1-13 鉄蜂作戦 3
グレイモアとレナはリースの襟首を掴み、教会の裏にある広場へと引きずり出した。それはただの草地に、ボロボロのテーブルと椅子が少し置かれただけの空き地で、それ以上何もない場所だった。
グレイモアは助手の神官レナにリースを地面に下ろさせ、それから彼を引き起こした。若者は服の埃を払い終えると、グレイモアが口を開いた。
「よし、リース。これから俺は約束通り、お前に本物の魔法を教えてやる。冒険者の魔法じゃねえやつをな」
狐の歯が軋む音が、リースに彼が本気だと伝えた。
「はい」
グレイモアは胸の高さまで拳を握り、リースも真似た。古語の詠唱が老狐の口から吐き出され、若者もそれを追いかける。そして締めの言葉を。
「我が大いなる御意志よ、汝の民を守る力を授けたまえ」
これまでの魔法とは違い、ただの点ではなく、リースは力が順序立てて形作られるのを感じた。古語の順番に従って糸で粗く編み上げられていく。それらが徐々に両手へと流れ込み、解放されると青い魔力が彼の体を包み込んだ。
「これが防御強化魔法だ。お前やお前がこれを掛けたものの肉体を、壁のように硬くする」
「はい、でもそれは……」
リースが弱々しく声を上げた。グレイモアが説明している間に、リースの防御強化魔法は縮んで消えてしまった。グレイモアはそれを見て笑った。
「はははは、最初はみんなそうだ。強化魔法の難しいところは、魔法を長く維持することだ」
グレイモア殿が説明した。
「では、どうやって順序を組めば長く維持できるんですか?」
「その方法は後で教える。今はまず、『この魔法を慣れ親しむまで唱える』ことを練習しよう」
「慣れ親しむ、ですか?」
言い終えると、グレイモアは三、四歩後退し、口角を少し上げて楽しげに微笑んだ。
「よし、始めろ」
「我が……」
「遅い!!!」
バキィッ
雷のような咆哮と共に、レナの拳が詠唱を始めようとするリースの鳩尾に突き刺さった。
体が丸まって倒れ込む。グレイモアはその様子を見て大笑いし、若者の傍らにしゃがみ込んで言った。
「はは、最初はみんなそうだ。我がマリナの御意志よ、慈悲をもって癒したまえ──ヒール~~」
リースが息苦しさから回復するまで癒しの魔法を唱えた。
「リース、お前は短縮詠唱や無詠唱ができるのは知ってる。だからやるべきことは、これを慣れ親しむまで唱えることだ。あるいは体を動かしながら唱えるかだ」
グレイモアの言葉を聞き、リースの頭にパーティーの仲間アニアの声が蘇った。彼女に魔法を教えてくれと頼んだ時のことだ。
「詠唱は魔術師にとって必須のものよ。詠唱は体内の魔力を操り、現象を生み出す命令の言葉だから。
詠唱を省いたり短くしたりするのは可能だけど、それはまずその魔法に慣れ親しむ必要があるの。言葉なしで魔力を奇跡を生み出させるためにね。
朝起きて顔を洗うとか、腹が減ったら食事を取るみたいな感じになるまでよ」
そう思い出し、彼は先ほどの力の順序を思い浮かべた。
「うっ……はい」
若者は立ち上がり、ぎこちなく構え、拳を握って力を集めた。
「はあっ!!!」
レナが叫びながら突進してきた。今度は即座に後ろへ跳んだ。
「遅い!!!」
後ろへ跳んでも、女神官は信じられない速さで一歩詰め寄り、一瞬で拳の射程内に入った。
バシィ!!!
そしてリースはまた地面に倒れ込んだ。グレイモアが再び癒し、彼は立ち上がった。
「遅……うっ!!」
レナの拳を左手で払った。盾で払うような自然な動きで、リースは即座に締めの言葉を。
「汝の民を守り給え!!」
防御強化魔法は出なかった。焦りで力の順序を完全に思い出せなかった。
「ダメだ!!」
払われた拳の勢いでレナが回転し、脚が一回転してリースの脇腹を蹴り飛ばした。
「はっ はっ はっ こんな感じだ」
グレイモアは笑い転げ、ようやく体勢を整えて若者を癒しに来た。
リースは苦しげに息を吐いたが、心に恐怖はなかった。一方的にやられているが、これが本当の訓練だ。初めての。
──パーティーにいた頃、こんな訓練はなかった。他の人に教えてくれと頼んでも、本気でやってくれなかった。
彼は自分を起こしながら心の中で思った。
「もう一度……」
戦いながら魔法を唱える訓練は続いた。何度も殴られ蹴られて転がるのを繰り返し、十回近くになったところでグレイモアが飽きた。
青い光を手に灯しながら、グレイモアが言った。
「よしリース、俺たちは慣れの認識を変えるべきだ。お前はあの魔法の感覚を思い浮かべるのをやめろ。『痛いのは嫌だ』という気持ちで魔法全体を出してみろ」
グレイモアの声に楽しげな響きはもうなかった。忍耐が尽きかけているようだ。
リースは立ち上がった。できるか自信はないが、心を落ち着けた。
「いいぞ」
グレイモアが肩を叩いたが、手を離すや否やレナが突進してリースを顔から倒した。
「....ずるい」
若者が叫んだ。
「お前を殺すものは『よし、行くぞ』なんて言わねえよ。殴られたくなけりゃ、拳が顔に当たる前に防御強化を唱えろ!!」
レナが恐ろしい声で叫び返した。グレイモアはそれを見て大笑い。
「はっはっはっは 我が慈悲の神よ、ヒール~~~~~」
グレイモアがヒールを唱えている間も、レナはリースを蹴り続けていた。
「何やってんだ、早く防御強化を唱えろ!!!!」
グレイモアが癒しを続けていても、ヒールは衝突の痛みを防がない。
「うっ….固まれ!!」
バシ バシ 今度はリースは蹴られたと感じたが、痛みが以前よりずっと少なかった。何かがレナの蹴りを阻んでいるようだ。
レナの方はレンガの壁を蹴ったような感触で、蹴りを止めグレイモアに頷いた。
「ほう、わかってきたな」
「はい」
ドン!!
