64.カボチャ
ディアナが今日のお弁当を作っていると、スタニスラフの耳がひくりと動いた。
「ん?」
「どしたの、スタニ?」
「いえ、外が騒がしくて……」
「魔物の襲撃か?」
警戒を強めたアルベルトにスタニスラフは首を横に振った。
「違いますね。たしかに驚いてはいますけど、笑い声も聞こえます」
なおさら訳がわからない。一同が顔を見合わせて、スタニスラフが様子を見に行った。
と思ったら、すぐに戻ってきた。しかも笑顔。
「女将さん、女将さん! ちょっと来て! みんなも!」
こっちこっち、と手を振るから、急いで鍋を火からおろして店の外に出る。
賑やかな理由は一目瞭然だった。
「あらあ~」
「……これは」
「あははははっ! ちょっと、マジ!?」
「おっきい~……」
呆然としたり笑いだしたり、反応は様々。
それもそう。
ヒトの丈と同じ大きさのカボチャなんて聞いたことがなかった。
「いやあ~、魔物に荒らされた畑から生き残ったカボチャを大事に育ててたら、いつのまにかこんなになっちゃってね! 討伐のお礼も兼ねて、こっちに持ってきたんだ!」
豪快に笑うのは見慣れない農家だ。普段は大きな街の方に野菜を卸しているようだが、フレッドたち農家仲間を通じて今日はこちらに来たらしい。
明らかにこの巨大カボチャを押し付けに来ているが、そんなこと関係ないのが銀のカナリア亭である。
「まあまあ! 遠方からわざわざご苦労様です! こちら、本当に頂いてもいいんですか?」
「もちろん! 食材は調理されてこそですからね! あ、こいつちょっと大きいんで、銀貨五十枚ほどいただいてもいいですか?」
それを聞いたディアナが渋い顔をする。
「……ちょっとお高いわね。もうちょっとお安くならない?」
「いやいや。ここまで運ぶ労力を考えたら、これでも安い方ですよ」
ディアナとアルベルトが顔を見合わせる。
これだけ大きなカボチャなら、しばらくは楽しめる。だが値段を考えるとちょっと釣り合わない。
銀貨五十枚、出そうと思えば出せる。それくらいには稼いでいても、ポンと出すには大きすぎる金額だった。
「女将さん」
そこに、別の料理店の店主が声をかけてきた。
「このカボチャ、うちでも使わせてもらえませんか? その分をお出ししますよ」
「まあ」
「あっ、じゃあうちも! ちょっともらってスープ作りたい!」
「そういうことならうちも!」
一般家庭の主婦たちも手を挙げる。町中からカンパが集まれば、たしかに支払える。
ディアナは農家に向き直った。
「――ということで、町のみんなからのお支払いってことでいいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
農家は手を揉んで頷いた。
「よし、じゃあ私は切り分けるためにナタを持ってくるわ! 料理長はお金の方をお願い」
「はいはい」
ディアナが駆け足で店に戻り、アルベルトがその後を追う。他にも出資を宣言してくれた店や主婦たちも財布を取りに向かった。
戻ってくるまでの間、フラヴィたちは巨大なカボチャを眺めたり叩いたりと興味津々だ。
「おおー、かたーい」
「突然変異ですかね? 大きさ以外は他のカボチャと大差ありませんけどね」
「そうでもないですよ」
ネリーがカボチャの表面を撫でながら言った。
「この子、すごく元気な子です。栄養をいっぱい貯め込んで大きくなっちゃったみたいですから、食べるときっととても美味しいですよ」
ネリーの言葉に周りから「おおっ」と期待の声が上がる。
「マジで?」
「ネリーちゃんが言うならすごく美味いんだろうな」
「女将さーん! 早く戻ってきてー!」
ネリーの野菜に対する審美眼は外れたことがない。彼女が美味しいと言ったものは皆美味しいのだ。逆に、傷んでいる野菜を見抜く目も持っている。常連農家たちはこれで何度救われたことか。
なんてことをしていると、先にアルベルトが、少し遅れてディアナが戻ってきた。
「うわ……」
ディアナが持つナタに農家がドン引きする。
「集金します。できるかぎり銀貨でお願いします」
アルベルトが呼びかけて、そこに人が集まった。革袋に次々と銀貨が入れられる。
