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女将は(推定)S級冒険者  作者: 長久保いずみ


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66/66

66.遊びに来たよ

「ギョオオオオエエエエエェェェェ……」

 どこからか、不気味な断末魔が響いてきた。

 物見櫓の上にいた兵士たちはギョッとして、互いに顔を見合わせる。

「今の声、聞こえたか?」

「ああ。こんな真っ昼間にどっか遠吠えか?」

「いや遠吠えにしては不気味すぎるだろ。むしろマンドラゴラじゃないか?」

「マンドラゴラ?」

 兵士の一人が素っ頓狂な声を出して、それから笑って手を振った。

「いやいや、あれはこの辺じゃ生息していないだろ。声なんか届かねえって」

「だよな……」

 そこで会話は一度途切れた。あの不気味な声はもう響いていない。

 二人で幻聴でも聞こえたのかと、首をかしげた。

 しばらくして。

 見たことのある白い毛並みが、土煙を上げてこちらに近付いてきた。


「まぁ~! 立派なマンドラゴラだこと!」

 夕方。

 獲物を狩ってきたディアナは、裏口に寝転がる物を見て目を見開いた。

 全長はおよそ二メートル。頭の葉も合わせると三メートルはある。木の根は人の手足のように枝分かれし、主根には恐怖に引きつった人の顔のような模様まで見える。

 魔物の一種マンドラゴラ。だがその大きさは通常サイズの二倍を誇っていた。

「でしょ? でしょ? これね、ママがお土産にって!」

 その横で嬉しそうに尻尾を振るのはフェンリルのブラン。尻尾を振りすぎて局地的に強風が起こっていた。

「すごいわねえ。持ってくるの大変だったんじゃない?」

「全然! ママが、耳が壊れないようにって魔法をかけてくれたの! だから元気だよ!」

「それはよかったわあ。ところであなた、いつの間に喋れるようになったの?」

「ママが教えてくれたんだ! またみんなのところに行くんだったら、おしゃべりしたいでしょって!」

「すごいわあ。いっぱい練習したのねえ」

 ディアナがブランの顔をわしゃわしゃと撫で回す。ブランも気持ちよさそうにされるがままだ。

「……ところで、これどうするんだ?」

 アルベルトがまだ転がっているマンドラゴラを指さす。置き場に困って、昼からずっとここに転がされていたのだ。横を通るたびにみんなビクッと飛び上がっていた。

「レヴェントン先生のところに持っていきましょ。しばらくは薬に困らないんじゃない?」

「処理が大変そうだけどな」

 と言いつつアルベルトはスタニスラフに用事を言いつける。

 ブランが尻尾をぶん回しながら言った。

「ねえねえ女将さん。僕またお肉が食べたい!」

「いいわよ。でもその前に明日のご飯の準備があるから、ここで待っていてもらえる?」

「うん!」

 ブランに待ってもらっている間に手早く魔物の処理をする。今日は一緒にトレントも狩ってきたのだが、あれは明日の朝に解体することにした。

「あれ? ブラン?」

「おー、こっち来てたのか?」

「おじさんたち、久しぶりー」

「「喋った!」」

 森から戻ってきた冒険者たちとも、再会の喜びや驚きを分かち合う。

「うおー、なんだこれ? マンドラゴラ?」

「そうだよ。ママからお土産にって」

「マジか。こんなでかいのよく運べたな」

「葉っぱのところをくわえていたから、木にぶつかりにくかったよ」

「そういう問題じゃねえんだけどな……」

 冒険者たちは苦笑いする。

「じゃあ女将さん、また店に寄るわ!」

「はーい。今日はビーストウルフとビッグ・ベアが出るわよ」

「よっしゃ!」

 血なまぐさい処理をさっさと済ませ、テーブルと椅子をセットし、今日のお肉を切り分ける。

「お待たせ、ブラン。召し上がれ」

「やった! いただきまーす!」

 ブランの前に出されたのは、大皿に乗ったビーストウルフの生肉だ。脂肪の少ない赤身肉に食らいつく様は、幼くても立派にフェンリルの威厳を出している。

「ガゥッ、ガフ、ガウッ」

「急いで食べなくても、誰も取りはしないわ。ゆっくりお食べ」

「ガゥ、ありがとう、女将さん!」

 口の周りに細かい肉の破片を纏わせながら、ブランは笑顔で言った。

「こんばんはー」

「女将さん、今日のおすすめ二人分ねー」

「あと酒もー!」

