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女将は(推定)S級冒険者  作者: 長久保いずみ


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47.スパイス&ハーブ

 さて、魔王からスパイスやハーブを譲り受けたディアナだったが、改めてテーブルに並べたそれらを前にして頭を抱えていた。

「あー……。どうしよう」

「決まんないの? どんな料理にするか」

 横からフラヴィやネリーも顔を出す。

「ええ。それぞれの特徴はあいつから聞いたけど、下手に全部混ぜると味が喧嘩しちゃいそうなのよね」

 持ち込まれたのは、プラックペッパー、トウガラシ、クミン、ローリエ、ローズマリーだ。

「こっちのハーブ類は、肉の臭み消しや香り付けとして有効活用できるわ。ブラックペッパーも細かくしちゃえばお肉の下味に使える。でもこの二つは……」

 選り分けられて残ったトウガラシとクミンを前に、ディアナは腕を組む。

「使えないの?」

「使えるわ。きっと。でも加減を間違えたら不味くて食べられなくなる」

 酒場の女将として、それはなんとしても避けたい事態だ。

「おーい、油売ってないでこっちを手伝ってくれ」

「はーい」

 アルベルトに呼ばれ、スパイス類を一度しまう。閉店後の店に来て盗みを働くような輩がいないとは限らない。特に希少品と言われるものがあるなら、普段は出ない泥棒だって出る。

 念のため内側から泥棒よけの結界を張って、地下で魔物肉の処理に行く。

「料理長もスタニも、なにか良いアイデアはない?」

「と、言われてもな……」

「僕もスパイスなんて初めて見ました。しかも量が限られるから、ぶっつけ本番な可能性もあるんでしょう?」

「そうなのよ」

 一番の懸念はそこだ。試作を重ねるあまり、本番で必要な材料が足りなくなったら困る。

 肉を包む作業をしながら、あれこれ会話を続ける。

「いっそ女将さんが一個食べてみて、それから調理法を考えるのはどうです? ブラックペッパーだって食べたからそうだって気付いたんですよね」

「そういえば、女将さんなんでブラックペッパーのこと知ってたの? 初めて見たんでしょ?」

「知識としては知っていたのよ。旅をしていたころにスパイスの仕入れを専門にする商人の護衛をしていたことがあってね。一生に一度とお目にかかれないものだろうからって、ここぞとばかりに聞いていたのよ」

『護衛って、なにをするんです?』

「海賊……海を縄張りにする盗賊の退治だったり、積み荷の上げ下ろしの時に盗まれないよう見張っていたりね。女だからと見くびられていたけれど、盗人をとっ捕まえてあげたらすぐに雇ってくれたわ」

 ディアナは、見た目からは想像できない身体能力で初対面の度肝を抜く。当時もそうしたのだろう。

「ただまあ、もうちょっとちゃんと覚えておけばよかったわ。スパイスなんて縁のない世界だと思っていたから」

「そりゃそうだ。庶民のところにあんな高級品を持ち込む貴族はいない」

「そもそも貴族じゃないですし」

「魔王だもんね」

 五人から忍び笑いが漏れる。

「ねえねえ、あのトウガラシってやつとクミンってやつ、どんな味がするの?」

 フラヴィの問いにディアナは答えた。

「えっと、トウガラシはひたすら辛いんですって。しばらく舌の痺れが取れなくて大変だったって言ってたわ。クミンは……煮込むと独特の風味がして美味しかったって言ってたかしら」

「なら、最初はあまり冒険しない方がいいんじゃないか?」

 アルベルトが手を動かしながら言った。

「トウガラシとクミンを煮込んでスープに。ただし、トウガラシは全部入れずに、まずは一本から。味を見て量を加減すればいい」

「残ったらどうします?」

「辛いもの好きな客に向けて、刻んだものを肉にまぶして焼いてもいいだろう」

「いいわね。明日、試しに作ってみましょう」

 意見がまとまったところで、

 バリバリバリバリバリッ!!

