1-2 故郷への旅 1
冒険者のギルドの扉が朝早くに開かれた。リースはゆっくりと、まるで一歩一歩に迷いがあるかのようにカウンターへと進んだ。まだ誰もいないカウンター。四周から冒険者たちの喧騒が響いてくるが、彼の耳には何の音も届いていないようだった。
カウンターの受付嬢が顔を上げ、微笑んだ。それはヴィクターのパーティーの中で、彼女が唯一微笑む相手に向けたものだった。
しかし、その笑顔は死んでいた。まるで命を失った花のように、活気のないものだった。
「リース、調子どう?」
彼女は気さくに声をかけたが、感情も動作もまるで無機質だった。リースの魂が抜けたような顔を見ても、彼女の態度は変わらない。
「冒険者を辞めたいんです」
リースは静かに、だがはっきりとそう言った。その言葉に迷いはなかったが、声は微かに震えていた。
「本当に辞めるの?」
受付嬢が確認するように尋ねた。その顔には、まるで熱い鉄が傷口を突き刺すような冷たい微笑が浮かんでいた。それは彼に居場所がないことを如実に物語っていた。
「はい……」
リースは答えた。受付嬢はペンを手に取り、書類に素早く文字を走らせた。まるで機械のように、感情を交えず淡々と。
「上の階のワガス様のところに行ってね」
書類が少年の手に渡された。彼はそれを受け取り、冒険者のギルドの二階へと向かった。一番奥の部屋の前で、彼はドアをノックした。
「入れ」
落ち着いた、しかしどこか獰猛さを秘めた男の声がノックの音に応えた。
ドアを開けると、ギルドマスターの椅子がゆっくりとこちらを向いた。そこには、整った白い髭と落ち着いた顔立ちの老人が座っていた。顔の中央には、頬骨から鼻を越えて反対側の頬骨まで、大きな傷跡が走っている。
「ワガス様、冒険者を辞めたいんです」
リースは迷わず口を開き、カウンターで受け取った書類を差し出した。しかし、ワガスはすぐにそれを受け取らず、強い者の眼光で少年を見つめた。
少年は歯を食いしばり、視線を逸らさずに立ち向かった。目の前にいるのは、かつて「ドラゴンハントの槍」と呼ばれた高位冒険者、ワガスだ。しばらく見つめ合った後、ワガスはため息をついた。
「本当に辞めるつもりなんだな。呪われた奴の言葉はよく効くもんだ」
その言葉は冗談めかしていたが、リースにはその中に少しも笑いがないことがわかった。
「全部話せ!」
ギルドマスターの怒号が部屋に響き、まるで燃え盛る炎のようだった。リースは体が硬直し、抵抗する術もなかった。この声に抗う力がないことこそ、自分が弱すぎる証だった。
仕方なく、リースはこれまでに起きたことをワガスに話した。
「ふん、なるほどな。わかった」
ワガスは手を止めず書類を書き続け、話を聞き終えるとそれらを巻き、丁寧に封印の印を押した。そして小さな木箱に収めた。
「リース、お前とアンジェリカがアッシェンブルクから来た日のことを今でもよく覚えている」
「……はい」
ワガスはリースを見たが、少年は目を逸らさず立ち向かった。しばらく見つめた後、ワガスは言葉を続けた。
「辞めたいなら止めはしない。だが、故郷に帰るついでに、最後の一仕事をしてくれ」
木箱が差し出された。その視線は、圧迫するものから挑戦的なものへと変わっていた。
「この書類をアッシェンブルクの冒険者のギルドに届けてくれ。書類を傷つけず、封印も絶対に破るな」
「はい……」
リースは渋々受け取り、ギルドマスターと目を合わせないよう努めた。
「この仕事を終えたら、報酬を受け取り、そこで冒険者を辞めなさい。この任務の報酬は私からの餞別だ」
そう言い終えると、ワガスは椅子を窓の方へ向け直した。リースは頭を下げ、大きな声で礼を言ってから静かに部屋を出た。
