68.プロポーズから始まる復讐②
『銀のカナリア亭』を追い出された男たちは、別の酒場でひとしきり騒いだ後に宿『夜明けの雄鶏亭』の二階にある一室に泊まった。件のプロポーズの生贄にした青年のことはすっかり忘れていた。彼らにとって青年は、いつも娯楽を提供してくれる都合のいいおもちゃであったから。
いびきをかいているところに、ギシ……ギシ……と床板の軋む音がする。
最初にそれに気付いたのは、意外にもドアからもっとも遠いベッドに寝転がっていた男であった。
「んあ……?」
こんな夜中に誰だ? 小便か?
そう言おうとして、
大小無数の目がこちらを無機質に見つめて、
「ひゃああーーーーッ!!」
口から出たのは情けない悲鳴だった。
「ぅおっ!?」
「なんだよ、急に!?」
同室の仲間が悲鳴を聞いて飛び起きる。
「だ、だ、だ、だれかぁっ!」
「あ? おいどうした? なんか変な夢でも見たのか?」
「め、め、目の前。目の前に……!」
「目の前? なんもねえぞ」
「え……?」
おそるおそる目を開けてみる。するとそこは、暗いながらも寝る前に見た客間の光景そのままであった。
「ったく、驚かせんなよなぁ」
仲間の一人が呆れながら笑う。
「飲み過ぎたんじゃねーの? ほら、水」
「あ、ああ……」
別の仲間が差し出してくれたカップを受け取る。
やけにリアルな夢だった。起きた自覚もないくらい、夢と現実が曖昧なのを見たのは初めてだ。
「明日は朝早いんだから、それ飲んだら寝とけ」
「ああ、そうする」
男は頷いた。
飲んだくれながら話した計画では、朝一で例の青年が謝りに来なかったらそのまま置いていく。ついでに、町に戻ったら彼の妹に〝挨拶〟に向かう予定だ。
少年の心をいまだ持ったまま大人になった彼らにも生活はある。そのスケジュールをなんとかやり繰りして今日の遠出に繋げたのだ。せっかくの楽しいお出かけを台無しにしてくれた代償は支払ってもらう。
カップを小さなテーブルに置いて、さてもうひと眠りしようと布団に潜り込む。
ガサガサ
足が枯葉を蹴るような感触を得た。
「ん?」
布団をめくる。
無数の目がギョロリとこちらを睨んだ。
「っ――!」
悲鳴を上げる間もなく、足元から無数の葉っぱが意思を持って男の体を這いあがる。しかも葉っぱに隠れて見えないが、木の枝の質感が服越しに伝わる。枝が柔らかく足に、腰に、腹に巻き付き、ぎゅっと締め上げる。
「た、たすっ――!」
声は葉擦れの音にかき消された。枝が腕にも絡みつき、口の中にその先端が突っ込まれる。ちょっとでも変な動きをすれば傷つけるという、明確な殺意を感じ取った。
「は? なに……ひっ!?」
「な、お、おい……!?」
眠ろうとしていた他の男たちも、遅れて絶句した。
彼らの目には、頭から葉っぱの山を被ったような大柄な人物に見えた。頭が天井につきそうだから、身長は二メートルくらいあるか。葉っぱのせいで体格がよくわからない。マントを着た旅人のようだと、頭のどこかで冷静に分析した。
「……だ、誰だ?」
一人が訊ねる。うごうごと小刻みに震える身体には、先ほど囚われた仲間がくくりつけられている。人であれば話し合いが通じるだろうか。いや、酔っていたとはいえ誰にも気付かれずに部屋に入ってきている時点で、もしかしたら人ではないのかもしれない。
「…………ゅ」
大柄な侵入者が、頭と思しき部分からもごもごと声――鳴き声に近い音を発した。
「ゆ、ゅ、ゆ、ゆゆゆぅぅぅっるるるるるるうううううう!!」
「うわっ!」
酒が抜けきっていない頭に響く大音声。見た目に似合わず甲高く、耳障りなのも心臓に悪かった。
「ゆるっ、ゆるっ、さ、さささなななななななななあああああああああいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
ごう、と勢いよく飛び出してきたのは太い枝。それを部屋にいた四人へ、ほぼ同時に巻き付ける。
「いっ、いてえぞ、この野郎! ……あぐっ」
「や、やめろっ、離してくれ! 痛い痛い! 締め付けるな!」
「なになになに待って待って待って!?」
「だ、誰か! 誰かー! ……おあっ」
暴れれば暴れるほど体がさらに締め付けられる。外へ助けを呼ぼうにも、口の中へ鋭利な枝を突っ込まれて声が出せなくなる。
「ゆ、ゆ、ゆ……」
体の中に取り込んでいた五人目もずるぅりと取り出して、五人まとめて改めて縛り上げる。
「ゆ、る、さ、な、い」
「……は?」
「みて、た。きいて、た。いじめ、る、ところ」
「ひっ」
葉っぱの山から新しく細い枝が出てくる。それを一人の眼球すれすれのところまで近付けた。くしゃみでもすれば一瞬で目玉を貫かれる。
「いっぱ、い、いっぱ、い、いじめ、た。ぬすん、だ。おとし、た。つみ、を、なすり、つけた」
「…………」
なんだそれは、と言いたかった。いじめたとはなんだ? 盗んだ? 落とした? 罪をなすりつけた?