「ほぎゃあああああああっ!!」

 結界が弾く電のような音と、誰かの悲鳴が聞こえた。

 アルベルトが嘆息する。

「……早速馬鹿がきたようだな」

「憲兵に突き出します?」

「先にこっちよ」

 ディアナは粛々と作業を進める。

「終わっても伸びているようなら、憲兵に突き出しましょう」

「賛成」

 一時間ほどで作業は終わった。地上に戻ってもまだ伸びていたから、寝る前に憲兵に突き出しておいた。

 ――ちなみにその後、さらに三回ほど結界が発動する。最初は冒険者たちも飛び起きたが、ディアナたちが「ほっとけ」というので、朝まで無視して寝た。

 日の出前に起きたディアナが確認すると、三人伸びていた。全員憲兵のところに放り込んでおいた。


◆   ◆    ◆


「さあて、ちょっと気合入れてやるわよ、料理長」

「ああ」

 今日使う分の魔物肉を貯蔵庫から取り出して、ディアナとアルベルトは腕まくりをした。

「フラヴィとスーくんとネリーちゃんは、そっちでお昼の準備をお願いね」

「はぁい」

「わかりました」

 かまどの一つに火がつけられ、頼まれた三人が昼食の準備に取り掛かる。

「料理長はブラックペッパーとハーブをお願い」

「わかった」

 魔物肉の水気が拭かれ、適度な厚さに切られる。そこに細かく砕いた塩とブラックペッパーをまぶし、ローズマリーやローリエを散らす。行程そのものは簡単だが、いかんせん量が多い。今日消費する予定の魔物肉の三分の一も使うのだ。

