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女将は(推定)S級冒険者  作者: 長久保いずみ


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61.とんぼ返り

 その日の銀のカナリア亭は、店全体が沈んでいるような空気だった。

 満員御礼なのはいつものことだが、誰も彼も覇気がない。中にはテーブルに突っ伏す冒険者たちもいた。

「ネリーちゃん、大丈夫かなあ……?」

「わかんねえ……」

「でも枢機卿いるから、よっぽどのことにはならないはず……」

「はーい、コカトリスのステーキ持ってきたから、ちょっとテーブル空けてー」

 熱々の皿を置くために、フラヴィが肘で冒険者たちを押しのける。

「フラヴィちゃんは寂しくないの? ネリーちゃんが聖法国に行っちゃって」

「寂しいし心配だよ。っていうか、それここにいる全員の気持ちじゃん」

「それはそう」

 フラヴィの指摘に冒険者が頷いた。


 今朝、ネリーは聖法国へ出発した。留学を前提とした下見で、往復の時間を含めると約三ヵ月の長旅だ。

 ネリーは聖女であると同時に、魔物メシの店の従業員である。そのため、毎日魔物肉の賄い飯を食べていた。聖光教にとって禁忌の塊を摂取した聖女の体は、潔癖な信者にとって憤死ものだろう。

 滞在中もポドロフがそばにいてくれるので変な輩に絡まれる心配はないはず。……だと思いたい。というのが、従業員を含め顔馴染み一同の心境である。

「あああ~でも本当に心配だ! 道中でも教会のある大きな街に立ち寄るんだろ? そっちでも噂が広がってネリーちゃんになにかあったらって思うと……!」

「その時は私が直々に乗り込むつもりよ」

 頭を抱える冒険者にディアナがにっこりと笑った。

「枢機卿にもネリーにもそう伝えているし、手紙を書くって言ってくれてたから大丈夫だとは思うけどね」

「そりゃあ、女将さんは最終兵器だからな」

 冒険者が苦笑いする。彼らはすでに見慣れた光景だが、ぱっと見が一般人である彼女の細腕が繰り出す一撃は、かつてドラゴンを沈めたほど。街中で話し合い(物理)をし始めた日には町の半壊を覚悟しなければならない。

 その目撃者でもあるポドロフが付いているから、聖光教会がよっぽど馬鹿な真似をしない限りネリーを丁重に扱ってくれるはず。

 ――そんな淡い期待と願いは、一ヵ月を過ぎた頃に届いた手紙で打ち砕かれた。

 ネリーからは「帰る」の一文。

 ポドロフからは、謝罪と経緯を記した長文が入っていた。


◆   ◆    ◆


 事の次第は、要するに過激な一派によるやらかしだった。

 長旅で疲れていたネリーは、ちょうど夕食時だったこともあって教会本部の大食堂に案内された。

 食堂に入るや一斉に注がれた視線に驚きはしたものの、ネリーはそこまで委縮しなかった。

 空いていた場所に座り、ポドロフが従者と共に食事を持ってくるため席を外す。最初は同行すると断ったが、長旅かつ慣れない場所で疲れているだろうから、とやんわり押し通された。これがいけなかった。

 ポドロフの様子を目で追っていると、上から急にぬるいものを浴びせられた。頭や肩への衝撃と、床に転がったものからスープだとわかった。

「あら、ごめんなさあ~い?」

 後ろから響く謝罪の声と笑い声。空気が凍り付いた。

 青ざめる者やドン引きする者が多い中、ネリーは振り返る。少女たちが三人立っていた。うち一人の手には、雫が滴る空っぽの器。

 ネリーは立ち上がった。

「なあに? なんか文句でも――」

「素晴らしい!!」

 少女の言葉を遮って、ネリーは腹の底から声を出した。

「は?」

 誰が言ったかわからないが、おそらくあの場にいた者たちの総意であっただろう。ネリーはそれに構わず続ける。

「ここでは新参者にスープを浴びせて、食べ物の尊さを説くのですね!? 素晴らしい行いです! まさに洗礼!! 私、感動いたしました!!」

 怒鳴るのではなく、訴えかけるような叫び。

 ネリーは呆然として逃げそびれた少女の手をガッと掴む。掴んだ拍子に器が落ちたが気にしなかった。

「ヒッ!」

「熱々のスープではなく、わざとぬるいスープにしたのは、洗礼のためですか!? なんとお優しいのでしょう! 具材は痛みかけのものですか? それとも新鮮なものですか!?」