男たちにはまったく心当たりがなかった。いや、かすかな引っ掛かりは感じたが、それが罪の意識と最初から結びついていなかった。だから、なんのことなのか本当にわからなかった。
だが、ここで迂闊なことを言えば枝が目玉を貫く。それはあまりにもリスキーだった。
「けった」
静かな言葉が脳によく染みる。
「なぐっ、た。わらっ、た。しばっ、た。あしを、ふんだ。かわに、おとし、た。おんな、のこさ、わった。おまえ、らなの、に。あきす、いっぱ、いぬす、んだ。どあ、こわし、た。なすり、つけた」
時々変なところで止まるから理解が遅れる。つまりなんだ。こいつは自分たちがかつて誰かに対して殴ったり笑ったり、縛って川に突き落としたり、女の子を触った罪をなすりつけたり、部屋から勝手に物を持ち出したことを怒っているのか。
「……ふはっ」
思わず失笑が漏れた。
「そんなことで?」
ぎしっ、と締め上げられた。一瞬息が出来なくなる。
「ばっか、バカお前!」
横にいた奴が怒鳴る。
「こういうのは形だけでも謝っとくべきだろ!」
「はあ!?」
カチン、と癪に障る。
「だったらお前だけ謝れよ!」
「プラン考えてたのほぼほぼお前だろうが! 自分だけ逃げるつもりか!?」
「んだとてめっ……!」
「け、け、喧嘩……やめて……」
か細い声が言い争いを止めた。
「首……もう、限界……」
見れば、目に枝を向けられていた仲間が目一杯後ろに顔を逸らしていた。恐怖にぷるぷる震えながら目をつむっている。
「……おまえ、たち」
ぼそりと耳障りな声が言った。
「そんな、ことと、いった、な?」
葉っぱまみれの体が近付く……いや、引き寄せられている。
「そんな、ことな、ら、たえら、れるは、ずだ」
「……な、なにを」
葉っぱの奥の無数の目が、にたぁと笑った気がした。
「さあな」
◆ ◆ ◆
「……で、仲良く一人ずつ近くの川に流したのね?」
「そ! あいつら、最後までごめんの『ご』の字も言わなかったんだぜ?」
「運が良ければ、生きて川下で打ち上げられるだろうね」
日が昇り、冒険者たちから顛末を聞いたディアナはため息をついた。
「死んでないといいけれど」
「とか言って、女将さん微塵も心配してないでしょ?」
「失礼ね。心配くらいはするわよ。死んでほしかったわけじゃないんだから」
「いやー、あいつらのしたことを思えば、死んだところで治らないんじゃねえか?」
なあ? と話を振られたのは、今回の事件のきっかけになった青年だ。
「え……っと」
青年はしどろもどろになりながら、口を開く。
「俺は、もう関わってこなければ、生きていても死んでいてもいいです」
「そっか」
冒険者の一人が、ばしんと背中を叩く。
「じゃ、気持ちを切り替えていくか! 調査の手伝いって名目だったよな?」
「う、うん」
「よーし! 行くか! ってことでガンスさーん! よろしくー!」
「はいよ」
「って、お前が行くんじゃないんかーい!」
仲間から鋭いツッコミが入り、周りもドッと沸く。
「いいじゃん!」
「はいはい、みんな寝不足なんだから気を付けてね? 私も後で狩りに入るから」
はーい、とお行儀のよい返事があちこちから出る。
夜警の手伝いでもない限り、冒険者たちも昼型人間だ。それが徹夜して馬鹿どもを懲らしめたのだから、不調気味な人が少なくない。
「あの、なんだか、すみませんでした」
「気にするな」
謝る青年にガンスが肩を叩く。
「ああいうのは見ていて好かないからな。妹さんにも警戒するように手紙を出したんだろう?」
「は、はい。朝一で」
「じゃあ大丈夫だ。早速だけど、森で薬草の調査に行くぞ」
「はい」
少なからず装備している冒険者に比べ、自分は貧相なものしか持っていない。
それに、誰も自分を馬鹿にしない。それが少しこそばゆかった。
後に妹から届いた手紙によれば、彼らは町に戻ってきていないそうだ。怪しい影もないという。
辺境の町にしばらく滞在する旨には、「気を付けて」と「体を壊さないでね」と記されていた。
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