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女将は(推定)S級冒険者  作者: 長久保いずみ


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54.風邪引いた(スタニスラフの場合)

今更ですが、風邪を引いた時期はバラバラのつもりです。次々に従業員が倒れたら女将判断で店を閉めます。

「げほっ、げほっ、げほっ!」

「うーん、喉が腫れてるな、こりゃ。そっちに効く薬を出そう」

「わ、げほっ……わかる、ですか? げほっ」

「あんまり喋るな。喉に響く。ここら辺を触ればわかるさ」

 レヴェントン医師が指さしたのは顎の下あたり。スタニスラフもそこを触ってみるが、今ひとつよくわからなかった。

 なんか熱っぽい。咳が止まらない。

 スタニスラフが自己申告すると、アルベルトたちが速攻でレヴェントンを呼んでくれた。

 ついでに部屋で安静にしているよう言いつけられてしまう。そこまで体力が落ちているつもりはなかったが、咳が止まらず仕事に支障をきたす自覚くらいはあった。

「あと、咳をまき散らすのと病気をまき散らすのは一緒だからな。口にタオルでもあてておきなさい」

「はい……げほっ」

 喋っても喋らなくても咳は出る。手ごろなタオルがなかったから、毛布を手繰り寄せて口を覆った。

「うん、できた。これ、朝昼晩と飲みなさい。()せないよう気をつけて」

 スタニスラフは頷いて丸薬を飲む。運よく咳は出なかった。

「じゃ、また診に来るよ。お大事に」

「ありがっ、ごほっ、ほごっ」

 また咳に邪魔された。スタニスラフがせき込んでいる間に、レヴェントンは去って行ってしまった。

 仕方なく、大人しくベッドに横になる。

 だが熱がそれほど高いわけでもない。咳が主な症状というだけで、体の方は健康に近かった。いや咳が出ている時点で健康ではないんだけれども。

 ともかくスタニスラフは時間を持て余した。いつもなら買い物に行ったり、下拵えの手伝いをしたりと忙しい。留守番だって短時間だから退屈しなかった。

 丸一日暇を与えられると、どうしたらいいかわからなかった。

(ちょっと外の様子でも聞いてみるかな)

 ギフトによってスタニスラフの聴覚は人一倍優れているが、石壁の向こうの会話がクリアに聞こえるほどのものではない。それに魔法はよっぽど高等なものでなければ、そこまで繊細な技術ではないのだ。

 精霊の力を借りつつ耳をそばだててみると、早速足音が近付いてきた。

「スタニー、いいー?」

 ノックをしたのはフラヴィだ。でも声がくぐもって聞こえる。

「どうぞ、っごほ」

 返事をすると、ドアが開かれた。

 顔の下半分を布で隠した姿に、一瞬ギョッとする。

「先生からさ、スタニの咳がひどいからタオル持ってってって」

「ああ……。げほっ、ありがと、ございます」

 風邪をうつらせないようにアドバイスしてくれたのだろう。なるほど、多少でも障壁が二つあればうつりにくくなる。机に置かれたタオルの山から、早速一枚口元に巻いた。

「お昼になったら、ごはん持ってくるね」

 フラヴィの言葉に頷いて、彼女を見送る。

 そのまま、ぱたんとベッドに倒れた。

(あー……。暇)

 やることがないというのは、ある意味拷問に近い。スタニスラフは再度精霊の力を借りて、町の声を聴いてみた。

「それでね、うちの主人ったらまた酔っぱらって道を間違えちゃってね……」

「大将! 俺の剣直った?」

「捕まえたー!」

「はい、どーぞ」

 脈絡のない会話の断片が届く。いつもは仕事に集中していたから、こうしてじっくり誰かの声を聴くのは久しぶりだった。

(ああ、そうそう。ここから女将さんたちの素性を知ったんだっけ)

 店で働き始める少し前。魔物の肉を使った変わった料理屋があるとの噂を聞いて、スレンドの町にやってきたのだ。食事は美味しかったし、店も綺麗。殺伐とした雰囲気はない。

 だからこそ逆に気になった。男のアルベルトは厨房にこもりっぱなし。ディアナとフラヴィの二人で店をほとんど回しているようなもの。しかし彼女たちにちょっかいをかける人はいない。いたとしても返り討ちに遭った上で店を追い出されている。

 好奇心が疼いた。

 数日かけて、ギフトと精霊の力を駆使して情報を集める。ヒューマンが多い町だったからエルフは珍しがられたが、のらりくらりと躱した。それくらいの世渡りの術は身につけていた。

 知ったのは、ディアナが魔物肉を調達しているということ。彼女を含めた従業員の全員がこの町の出身ではないこと。

 全員、なにかしらの秘密を抱えているということ。

 俄然興味がわいた。

 ここならきっと、しばらくは退屈しない。

(あの時のみんなの顔は面白かったなあ)

 咳の隙間で笑う。

 閉店後に店に乗り込んだスタニスラフは、面白そうだから働かせてくれと頼んだ。

 ディアナに断られるのは予想済み。だから、面白半分に彼女の正体を予想してみせた。悪食の勇者が消えた時期と、ディアナが店を開いた時期はそう違くない。巨大なナタを振り回す姿を森でしょっちゅう目撃されていた。そこから予想を立てるのは簡単だったのだ。

(殺気をぶつけられた時はびっくりしたけど)