「は、離しなさいよ! こっち来ないで!」

「新鮮な食材だとすれば、なんと素晴らしい行いでしょうか! 食べ物を粗末にすることで、逆に食べ物のありがたみを説いてくださるなんて!」

「ちょ、誰か! こいつ、手が離れない!」

 少女の救援に誰も行けない。引き剥がしたいのは山々だが、そんなことをすれば少女たちの行動を正当化させてしまう。曲がりなりにも相手は聖女なのだ。ポドロフ卿に目をつけられるのも怖い。

 ちなみにネリーはここまで真顔である。

「ああしかしなんともったいないことでしょう! 食べ物というのは私たち動物が生きる糧です! それを洗礼のためとはいえ、こうして床に転がしてしまうなんて! ……いえ」

 床に転がったイモを見て、ネリーは呟いた。

「まだ、食べられますね」

「え」

 少女から手が離れる。

 ネリーはおもむろに膝をつくと、自分と少女の間に転がっていたイモを拾い上げた。

「え、え、え?」

「おいおいおい待て待て待て!」

 周囲のざわめきに悲鳴が混ざる。

 ネリーは土で汚れたイモを、開いた口に近付け――

「ミス・ネリー!!」

「わっ」

 ポドロフの絶叫と同時に視界を布で閉ざされた。

 驚いた拍子に手からイモが落ちる。

 ネリーの後ろから、ぜえぜえと乱れた呼吸が聞こえる。

「ポドロフ卿?」

 呼びかけるが、荒い呼吸のみ。目が見えないし、布で覆われた上に後ろから抱き着かれている。滑らかな手触りは、ポドロフが身に着けていた枢機卿の外套だろうか。

「……ミス・ネリー……」

 ぜえぜえの合間にポドロフの声が聞こえた。

「一度、離れましょう……大丈夫です……私が、おりますから……」

「……はい」

 なにが大丈夫なのかさっぱりわからなかったが、とりあえずここから去った方がいいのだろう。

 ポドロフはネリーを連れ、息を整える合間に湯の準備や客室、着替えの用意を急がせる。

 従者は、スープをぶっかけた少女たち三人を別室へと連行していった。


「ポドロフ卿。どうやらここは私を受け付けないようですね」

「ええ」

 翌日、ネリーとポドロフはそれぞれ手紙をしたためた後、再び馬車に乗ってスレンドの町へと出発した。


◆   ◆    ◆


「――ってことがあって、町までとんぼ返りしてきました」

 ネリーがそう話を締めくくる頃には、店内は殺気が充満していた。

「ユルサヌ……ユルサヌ……」

「そいつらどう料理してやろうか……」

「ねえねえ、ここにちょうどよくホムラトカゲの尻尾があるんだけど」

「奇遇だね。このマダラグモの脚とか素材に良くない?」

 冒険者たちがぶつぶつと呪詛を紡いでいる。魔法の知識がある冒険者たちは本気で呪いを作ろうとしている者までいる。

「こらー、呪術師に堕ちるんじゃないわよ」

 ディアナが彼女らの頭をはたいて正気に戻す。

「それにしてもまあ、命知らずねえ。どこの手先かしら」

「えっ、手先?」

 冒険者たちが顔を上げた。

「そりゃそーでしょうよ。ネリーは聖女の力を持っているし、ポドロフ卿の後ろ盾もある。普通は遠巻きにするでしょ。どっかの上司が焚きつけたとしか思えないよ」

「その少女たちが考えて実行したのだとすれば、とんだ大馬鹿者ですね」

 フラヴィとスタニスラフの言葉にポドロフも頷く。

「鋭いですね。ええ、とんだ大馬鹿者の方です」

「はっ?」

 どこからか素っ頓狂な声が出た。全員がポドロフの方を見る。

 ポドロフは懐から紙を取り出した。帰りの道中で飛んできた鳥が運んできたものである。

「あの三人……正確に言えば、ミス・ネリーにスープをかけた不届き者。彼女はどうやらとある聖光騎士に恋をしていたようです。お近付きのきっかけを探していたところ、件の聖光騎士がミス・ネリーに懐疑的だという話を耳にしました。聖光騎士は立場上、聖女を守る立場にあります。ですから、動けない彼に代わって自分がミス・ネリーの本性を暴けばよいと考えたようですね」

