67.プロポーズから始まる復讐①
「いらっしゃい。あら、初めてかしら?」
「すきっ、け、結婚してください!!」
裏返った声の割には、店内によく響いた。賑やかな場が静まり返り、痛いほどの沈黙が下りる。
声を発した青年は体を直角に折り曲げて右手をディアナに向けて突き出している。表情はうかがい知れないが、髪の隙間から見える耳は真っ赤だ。体も小刻みに震えている。
「……ごめんなさい」
ディアナはしばらく絶句してから、静かにそう言った。
店内で息を詰めていた常連や従業員たちからため息がこぼれる。青年の手が力なく下りた。
「スーくん、外に人は?」
「聞き耳を立てている人が五人ほど。もうすぐ突っ込んできます」
「そう」
「は?」
即座に展開された会話に、常連客らは呆気にとられる。
直後、
「残念だったなー!」
「いやでもよかったじゃん、このまま付き合うとかじゃなくってよお!」
「告白どころかプロポーズだけどな!」
「笑いを必死にこらえた俺らの身にもなれよ!」
「どうだった? 安心した? 残念だった?」
どやどやと好き勝手に喋りながら、男たちが乱入する。見たところ、青年とそこまで年は違わないようだ。
顔を上げられない青年を取り囲む男たちに、ココココココーーーーン! とお盆の角が一発ずつ当たった。
「いってえ!」
「なんだ急に……!」
「出て行け」
顔を上げた男たちが見たのは、感情を削ぎ落したような顔で仁王立ちする女将。
後ろの厨房からは、湯気が立つフライパンを構える男が出てくる。
他の従業員も止めに入らない。お客も同様だ。それどころか、冒険者たちはそれぞれの獲物に手をかけている者までいる。
圧倒的不利を悟った男たちは舌打ちした。
「チッ。ただの遊びじゃねえか」
「本気にすんなって。おー、こわ」
「そんなんだから行き遅れだって言われるんだぞ」
飛び込んできた時と同様、好き勝手に言いながらそそくさと退散した。
ドアが閉まって一拍。
「ざっけんじゃねえぞゴラアッ!!」
「冒険者にもなってねえ腰抜けに言われたかねえわ!」
「行き遅れで結構! あんたらみたいな奴なんかこっちから願い下げだわ!」
「一昨日きやがれバーカバーカ!!」
ドアに向かって罵詈雑言が投げつけられる。店が始まって間もない時間帯でよかった。酒に酔って暴れる人がいないのが、銀のカナリア亭にとっての救いだった。
「あなた、大丈夫? 立てる?」
へたり込んでしまった青年にディアナは声をかける。肩を貸してやり、すぐそばにいた客が気を利かせて持ってきてくれた椅子に座らせた。
伏せたままだった顔を覗き込んで仰天した。
「やだ、どこか怪我したの!?」
青年が首を横に振る。だが顔をくしゃくしゃにして泣く姿は、傍から見たら大丈夫なようには見えなかった。
「女将さん、これ」
アルベルトが声をかける。その手にはフライパンではなくタオルを何枚か持っていた。
「ありがとう」
礼を言い、そのうちの一枚で青年の顔を拭く。気付いた彼がタオルを受け取って、目元にタオルを当てたまま背中を丸めてしまった。
「おい、兄ちゃん。本当に大丈夫か?」
「なんかスープを持ってきてくれねえか?」
「それか酒だ、酒。こういうのは酒を飲ませた方がいい」
「酔っ払いは黙ってろ」
「まだ酔ってねえよ」
冒険者たちの意見を参考に、ディアナはスープを持ってくる。魔物肉を食べられないことを考慮して、野菜だけよそった。
「ゆっくりでいいわ。温かいものを食べたら少し落ち着くから」
青年は無言で頷き、深呼吸で自分を落ち着かせてからスプーンを手に取る。一口飲むと、あとは器から直接飲んだ。半分ほど一気に飲んだところで一息つく。
「ふぅ……」
「落ち着いたかしら」
ディアナが訊ねると、青年は頷いた。
「はい。あの、すみませんでした。急に」
「気にしないで。酔っ払いに絡まれたことを考えれば可愛いものよ」
「えー、ひでー。女将さん俺らのことそんなふうに考えてたの?」
「酔っ払いに慈悲はないわ。シメリツユいる?」
「いりません!」
即答した冒険者に、ドッと笑いが起こる。
「あっはっは! そりゃそうだ!」
「俺らは酔っ払いでも、善良な酔っ払いで~す!」
「シメリツユはいらないけど、酒のお代わりちょうだい!」
「はいはい。フラヴィ、お願いできる?」
「はーい」
オーダーを受けたフラヴィが厨房に向かう。ディアナは空いている椅子を持ってきて、青年の隣に座った。
「え、あの……」
「今日はまだそこまで混んでいないわ。だから、お話くらいは聞けると思うわよ」
青年はぽかんとディアナを見つめた後、目を伏せた。
「……さっきは、巻き込んで、すみませんでした。いわゆる、罰ゲームってやつで」
「あらまあ」