「はい、銀貨五十枚。確認お願いします」
「えっ? ああ、はい。まいど……」
代金を受け取った農家は、革袋の中を見てにたっと笑った。それからディアナが担いでいるナタを見る。
「……大きいですね」
「特注品だとか言ってましたよ」
「料理長ー、農家さーん、もうちょっと離れた方がいいわよー」
「わかった」
アルベルトたちを始め、住人らがカボチャとディアナから距離を取る。
「さて」
ディアナはナタのカバーを外し、柄を握る。
そのまま背負うように構えて、
「ふんっ」
ナタが半円を描くように振り下ろされた。
スパンッ! とカボチャが真っ二つに割れる。
「「「おおー!」」」
「女将さん、スゲー!」
「誉めてもなにも出ないわよー!」
と言いながら、位置を変えて四等分にし、さらにそれらをもう四分割する。
十六等分されたカボチャは、大きさこそ普通サイズの数倍はあるが、持ち運びがしやすくなった。
「これなら普通の包丁でも切れるかしら?」
「もうあと半分の方がいいかな?」
「いや、いけるだろ。ちっと待ってな」
見物に来ていた鍛冶屋のドワーフが店に引っ込むと、その手に大ぶりの包丁を持って出てきた。住人の一人が声を上げる。
「あっ、それうちの!」
「あとでちゃんと磨いてから渡すって! 試し切りにはちょうどいいだろ?」
と言いつつ、近くにあったカボチャを一個横倒しにして、真ん中にあたりをつける。
「よっと」
ザクッといい音を立てて包丁が入った。鍛冶屋は包丁とカボチャを交互に見て、にんまりと笑みを浮かべる。
「うん、我ながら上出来だ」
カボチャはオレンジ色の綺麗な断面を見せた。住人の何人かがごくりと唾を飲む。
「なあ、これ本当に持ってっちゃっていいの?」
「ええ、お構いなく」
農家が頷くと、住人たちはワッと歓声を上げた。
「やったー!」
「スープ作るよ!」
「ちょっと小麦買ってくる! カボチャのケーキに挑戦したい!」
「それうちの分も頼める?」
「もちろん!」
カボチャは美味しいが、そのままでは硬い。各々がよさそうな部位を持って行って、さっそく下拵えを始めるつもりだ。
「じゃ、うちも持っていくか」
「先に戻ってお湯を沸かしておきます」
スタニスラフが店に戻る。それを見送ったネリーが訊ねる。
「カボチャのスープって美味しい?」
「美味しいよ~。お砂糖が入っていないのに甘くて、でもしつこくなくってスルスル飲めちゃうの。下拵えが大変だけどね」
「わ、私も手伝う!」
「ありがと~!」
フラヴィとネリーがそれぞれ抱えられるだけカボチャを抱えて店に戻る。アルベルトも小脇に抱えて後に続く。
あっという間に減っていくカボチャを、農家は呆然と眺めていた。そこにディアナがそっと近づいて声をかける。
「ちなみに、お伺いしたいんですけど」
「はい?」
「カボチャがあんなに大きくなった心当たりってあります?」
「うーん……。特に変わったところはなかったですね」
「あら、そうなの」
ディアナは気のない返事をした。
カボチャはあっという間に住人の手に渡った。元あった場所に商人や馴染みの農家たちが店を広げる。
「さあて! カボチャだけじゃ味気ない! 今年最後のうちのトマト、買いに来ないかい!?」
「カボチャのポタージュに牛乳は不可欠ですよ!」
「秋イモ! 秋イモはいらんかね~?」
鐘の音と共に、活気ある声が広場を満たす。アルベルトをはじめとした料理人たちや、買い物を頼まれた子どもたちが再び出てくる。
「じゃあ、私はこの辺で」
「カボチャ、ありがとうございました~」
農家は自分が乗ってきただろう馬車でそそくさと帰る。
ディアナはそれを見送ると、自分も店に戻った。
「スーくん、フラヴィ」
ちょいちょいと手招きをする。
「ちょっと頼まれてくれないかしら?」
スレンドの町と他の町を繋ぐ唯一の街道は、町から東へ伸びていた。そこは途中で深い森に入る。南北に広がるそれは、街道整備の際に分断されたのだ。
農家の馬車は街道を外れ、南の森に入る。街道からやや見えないところで馬車の荷台を外し、馬だけでさらに奥へと入る。
