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心がすこーし軽くなるお話

My dream

私には夢がある。物心ついた頃からずっと追っている夢が。

それは教師になること。理由は単純で、勉強が楽しいっていうのと優しい先生方に巡り合って憧れを抱いたから。いつか私も自分のクラスを持って子供たちにたくさん勉強を教えて立派な先生になりたい。そう思った。

だから私は必死に勉強した。毎日宿題をするだけじゃなくて自主学習もいっぱいして、中学校の定期テストではいつも学年で1位か2位だった。塾に通わなくても自分の家でとにかく机に向かった。

高校も、自分が行きたい公立高校に合格した。県内でも名高いナンバースクール。私は変わらず必死になって勉強した。自分の夢に向かってとにかく前進したくて、地元の教育大学に行きたくて、毎日頑張った。

高校3年生になって私は大学の推薦入試を受ける資格を手に入れた。私は推薦入試を受けて他の人より少し早く大学合格を決めた。こんなにうまくいく人生があるだろうか。なんて素晴らしい人生だろう。私の気持ちはとても晴れやかで最高だった。

季節は巡り、春が訪れた。ついに大学生だ。しかもずっと行きたかった教育大学。これであと4年後には長い間憧れていた教師になれるんだ。教育大学だから教育実習も充実しているし、教育に特化した知識もたくさん学べて私にとってぴったりの学び舎だ。私は嬉しくて嬉しくて毎日の生活に胸を躍らせていた。

時間はあっという間に過ぎていき、大学2年生になった。1年生よりも授業内容が幾分難しくなった。より専門性が増し、実際に学習指導案を作成して模擬授業を行う授業が多くなった。いよいよ本格的に教師への道という感じがして私の心はやる気に満ち溢れていた。

だから私は学習指導案作成にも模擬授業にも全力で取り組んだ。自分のやれることを精一杯やってとにかく一生懸命準備もした。

それなのに…。

それなのにどうして?どうして私の努力は実らないの?どうして思うように事が進まないの?

学習指導案なんてうまく書けなかった。模擬授業なんてうまくできなかった。周りの人や先生に何かを言われたわけではない。でも…私はもっとうまくやりたい。もっと完璧にやりたい。なのにどうしてうまくいかないの?

どうしてこんなに満たされなくて心が苦しくなるの?

私はいつの間にかこんなことを思うようになっていた。私は教師にはなれない。教師になるのが怖い。教師にはなりたくない。

じゃあ今の私はいったい何者?私はなぜここまで必死に頑張ってきた?どうしてこの大学に入ったの?

私の素晴らしい人生が粉々に砕けていった。すべてが壊れていった。積み上げてきた全部が消えていった。

そして私は”私”という人間が分からなくなった。自分が存在する意味を見失って、生きる理由さえ見つけられなくなった。

こんな暗闇を経験したのは初めてだった。暗闇から抜け出したくて抜け出したくてたまらなかった。いつ終わるかも分からないこの苦しみから逃れたかった。

そんなある秋の日、私は他大学から来た講師の先生の授業を受ける機会があった。その女性の先生は長身で顔が拳くらいに小さくて、腰まであるサラサラの黒髪を揺らしながら教室に入ってきた。顔はキリッとしたネコ顔で雪のように白い肌が黒髪によく映えていた。白いブラウスにピンクのロングスカートがとてもよく似合っている。走って教室に入ってきたからか白い頬がピンクに染まっている。受講している生徒は20人程度で、「すごい美人さん」「モデルみたいな人だよ」と教室がザワザワし始めた。

「みなさん、こんにちは。私は××大学から来た笹岡小雪と申します。専門は英語をやってます。とりあえず、みんなには立ってもらうね。全員、起立!」

大学の授業で立ち上がるなんてめったにないことだ。私たちは戸惑いながらも椅子から立ち上がった。

「みんなでラジオ体操をしましょう。第一から第二まで本気でやってね。音源流しますよ。」

彼女は速やかにパソコンを操作してラジオ体操の音源を流した。私たちはまたザワザワしたが、「集中集中!」という小雪先生の声で一気に黙り込んだ。彼女の声は凛としていてよく通る声だった。私は自分が久しぶりにラジオ体操をやることに今気づいた。小雪先生も動きずらそう恰好なのに全力でラジオ体操をしている。しかもすごく楽しそうに笑顔いっぱいで体操している。私も先生の笑顔につられて何だか楽しい気持ちになってきた。

ラジオ体操を二番までやると、思った以上に汗をかいた。先生の頬もさらに赤くなっていた。

「みなさんお疲れ様でした。飲み物飲んでいいからね。楽しそうに踊ってた人が多くて先生嬉しいわ。」

小雪先生の柔らかな表情に私たちは吸い込まれていった。彼女の笑顔には聴衆を魅了する力があるみたいだ。

「先生ね、本当は大学の先生になんてなりたくなかったの。本当はダンサーになりたかった。幼稚園から大学までずっとダンススクール通って朝から夜まで一生懸命ダンス勉強してコンクールにもいっぱい出たのよ。」