 ポドロフが読んでいた紙をしまうと、酒場はなんとも言えない沈黙に包まれた。

「……そいつ、馬鹿だろ」

 ぽつりとこぼした冒険者にポドロフも頷く。

「ええ、馬鹿です。そんなことをすれば愛しの騎士にも悪評が及ぶというのに」

「それで恋は進展したんですか?」

「いいえ。件の騎士を部屋に通したところ、泣き付かれそうになったので『近寄るな!』と拒絶したそうです」

「ざっまあ!」

 冒険者たちが一斉に笑った。

「だろうよ! それで上手くいってたらマジで教会の神経疑うわ!」

「あー、酒がうめえ!」

「女将さん、おかわり!」

「はいはい」

 苦笑しながらディアナは新しいジョッキを用意する。

 苦労の後の酒も飯も十分に美味しいが、顔見知りを傷つけてくれた馬鹿の末路はそれ以上のスパイスだ。いつもより酒も飯も美味い。

「あ、私も手伝う……」

「ネリーは今日は座ってて!」

 立ち上がりかけたネリーの肩をフラヴィが掴んで戻した。スタニスラフも頷く。

「聖法国へ行って帰っての強行軍だったんですよ? 意外に疲労がたまっているものです。しばらくはゆっくり休んでください」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 ネリーが頷いたのを見て、フラヴィとスタニスラフは配膳に戻っていく。

 それと入れ違いに、ディアナがなにかを持ってきた。

「はい。こちらはネリーと枢機卿猊下に」

「え?」

「おや、注文はしておりませんよ?」

「店からのサービスです。ご安心ください。猊下のスープに魔物肉は入れておりません」

「そうでしたか。お心遣い、痛み入ります」

 テーブルに並んだ二つのスープ。イモやニンジン、タマネギなどが薄い色のスープに浮かんでいる。片方は肉が入っていた。

「いただきましょう、ミス・ネリー」

「はい」

 二人は頷いてスプーンを手に取る。

 野菜から染み出た旨みが、胃から全身に広がる。よく煮られた野菜類は柔らかく、イモは舌で押し潰せそうだった。

 ネリーは久しぶりの魔物肉を食べてみる。火が通って茶色になった肉は、噛む度に肉汁とスープが一緒に溢れる。

「美味しい」

 言葉と一緒に、安堵の涙が一筋零れた。

「――ところで、ネリーちゃんのギフトってなんだったの?」

「「……あ」」


 後日、近くの大教会を借りてネリーのギフトが調べられた。

 大方の予想通り、ネリーのギフトは聖浄――聖女が持つ癒しの力であった。

 これによりネリーは聖法国で改めて聖女と認められた。しかしその所在は銀のカナリア亭であり、何者であってもその決定を覆してはならないと、法王の名のもとに定められた。

 一方で、ネリーにスープをかけた件の少女たちだが。

 主犯の少女は身勝手な動機を反省するべく、厳しいことで有名なカリオン修道院に身柄を預けられることとなった。他の少女二人は、実行犯ではなかったものの止めなかった罪は重いとして、それぞれ別々の修道院に預けられることとなった。

 そこでの行いが良ければ、修道院からどこかの教会のシスターとしてやり直せるかもしれない。

「カリオン修道院ってそんなに厳しいんですか?」

「そうだね。一度はいったら出られないと言われているくらいだし」

「わあ」

「君や私の口添えがあれば、もしかしたら出られるかもしれないね」

 ポドロフの言葉に、ネリーは笑顔で応える。

「食べ物を粗末にする人に赦す心はありません」

「はっはっは。女将さんの教育の賜物だね」

 ポドロフもまた笑った。

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