59.ある呪術師の独白
同じ村にいた、力自慢の女の子。
物心ついた頃から、俺はその子と比べられ続けてきた。
あの子はもっと持ち運べるのに。あの子はもっと足が速いのに。
どうしてお前はそんなことができないんだい?
大人たちは不思議で仕方なかっただろう。だってその子は誰よりも小さかった。可愛らしかった。その細腕で牛を持ち上げる怪力を見せなければ、ギフトの力によるものだって気付けないくらい愚かだった。
それに比べたら、同世代の俺たちはいくらか賢かった。
いくらギフトの恩恵だからと言っても、あれは常識の枠から外れている。
ならばあれは、神からのギフトではない。魔王が授けたギフトだ。
魔王の手下は、いずれ魔王を復活させる。その前に退治しなければ。
でもどうやって? ただ石を投げても簡単には倒せない。
先に喧嘩を売ってみたら返り討ちにあった上、大人たちに説教された? じゃあ尚更作戦を練らないと。
……友達のふりをすれば、怪しまれないんじゃないか?
作戦は上手く行った。遊ぼうと言って建物の影に連れ出す。そこで毎日〝退治〟する。あいつも抵抗したけど、こっちが「襲われた」って言えばあいつが怒られた。いい気味だった。
俺は他の奴らより、いくらか頭がよかった。だから毎日作戦を考えた。化け物退治の作戦を考えるのはいつも興奮した。
追いかけっこは逃げられる。だからいつもかくれんぼをした。俺たちが鬼で、あいつが隠れる。見つけられたら〝退治〟だ。
そんなに広くない村だったから隠れられる場所は限られてくる。その隠れ場所も簡単に予測がついた。前に納屋に隠れていた時は、探し出すときに中の物を盛大に引っ繰り返したせいで怒られた。それもあいつのせいだったから、いつもより念を入れて〝退治〟した。
家から出ないと言っても、こっちに数がいれば引きずり出せる。大人たちには遊んでいるように見えたから、尚更あいつが悪者になった。余計に抵抗したらさらに〝退治〟すればいい。
――それから、どれくらい経っただろうか。
ある日、あいつが消えた。夕食時になっても戻らないって村長の家に親が押しかけてきたらしい。大人たちが夜通しそいつを探していた。
夕方まで一緒にいた俺たちも事情を聞かれた。
一緒に〝遊んで〟いたけど、暗くなる前にみんな帰った。
嘘は言っていなかった。
結局、あいつは見付からなかった。魔物に食われたんだろうって大人たちは言っていた。
俺は嬉しかった。これで世界が平和になった。
でもなぜか、みんなとは遊ばなくなった。俺は遊びたかったけれど、なぜか周りが避ける。
仕方ないから一人で遊んだ。大人が声をかけた時だけ、みんな仕方なさそうに遊んでくれた。それが居心地悪かった。
◆ ◆ ◆
居心地が悪いまま時間が流れ、成長した俺は村を出た。聖光教会の司祭になるためだ。
俺のギフトは魂を導く。それを理解してからは墓所によく足を運んで、魂を導く練習をした。おかげで余計に周りからは避けられたけど。
どうせなら、活躍できる場が欲しい。
運動神経は昔からからきしだったけど、頭がいい自信はあった。
聖法国の学校を首席で卒業して、司祭になるためにさらに修行に励む。ギフトは大いに役立ってくれた。生者だけでなく、迷える死者をも導けるのだ。
若くして司祭の座に就くのも夢じゃないと思っていた。
――だが、魔王の復活が現実となると、そうも言っていられなくなった。
凶暴化した魔物は聖光騎士団が倒してくれるが、俺をはじめとした聖職者は祈ることしかできない。
無力さを突きつけられた。
それが我慢できなくて、俺は聖法国を飛び出した。
旅の聖職者として各地を回った。意外と需要があり、葬儀にも婚礼にも引っ張りだこだった。食事は出せなくても一晩の宿として部屋を貸してくれる人もいた。
生者も死者も救って回った。自分の分身がいてくれたらどれだけいいかと思った。
あいつと再会したのは、そんな旅の道中だった。
最初に見かけた時は、野宿をしている全身鎧姿の冒険者だった。なにかを焼いているいい匂いがして、つられるようにして近付いた。
「こんばんは」
「……ああ、こんばんは」
少年のような、男にしては若い声だった。
「申し訳ありませんが、宿を共にしても構いませんか? 道を間違えてしまいまして」
「構いませんよ。あちらの木が良い寝床になります」
「では、お言葉に甘えて」
冒険者とは反対側になるように、焚火を回り込む。火でなにかの肉を炙っているようだった。分厚く切られたそれから、脂が滴って炎が躍る。
ごくり、と唾を飲んだ。
「美味しそうなお肉ですね。どこかから仕入れられたのですか?」
「……自分で仕留めました」
「自給自足ですか。羨ましい限りです。猪ですか?」
「ああ。ボアボアです」
自分の耳を疑った。
「……ボアボア? と、言いましたか?」
「はい」
焼いているうちに肉が焼けたらしい。冒険者は足元の葉に肉を乗せ、ナイフで一口大に切った。フルフェイスの兜をちょっとだけ持ち上げ、ナイフに刺した肉をそこにねじ込む。
――魔物が魔物を食べているように見えた。
「……うん。美味い」
冒険者が一人で頷く。それから不意にこちらを見た。思わず身構える。
「そんなに怯えなくても、取って食いやしませんよ。聖職者は魔物の肉を食べない。……まあ、食べられたもんじゃありませんでしたけど」
「……どういうことですか?」
「一工夫したら、食べられるようになったんですよ。偶然の産物ですけどね。でもこれはあげません」
