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7.冒険者の里帰り

 冒険者たちが一つの町に留まるのは、珍しい話ではない。しかし、周辺の魔物との実力差から、一時的に離れるケースも珍しくない。

 まずは弱い魔物がいる地域から腕試し。少しずつ知識と経験を取り入れて、等級を上げていく。そうして故郷へ凱旋するのが夢だという冒険者は多いのだ。

「えー、なになに? こんないい店できてたの?」

 銀のカナリア亭に明るい声が飛び込んでくる。ディアナが率先して出迎えた。

「いらっしゃい。初めてかしら?」

「そうなんですよ。今日帰ってきたばっかりで」

「あら、ということはここのご出身?」

「そうそう。なんかすごい賑わってるじゃないですか」

「おかげさまでね。お好きなテーブルにどうぞ」

 ディアナが店内を示して、他のテーブルの注文を取りに向かう。

 空きテーブルを目指して歩き出した冒険者に気付いたのは、町の住人の方だ。

「ん? あれ、お前ゴドリックか?」

「え? あれ? 鍛冶屋のおやっさん!? なんでここにいるの!?」

「仕事終わりの一杯だ、いちゃ悪いか!」

「全然! ちょっと、ここ相席いい?」

「おうよ、もちろんだ。女将さーん、こいつにジョッキ一つ! 俺の奢りだ!」

「はーい!」

「え、いいよ、おやっさん」

「凱旋祝いだ、もらっとけ!」

 ドワーフの鍛冶師がゴドリックの背中を強く叩く。昔と変わらない分厚い掌の感触に、涙が落ちそうになった。

 鍛冶師とのやり取りをきっかけに、周りのテーブルからも声がかかる。

「なに、お前ここの出身だったの?」

「マジか、凱旋おめでとう!」

「ようこそ、銀のカナリア亭へ!」

「お前従業員じゃないだろ!」

「いいじゃねえか。女将さーん、こっちにもお酒おかわりー!」

 すでに出来上がっている冒険者が絡んできたり、昔懐かしい顔が現れたり。一気に店内がお祝いムードになる。

「えー、ゴドリックだ、久しぶり!」

「何年ぶりだっけ?」

「かれこれ十年かな。時間かかっちゃったよ」

「お袋さんには顔見せたか?」

「いや、まだなんだ。ついさっきなんだよ」

「んだよ、そのまま家でお袋さんの手料理でも作ってもらえばいいだろ!」

「嫌だよ恥ずかしい!」

 酒場から聞こえる声がより一層大きくなる。かまどにつきっきりのアルベルトが、食事を受け取りに来たディアナに小さく呟いた。

「ああいうのを見ると、嬉しくなるな」

「本当にね」

 小さく笑い合い、また仕事に戻る。

「はーい、ちょっとどいてね。銀のカナリア亭から凱旋祝いよ!」

 ゴドリックの前に置かれたのは、分厚いステーキ肉だ。周りにいた人たちからも「おおっ」と歓声が上がる。

「いいなー」

「女将さん、俺らにもちょうだい!」

「いいわよ、ただしお代はしっかりもらうからね」

「えー!」

「ケチー!」

 非難する声は温かい。ディアナもそれをわかっているから、笑って追加注文を伝票に書き込んだ。

「ほら、ゴドリック。冷めないうちに食べなさい」

「あ、うん」

 鍛冶師に促され、ゴドリックはステーキにナイフを入れた。手応えを疑うほどすーっと切れていく。

「え、ちょ……なにこれ柔らかすぎ。どんな高級肉なの!?」

「ただのモンディールのステーキだ。こいつは柔らかくて脂もしつこくないから好きなんだ」

「え」

 ナイフが止まる。

「……ごめん、おやっさん。よく聞こえなかった。なんの肉だって?」

「だから、モンディールだ。西の森によくいるだろ? あいつだ」

「…………」

 ゴドリックが改めて目の前の肉を見やる。見た目はただのステーキだ。よく火が通っていて、ナイフで切ったところから透明な肉汁が滴り落ちる。

 これが、モンディールの肉。角の一突きで内臓を貫き、蹴られれば骨を砕かれる、あの。

「どうした、ゴドリック?」

 鍛冶師が心配そうに顔を覗き込んでくる。

 ナイフとフォークから手が離れた。

「ごめん、帰る」

 せめてもの詫びとして、いくらか銀貨を置いていく。

 後は、どうやって店を出たのか。どうやって懐かしの我が家に帰ってきたのか。

 覚えていなかった。


「あら、帰っちゃった?」

 足早に店を出る後姿を見て、ディアナは鍛冶師に訊ねた。

「ああ。モンディールの肉に驚いたらしい。……そっか、ここ以外じゃ魔物の肉は食べられていなかったな」

 失念していた、と鍛冶師は頭を掻いた。

「私もうっかりしていたわ。てっきりこの店の特徴を理解して入ってきたものだと思っていたの」

 銀のカナリア亭は魔物メシの専門店だ。酒や野菜は市場から仕入れているが、お化けキノコなどの特定の食材や肉類はすべてディアナの狩りによるものだ。

 ディアナが店を開く前に旅立ち、店が定着してから帰ってきた彼にしてみれば、ゲテモノ専門店にうっかり入ってしまったようなものだったのだろう。

「女将さん、こいつはわしがもらうよ」

「いいの?」

「まだまだ入る。付け合わせにサラダを貰えるか?」

「ええ。お化けキノコの焼きサラダがあるけど、それでいい?」

「もちろん」

 ステーキ皿を自分の前に持ってきた鍛冶師に、ディアナは会釈をして厨房に戻る。

「ふぅー……」

 声が聞こえないよう、食材を保管している奥でため息をつく。

「なにかあったのか?」

「うん、ちょっとね」

