56.風邪引いた(ディアナの場合)
(今頃になってレシピを調べて)あれえ!?ライスプディングって病人食じゃなかったの!?……ま、いっか(おい)
「うん、風邪だね。シンプルに高熱」
「そうですか……」
レヴェントン医師の診断に、ベッドの上でディアナは力なく答えた。
「解熱剤を処方しておくから、朝昼晩ちゃんと飲むように。……ほらお前たちはさっさと行け! うつりたいのか!」
部屋の入り口で大挙して見守っていた冒険者たちを、レヴェントンがしっしと追い払う。
「女将さん、安静にしててね」
「待ってろ、店の食材は俺たちが狩ってくる!」
「この店を潰したりしねえから安心しろ!」
口々にそう言って去っていく彼らに、ディアナは手を振って見送る。
大声が頭に響くからやめて、と言えるだけの元気はなかった。
朝になっても、ディアナがロビーに現れなかった。それを不審に思った冒険者たちが、他の従業員をドア越しに叩き起こして様子を見に行かせる。
床に倒れていたディアナを発見した時は一大事だった。レヴェントンを呼んでくるのはもちろんのこと、すわ大病かと思うくらい反応がなかったのだ。混乱のあまりネリーも泣きだして場がさらに混沌とした。
ディアナが床で倒れていたのは単に気絶していただけだったのだが、
「体に不調があるって自覚できるなら起きるんじゃない」
とレヴェントンから説教されていた。
そして現在に至る。
「うん、ちゃんと飲んだね」
朝の解熱剤をちゃんと飲んだことを見届けて、レヴェントンは頷く。
「いいかい、今日は……というか、熱が下がって私の診断が下りるまでは外出禁止。店の食材が心配なら冒険者に頼みなさい。いいね?」
「はい……」
ディアナが頷く。レヴェントンはふらふらと揺れている体をベッドに押し戻した。
「さあ、病人は寝るのが仕事だ。余計なことは考えず、大人しく寝ていることだ」
「はあい……」
されるがままにベッドに戻される。回らない頭でなにかを伝えようとしたが、それがなんだったのか思い出せないまま、意識が沈んでいった。
「やあ。女将さんを診てきたよ」
「レヴェントン先生」
酒場に顔を出したレヴェントンを、アルベルトたちが出迎える。
「女将さんの様子は?」
「ひどい熱だったが、大人しくしていれば三日から一週間くらいで治るだろう。定期的に様子を診なきゃならんから、とりあえず三日分の薬を出しておいた。診察と薬で、銅貨十枚な」
差し出された手の平に、アルベルトが銅貨を渡す。
「ちなみに、店としてはどうだ?」
「さっきスタニに、ギルドへ依頼を出しに行かせました。ギルドに食材を頼んだことは以前もありましたし、店を閉めるくらいなら多少赤字でも食材を確保しておく方が皆も喜びますから」
「そうか」
広場の方から鐘の音がする。市場が開いた合図だ。
「買い付けかい?」
「ええ。フラヴィ、悪いが留守番を頼む。ネリー、スタニ、行くぞ」
「はあい」
「わかりました」
レヴェントンを見送って、アルベルトたちは裏口から市場に向かう。
冒険者たちやレヴェントンから話が回っていたのだろう。市場に着くと住人や商人たちに囲まれた。
「料理長、聞いたよ! 女将さん倒れたんだって?」
「お店大丈夫?」
「これ、サービスしとくよ! 女将さんに食べさせてやって!」
「お見舞いのお花摘んでくる! ちょっと待ってて!」
「こら、勝手に外に行くな!」
あれよあれよと三人に手渡される品々。その後ろで駆け出した子どもたちを母親が追いかける。
アルベルトたちは荷車にそれらの品を入れた。
「ありがたく受け取ります。他にも店でいろいろと使うので、買い付けはしますよ」
「おう! なにが欲しいんだ?」
「そこの野菜を一箱ずつと、そっちのイモを十箱」
「あいよ、もってけ!」
「だから払いますって」
押し付けられそうになって、慌てて財布を取り出す。
アルベルトがそんなやり取りをしている後ろで、ネリーは子どもたちが摘んできた花束を受け取る。
「はい! 酒場のおばちゃん、元気になるといいね!」
子どもたちの言葉にネリーは頷き、「ありがとう」と唇の動きで伝える。
その横ではスタニスラフが女性陣に捕まっていた。
「女将さんの具合、詳しくは聞いていないけど大丈夫なの?」