 その間にディアナは大鍋に水を入れ、クミン全量とトウガラシを一本入れる。

「スーくん、火をちょうだい」

「はい」

 かまどに点火される。薪を入れて火加減を調整しながら鍋を煮立たせる。軽く沸騰してきたら火を弱め、軽く味見をする。

「……ふーん」

「どう? 美味しい?」

 肉をスライスしていたフラヴィが訊ねる。

「ちょっと微妙な味ね。鍋を二つに分けるわ。スーくん、もう一個点火」

「はい」

 三つ目のかまどに火がつく。新たに用意した鍋にクミンを半分移し、トウガラシを三本取り出した。すでにある鍋に一本、新たな鍋に二本投入する。

「追加するんですか?」

「ええ。そのままでもピリッとした刺激が来たんだけど、ちょっと中途半端でね。いっそ辛さに振り切った方が美味しそうだと思ったの」

「辛いってどんな感じ?」

「舌が痺れるわね。でも嫌な感じの痺れじゃないの。あと喉にも刺激がくるわね。ちょっとチクチクした感じ」

「う~ん……。想像できない」

「あとで味見させてあげるわ」

「やった!」

 味見は料理人の特権だ。ネリーも気になるようで、レタスを千切る傍らでこちらをチラチラと見ている。

 一煮立ちさせて、再度味見をする。クミンのものだろう、独特の華やかな香りが広がった。やや遅れてトウガラシの辛みが舌や喉を刺激する。体温が上がり、汗が出てきそうだ。

「ああ、よかった。これなら大丈夫だわ」

「女将さん、味見! 味見させて!」

「はいはい」

 すでにスプーンを持って待ち構えていたフラヴィたちに場所を譲る。いそいそと三人がスープをすくった。

「わっ、すごい香り!」

「なるほど、これは刺激的ですね。でも強すぎない」

『おいしい!』

 フラヴィもスタニスラフも目を見開き、ネリーは目を輝かせてメモ帳を見せてきた。

「よかった。これはこのまま夕方まで放置して、最後にお肉と野菜を入れて煮込んでシチューにするわ」

「いいね、楽しみ!」

「賄いとして先に食べてみてもいいですか?」

「いいけど、食べ過ぎないでね?」

「「はーい」」

 軽い返事に一抹の不安を覚えるが、そこはしっかり自分とアルベルトが見張っておけばいいだろう。鍋に蓋をし、薪を崩して消火して、ディアナは顔を上げた。

「料理長、そっちはどう?」

「あらかた終わった」

「そう」

 頷いたら、広場の方で市場を知らせる鐘が鳴った。

「もうそんな時間か」

「料理長、手伝いますよ」

「あたしも! こっちはもう終わったし」

「悪いな、頼む」

 大きなバットに載せられた肉は布巾でカバーをして貯蔵庫に戻す。同じように寝かせておくことで味がなじむのを期待して、余計なことはしない。

「ふう、終わった」

「お疲れ様」

 汚れた手を、ネリーが準備してくれていた桶に突っ込んで洗う。あらかた塩やブラックペッパーを落として、アルベルトは立ち上がった。

「よし、買い出しに行くぞ。ネリーとフラヴィは一緒に来てくれ」

「はーい」

「私もそろそろ行くわね」

「いってらっしゃいませ」

 荷車を押すアルベルトたちに手を振り、ディアナは一人分の包みをリュックに入れ、ナタを手に森へ向かう。

「あ、女将さん!」

 途中、獲物を探しているらしい冒険者たちとすれ違った。

「あら、こんにちは」

「こんちわー。なあなあ女将さん、この間のスパイスの葉っぱってまだある?」

「料理の下拵えに使っちゃったわ。どうしたの?」

「いや、似たような葉っぱがあったんで、見比べたかったんですよ。ほらこれ」

 そう言って彼が差し出したのは、ローリエによく似た葉。だがそもそもローリエも子どもが描いたような葉の形をしているから、一目では同じかどうかなんてわからない。

「へえ、面白いわね。使い終わったものでよかったら、あとで持ってくるわね」

「ありがとうございます!」

 礼を言う冒険者たちと別れて、ディアナも明日の食材を狩りに森を走った。


◆   ◆    ◆


「フラヴィちゃん! 今日のご飯って、例のスパイスが使われてるんでしょ?」

「そうだよー。塩とブラックペッパーで味付けしただけのステーキと、お肉と野菜がゴロゴロ入った辛いスープ! 賄いで先に食べさせてもらったけど、どっちも美味しかったよぉ~」

「えー、食べてみたい! 私ステーキ!」

「じゃあこっちはスープ! シェアしよう!」

「賛成!」

「じゃあ厨房に伝えて来るね~」

 夕方の銀のカナリア亭では、いつにもまして飛ぶように料理が売れた。

 平民の店ではまずお目にかかれないスパイスを使った料理が、今日限定で売られるのだ。元から美味しい料理が、スパイスという未知の調味料でどんなふうに化けるのか。興味をそそられた人は多い。

