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女将は(推定)S級冒険者  作者: 長久保いずみ


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43.トラブル

 朝、ディアナが宿を出ると、店の看板に鳥が止まっていた。

「あら、おはよう」

「ピピッ」

 ひと鳴きしてディアナの腕に止まったその鳥の背には小さな鞄。首には銀色の小さなメダルがかかっていた。

 この鳥は聖法国が飼っている。首のメダルがその証だ。主に各地の教会と聖法国間での文書を運ぶ役割を担っているが、この鳥は銀のカナリア亭の専属だった。

「いつもご苦労様」

 ディアナはそう言って、鳥が背負っている鞄から一通の封筒を取り出した。鞄の金具が音を立てて閉まる。

「ちょっと待っててね」

 鳥を連れて厨房に向かい、中から硬くなったパンとおろし金を持ってくる。おろし金で荒くパンを削ってやると、鳥はそれを美味しそうについばみ始めた。

 満腹になったら勝手に外へ出ていくので、酒場の扉は開け放っておく。ディアナはその間に、厨房に異変がなかったかを改めて確認して、宿のロビーに戻った。

「聖法国からネリーに手紙」と、日誌に書き記しておく。

 ネリーを連れ去ろうとした聖法国からのアプローチは、ポドロフ枢機卿からの手紙に限定されている。なんでも誘拐事件を機に枢機卿の一部が入れ替わる大仕事があったようだが、詳しいことは知らされていない。ディアナたちも知る気はない。

 聖法国とネリーの繋がりが完全に断たれることを危惧した、あちら側からの妥協点が文通だった。ポドロフが指名されたのも、彼らが乗り込んできた時に一番好印象だったからという理由だ。

 手紙の内容は、ありきたりな日常の一コマがほとんどだ。重要な書類に紅茶をこぼしてしまい大変だったとか、ディアナが魔物を狩りすぎて貯蔵庫がいっぱいになりそうだったとか、そういう微笑ましいエピソードである。ポドロフからの手紙の最後に「聖法国はいつでも歓迎しているよ」とつづられるのも、もはや定型文と化していた。手紙のやり取りが完全に孫と祖父のそれになっている。

「おはよう、ネリー。枢機卿から手紙が来てたわよ」

 冒険者たちがあらかた出ていった後に顔を出したネリーに手紙を渡すのも、日常になっていた。

 ネリーは手紙を受け取ると、それを自分の部屋に持って行く。最初にじっくり一人で読みたいタイプなのだ。

 彼女が戻ってきたので、早速今日の仕事に取り掛かる。

「じゃあスーくん、よろしくね」

「はい」

 今日の洗濯係はスタニスラフだ。ディアナたちはその間に宿の掃除をし、終わったら洗いたてのシーツを一緒に干す。

 酒場の方に顔を出すと、鳥はすでに飛び去った後だった。食べ残しのパンくずと一緒に、昨日の掃除では取り切れなかったゴミを外に掃き出す。

 いつもと変わらない日常だった。

「じゃあ、買い出しに行ってくる」

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃーい」

 昼食を作っているディアナと、お留守番のフラヴィが三人を見送る。

 荷車を遊び場にしていた子どもたちをついでに運んでいっているのだろう。はしゃぐ声が少しずつ遠ざかる。

 ディアナは紐のように薄く細長く切った魔物肉を炒め終えて、コンロからフライパンを外した。傍らに置いていた食パンを適度な厚みに切る。

 イナゴの被害から農家が持ち直し、小麦が以前と変わらずに流通してくれるようになった。おかげでパンを薄くしたり、時には食事からパンを消さなければならないという事態も消えた。