リースが油断した瞬間、レナが強く蹴った。
「魔法を止めるんじゃねえ、モンスターはお前らが話す隙を与えねえよ!!!」
「ははははははははは 慈悲により、ヒール~~~~~」
こうしたことが夕方まで続いた....
防御強化魔法を慣れ親しむまで唱えられるようになると、暗くなって練習できなくなった。
グレイモアは教会内の教室に移り、黒板を立てて書き始めた。
彼はリースに力の集め方と順序の組み方を教えた。
「力の順序は部分に分かれる。各部分が魔法の効率を異なる形で強化する。順序の組み方は溢れさせないよう注意だ。無駄になるだけでなく、魔法に問題が出る」
若者は真剣に聞き、メモを取った。アニアから魔法の粗い知識はあったが、グレイモアの教えは攻撃魔法以上だった。
強化魔法の繊細な点が多く、攻撃魔法のように魔力を注ぎ込む必要はないが難しい。
「攻撃魔法は順序を組む必要がない。敵を破壊するよう設計されてるからな」
言い終え、老狐はチョークを置き、埃を払い、弟子の若者に向き直った。
「今夜はお前はあの力の順序を練習し、自動的にできるようにしろ。明日俺とレナがお前をテストする。通ったら速度強化と攻撃強化を教えてやる」
リースの心は一瞬揺れたが、気づいた。できなければ強くなれない。
冒険者は『来てほしくない明日』を待つ職業だ。毎分が忍耐の試練。
リースの今の最高の目標はアンジェリカたちの元へ戻ること。だから『来てほしくない明日』はない。
「はい!!」
彼は大声で答えた。できるか自信はないが、心は乾いたパンくずのように砕け散って風に飛ばされるようなものではない。
その時。
「勉強終わったのね?」
懐かしく美しい声が扉から聞こえた。マリッサが扉を開けて入ってきた。狡猾な狐グレイモアは即座に頭を下げた。
「マリッサ様」
グレイモア殿が恭しく言ったのでリースは驚いた。レナも続いて頭を下げた。リースが下げないのを見て、レナが襟を掴んで頭を下げさせた。
「まあまあ、そんな儀礼ばっかり。私の位はあの人より少し高いだけよ。以前言ったでしょ、気楽にって」
「はい、ところでマリッサ様、今日はどんなご用で教会へ?」
グレイモアは気楽にしろと言われても全く気にせず、顔を上げてもマリッサと目を合わせなかった。
「街にモンスターが出たせいで、子供たちの親が怖がって家から出さないのよ」
マリッサは手を頰に当て、優しく説明した。
「今日はお暇なんですね」
「ええ、リースが来てるって聞いて、会いに来たの。来たら練習中だったから、邪魔しないよう待ってたわ」
「そ……では失礼します」
言い終え、グレイモアとレナは再び頭を下げて去り、リースをマリッサと二人きりにした。
「マリッサさんは偉い人……」
二人が去るとリースが言ったが、終わる前にマリッサが額を軽く弾いた。
「私は別に偉くないわ。ただあの人より先にいた修道女よ」
マリッサは温かい笑みで言った。中年で皺や目尻のシワが見えるが、美しく優雅で温かみに満ちた女聖職者だ。
リースにとってマリッサは、生まれてから自分とアンジェリカを育ててくれた実母のような存在だった。
「あなたがパーティーから追放されたことは知ってるわ、リース。痛いけど今だけ。努力を続ければ願いは叶うわ。今は目の前の試練を勝ちなさい」
マリッサは微笑み、息子のような若者を抱きしめた。リースの涙が喜びで頰を濡らした。
「はい、マリッサ様」
「帰りましょう。歩きながらゆっくり話して。あなたの二年間のことを聞かせて」
マリッサは抱擁を解き、誘った。二人はマリナ教会を出て、ゆっくりと孤児院まで歩いた。リースはそこで彼女を見送り、自分の宿に戻った。