小雪先生は窓から見える色づいたモミジの葉を眺めながら独り言のように話し出した。

「でもね、大学2年生の頃にハッとしたの。私、もうダンサーにはなれないって。ダンサーになったら自分がつぶれてしまうって。だから諦めた。大学もせっかくダンスを学べるところに行ったのにね。さすがに自分が分からなくなったよね。今まで何がしたかったんだろう、私の人生の意味って何だろうって、そんな問いが頭の中で堂々巡りしてさ。」

先生の口調から彼女が当時どれだけ辛かったのか身に染みて感じられて私の胸がずきずきと痛んだ。

「半年間休学までして退学について真剣に考えた時期もあった。でもね、ある時ふと思ったの。私の人生はこんなもんじゃないって。私の人生の終わりは始まりなんだって。」

「終わりが始まり…?」

私がぽつりとつぶやくと、彼女は私の目を見て大きくうなずいた。

「ダンサーへの道は終わったけど、新しい何かへの道が始まったんだってね。その何かはすぐには分からない。でも、新しい道への歩みが始まってるのは確実なんだって、そう思ったときに心が一気に軽くなったのよ。」

「でも先生、先が見えないのってめちゃくちゃ不安じゃないですか?」

私は思わず立ち上がって声を上げた。

「ダンサーになりたかった先生の努力が水の泡じゃないですか。ダンサーにならないと報われないのに。」

先生は驚くこともなく私のすべてを受け入れてくれるように何度もうなずいた。

「あなたの言う通りよ。私もそう思った。だからしんどくてたまらなかったの。夢は叶わないと意味のないものだと思っていたから。でも実はね、それは違ったの。夢は叶わなくてもいいものなんだって気づいたのよ。」

「叶わなくてもいいもの…。」

「そう。夢は叶えるために抱くんじゃなくて努力するために抱くものなの。だから結果じゃなくてすべての出来事は過程が大事なのよ。夢のために頑張ってきたこれまでの血汗涙、全部が自分の財産なの。これは誰にも奪われない自分だけの努力の結晶なのよ。」

この瞬間、私はハッとした。いつの間にか私の目には涙が浮かんでいた。

「立ち止まっても遠回りしても良い。それが人の生きる道なのよね。私は今こうして大学の先生をしているけれど、毎回ラジオ体操を取り入れているの。だって手軽に取り入れられるダンスでしょ?私のダンス好きは今でも変わらないのよ。」

かっこいいことを言っているのにラジオ体操をダンスと捉えている先生が面白くて私たちは思わず吹き出した。その様子を見て先生も顔をくしゃっとして笑っている。

「人生はね、捨てたもんじゃないわよ。生きてさえいればこうやって笑えることもあるんだから。いっぱい踊っていっぱい食べていっぱい寝て、そうやって毎日過ごしていくのよ。それが1番なんだから。」

私の心が少しずつ軽くなっていくのを感じて私は涙を手で拭った。

「今はお先真っ暗でもあなたのことを必要としている場所は必ずある。だから焦らないで長い目で見るの。先生はあなたたちを陰ながら応援してる。またどこかで会えたら嬉しいな。それまでみんな元気でいるのよ。」

小雪先生はそれだけ言い残してそそくさと教室を出ていった。授業の出欠確認のフォームすらなく、彼女はただそれを伝えたいためだけに私たちに会いに来てくれたようだった。


季節は巡り、冬になった。私は空から舞う雪を見るたびに小雪先生と彼女からもらった言葉の数々を思い出す。彼女もきっと人生のどん底を経験して今に至っているんだろうと私は勝手に想いを巡らせていた。

私も今は分からない。自分がどこに向かっていて将来何をしているのか。でも、それでいいんだ。

私は新しい人生を確実に歩んでいる。それだけでもう十分前進しているんだから。

電車の車窓から眺める雪の結晶が光輝いて見えるのだった。



目指していたものの現実と自分自身の抱いていた理想との大きなギャップ。

こういう学校だと思っていなかった。こういう会社だと思っていなかった。こういう人だと思っていなかった。こんな風に人生にはいろいろなギャップがあると思います。これを感じたとき、とてもしんどいんですよね。目標を見失って自分の今までは何だったのか自問自答を繰り返して、それでも答えは見つからなくて虚しくなって…。

でも私はこう思うんです。1度目指した目標のために自分がした努力は決して無駄じゃない、と。たとえその目標から外れるとしても無駄な努力などこの世に1つも存在しないんです。だから自分を責めるのではなく、むしろ「よく頑張った」と褒めてあげてほしいのです。どんな努力も必ずあなたただけの財産になります。みなさまにもこう信じていてほしいと私は願っています。

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