前編:アルタイルの灯り
朝、目が覚めた時、部屋のカーテンから漏れる光が眩しくて目を細めた。7月21日生まれの蟹座。14歳になるまであと2日。カレンダーの『21』の丸印が目に入り、セミの声が窓の外から響き渡る。夏の熱気が部屋にこもり、首筋に汗が滲む。布団をめくると、湿った空気が肌にまとわりついた。
「もうすぐだね」
と呟くと、母の声が階下から柔らかく届く。
「のぞみ、朝ごはんよ」
「今行くよ」
夏服に黒いカーディガンとアームカバーを重ね、鏡の前でショートカットを整えた。私は背が高めで、日焼けしやすい体質だから、夏の陽射しは大敵だ。去年、真っ赤になって痛い目に遭った記憶が蘇り、カバンに日焼け止めを忍ばせる。「これで大丈夫かな」と呟きながら、指先でカバンのファスナーを確認した。胸の奥で、誕生日への期待が静かに膨らむ。
登校中、カーディガンとアームカバーが陽射しを遮り、セミの声が耳に響く。学校に着くと、教室は熱気でムッとしていた。窓の外では陽射しがコンクリートの校庭を白く焼き、暑さに耐えきれずカーディガンとアームカバーを脱いで机に置く。汗が制服の襟を湿らせ、午前の授業が始まった。窓際の席でノートを広げたけど、日差しが腕に刺さって熱い。
数学の先生が黒板に数式を書き連ねるのをぼんやり見つめながら、頭の中は彩花との誕生日デートでいっぱいだった。去年は商店街でアイスを食べて笑い合い、その前は公園で花火を眺めた。今年は何しようかなと考えるだけで、心がふわっと軽くなる。
チャイムが鳴り、昼休みが訪れた。カバンから弁当を出して机に置くと、腕が真っ赤に焼けていて驚いた。クラスメイトの男子が心配そうに声をかけてくる。
「のぞみ、腕やばいぞ! 大丈夫か?」
女子も目を丸くして付け加えた。
「ほんと赤いね!」
「日焼けしやすくてさ」
と柔らかく返すと、彩花が慌てて席を立った。
「のぞみ、ちょっと待ってて!」
彼女がタオルを濡らして戻ってきて、私の腕にそっと当ててくれた。冷たい感触が熱を和らげ、日焼け止めの柔らかいにおいが漂う。
「ありがと、彩花」
「どういたしまして!」
彩花のニコニコした笑顔が目の前に広がり、小柄な体に揺れる黒髪ショートが愛らしい。彼女の目尻が下がる様子が、夏の日差しよりも温かく感じられた。男子がみんなに問いかけた。
「週末何する?」
彩花が即座に答える。
「のぞみの誕生日祝うよ!」
「カラオケいいな!」
と男子が騒ぎ、女子が
「私も行く!」
と乗っかると、彩花が冗談っぽく笑った。
「のぞみちゃんとのデートだもん!」
「デートならいいよ」
と私も笑顔で返す。弁当を食べながら、彩花と一緒に過ごす楽しさが胸に広がった。彼女が箸を置いて、そっと呟く。
「誕生日って特別だよね」
「うん、特別だね」
タオルで冷やした腕が少し楽になり、彩花の優しさがじんわりと胸に染みた。
「彩花って優しいね」
「のぞみが元気ならそれでいいよ」
クラスの喧騒の中で、彩花と目を合わせて笑い合った。夏の暑さも、彼女と一緒ならどこか心地よい。
午後の授業はテスト返しだった。担任が答案を配り、私の机に置かれた紙はまあまあの点数。彩花が隣で褒めてくれる。
「のぞみ頭いいね」
「まあね」
と照れながら、窓から差し込む日差しが眩しくてカーディガンを着直した。暑いけど日焼けするよりマシだ。担任が少し声を張って注意を促す。
「最近、行方不明者が出てて危ないから気をつけて」
みんなは
「へえ、大変だね」
と流し、私も彩花と顔を見合わせた。
「遠くの話だね」
「うん、そう思う」
彼女の声に小さく頷き、答案を手に持つ。彩花がまた呟いた。
「のぞみってほんとすごいね」
「頑張っただけだよ」
と笑うと、チャイムが鳴り、みんながカバンを片付け始めた。
放課後、教室で彩花と誕生日計画を立てた。手帳を開き、彼女の提案を待つ。
「どこ行こうか?」
「アイス食べたい! キーホルダーも買おう!」
彩花の声に弾みがあり、私は笑顔で頷いた。
「いいね」
と書き込む。カバンから日焼け止めを取り出し、指先にクリームを丁寧に塗り広げた。彩花が私の仕草を見て微笑む。
「外で遊ぶなら日傘持ってく?」
「必需品だね」
「やっぱりね」
彼女が軽く笑い、私も小さく笑って返す。
「まあね」
近くで女子が噂話を始めた。
「最近変な噂あるよね」
私と彩花は顔を見合わせて笑う。
「映画みたいだね」
「でもさ、あと2日で誕生日だよ!」
「楽しみだね」
教室の窓から見える夕陽がオレンジ色に染まり、夏の終わりを予感させる美しさだった。
家に帰り、リビングでテレビをつけた。ニュースで行方不明者の報道が流れ、母が少し眉を寄せる。
「最近物騒ね。気をつけてね」
「うーん、分かった」
と頷き、階段を上がって部屋に戻る。手帳を開き、彩花の笑顔を思い浮かべると、自然と口元が緩んだ。カラオケとキーホルダー、彼女が迎えに来てくれる約束が胸を温かくする。