 アルベルトに言葉少なにそう答えて、ディアナはお化けキノコを焼いていく。一口大に切った白い塊に、ほんのり焦げ目がつくくらいがちょうどいい。

「……さっき凱旋してきた子、モンディールのお肉にびっくりしちゃって」

「……そうか」

 ぽつりと独り言のようにこぼせば、アルベルトも言葉少なに応える。

「久しぶりだったから、ちょっとびっくりした」

「……そうか」

 アルベルトはおもむろに、ディアナの頭に手を置いた。

 ディアナが驚いている間に頭をぽんぽんと軽く叩いて、何事もなかったかのように仕事に戻る。

 ディアナはぽかんと彼を見つめ、それからちょっと天井を睨んでからフライパンに向き直った。お化けキノコはちょっと焦げた。


◆   ◆    ◆


 酒場の在庫はだいたい一日で使い切ってしまうので、ディアナは毎日スレンドの森に入る。今日は森の緩衝地帯を北から南へ歩きながら獲物を探していた。

「「あ」」

 ばったり。そんな擬音が似合うほどにディアナはゴドリックと出くわした。彼の周りには今日のパーティメンバーらしい、顔なじみの冒険者たちがいる。

「あ、女将さんチーッス」

「おはよう、これから討伐に行くの?」

「そうそう。またボアボアの一家が悪さしてるみたいッス」

「あらまあ、気をつけてね」

「はーい。今夜また行きますねー」

「え、ここ、ダンジョン……」

 町でするような会話をダンジョンで続ける彼らに、ゴドリックは目を白黒させた。

「あ、女将さんは毎日ここで狩りしてるぞ」

「毎日!?」

「下拵えに時間がかかるのよ。だから今日の分は明日の提供なの」

「いや、そういうの聞いてない……」

「ちなみに今日はー?」

「タイムリーにボアボアよ。楽しみにしててね」

「よっしゃー!」

 冒険者たちは拳を突き上げ、意気揚々と森の奥へ向かっていく。

 だが、ゴドリックがついてこないことに気付いて、すぐに彼らの足は止まった。

「ゴドリック?」

「…………」

 仲間に呼ばれても、返事がない。ゴドリックはディアナを見つめたまま、気まずい顔をしていた。

「……その」

 ゆっくりと、ゴドリックが口を開く。

「夕べは、すみませんでした。びっくりしちゃって」

「ううん、気にしないで」

 ディアナは首を横に振った。

「魔物のお肉を食べるって聞いて、驚かない方が不思議だわ。私も最初に食べた時は、本当に不味くて困ったもの」

「……よく、食べようって思いましたね」

「あれしか食べるものがなかった時期があったのよ。今思い出しても、もうちょっとやりようがあったと思うんだけどねえ。意固地になっちゃって。若かったわあ」

 近くで聞いていた冒険者が「女将さんっていくつだっけ?」「知るか、聞くな」と小声でやり取りしていた。

「意固地になったついでに、色々と試行錯誤をして、今の調理法に辿り着いたのよ。見知らぬ街で身一つでやるくらいなら、最初からぶっとんだことをしよう、ってね」

「他の町でも出来たでしょうに」

「ここくらいがちょうどいいのよ。魔物の力が強すぎても弱すぎても、私の場合は変に目立っちゃうから。あと正直な話、これくらいの辺境が私にとって最適だったの」

 スレンドの町は、ダンジョンである森に西と南を、国境を兼ねている山脈に北を囲まれている。整備された街道は東の一本だけで、どん詰まりの町へ来るのは物好きな旅人や冒険者くらいだ。

「なんか、追われているような物言いですね」

 ゴドリックが言った。

「ふふ、どうかしら」

 ディアナは笑った。

「……魔物肉にみんなびっくりするけど、味は保障するわ。でも無理強いはしない。無理やり食べたものほど美味しくないものはないから」

「…………。気が向いたら、行ってみます」

「待ってるわね」

 にっこりと笑ってディアナは言った。

 他の冒険者たちにも挨拶をして、ディアナは南に下っていく。それを見送って、ゴドリックはやっと仲間と合流した。

「お前、意外と気にしてたんだな」

「悪いかよ」

「全然。女将さんの料理が気に入らない奴って、黙っていなくなるか喧嘩売っていなくなるかの二択だったし」

「前者はわかるが後者はなにをした?」

「言葉通り。『こんなゲテモノ食わせるんじゃねえ!』って言ったら、従業員に袋叩きにされて女将さんにホウキで叩き出されてた」

「想像以上にオーバーキルされてる」

「あとたまに酔っ払いは猫みたいに料理長につまみ出されてる」

「猫みたいに」

「そうそう。ガタイがいい奴でも首根っこ掴まれると『ヒェ……』っつって大人しくなんの」

「完全に猫じゃないか」

 ゴドリックはたまらず噴き出した。料理の材料はともかく、店の従業員たちは揃ってクセも実力も強いらしい。

 そんな店、楽しくないはずがない。

「お、みんな伏せろ」

 店のことをもっと詳しく聞き出そうとしたら、仲間の一人が小声で言った。言われた通りにすれば、茂みの向こうでボアボアの群れが見えた。

「いるいる」

「これで今日のメシ代は安泰だな」

「よし、石で牽制しつつ囲うぞ」

 それぞれが小石を手に散らばる。

 数時間後、彼らは討伐の証である牙を持ってギルドに帰還した。

 その日の夜、ゴドリックは初めて魔物の肉を食べる。

 魔物メシに抵抗がなくなったのは、そのさらに三日後のことだった。

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