しなのにどうして来ないの?」


「あ……えっと、あちらが……」


 リースはゆっくり振り向き、震える声で答えた。


「レオ様が今すぐ会えと命じています」


「は、はい」


 冷徹な声が響き、皆を鋭く睨む。会話の輪の皆が青ざめた。

 皆の視線を感じ、リースは素直にマーラに従った。

 彼はマーラに導かれ、後ろの解体場へ。


 そこではレオが厳しい顔で焼死した異形のモンスターの死骸を眺めていた。杖を地面に突き刺す音が習慣のように響く。


 そして、そこに奇妙な死体が積まれていた。


「リースを連れてきました」


 マーラが言うと、レオは振り向いた。


「リース、これを説明できるか?」


 レオの杖が、二体の裸の人間のような死体を指した——一体は上半身が欠け、もう一体は頭がなく、胸に刺し傷。両方とも性器はなく、灰色がかった白い肌。


 リースはそれを見て、手が微かに震え、洞窟の記憶を抑えながら思い出した。あの娘が刺され、彼が囮になって気を引いたが、叩き飛ばされて暗闇に。


 リースはあの子供が自分と一緒に助かったか知らない……だが


「待って……名前……」


 リースは呟いた。


「リース!」


 レオの声が響き、杖が地面を叩き、リースは思考から飛び上がった。


「洞窟で何が起きたんだ!?」


 レオは厳しい顔で言い、リースは隠さず全てを語った。


 臭く燃えやすい粘液の泥、異形のモンスターの出現、そしてあの娘が呼んだ疑わしい男——副ボス。


「でも僕……彼女の名前を思い出せないんです……」


 それを聞き、レオは重い息を吐き、言った。


「リース、お前の話は信じがたい。異形のモンスターの死骸はここにあるが、焼損が激しく、さらに検査が必要だ。

 お前が言う男はなおさら奇妙だ。あれを人間と呼べるか? 斬られても再生するなんて、恐ろしく吐き気がする。だが、ひとまずお前の情報を聞いておく」


「ありがとうございます」


 レオは手を挙げ、マーラにリースを連れ出させる合図をした。

 リースは頭を下げた。小さな感謝を感じた。レオは全てを信じなくても、『お前は現実と夢を混同してるんじゃないか、二日間昏睡してたんだぞ』とは言わなかった。


 ハンサムパーティーたちとさらに時間を過ごした後、リースは冒険者のギルドを出て宿へ戻った。


「リース!!」


 ニッシャが大声で呼び、近づいて微笑んだ。


「戻ってきてくれて嬉しいよ」


「死んだわけじゃないですよ」


 リースは反論したが、彼女は笑って返し、彼の手を握った。


「少なくともいい顧客を失わなくて済んだ」


 少年はニッシャの微笑みが本気の心配だと感じた。良い顧客としてでも。


 宿の娘はゆっくり手を下ろし、続けた。


「『エスタ』が君を連れて戻ってきた時、君の状態はひどかったよ。だからマリナの教会へ案内したの。マリッサ様が大騒ぎしたわ」


「エスタ?」


 リースは困惑した顔で、知らない名前に。


「この前君を探しに来た冒険者よ。ラントン出身の可愛い黒髪の子供」


「ああ……そうか……」


 リースはそう答えたが、の名前を知らなかった。だが、疑問が顔に出ると、ニッシャが彼の腕を叩いた。


「思い出せなくてもいいわ。二日間昏睡してたんだから。回復したばかりでしょ? 少し忘れたって、後で思い出すわよ」


 彼女はリースを慰めてから仕事に戻った。リースは自分の部屋へ上がった。


 暗闇の中でベッドに倒れ込み、悲しみが溢れ、制御できなくなった。

 ——どうやって助かったかなんて、どうでもいい。否定できないのは、僕が弱いことだ。

 一方的に殴られる光景がフラッシュバック。

 戦えず、逃げず、守れず……

 あの子供を……


 苦い涙が目から溢れ、拭いても尽きない。

 アンジェリカに戻るのが唯一の目標だったのに、僕は一人を死なせてしまった……

 強くなっても、戻れる資格はあるのか?