「……詳細、聞かないんですか?」
「言いたかったら聞くけれど、言いたくなければ聞かないわ」
「…………。その、要はあいつら、幼馴染ってやつなんですけど。ギフトのことで、色々と言われたりしてまして」
「ふんふん」
「昔からの悪ノリです。あの中の一人に、『一瞬だけ他人の幸運を操作できる』ギフト持ちがいるんですけど、それを利用して、一時的に俺がゲームに負けるよう誘導しているんです。で、罰ゲームで俺のことをよくからかうんです」
「……ちょっと言っていい?」
「はい」
「あなた――」
「なんでそいつらと今もつるんでんだよ?」
ディアナが言う前に、二人の後ろから冒険者が言った。
「え?」
「そいつらが嫌なら離れりゃいいじゃねえか。お前、見たところここいらの人間じゃないだろ? わざわざ嫌な連中とつるむくらいなら、いっそここで雲隠れした方がよくね?」
「賛成! 宿代がないなら出すぞ!」
「匿えるよ! 隠蔽のギフト持ち舐めんな!」
「気配遮断もお付けします!」
酒が回り始めた冒険者たちから続々と声が上がる。その勢いに青年が縮こまった。
「で、でも、本当に役立たずのギフトなんで……」
「ギフトの有能性なんて場所によって変わるでしょ」
ディアナがあっけらかんと言い放つ。
「今お酒を運んできたフラヴィだけど、彼女が持つギフトは日常生活じゃあんまり役に立たないのよね」
「ちょっとー、さり気にあたしをダシにするのやめてよー」
酒をテーブルに置いたフラヴィが、ディアナに寄りかかる。
「ごめんね、ちょうど近くにいたものだから」
「そんなこと言ったらさー、スタニもネリーも基本はギフトの力なんてあんまり使わないじゃん」
「それもそうね。あ、スタニっていうのはあそこにいるウェイターで、ネリーはあっちのウェイトレスね」
「はあ……」
ディアナが紹介しているが、青年は呆然としたままだ。
「そもそも、世の中にどれだけ自分のギフトを使いこなせている人がいるのかしら。あの連中だって、あなたを貶めるためにギフトを悪用しているだけじゃない」
「それは、まあ」
「ギフトを使いこなせないのは恥じゃないわ。むしろ悪用している方が恥よ。胸を張っていいわ。ついでに連中との縁も切っちゃいなさいよ」
「……で、でも、俺が離れたら、あいつら、妹に……」
「……は?」
「……なんですって?」
フラヴィとディアナの声が低くなった。青年がそれを聞いて飛び上がる。
「あ、あの! 本当に大丈夫なんです! 俺が離れさえしなければ、妹には手を出さないって! 実際、妹は無事ですし……!」
「だからってあなたが犠牲になっていい理由ではないわ」
「はーい、みんなちょっとちゅうもーく」
フラヴィが手を叩いて視線を集める。
「妹さんを人質に取って人をオモチャにする輩を懲らしめたいんだけど、いいアイデアないー?」
「ほう?」
冒険者たちの目が据わる。騒ぎをBGMにしていた常連客たちも振り返った。
「どういうことだい?」
「わりとそのままの意味。この人がさっきの連中とつるまなくなったら、妹さんがどうなるかわからないんだってー」
「へー」
「あらあら」
「そいつは……」
「どうやって懲らしめようかねえ?」
にたぁ、と笑みが広がる。冒険者と言えば素行の悪い者がなる印象だが、ギフトの恩恵を最大限発揮するためになった者も多い。
「火を焚くか?」
「大きな音で驚かせる?」
「近所迷惑になるだろ、やめろ」
「スタニの風魔法である程度どうにかなるんじゃないか?」
「ほうほう、面白そうですね」
スタニスラフも参戦する。
「料理長ー、使わなくなったフライパンと包丁を借りてもいい?」
「なにに使うつもりだ?」
「引っかいたら嫌な音が出るかなって」
「ちょうど修理に出そうか迷っていたものがある。親父、明日の朝、無事そうだったらそのまま修理してくれないか?」
「嫌がらせの道具にさせられた物を見るのは気が引けるが……まあいいだろう」
ドワーフの鍛冶師が渋々承諾してくれた。
冒険者の一人が手を挙げる。
「なーなー、じゃあみんなが持っている剣とか鎧を使って嫌な音を出すってのはどう?」
「乗った!」
「よーし、頃合いを見て乗り込むことにして、まずは景気づけに一杯!」
「それは明日にしなさいな」
「えー」
ディアナの制止に冒険者たちがむくれる。
「成功した暁には、明日の最初の一杯を奢るわ」
「マジで!?」
「よしあんちゃん、今日泊まる予定だった宿はどこだ!?」
「え、えっと、向かい側の方……」
「『夜明けの雄鶏亭』か。おい、誰か偵察に行けるか!?」
「任せろ!」
「酒が抜けたら交代するわ~」
勇んで飛び出していった冒険者へ周りが手を振る。
