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女将は(推定)S級冒険者  作者: 長久保いずみ


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50/66

50.飛来

祝50話!いつも読んでくださりありがとうございます!

「おいスタニ、スタニはいるか!?」

 食事の仕込みをしていた銀のカナリア亭に、衛兵が飛び込んでくる。

「いますよ? どうしました?」

「ちょっと来てくれ!」

 ひょっこりと顔を出したスタニスラフに、衛兵が焦ったように手招きする。

「ちょっと行ってきます」

「おう」

「いってらっしゃーい」

 首をかしげつつ、スタニスラフは店を出る。

 案内された先は物見(やぐら)だ。他の櫓や防壁の上から、他の兵士たちが空を見上げている。

「あれ、見えるか?」

 衛兵が指さしたのも空。

「……ん?」

 スタニスラフは見上げた先に黒い影を認めた。二つの点が円を描きながらぶつかり合っている。

 その点が小柄なドラゴンのような姿をしていて、スタニスラフは目を見開いた。

「って、ワイバーンじゃないですか!」

「やっぱりそう見えるよな!?」

 衛兵が泣きそうな顔でスタニスラフを見る。

「女将さん、呼んだ方がいい!?」

「無茶言わないでください、あんな高さ届きませんって!」

 愛用のナタを投げれば、あるいはワンチャン届くかもしれない。だが仕留めそこなって反撃されたら、さすがのディアナでも危ない。

「というか、なんでこっちに来ているんですか? あいつらの縄張りって北の山脈でしょう!?」

 ワイバーンは人類の生息圏とは異なる場所で生きている。スレンドの町の近くであれば北の山脈が有名だし、他の地域では地下深くに広がるダンジョンが根城の場合もある。いずれにせよ互いに侵略しないから不干渉状態を貫いてきた。

 それがなぜか町のすぐそばで、同族同士で小競り合いしている。迂闊(うかつ)に首を突っ込んだらこちらの被害が甚大だった。

「それがわかれば苦労しないって!」

 衛兵が半泣きで答えた。

「なあこれどうしたらいい? 落っこちてきたら俺らだけで対処すんの?」

「冒険者でもない僕に振らないでください! それこそギルドに連絡して冒険者や女将さんを呼び戻すくらいしかできないでしょう」

「俺、行ってくる!」

 同じ櫓にいた衛兵が急いで下りていく。

「というか、なんで僕を呼んだんですか」

「いや、魔法使うの一番うまいし、なんとかなるかなーって」

「エルフに対する偏見ですよ、それ!」

 スタニスラフが叫んだ。

 たしかにエルフは他の種族に比べて魔法の扱いは上手い。だがそれはヒューマンにとって人より足が速いとか手先が器用とかいう程度でしかないのだ。何事も使いこなすには練習がいる。

 スタニスラフもその例に漏れなかった。エルフとして必修の四大元素の基礎魔法を習得したら、あとは独学で火や風の魔法を覚えていっただけなのだ。各属性や派閥の体系的な魔法なんて知らないし、殺傷能力の高い攻撃魔法は論外だ。怖くて覚えていない。

「僕にできるのなんて、せいぜい落ちてきたものの軌道を変えられるかどうかですよ!」

「それでもいい! 頼む、ワイバーンが落っこちてきたら本気で町が滅ぶ!」

 衛兵が泣きついた。ワイバーンもドラゴンの一種だ。質量はもちろん、落ちてきた混乱の中で暴れられたら焼け野原になる。

「そんなこと言ったって……!」

「あっ、おい!」

 隣の櫓から声が上がった。

「なんか落ちてきたぞ!!」

 急いで見上げる。

 黒い点が三つに増えている。そのうちの一つが猛スピードでこちらに迫ってきていた。

「す、スタニ!」

「わかっています! ディ・オルロ・ジェアフィ……」

 精霊語で語り掛け、風を集める。落ちてくるものがゆっくりと町の外へ軌道を変えた。ワイバーン二体もそれを追って町から逸れる。

「……え」

 黒い影がはっきりと輪郭を得るまで近付いてくると、スタニスラフは詠唱を止めた。

「へ……」

「子犬……?」

 同じように視認した衛兵たちも呆然とする。

 落ちてきたのは白い犬だった。ところどころが黒く汚れているのは、土か、己の血か。いずれにせよ餌としてワイバーンの片方に連れ去られ、もう片方との奪い合いに巻き込まれたのだ。

 このまま子犬を地面に下ろしても、ワイバーンの餌食となる。それにあんな小さな生き物だけで腹が満たされるとは思えない。次の標的は必然的に自分たちとなる。

 スタニスラフたちの背後で、けたたましい音が鳴った。

「冒険者ギルドより、緊急帰還を命じます。冒険者は速やかに帰還してください――」

 ギルドから、受付嬢の声が拡大されて響く。風魔法の技術だろうか。この声量なら皆が異常に気付いて戻ってくる。

 だが同時に、その音はワイバーンたちにも届いた。ぎろりと鋭い目がこちらを睨む。

 なんとか冒険者たちが戻ってくるまでの時間を稼がなければ!