「はーい、いらっしゃい。好きな席に座ってね」

「おう。――よおブラン、美味いか?」

「うん、美味しい!」

「そうかそうか。やっぱ美味いもんを食うと嬉しくなるよな」

「うん!」

 冒険者たちは嬉しそうに生肉を食べるブランをひと撫でしてから席に着いた。

 その後も冒険者たちがやって来て、ブランがいる裏口近くから席が埋まっていく。

「……女将さん、ちょっといいか」

 裏口の戸が叩かれた。振り返ると、神妙な顔をしたレヴェントンが立っていた。

「あら、先生。どうかしました?」

「あのマンドラゴラ、本当に貰っていいのか?」

「ええ。うちじゃ扱いきれませんし。……もしかして、なにか問題が?」

 声を潜めたディアナに、レヴェントンは首を横に振る。

「いや、薬の原料として十分に価値がある。あれでしばらくはいろいろと困らない。……ただなあ、大きさがちと問題で」

「ああ……」

「突然変異個体だろ? あれ」

「おそらくは」

 ディアナとレヴェントンは顔を見合わせる。

 通常、マンドラゴラの大きさと言えば平均で四十~五十センチメートルほど。さらに成長した大型固体でも一メートルほどが最大だ。

 二メートルもある固体は突然変異しか思い当たらなかった。

 あの山脈が特殊な気候で、マンドラゴラの育成にも特別な作用をもたらしていなければ、ブランの母が土産と称して厄介払いさせた可能性がある。というか、十中八九そうだろう。何事も大きすぎると弊害を生む。

「ナタで分割しておいて、保管するというのは?」

「そいつが無難だろうな。どのみち丸のままでは運べん。あとは、定期的に卸してもらっているマンドラゴラ便をどうやって言いくるめるかだな……」

「……ひょっとして、迷惑だった?」

 大きなマンドラゴラを前に頭を抱えるレヴェントンに、ブランが申し訳なさそうに言った。

「うん? 違う、違う。予想外の大物にびっくりしているだけだ。なかなか加工のしがいがありそうな大きさだからな」

「うん、ママもびっくりしてたんだ。こんなに大きなのは初めてだって。だから、お土産に持っていったら喜んでくれるかもって言ってたんだ」

 それは体よくこちらに押し付けたと言わないだろうか。

 とディアナとレヴェントンは思ったが、口に出さないでおいた。

「突然変異種なんて、そう滅多に出るわけじゃないものねえ」

「ああ。こいつはこちらで有効活用させてもらうよ」

 レヴェントンはそう言って、ブランの頭をわしゃわしゃと撫で回した。

「えへへ。喜んでくれて嬉しいな」

「そういえば、ブランはあと何日くらいここに居る予定? 明日の狩りの量も変わってくるのよ」

「次の満月までに帰ってくればいいって。だから……あと三日くらいはいたいな」

「わかった、お肉いっぱい用意しているわね」

「わーい!」

「代わりと言ってはなんだが、子どもたちとも遊んでやってくれ。しばらく遊んでいなかっただろ?」

「うん! 明日、みんなと近くを走る予定なんだ」

「ほどほどにね」

 フェンリルの感覚で近所を走り回られたら、町内はもちろん近隣の農家も度肝を抜かれる。明日の市場で情報共有をしてくれることをディアナは祈った。


 翌日から、ブランは子どもたちのいい遊び相手になった。攫われた仔狼時代に一緒に遊んでくれたからか、ブランも子どもたちもお互いにじゃれて回る。

 子どもたちはブランによじ登ったり、長い毛の一部を編んだり、ブラッシングをしたりとやりたい放題だ。ブランはそのお返しにと、子どもたちを背中に乗せて町の周辺を散歩する。普段見ることのない高さからの景色に、子どもたちは興奮しきりだったそうだ。ブランも途中で走ってみたりとサービス精神旺盛で、なかなか楽しい時間を過ごしたらしい。ちなみに朝の市場で無事に情報共有が出来たらしく、近隣の農家からの苦情はなかったようだ。

 ――というのを、狩りから帰って一段落ついた頃に、ディアナはブランから聞いた。

「楽しそうね」

「女将さんも乗る?」

「嬉しいお誘いだけど、また今度ね。お話が聞けて嬉しかったわ。私はそろそろ仕込みに入るわね」

「はーい」

 ディアナが店内に戻っていくのを、ブランは伏せて見送る。

 彼女は――というか、人間の大人は忙しい。ブランの母も縄張りのパトロールなどでそれなりに忙しいが、ブランと遊ぶ時間をちゃんと作ってくれる。人間の大人たちは、ブランや子どもたちが怪我をした時に備えて側にいるだけで、遊びに回ることはない。