「あの、すみません。色々と巻き込んでしまって……」
「気にすんな!」
縮こまる青年の背中を、冒険者の一人がぶっ叩いた。痛みで青年が飛び上がる。
「ああいういけ好かない連中は見てて気分が悪いんだよ。仕返しできるならやる! できなくてもやる! 酒をマズくした代償は高くつくってな!」
「はいはい、酔っ払いはこれでも食べてなさい。……あなたもはい、どうぞ」
シメリツユを持ってきたディアナが、青年の前にカップを一つ置く。
「勝手に進めちゃっているけれど、あなたがきちんと意思表示しないと、なにも変わらないわ。むしろあなたへのあたりが強くなっちゃう。だから、ここでしっかり気持ちを固めてね。妹さんのためにも」
「……はい」
そうだ。周りがあまりにもはしゃいでいるから置いていかれているが、これは自分の問題なのだ。
今日出会ったばかりの冒険者たちが、町の住人が、あいつらを懲らしめ、自分から手を引かせるために動いている。
ここで自分が動かなきゃ、彼らに申し訳が立たない。
なにより、妹へ本当に牙を剥く可能性がある。
それは、絶対に、嫌だ。
「……女将さん」
青年はディアナを見た。
「この店の肉料理、一つ貰えますか?」
ディアナが目を見開く。
「……それは、わかってて言ってるの?」
「噂は俺の地元にも届いています。魔物肉の酒場の銀のカナリア亭ですよね」
「……それを知っているなら、なにも言わないわ。でも、残さないでね」
「はい」
青年が頷いたのを見て、ディアナは厨房へと向かっていく。
「おっ、なんだ? あんちゃんも飯食うのか?」
それを見送った近くの冒険者たちが、青年に声をかけてきた。会話が聞こえていたらしい。
「はい」
「いいねえ。ここの飯は美味いから、あんちゃんも気に入ると思うぜ」
バンバンと力強く肩を叩かれる。別の冒険者も訊ねてきた。
「ねえねえ、あなたのギフトってどんななの? ものによっては冒険者になれるんじゃないかしら」
「いや、冒険者は不向きかと……」
「向き不向きはむしろ本職に聞け! 言ってくれなきゃなんもわかんねえぜ?」
ごもっとも。青年は何度も口ごもりながら、ぼそぼそと答える。
「……ぶ……を……」
「え、なんて?」
「しょ、植物の、声を……聞くんです……聞こえるんです……」
三人ほどの冒険者が顔を見合わせる。そのきょとんとした表情に、青年はまた縮こまった。
「あ、あの、すみません。変ですよね、こんなの」
「……つーかさ」
三人のうちの一人が言った。
「そういうの、農家にしてみりゃ超ありがたくね?」
「花屋さんとかね」
「……え?」
思わず顔を上げる。
「植物の声ってことは、毒草や薬草を見抜けるんじゃないか?」
「なにそれ超便利!」
「普通の木とトレントを見分けられたらめっちゃ助かる!」
「なああんた、明日一緒に来てくれないか!?」
「お馬鹿、一般人はダンジョン立ち入り禁止よ!」
青年に詰め寄りそうになった冒険者の頭を同業者がひっぱたく。
「――あ、いいこと思いついた」
その中の一人が人差し指を立てる。
「植物関連を馬鹿にするんだったら、それ系のことでトラウマ植え付けてやったらどう?」
「…………お前、天才じゃん」
冒険者たちがニィ~っと悪い笑顔を浮かべた。
「盛り上がっているわねえ」
そこにディアナが皿を持って戻ってくる。
「はい、今日のメニュー。コカトリスのステーキよ」
青年の目の前に差し出されたのは、パリッときつね色に焼かれた皮が美しいステーキ。言われなければ大きな鶏肉だと勘違いしてしまいそうだ。
ごくり、と無意識に唾を飲む。
「……いただきます」
ナイフとフォークを手に取る。皮がほどよい弾力を持ちながらサッと切れた。新品のナイフを使っているかのように肉も切れる。
一口、口に入れて驚いた。硬くて臭みの取り切れていない、今までの鶏肉とはわけが違う。噛んだそばから肉汁が溢れてきて、臭みが一切ない。
「どうかしら」
訊ねてきたディアナを見る。
「すごく美味しいです。……あの、これ、本当に魔物の肉なんですか?」
「ええ。正真正銘、森にいるコカトリスの肉よ」
呆然とする青年の肩を、冒険者が叩く。
「驚くよなあ。んで、美味いよな」
こくこくと頷く。
時にはベテランの冒険者でさえ命を落とす場所、ダンジョン。そこにはびこる魔物がこんなに美味しいとは知らなかった。
度胸を付けるために頼んだが、後悔していない。むしろ得をした気分だ。
魔物を食べられたなら、あいつらに一矢報いるくらい、怖くない。
「よっし! あんちゃんが食べ終わったら、改めて作戦会議だ!」
夜はまだ更けそうになかった。
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