「ねえ女将さん。あたしもパンに挟むの手伝っていい?」

「あら、嬉しい。じゃあパンにバターを薄く塗ってもらおうかしら」

 厨房に入ってきたフラヴィに頼みごとをして、ディアナは人数分のサンドイッチを作るためパンをスライスする。

「助けに参りました、聖女様!」

 場違いなくらい明るくて、同時に切羽詰まったような声が飛び込んできたのは、そんな時だった。

「「はあ?」」

 二人そろって変な声が出る。手を止めて店の入り口を見やれば、少年がドアを大きく開けたところで固まっていた。

 十歳を迎えた頃だろうか。あどけない顔をしている。新品の甲冑が朝日を反射して眩しい。腰には剣を佩いていた。

「……あれ?」

 少年はこてん、と首をかしげた。

「いない? あのー、ここに聖女様がいるんですよね?」

 少年が後ろを向いて誰かに訊ねる。店の壁と逆光のせいでよく見えなかったが、どうやら付き添いがいるらしい。

「どちら様ですか?」

 ディアナはにこやかな笑みを浮かべて少年に近付く。

「当店はただ今準備中です。夕方にまた――」

「おばさん、そういう誤魔化しは通用しないぜ?」

 ディアナに向き直った少年が不敵に笑う。

「ここに聖女様を隠しているのは知っているんだ。手荒な真似はしたくない。今すぐ聖女様を開放しろ」

 言っていることが滅茶苦茶だ。まるでディアナたちがネリーを誘拐し、監禁しているかのような言い草である。

 それ以前に、聖女(ネリー)がこの店にいるという情報自体、聖法国の情報統制で一部の者しか知らされていないはず。目の前に立つ、いかにも貴族の坊ちゃんな少年がなぜ超重要機密を知っているのか。

 少年の後ろに立つ者たちを見る。相変わらず壁やドアの死角に隠れているが、そわそわと浮足立っている気配はごまかせない。風や身じろぎでひらひらと視界に入るのは、聖職者のような裾や高価な布地のマント。

 ――聖法国の聖女派だろう。

 ディアナはそうあたりをつけた。

 聖女派とは、ネリー宛の手紙の中でポドロフが警戒していた一派だ。聖女の強大な力で世界を掌握――もとい救おうとする派閥だ。法王による治世を目指す法王派とは対立関係にあるとも書いてあった。