 心臓が勝手に縮むほどの恐怖。それが殺気だと気付いたのは少し後だ。あの時のフラヴィの顔が普段通りだった分、殺気を殺気だと気付けなかった。

「フラヴィ、待って」

 平静を取り戻したディアナが止めていなければ、ひょっとしたらナイフを突き立てられていたかもしれない。

「……いいわ。あなたを雇う。その代わり、その秘密を口外しないで頂戴。働いている中で知った、他のお客さんの情報もよ」

 スタニスラフは承諾した。そもそも秘密(これ)は雇ってもらうための交渉の材料だ。目的が果たされたなら、それ以外に使う道はない。

 それに、給仕の仕事というのはスタニスラフの性に合っていた。話をするのが楽しい。話を聞くのも楽しい。ギフトによって耳に入った内緒話も、誰に言うわけではない。

 そもそも、ここにはかつてのように誰かの秘密や内緒を根掘り葉掘り聞いてくるような奴がいないのだ。兄とか姉とか親戚とか。だから安心して聞き流せる。

(うう……今頃になってホールに立てないダメージが来た)

 仕方ないからうつ伏せになる。なにせ今も咳がしょっちゅう出てくるのだ。それ以外の症状がほとんどない分、厄介である。

(……というかこれ、寝れるのかな?)

 咳で睡眠不足とか笑えない。

 ゲホゲホと止まらない咳に辟易しながら、スタニスラフは時間が経つのを待った。


「お昼にするわよー」

「はーい!」

 精霊が届けてくれた声で、昼時だと知った。

 時を知らせる鐘もあるのだが、部屋にこもっているせいか鐘の音が聞こえなかった。

 と思っていたら、時間差で鐘が鳴った。櫓の緊急性に鳴らされるものとは違う、穏やかな音色だ。

 この鐘を合図に、店では昼食を食べるのだ。

(たぶんそろそろ来てくれる、とは思うけど……)

 咳をしながら思う。

(食べれるかな……?)

 しょっちゅう咳が出るのだ。止めたくても止められない。食べている途中に咳き込んで噎せてしまうかもしれなかった。

(うーん、厄介だ)

 動けないわけじゃないから、机で食べよう。シーツを洗ってもらうのは申し訳ないから。


「スタニー、入るよー」

 ノックの音とともに、フラヴィのくぐもった声がした。

 返事ができないのはわかりきっていたのだろう。こちらが咳き込んでいる間に入ってきた。相変わらずタオルを口元に巻いている。

「はい、ご飯。机に置いといていい?」

 頷く。フラヴィが置いてくれたものを見て、おやと思った。

「ふつ、ので……げほっ、よかったのに」

「病人と言えばライスプディングでしょ? あと、噎せたりのどに詰まったら一大事じゃん」

 それはそう。

「咳以外で症状ってないの?」

「げほっ……熱が、ちょっと」

「じゃあ安静一択だね」

「暇です……げほっ」

「ドンマイ、病人は寝るのが仕事だよ」

 笑顔で言い放って、フラヴィは部屋を後にした。

 と思ったらまたドアが開く。

「あと薬! ちゃんと飲んでよね」

 それだけ言って今度こそドアを閉めて去っていった。

(わかってますよー)

 レヴェントン医師の薬は効くのだ。だからどれだけ子どもが嫌がって暴れようとねじ込まれるし、大の大人でも渋々飲み込む。

(そういえば、女将さんがよくシメリツユを食べさせるから、こっちの稼ぎが減ったって最初の頃に愚痴っていたっけ)

 子どもがしょっちゅう風邪を引くように、大人が二日酔いになるのはよくあることだ。冒険者たちから買い取ったシメリツユを処方すれば、医者にとっていい稼ぎになった。

 今ではそんなことも水に流して、白竜病に効くユリィウスを使った薬の製造と配達に忙しいらしい。

 ベッドから椅子に移って、深皿に盛られたライスプディングをすくう。

「ごほっ、ごほっ」

 少量にしておいてよかった。咳でせっかくの料理が飛び出しそうになるのを、口を抑えてこらえる。

 ひんやりしたスープが嬉しい。そこでようやく熱で参っているのだと自覚した。

 ひとしきり咳を出させた後だと少し落ち着くと気付いた。咳と格闘しながらなんとか食べ終えて、薬も飲む。

(部屋は……出ちゃいけないよなあ)

 退屈だし動けるだけの体力はあるけど、そこらへんの常識は備わっている。

「げほっ……寝よ」

 病人の仕事は寝ること。フラヴィの言ったことを反芻する。

 昼間から寝たら夜に寝られなくなりそうだったが、やることが本当にないので寝るしかない。

(退屈がこんなに苦手だったっけなあ……?)

 かれこれ二百年近く生きているが、退屈だと思った時期なんて数える程度だ。むしろ、退屈だと思ったらその土地を離れて旅をしていた。

(……苦手じゃん。退屈が。思いっきり)

 独特の倒置法になるくらいショックを受けた。完全に無意識の行動だった。

(ならもう、しょうがないか)

 ため息をつく。理解したら後は受け入れるしかない。

 退屈だろうとなんだろうと、病気の身では動けないのだから。


 数時間後、スタニスラフは酒場にひょっこり顔を出す。

「寝てたら咳が収まったんですが――」

「「「レヴェントン先生の診断が下るまで店に顔を出すな!!」」」

 酒場にいた全員から怒られた。

 完治を言い渡されたのは三日後だった。

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