馬車の車輪が石畳を進み、橋を渡って大きな森へと向かった。ランタナの街が遠ざかっていく。
リースはうつむき、過去を振り返った。二年前、彼はアンジェリカと一緒にこの地に来た。名声と富を追い求めて。
森の中央にある逆さの塔のダンジョンには、聖なる剣が隠されていると言われている。それは魔神が封印から目覚める時代に、勇者が再び現れるのを待つものだ。誰もがそのダンジョンを制覇し、勇者になることを夢見て、塔の前には森を開拓してキャンプを張る者までいた。しかし、黒い森のモンスターに三度の食事後まで戦いを強いられ、ほとんどの冒険者は撤退を余儀なくされた。
黒い森を突破し、逆さの塔を制覇すること。それが当時のリースとアンジェリカの夢だった。
まだダンジョンに入る年齢に達していなかったが、リースの古いパーティーは名声を上げ、ブロンズランクの資格を得ることを目指していた。しかし、リースは最低ランクのまま、昇格できなかった。
英雄の街には、立派な英雄を目指す子供たちを魅了する物語が溢れている。だが、もうここはリースの居場所ではなかった。
「お前、あの『五番目の奴』で追い出されたやつだろ?」
護衛用の馬車にじっと座っていたリースに、対面に座る大柄な剣士ハンサムが我慢できなくなったように大声で言った。その声に、馬車にいた全員が一斉にリースを見た。
護衛のパーティーは、顔見知りの男女八人の冒険者で構成されていた。パーティー名は「ハンサム」。彼らはリースの古いパーティー、ヴィクターの一行を嫌っていた。ヴィクターたちは強くても血気盛んで、トラブルを起こしがちだった。止めに入るのはいつもリースだったが、結局殴られるのはリース自身だった。
「仕方ねえよな。パーティーってのは、腕が離されちまうと終わりだ。弱いやつは追い出される運命なんだよな、なあ、坊主?」
隣に座る弓使いのスレスが、甲高い声でからかうように付け加えた。
「その通りです」
リースは頭を下げて答えた。馬車の中は一瞬静まり返った。
「おい、怒らねえのかよ?」
スレスが沈黙に耐えかねて尋ねた。彼は自信なさげに青白い顔のリースを見つめた。
「いいえ、怒りません。皆さんが言ったことは本当ですから。僕が弱いせいでパーティーから追い出されたんです。怒るなら、自分が強くならなかったことを怒るべきです」
スレスが何か言い返そうとした瞬間、肩に手が置かれた。振り返ると、女性魔術師が首を振った。スレスは言葉を飲み込み、黙った。
「……ごめんな」
女性魔術師が小さく頭を下げて謝った。そして、再び馬車は静寂に包まれた。誰も何も言わなかった。
「ヒィィ!」
馬の嘶きと共に、馬車が一斉に止まった。
「モンスターだ!」
先頭の隊長が叫んだ。護衛のパーティー全員、リースを含め、それぞれの武器を手に馬車から飛び降り、ためらうことなく前方へ走った。
「ふう、運がいいぜ。毒バッタが獲物を食ってる最中だ」
ハンサムが安堵の息をついた。前方には、馬車ほどの大きさのモンスターがいた。両腕の鎌で装甲ブタを切り裂き、頭を突っ込んで内臓を貪っていた。羽が満足げに動いているが、周囲を囲まれていることには気づいていない。
巨大な毒バッタは単独で狩りをする。群れを作ることはなく、繁殖期でさえ仲間同士で殺し合うほどだ。
今、獲物に夢中で、倒すのは簡単そうだった。
「こいつは楽勝だ。俺がやる」
スレスが馬車の御者席に立ち、弓を構えた。静かに弦を引く。
「おい、こっち向け!」
大声で叫んだ瞬間、血に濡れた毒バッタの顔が上がった。八つの赤い目が光を反射して輝いた。
矢が空を切り、正確にバッタの頭を射抜いた。首のない体が、まるで操り人形の糸が切れたように倒れた。
「ナイス! あとはこいつの体を片付けるだけだ!」