森というのは魔物に限らず、野生動物の住処だ。人間が荒らしていいものではない。いや、まずよほどの事情がない限り、こういう場所へ踏み入ろうとする者は周辺にはいないのだ。
たとえば、盗賊や山賊といったならず者でなければ。
「ただいま戻りました」
農家――に扮した盗賊が呼びかけると、車座になっていた男たちが一斉にこちらを向いた。
「おう、どうだった?」
「うまく行きました。銀貨五十枚」
盗賊の報告に、他の男たちが歓声を上げる。
「やったな、お前ら!」
「久々に街に繰り出すか?」
「酒飲もうぜ、酒!」
「待て!」
一際声の渋い盗賊が待ったをかけた。
「今日明日で騒げば怪しまれる。三日は待て」
「えー」
「ちぇー」
部下たちのブーイングを無視して、男は銀貨が詰まった革袋を受け取る。
「文句があるならカネはやらん」
「そんなこと一言も言ってませんって!」
居住まいを正す部下たちに、男は呆れてため息しか出ない。
革袋の中身を改め、ちゃんと銀貨が五十枚入っていることを確認する。
「よくやった」
そう言って、カボチャを売ってきた盗賊に銀貨を十枚渡した。
「えっ……こ、こんなにいいんですか?」
「わざと高く吹っ掛けてきたんだろ? 商人に向いているかもしれないぞ、お前」
「へへっ……ありがとうございます、お頭!」
銀貨の乗った両手を高々と上げて、盗賊は礼を言った。
とっ、と。
その額から矢が生える。
「え……」
盗賊の体がゆっくりと崩れ落ちた。銀貨があたりに散らばる。
とっ
「あ?」
とっ
「お?」
とっ
「へ?」
さらに続けに三回、首や胸から矢を生やして盗賊たちが倒れた。
「敵か!?」
腰のナイフに手をかけた盗賊は頭を貫かれた。
「ど、ど、どこに……!?」
怯えたように視線を彷徨わせる盗賊は心臓を射られた。
残ったのは頭領だけ。革袋を握り締め、静かに周囲を見る。
矢は襲ってこなかった。
(音を頼りに襲ってくるか)
だとしたらむやみに動くのは得策ではない。しかし矢の向きがバラバラであることから、相手が移動していることは明白。このままではいずれ殺される。
深い森の中が仇になった。街道から外れればその分人目は避けられるが、同時にこちらも相手の姿を見失いやすい。
(せめて相手の顔くらいは拝みたいが……)
悟られないよう、自然な動作でベルト裏のナイフを取る。
がさり、と背後で茂みが鳴った。
振り返ると同時にナイフを投擲。鋭く放たれたそれはまっすぐ木の幹に刺さった。
(気のせいか)
おそらく動物が横切ったのだ。
そう考えて、
とっ
「……!」
正面のやや下から矢が刺さった。
心臓を貫かれた。意識が遠のく。
体から力が抜けて倒れる。
かすんでいく視界に、なにかの影が映る。
「……こ、ど……も」
黒髪のどこか大人びた少女。
それが頭領の見た最期の光景だった。
「ただいま、スタニ」
「おかえりなさい」
がさがさと茂みをかき分けて、馬に乗ったフラヴィが帰ってきた。
「やはり盗賊でしたか?」
「うん。銀貨はぜんぶ回収してきた」
馬上から革袋を投げ渡される。
「さて……これ、どうしましょう?」
「ちょっと行ったところに町があるでしょ? あそこの孤児院に投げとけばいいんじゃない? ついでに馬も置いていこうよ」
「教会関係者が引っ繰り返りそうですね……」
銀貨五十枚なんて、豪商や貴族が寄付する金額だろう。当面の運営には困らないはずだ。
「いいじゃん、たまには。慈善活動ってやつ」
「フラヴィが言うと説得力が違いますね」
「どういう意味?」
言い合いながら町まで走る。スタニスラフの追い風があるから、馬を置いていっても昼過ぎには帰れるはずだ。
「それにしても、あんな大きなカボチャをよく見つけて盗んできましたよね」
「近くにカボチャ農家さんいるかな?」
「行ったところでどうしようもないでしょう? 綺麗に分割されて町で加工の真っ最中なんですから」
「それもそうだね」
帰ったらカボチャのポタージュを作るための裏ごし作業が待っている。明日はきっと筋肉痛だ。
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