冒険者の言葉に心底安堵した。食えと言われても断固拒否していた。教義以前に、人間としての本能が拒絶していた。
冒険者はその後も黙々と魔物の肉を味わって、完食してしまった。ナイフは焚火で消毒し、皿代わりにしていた葉も燃やしてしまう。
俺の食欲もすっかり失せていた。
「……意外と気付かないものね」
どこからか女の声が聞こえた。辺りを窺うが、ここにいるのは俺と冒険者のみ。
「当然か。さっきまで声を低くしていたし」
冒険者の中から、声が聞こえる。
「まさかこんな辺鄙なところで再会するとは思っていなかったけど……。あんた、私の正体に気付いている?」
話が見えない。が、声に棘が含まれているのはわかった。
こんなご時世だ。聖職者に石を投げる罰当たりもいる。だけどこいつはおそらく違う。
「――ああ、そうだ。顔を見せていないんだっけ」
思い出した風に冒険者が言う。それから、兜を外して素顔を見せた。
……何年ぶりだろうか。成長しても残る面影が、記憶の底に埋もれていたものと結びついた。
「……ニーナ」
「あら、覚えていてくれたのね。嬉しいわ」
そいつ――ニーナは屈託なく笑った。目は笑っていなかった。
「あんたたちから逃げるために村を飛び出していったけど……まあ、なかなか大変だったわよ。冒険者になってからは、ちょっとまともな暮らしができていたけれどね」
ニーナは独り言のように言った。俺はなにも言えなかった。
「あんたが近付いてきた時は驚いたわ。性懲りもなく追っかけてきたのかって。気付いていなかったようで安心したわ」
「……なにを、するつもりだ?」
「は?」
ニーナが、意味がわからないと言いたげな顔をした。
「魔物の肉を食って、どうするつもりだ? 俺たちへの復讐か?」
「そんな力があったとして、やるつもりなんてないわよ。くだらない」
ニーナは後ろの木に体を預けた。
「あんたたちはあの時、とても楽しい思いをした。それでいいじゃない。それともなに? 復讐されるのを望んでいるの?」
じろりと睨まれる。思わず首を横に振った。
「ならいいじゃない。お腹いっぱいだからそろそろ寝るわ。あ、教会に報告するならどうぞ。今度も逃げ切ってみせるから」
フルフェイスの兜をかぶって、ニーナはそれきり静かになった。本当に寝入ったらしい。
俺はそっと立ち上がり、物音を断てないよう慎重に、それでいて急いでその場から去った。
途中からはひた走った。夜は魔物が凶暴化する。生きた心地がしなかった。夜明け前にどうにか小さな村へ辿り着き、そこから大都市の教会へ駆けこんだ。
――魔物の肉を食った冒険者がいる。
俺が教会に告げた知らせは、瞬く間に聖法国へ届けられた。
名前も風体も知っていたから、冒険者ギルドに照会して実在の冒険者だと認められた。
魔物の肉は禁忌。その肉を食べた冒険者への拒絶反応は相当なものだった。一時は懸賞金をかけるかどうかまで議論が発展したのだ。
俺はニーナを見つけた功績をたたえられ、一足飛びに司祭へと昇格された。
その後、あいつが魔王を討伐したという報せが入った。
聖光教会はこの機に乗じてあいつを拘束、処刑しようと意気込んだ。俺も高みの見物をしようとしていたが、あいつは帰りの馬車から突然飛び降りてどこかに消えてしまった。
すぐさま世界中に手配書が回った。
だというのに、あいつは今の今まで姿をくらませていた。
俺は司祭の立場こそ取り上げられなかったが、奴を探し出す密命を与えられて地方の教会を回らされた。事実上の厄介払いだった。
教会からの支援がない以上、自力でどうにかするしかない。そのために手段は選んでいられない。
呪術に手を染めたのは必然だった。魂を導く――つまり操れる俺のギフトと、死者の嘆きを捻じ曲げて生者に干渉する呪術は相性が良かった。
誰にも悟られないよう、けれど懸命に呪術の腕を磨いた。説教と同時に呪術で操り、俺の知りたい情報を得られるように何人も、何ヶ所も傀儡にした。
ついでに身寄りのない人に、魔物の増殖をコントロールできる水晶玉を持たせた。人為的に異常増殖を起こせれば、奴だって動き出すはず。
その甲斐あって、最近ようやく奴の居所が判明した。聖女を人質に取られた教会には頼れない。こちらからけしかけてやらねば。
――聖女の両親を名乗る男女を差し向けたり、聖女派の人間を操ってみせたが、まるで効いちゃいなかった。
俺が直接、周りの人間を操って殺してやるしかない。
そう思っていたのに。
「私を慕う人たちに私を殺させて、それでお前はなにを守るつもりだった? 誰を守るつもりだった!? 誰を、なにを救うつもりだった!? 英雄を夢見た昔の自分に胸を張って言えるのか!? ああ!?」
直接怒鳴られて、やっと思い出した。
ずっと昔、将来の夢を語り合っていたことがあった。親の後を継ぐとか、お嫁さんになりたいとか、子どもらしいくだらないこと。
その中で、たしかに俺は言っていた。
「いつか英雄になって、みんなを守ってみせる!」
ああ、忘れていた。それをあいつは馬鹿みたいに覚えていた。
……もう遅い。ぜんぶ手遅れだ。
お前を煩わしいと思った瞬間から、俺は英雄になんてなれなかったんだよ。
伝えられるかどうかはわからんが、言っておく。
「幸せそうに笑うお前が嫌いだったんだよ」
麦畑で走り回っていたあの日から、ずっと。
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