スレスが次の矢を構え、動かない体に重ねて射ようとした。
だがその時、商隊の少年が馬車から飛び降り、バッタの死体に近づいた。
「道からどかしますね!」
「坊主! 近づくな!」
ハンサムが叫んだが、遅かった。
頭のないバッタの鋭い鎌が少年の足を切りつけ、少年は痛みに倒れた。もう一つの鎌が振り上げられた瞬間、ハンサムが大剣でそれを防いだ。
熟練の戦士は見事に攻撃をいなし、隙を作って足でバッタを蹴り飛ばした。
その隙に、リースは盾と短剣を置き、命を顧みず少年を戦闘範囲から引きずり出した。少年のズボンを切り、傷を調べた。幸い、太ももの外側に当たり、骨には達していなかった。リースは傷を洗浄し、癒しのポーションをかけて、ルセリア教会で買った特別な包帯で巻いた。
商隊の看護師が少年を引き取り、荷車に乗せた。
リースが盾を手に再び戦闘に加わろうとした瞬間、バッタの体が膨らみ、黄色い毒液が腹から噴き出した。緑がかった黄色い煙が悪臭と共に広がった。
毒バッタは恐ろしくないモンスターだが、危険は三つある。
一つ、死んだふりが得意なこと。
二、頭を切られても立ち上がり、まるで別の目があるかのように正確に攻撃できること。そして、頭がなくても一か月以上生き続けること。
三、自身を爆発させて毒の霧を放つこと。その霧に火花があれば、炎の海と化す。
だから、爆発する前に倒さなければならない。
幸い、ハンサムのパーティーは経験豊富だった。火魔法を使う女性魔術師は杖を抱え、毒の霧から離れた。彼女は自分が何をすべきでないかを知っていた。
「水よ、風よ!」
リースの右手の上に水の塊が生まれ、風がそれを霧状に広げ、毒の霧を森へ吹き飛ばした。すると、地面に這うハンサムの情けない姿が現れた。
「ちくしょう……やっちまった……!」
ハンサムは歯を食いしばった。外傷は大したことなかったが、爆発の破片で毒液が傷口に入り、一時的な麻痺を引き起こす毒煙を吸って戦闘不能になっていた。
「どうするよ! 頭がこんな状態じゃ、次の強敵が来たら持ちこたえられないぜ!」
スレスが焦って言った。彼はハンサムの体を馬車近くに引きずった。
「まず服を替えて傷を処置してください。でないと化膿します。僕、緊急用の薬を持ってます」
リースはそう言うと、自分の馬車に戻り、荷物から薬を取り出した。
皆でハンサムの服を替え、傷を処置した後、リースは解毒剤を渡した。
「本当に大丈夫か? この薬、結構高いんだろ?」
スレスがハンサムに薬を飲ませながら言った。
「大丈夫です。この薬、保存期間が短いんで、ケチってたら無駄になりますよ」
薬を飲んでも回復には三、四時間かかる。薬がなければ、ハンサムは五日間苦しみ、完治には二週間以上かかるかもしれない。遅れれば回復も遅くなる。
「だからお前、パーティーから追い出されたのか? 高価な薬をポンポン人にやるからとか?」
スレスが冗談めかして言ったが、もしかしたら本当かもしれない。
「関係ないですよ。僕がヴィクターたちに追いつけなかっただけです」
リースはそう答え、過去を振り返った。ヴィクターたちは強すぎた。彼はパーティーを最高ランクに導けるだろう。ただ、年齢の制限があるだけだ。リースは心の中で苦々しく思いながらも、その事実を認めざるを得なかった。
少年は重い表情でため息をついた。スレスはその様子を見て、リースが何を言おうとしているのか察した。
「大丈夫だよ、坊主。お前はもうあいつらの仲間じゃない」
「そうですね。僕、アッシェンブルクに戻って冒険者を辞めて、そこで新しい仕事を見つけます」
「本当に辞めるのか?」
リースの言葉に、女性魔術師が心配そうに眉をひそめた。他のメンバーも似たような表情を浮かべた。