 たまにやってくれるブラッシングは、子どもよりも大人の方が手つきが繊細で好きだ。子どもは力任せにブラシを当ててくるので、たまに地肌を引っかく。大人はその点、ちゃんと毛の流れに沿って優しく梳いてくれる。

 だから大人とももっと遊びたいけれど、彼らはブランを遠巻きにするだけだ。

(女将さんも森に入ったら、夕方まで帰ってこないし)

 森は山の中とは違う縄張りだ。いくらフェンリルが強くても、よそ者を排除しようと魔物たちが動き出す。母の言い付けもあったから、ブランは森に入らなかった。もしうっかり森から出てきた魔物がいて、そいつが襲い掛かってきたら応戦するつもりである。

(……怖くないのかな?)

 魔物としての本能か、ブランは怖いと感じたことがない。だが人間は様々なことに恐怖する。木が軋む音に。稲妻に。雨と風に。そして魔物に。

 冒険者という恐れ知らずの人間が一部いるのも知っている。だけどディアナはただの女将だ。ブランと並走できたり、とても大きい刃物を扱うけれど、人間であることに違いない。毎日のように単身で森に入り、魔物を狩って帰ってくる。狩られた魔物はディアナたちのご飯になる。

 そんな毎日を繰り返していて、平気なのだろうか。

「女将さーん」

 ブランは裏口に鼻先を突っ込んでディアナを呼んだ。昨日から裏口は開けっ放しにされている。

「はーい、どうしたの?」

 厨房にいたディアナが顔を出した。ブランは思い切って訊ねた。

「女将さんはさ、怖くないの?」

「あら、急ね。怖いってどんな?」

「人間は怖がりだってママから聞いたんだ。冒険者みたいな人を除いて、人間はまず魔物に立ち向かえないって」

「そうね。その通りよ」

「じゃあ、女将さんはなんで森に入るの? 魔物が怖くないの?」

「…………」

 ディアナは浮かべていた笑顔を引っ込めて、腕を組んで考える。

「難しい質問ね。……そうね、私は昔、冒険者をしていたことがあったわ。だから、魔物を前にしても怯むことはない」

「そうなんだ」

「でもね、怖いかと聞かれれば、たしかに怖いわ」

「え、そうなの?」

「そりゃあ怖いわよ」

 驚くブランにディアナは笑って答えた。

「魔物の遭遇は何度経験したって怖いわ。こちらが気付かない間に殺されてしまう事例だって少なくないんだもの。ちょっとでもタイミングがずれていたら、ちょっとでも間合いが違っていたら、生きていたのは私ではなく魔物だった可能性もあるから」

「…………じゃあ、僕は? 僕も魔物だよ?」

「そうね。でも、あなたは私たちを友達だと思ってくれている。私たちも同じ気持ちよ。だから、森や他の地域にいる魔物たちとは違う。あなたは特別よ」

「とくべつ……えへへ、なんか変な感じ」

「あらそう?」

 ディアナはブランの頭から背中にかけて優しく撫でる。ブランは無意識なのか、尻尾をぱったんぱったんと振り下ろしている。

「女将さーん! ヘルプー!」

 その時、フラヴィの声が室内から飛んできた。見れば、すでに冒険者をはじめとした常連たちが席を埋めている。

「あら、呼ばれちゃったわ。じゃあブラン、あとでお肉を持ってくるから待っててね」

「うん!」

 ディアナを見送り、ブランは裏口から店内を見る。

 たまに酔っぱらった常連客が乱暴に撫でまわしてきたり、それを回収した別の人がブラッシングで整えてくれたり。ブランに大きな生肉が運ばれてきたら、冒険者たちも自分たちの食事を持って一緒にご飯を食べてくれた。

 地べたはお行儀が悪い、なんて顔をしかめる人もいたが、ディアナたちが宥めてくれた。

「どうだ、ブラン? 美味いか?」

「美味しい!」

 母が狩ってきてくれたご飯も、自分で初めて狩って食べたご飯も美味しかった。ここのご飯は、それと同じくらい美味しかった。

 話したいことがたくさんできた。母に会いたいけど、もう別れるのが惜しくなり始めている。

 次の満月がもうちょっと遅ければいいなと、ブランは思った。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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