中編:ベガの織糸
朝、目が覚めると部屋がいつもより明るく感じた。カーテンを開けると、青い空に太陽が眩しく輝き、目を細めた。今日で14歳。カレンダーの日付に満月が重なり、夏の朝の光が窓から差し込む。ベッドの上で膝を抱え、窓枠に目をやると、セミの声が遠くから響いてきた。
「誕生日か」
と呟くと、母が笑顔で顔を覗かせた。
「のぞみ、おめでとう!」
「ありがと」
夏服に黒いカーディガンとアームカバーを重ね、鏡の前でショートカットを整えた。日焼けしやすい体質だから、去年の失敗を繰り返さないよう慎重に。カバンに日焼け止めを入れて確認する。
「これで大丈夫かな」
母が部屋を出ながら聞いてきた。
「彩花ちゃん来るの?」
「迎えに来てくれるって」
毎年恒例の誕生日デート、今年は彩花が私の家まで来てくれると言ってくれた。去年のアイスやその前の花火を思い出し、朝ごはんを食べながらニコニコが止まらない。母がテーブル越しに笑う。
「楽しそうね」
「彩花と一緒だからね」
チャイムが鳴り、玄関を開けると彩花が立っていた。夏の日差しに照らされた笑顔が眩しい。彼女がカバンを肩にかけ直すと、黒髪が軽く揺れた。
「誕生日おめでとう、のぞみ!」
「ありがと。来てくれて嬉しいよ」
「毎年恒例だもん!」
「ねえ、ほんとだね」
母が笑顔で見送ってくれた。私と彩花は商店街へ向かった。セミの声が響き、夏の熱気がアスファルトから立ち上る。登校中はカーディガンとアームカバーを着ていたが、暑さに耐えきれず外してカバンにしまった。
「何する?」
「アイスもカラオケも楽しみだよ!」
彩花の笑顔が弾け、私はカバンを握り直して頷いた。
商店街に着くと、日差しが強く、腕に熱を感じた。彩花がカバンから日傘を取り出し、私に差し出す。
「日傘持ってきたよ!」
「助かるよ」
私はカバンを軽く押さえ、彼女の優しさに小さく微笑んだ。彩花の日傘の下に並んで歩き出す。商店街の喧騒が耳に届き、二人分の影が地面に揺れる。彼女と肩を寄せ合う距離が心地よく、心がさらに近づいた気がした。アイス屋の前で立ち止まり、彩花がバニラアイスを手に戻ってくる。
「誕生日だから奢るよ!」
冷たいアイスを受け取り、汗ばんだ指先で包みを握った。
「冷たいね」
「夏っぽいね!」
日陰のベンチに座り、アイスを食べながら夏の風を感じた。商店街の笑い声が遠くに響き、アイスの甘さが口に広がる。
「去年もアイス食べたよね」
「のぞみと一緒だから美味しかったよ!」
「うん、楽しかったね」
雑貨屋に入ると、棚に星型のキーホルダーが並んでいた。手に取って眺める。
「これ可愛いね」
「お揃いにしよう!」
「いいね」
彼女も自分のカバンにつけて笑う。キーホルダーを指先で弾くと、小さな音が響いた。
「これでずっと一緒だね!」
「うん、ずっとだね」
少しだけ目を伏せると、キーホルダーが揺れるのが見えた。なぜか胸の奥がざわついた。一瞬だけ夕陽が暗く見えた気がした。店を出て、次の目的地へ向かう。
「次はカラオケだね」
「楽しみ!」
商店街を歩きながら、彩花が呟いた。彼女の声が風に混じる。
「誕生日って特別だよね」
「彩花と一緒だから特別だよ」
カラオケ店に着き、小さな部屋で彩花がマイクを握り、目を輝かせて歌い出す。軽快な音が響き、彼女の声が夏の熱気を吹き飛ばす。
「上手いね」
「えへへ、ねえ、ありがと!」
私もマイクを取り、明るい曲を歌った。淡々と声を重ねつつ、彩花の笑顔に目を細める。部屋が笑顔で満ちる。
「のぞみって歌うとかっこいいね!」
「そうかな」
曲が終わり、彩花がまた祝ってくれた。マイクを置いて、私を見つめる。
「誕生日おめでとう!」
「ありがと」
夕方、ファストフード店でハンバーガーとポテトを注文した。テーブルに座り、夏の疲れが心地よい。彩花がポテトを摘まむ指先を眺めながら、彼女が呟く。
「誕生日って楽しいね」
「彩花と一緒だから楽しいよ」
「去年の花火も楽しかったよね」
「来年も何かやりたいね」
窓の外、夕陽がオレンジ色に染まり、商店街に柔らかな影を落とす。ガラスに映る二人の姿が揺れた。
「綺麗だね」
「誕生日っぽいね!」
「ほんとだね」
キーホルダーがカバンで揺れ、幸福感が胸を満たした。ベンチで少し休むと、私は呟いた。
「今日最高だったね」
「またやろう!」
夏の夕暮れが二人を包み、穏やかな時間が流れた。