「おーい、スタニ! こっちはステーキとスープを二個ずつ!」

「かしこまりました」

「ネリーちゃん、スープちょうだい!」

「なあなあ、スパイスのないメシってあるか?」

「あるよー。塩だけのステーキだけどいい?」

「頼む。匂いだけで腹いっぱいになりそうだ」

 もちろん、未知の食材を受け付けない人のための救済策も取ってある。

「おっ、いつもより美味い!?」

「本当だ、なんだろう……とにかく美味い!」

「スープも美味しいよ」

「不思議な香りだね。クセになりそう!」

 ホールからの評判は上々だ。鍋とフライパンをそれぞれ担当しているディアナとアルベルトは、互いに目配せをしてフッと笑う。

「よかった、美味しいって言ってくれて」

「そうだな」

 厨房は死ぬほど忙しいが、お客さんたちの嬉しい声で報われる。

 カンッ、とお玉が鍋底に当たった。

「あら」

 ディアナは鍋の中を覗き込み、ホールへ向かう。

「みなさーん! スープが完売しました! ありがとうございまーす!」

 ホールから、おおーっ! という歓声と、えー、と残念そうな声が上がる。

「すげー!」

「さすがだな」

「マジかー、食べ損ねた……」

「ステーキならあるんだろ? それくれ!」

「わかったわ、ちょっと待っててね」

 鍋を下ろして新しいフライパンを用意する。

「あ、そうだ」

 ふと思い出して、ディアナはバットに張り付いていたローリエの葉をハンカチで包んだ。

「ねえねえ女将さん」

 そこにフラヴィが顔を出す。

「昼間、スパイスのこと喋ってた? なんか葉っぱを見たいとか言ってる人がいるんだけど」

「ええ。ちょうどよかったわ、これを持っていってくれないかしら」

「はぁい」

 フラヴィにハンカチを渡し、ディアナはアルベルトと一緒にステーキを焼く。

 しばらくすると、ホールの方から悲鳴のようなものが聞こえた。

「お、お、お、女将さん! ちょっと来て!」

「料理長、ちょっとお願い!」

「ああ」

 フラヴィの切羽詰まった声に、ディアナが飛び出す。

 案内されたテーブルの上には、先ほどフラヴィに持たせたハンカチが広げられていた。湿った葉と乾いた葉が並べられている。おそらく湿っている方がステーキに使ったもので、乾いているのが森で採取したものだ。

 まるで双子のように、その形はそっくりだった。

「お、女将さん……」

 ディアナを認めた冒険者が、二枚の葉を指さす。

「これ、すげえよ。同じだ。これと同じものが森にある! やったな、女将さん!」

 顔を輝かせる冒険者につられて、周りの客からも声がかかる。

「すごいじゃないか!」

「また美味しいものが食べられるの? やった!」

「なあこれどこに生えてたんだ? 採りに行こうぜ!」

「女将さんも一緒に来るよな!?」

 彼らの言葉に、しかしディアナは腕を組んで考え込む。

「……そうねえ……」

「あれ? 女将さん、嬉しくないの?」

「嬉しいと言えば、嬉しいわ。でもダンジョンか……。これ以上、変なところに目を付けられたくないのよねえ~」

「あっ……聖光教会」

 誰かの呟きに、周りもハッとした。

 銀のカナリア亭には聖女ネリーがいる。彼女の保護をめぐって教会とはひと悶着あったし、この間も一部の過激派が乗り込んできたところだ。

 スパイスは貴族のステータスだし、ハーブも医師の専売特許だ。その両方を併せ持つローリエが今回、ダンジョンで見つかってしまった。どれだけ採っても明日には元通りになる性質を持つダンジョンで自生しているのだ。専門に栽培して卸している業者が泣く日は近い。

 そもそもこの店自体が、庶民の憩いの場という位置づけなのだ。そこで高級品のハーブやスパイスを使った料理を日常的に出していれば、余計なトラブルまで引き寄せる。

 それこそ教会だけでなく、国をも巻き込んだ厄介事に発展する可能性があった。

「……まあ、それはそれとして?」

 テーブルの上のハーブから背を向けて、ディアナは歌うように告げる。

「薬草採取のお仕事ついでに? もしうっかりそういうものも摘んじゃったら? こちらで有効活用してあげないことも? ないことはないかなぁ~?」

 冒険者たちが顔を見合わせる。ゆっくりと、悪戯を思いついたような顔になる。

「そうだな、ハーブもスパイスもそう簡単には見つかんないな」

「薬草採取の仕事も定期的にあるしな」

「うっかり混ざっちまっても仕方ないな」

「葉っぱの特徴って見分けにくいし!」

 わはははは、と笑い声が弾ける。

 ディアナが反転してテーブルを見る。

「じゃ、そういうことだから。それももらっちゃっていい?」

「いいっすよ、どうぞ」

 ハンカチと一緒に乾いたハーブも一緒にもらう。ディアナはそれを手に厨房に戻って、二つともかまどの火にくべた。

「おっ、おいっ……!?」

 驚いたアルベルトに、ディアナは唇の前で人差し指を立てる。

「しー……。大丈夫よ。ハーブなんて貴重なもの、滅多に見つからないし」

「…………」

 その言葉を噛み砕いて、アルベルトは視線を外す。

「なるほど、簡単に見つかれば、貴族も苦労はしない」

「でしょ?」

 焼き上がった肉を皿に盛り、ディアナはホールに呼びかける。

「フラヴィ、ネリーちゃん、お肉運んじゃってー!」

「はーい!」

 一日限定の特別な料理は、大好評のまま終了した。

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