「…………」

 スタニスラフは目視で、地上と子犬の距離を測った。あと十メートル以上はある。それを追いかける二体のワイバーンのスピードは、子犬よりも速いはず。

「ちょっと集中します。話しかけないでください」

「へ?」

 素っ頓狂な衛兵の声は無視して、スタニスラフは精霊に呼びかけた。

(素人なりの策だし、ぶっつけ本番だから成功の保証はない。……でも、これなら一体くらい戦闘不能にできる)

 子犬に風を纏わせ、落下速度を速める。獲物が離れたことで、ワイバーンたちの速度も上がる。

「おい、スタニ……?」

「まさか……」

 気付いた衛兵たちが固唾を呑む。邪魔をするなと言われた手前、誰も動けない。ここで肩を掴んだりすれば彼の集中力を削がれて、本当に子犬が地面に叩きつけられる。

 地面に衝突するまで、あと五メートル……四……三……二……

(ここ!)

 残り一メートルを切ったところで、伸ばしていた手を手前に引く。それに引っ張られるように、子犬が直角に軌道を変えた。

 ワイバーンたちがギョッとする。慌てて軌道を変えようとして、二体が衝突した。そのままきりもみしながら地面に吸い込まれる。

 ドゴォン! と衝突音が響いた。遅れて巻き上がった土煙がワイバーンたちを隠す。

 その間に、白い子犬は速度を緩めてスタニスラフの腕に納まった。

「……よし、子犬は保護しました」

「よし! ……でもあいつらどうする?」

 衛兵たちの視線はワイバーンがいるだろう土煙に注がれる。ドラゴン系はタフなことで有名だ。純粋なドラゴンよりは劣っても、ワイバーンだってスレンドの森の魔物に比べればもっと強い。

 そこはスタニスラフも微妙な顔になった。

「あわよくば、翼が折れて二体とも空を飛べなくなっていたら嬉しいですね。運が良ければ片方が墜落の衝撃で死んでくれているはず……」

 スタニスラフのそんな期待を吹き飛ばしたのは、風を起こした一対の翼。

 よたよたと立ち上がった二体は、強い殺意を宿した目でこちらを睨んでいた。

「「ギャアアアアアッ!!」」

 二体の咆哮が空気を震わせる。それぞれの口の中から火の粉が溢れた。

「そっ、総員退避ー!!」

 衛兵長の言葉に、衛兵たちが我先にと櫓から降りる。

「スタニ、お前も早く!」

「わかっています! けど……!」

 怒鳴る衛兵に対して、しかしスタニスラフは動けなかった。

「足が……!」

 櫓の足場に縛り付けられたかのように動かない。ワイバーンに睨まれて足がすくんだのだ。

 腕の中の子犬が目を覚ましたのか、もぞもぞと動く。

「きゃう?」

 状況を把握できていないのだろう。あたりを見回してしきりに腕の中から出ようとした。

「ま、待って、まだ出ちゃいけない!」

 それを抑え込むスタニスラフの前では、ワイバーン二体がのっそりと起き上がる。

 なんて頑丈さだ、と舌打ちしそうになった。勢いをつけて落ちてきたというのに、二体とも傷らしい傷は持っていなかった。

 ワイバーンの口の中から火の粉が散る。炎息(ブレス)が来る。直感がさらに恐怖を持ってスタニスラフを縛り付けた。

「しっかりしろ、スタニ!」

 その肩を衛兵が掴んだ。

「おい、ちょっと手伝ってくれ!」

 衛兵が櫓の下に向けて叫ぶ。声に気付いた何人かが駆け寄ってきてくれた。だが今更戻ったところで、果たして間に合うかどうか。

(火で相殺できない。風でだってどこまで軌道を曲げられるか……!)

 明確に死のイメージが脳裏に浮かぶ。

 せめて、せめてこの子だけでも……!

「スーくん!!」

 凛とした声が耳朶を打った。

「両目に火を放って!!」

 意味を理解する前に、体が動いていた。

 やけくそ気味に腕を払う。四つの火花がワイバーンの目を的確に捉える。

 ボンッ、と四つ同時に小さな爆発が起きた。

「「グギャアアアアッ!!」」

 目を潰されたワイバーンたちが仰け反る。口の中に溜まっていた火が掻き消えた。

「女将さん!?」

 声を上げたのは衛兵だ。それに応えるように、巨大なナタが日光を反射する。

 振りあげられたナタは、勢いそのままにワイバーンの首を二つとも切り落とした。鮮血をほとばしらせながら、力を失った体が崩れ落ちる。

「――ふぅ」

 完全に動かなくなったのを見て、ディアナはようやく肩の力を抜いた。

「間に合ってよかったわ。スーくん、大丈夫?」

「……は、ははは」

 スタニスラフはその場にへたり込んだ。

「お、おい、大丈夫か?」

「……腰抜けました」

「くぅーん?」

 それでも手放さなかった子犬は、なにがあったのかわからないような顔で彼を見上げていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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