 リース自身に答えるのは、沈黙と彼の涙だけだった。

 ベッド脇に椅子が引き寄せられる音で、リースは眠りから飛び起きた。顔はまだ温かく湿っていた。彼はすぐに音の方向を見た。


「な……」


 声が出る前に、手が伸びて起きたばかりの口を塞いだ。


「静かに。みんな騒ぐわよ」


 暗闇から女性の声——リースが知る声。死んだと思ったが名前を思い出せない彼女。


「私よ」


 手から辿って主人を見ると、黒髪の丸い目の少女。あの子供の顔に違いない。


「君……」


「まだ死んでないわよね?」


 彼女が遮り、リースは頷いた。彼女は手を口から下ろし、少年の顔に優しく触れ、微笑んだ。まるで「私は大丈夫」と言うように。


 次に魔法のランプを点け、部屋を薄暗くし、引き寄せた椅子に座った。


 彼の涙が再び溢れ、安心で。涙を拭いてから、もう一度その顔を見た。


 彼女は足を組み、頰杖をつき、自信たっぷりに微笑み、灰色の少年を睨む。あの最初の出会いと同じ微笑み。


「私に聞きたいことあるんでしょ?」


 少女は少し間を置き、沈黙が部屋を覆った後言った。


 微笑みと自信は変わらないが、リースの心は何か違うと感じた。彼女の曖昧な正体に、聞かずにはいられなかった。


「髪と目の色が変わったこと、そして名前。どうして僕が思い出せないの」


 それを聞き、彼女は笑って気楽に答えた。


「はははは、さすがね。神に繋がる人は感じ取るわ」


「何が可笑しいの? それとも僕が全部間違えてる?」


 リースの顔が重く皱んだ。彼女はそれを見て。


「今、私の名前はエスタよ」


 エスタは親指を自分に向け、迷いなく。少し間を置き、続けた。


「まあ、ちょっと複雑なのよ」


 次に彼女は起きたことをリースに語った。


 死にかけていた彼女は、女神ルナリスに力を乞うた。


 あの副ボスと戦うために。そしてそれには、元の名前を女神に捧げなければならず、皆が名前と正体を忘れる。


 目と髪が黒くなったのは、元の力を夜の力に置き換えたから。


「残念なのは、もう奇跡の魔法が使えないことね」


 話し終え、彼女は少し困った顔をし、それを捨てた。リースはもう一つ尋ねた。


「じゃあ、君があの副ボスという悪魔を殺したの?」


「今はね」


 エスタは短く答え、再び困った顔。


「今は?」


「ええ。でもあれは偽物。『境界の橋』を守る本物の体を殺さない限り、あいつは偽物を送り続けられるわ」


「境界の橋?」


 リースは初めて聞く名前に眉を上げた。


「ええ、この世界と並行世界を繋ぐ橋よ。神魔が侵略するために使う。でも古の勇者が戦い、三百年前に女王神ルセリアの封印で橋を封じたの」


 向かいの少年が真剣に聞いているのを見て、彼女は幸せそうに微笑み、言った。


「あの橋は人々から遠く隠されている。『勇者の印』を持つ者だけが封印の奥に入り、破壊できるわ」


 彼女の声が明らかに変わった。リースは布団の下で拳を握った。ヴィクターが宣言した、彼らが『勇者の印』を持つ——それはアンジェリカとルーシーの祝福か?


「あと十年も経たないうちに封印が切れる。この世界を滅ぼしたくなければ、『勇者の印』を持つ者を探し、『境界の橋』を破壊しなきゃ」


 少女の目と顔は真剣で揺るがず、だがリースはエスタの声に不安定さを感じた。彼女自身もこの任務が大きすぎると見ている。


「勇者……冒険者……もう昔とは違う」


 リースの気持ちが無意識に口から出た。目を細め、大きく息を吐き、エスタに向き直った。


「ええ、冒険はもう夢みたいじゃない。これから世界はもっと混乱するわ。リース、私を助けて。これから副ボスみたいな奴と戦い、『勇者の印』を持つ者を一緒に探すのよ」


 それを聞き、少年の目が揺れた。心はヴィクターたちにパーティーから追放された日のように重い。


 ——戻ったら、強くなってアンジェリカに会えればそれでいいと思ってた……でも今は違う。

 ——エスタとの旅で、僕は何の役に立つ?

 ——彼女は僕のせいで一度死にかけた。次に本当に死なせたら……

 ——結局、エスタが僕をパーティーから追放するかも……

 リースの唇が絶望で歪んだ。多くの言葉を必死に抑えた。

 だが、もう否定できない……鉄蜂と副ボスの戦いで証明された。


「でも……僕、もうこれ以上強くなれない……」


 抑えきれない本音が黒髪の少女の前で溢れた。だが彼女はそれ以上待たなかった。


 ぱしんっ!


 エスタがリースの頰を叩いた。


「やめなさい、その『もう強くなれない』なんて考え! 馬鹿げてる! あんたはまだ十四よ。四十四になってからそんな無駄なこと考えなさい」


 エスタの言葉は苛烈だった。それがリースの心を突き、彼はエスタが慰めようとしているのを知った。繊細さはないが。



 だからリースは少し強がった顔をし、エスタを安心させた。だが心の奥では、まだ強くなれないと信じていた。


「うん……手伝います」


「いいわ。それじゃ計画を説明するね。まず、私が夜の教会を建てて、女神ルナリスの信仰を広めなきゃ」


「は?」


「その『は?』は捨てて。君、マリッサ様にアッシェンブルクで夜の教会を建てさせてって頼んで」


「....」


 頼み? を終え、エスタは魔法のランプを消した。


 彼女は唇をすぼめ、目が紫がかった青に輝き、体が闇に溶け消えた。


 残るのはドアの開閉音だけ。


 今日の多くの話が少年を熟睡させなかった。多くのことが心に棘のように刺さった。一つはリースが知っていたこと。


「強くない者は冒険者から退くべき」


 それは朝まで止まない声だった。



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