「熱が出ているとは聞いています。レヴェントン先生の薬ももらいましたし、女将さんも大人しく寝ているでしょう。僕らの食事を運ぶついでに様子を見ていますから」
「そう? 元気になるといいねえ」
「女将さんがナタを持って森に行くのを見ると、なんだか安心するのよね」
一人の言葉に周りがうんうんと頷く。スタニスラフも同意した。
「そうですね。そのためにも、女将さんには英気を養ってもらわないといけませんね」
コメと牛乳を鍋に入れ、沸騰直前まで火にかける。
鍋の淵で牛乳がふつふつとしてきたら、火を弱める。そこにハチミツを投入して甘さを出し、よく馴染むまでかき混ぜる。
コメがドロドロに崩れたら火からおろし、粗熱を取ったら水を張った桶に鍋を当てる。沈めすぎて水が入らないようにするのがコツだ。
すっかり冷えたのを確認したら深皿に盛る。
ライスプディングの完成だ。
「さて、誰か持っていくか?」
アルベルトが呼びかけると、他の三人がほぼ同時に手を挙げた。
「……全員で見舞いに行くか」
苦笑せざるを得なかった。
コンコン、とドアをノックする。
「女将さん、お昼ご飯持ってきましたよ」
スタニスラフが呼びかける。耳がドアの向こうの音を聞き取ろうと小刻みに震える。
「……寝ているみたいですね」
「それはそれでチャンスだな。入るぞ」
三人が頷く。
「お邪魔します……」
そっとドアを開ける。
ベッドの上でディアナは静かに寝ていた。高熱で辛そうではあるが、うなされている様子はない。
「ねえ」
フラヴィが声をかけた。
「女将さんに濡れタオル持ってきていい?」
「ああ。ネリー、タオルを持ってきてくれ。フラヴィは水の入った桶を」
「了解」
フラヴィとネリーが頷いて、それぞれを取りに走る。
その間にスタニスラフが机の上を片付けてくれた。アルベルトがテーブルの空間にトレーを置く。
机の上には、アルベルトたちが持たされた見舞いの品が摘まれていた。子どもたちが摘んできた花は小ぶりな空き瓶にさしてある。市場で持たされた野菜や果物も置かれているが、あとで酒場の料理やデザートにするつもりだ。
「桶とタオル、持ってきたよ」
二人が戻ってきて、タオルを桶に沈める。十分に水を吸ったらほどほどに絞ってディアナの額に乗せた。
「上手いな」
アルベルトが率直に称賛した。濡れタオルは絞りすぎてもいけないし、絞りが甘くてもいけないのだ。
『フラヴィが倒れた時、練習した』
「なるほど」
ネリーがメモを見せながら胸を張る。
「さて、あんまり長居すると女将さんも困るだろ。俺らも昼にしよう」
「はーい」
「女将さん、また来ますね」
四人がぞろぞろと部屋を出て行く。
その十分後、ふとディアナは目を覚ました。
「……ん」
うっすらと明るい部屋。
「あっ、仕事……!」
重い体で飛び起きる。その拍子に濡れタオルが落ちた。
「え……なにかしら、これ」
濡れタオルを拾って首をかしげる。
「って、え? やだ、どうなっているの?」
続いて机の上の品々を見てびっくりする。慌てて自分の額に手をやって、次に濡れタオルを額に当ててみた。
「……気持ちいい。ってことは、風邪?」
ぶつぶつ言っている間にぼんやり思い出してきた。
「……夢じゃなかったのね」
高熱を出して倒れ、レヴェントン医師に怒られる夢を見たのだと思っていた。どうやら現実らしい。
所狭しと置かれた見舞いの品の数々に苦笑する。そこに埋もれているトレーを見つけて、ベッドまで持ってきた。
「あら、ライスプディング」
布巾をどけると、白いものが顔を覗かせる。
「懐かしいわね」
そう呟いて、ディアナはスプーンを手に取る。
冷えたミルクの下からハチミツの甘さが口の中に広がる。
だからすぐに気付いた。
「ハチミツが多いのかしら……昔食べたものより、美味しい気がする」
料理の味は家庭によって違う。だからディアナの家族が作ったものとアルベルトが作ったものも、似ているようで別物だ。
同様に人の好みも千差万別だが、身近に同じ好みの人間がいるのは嬉しいことだ。
「たまには風邪も、悪くないわね」
それはそれとして、早く治して元気な姿を見せてやらねば。
完食したディアナはトレーを机に戻して、ベッドに横になった。
風邪を引いた時は寝るしかないのだから。
「…………。あっ、薬」
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