 中立派のポドロフでは、抑えきれない部分もあっただろうことは想像がつく。彼の隙を突いて乗り込んできたのだ。

 その先頭に立っているのがこの少年というのは、おかしな話ではあるのだが。

 ――と、ここまでの思考を約一秒で展開したディアナは、

「聖女様ですか?」

 口に手を当てて目を丸くした。

「恐れながら、当店にそのような高貴なお方は滞在しておりません。勘違いではありませんか?」

「勘違いなものか! ここにいると調べはついているんだぞ!」

「まあ! 調べられたのなら、なおのこと。ここにいるのはごく普通の人たちばかりです。なぜ聖女様がおられると断言できるのですか?」

 ごく普通、と聞いてフラヴィが一瞬複雑な顔をしたが、誰にも気付かれなかった。

「う、うるさい! とにかく、今すぐ聖女様を開放しろ! でないと――」

「でないと?」

 腰の剣に手を伸ばしかけた少年へ、ディアナが低い声で問う。

「どうするのですか? まさか、その剣で私を斬るつもりじゃないですよね?」

 少年の動きが止まる。図星を刺されたからではない。喉元に剣を突きつけられたような冷たい威圧感に動けなくなった。

「殺人は重罪のはず。死刑一直線ですよ? なのにそれを止めないなんて……。さてはあなたたち、聖法国のふりをしたならず者ですね?」

「馬鹿なことを言うな!」

 壁際に潜んでいた一人が声を荒らげた。

「我々は聖光騎士団だ。そしてこのお方は聖剣に選ばれた勇者であらせられるぞ! 我らは聖女ネリーのお迎えに上がったのだ!」

「ならばなおのこと、事前に連絡を差し上げるのが礼儀というもの。予告なしに押しかければ誘拐犯となんら変わりませんよ」

「なんだと……!」

「それに、いつまで隠れているつもりですか? こんな小さな子供を一人、矢面に立たせるだけなんて……。聖法国はよほど臆病なようですね」

 ディアナの発言で、少年はようやく自分の周りに大人がいないことに気付いた。隣に立ってくれるわけではない。後ろで守ってくれるわけでもない。ただ隠れているだけ。

 急に心細さが襲ってきた。

「安心して、僕」

 ディアナがかがんで少年の目の高さに合わせた。

「あなたを傷つけるつもりはこれっぽっちもないわ。もし剣を向けてきたら反撃ぐらいはしたでしょうけどね」

 その反撃から守ってくれる大人はいない。その事実に少年は立ちすくむだけだった。

「……女将さん」

 ゆっくりと、司祭と思しき男が店に入ってきた。静かに頭を下げる。

「突然の無礼、申し訳なく思う。……しかし、我々には時間がないのです」

 ディアナは司祭の頭頂部を見つめ、問う。

「……理由をお尋ねしても?」

「魔王が復活しました」

 ディアナは目を見開いた。司祭は続ける。

「つい先日のことです。聖女様をこちらで保護されているのは承知の上。ですが、魔王を討ち果たすには、どうしても聖女様の御力が必要なのです」

「…………」

 ディアナは思案する。やり方は乱暴だが、それなりの理由は(彼らなりに)あるようだ。

「魔王……魔王……」

「勇者殿、安心してください。まだここに魔王はいませんよ」

 ぶつぶつ呟き始めた少年に、司祭が駆け寄って囁く。

 しかし、だからといって「はい、そうですか」と頷けるわけがない。彼らにとってネリーの引取りは決定事項になっているようだが、当の本人が拒絶するならディアナたちだって抵抗する。

 そもそも、根本的な疑問が残っていた。

「聖女の力が必要なのは、理解できます。しかし、それとこの少年と、一体なんの関係が?」

「彼は、聖剣に選ばれた勇者であります。かつて魔王を倒したと言われる悪食の勇者と違い、彼は正真正銘、本物でございます」

 司祭の言葉に、ディアナはもう一度少年を見る。

 新品の甲冑。腰に佩いた剣。いでたちは騎士に憧れる子どもだ。店に乗り込んだ時の元気のよさは鳴りを潜め、今は不安げにディアナと司祭を交互に見ている。

「その剣が、聖剣であると?」

「左様です。この者の故郷にほど近い神殿に祀られていたものを、彼が引き抜いたのです。力自慢がどれほど集まろうと、決して抜けなかったと言われていたものです」

「…………」

 これにはディアナも頭を悩ませた。

 というのも、聖剣の逸話は世界各地に点在している。司祭が言うように、大人が束になっても抜けない剣だったり、その一振りで衝撃波を生み出し、魔物の群れを薙ぎ払ったなんて話もある。その奇抜さは聖女にまつわる話といい勝負だ。

 要するに、ディアナは聖剣なんて眉唾物を信じていなかった。

 相手が大人であれば、「じゃあスレンドの森で一晩明かしてみてね」と笑顔で放り込むところだったが、件の勇者が幼い少年となればそうもいかない。かといって冒険者やお付きの騎士たちとの模擬戦も絶対に忖度が生まれる。

 ディアナも戦いたくない。本気を出せば少年が死にかねないからだ。

 頭痛をこらえながら打開策がないか思案する。

「今日は賑やかだな、女将」

 その時、裏口の方から声がした。

 全員がそちらを見やる。

 どこの貴族かと思うほど整った顔立ちの男――魔王が、裏口から堂々と店に入ってきていた。

「……なんでそっちから入ってきたの?」

「そこを塞がれていたのだ。ところで肉が食いたい」

「今は準備時間中よ。あとお取込み中だから出せない」

「……ふむ。ではそこの邪魔な連中を排除すればいいのか?」

「物騒なことを言わないで! あと店内で荒事は御法度!」

 そこまで言って、ディアナはハッとする。素早く魔王に近付いた。

「ねえ、頼みがあるの」

「我に頼み? 珍しいな」

「今すぐはできないけど、叶えてくれたら晩御飯奢るわ」

「乗った」

 交渉成立。二人は硬い握手を交わした。

「して、我はなにをすればいい?」

 魔王の問いに、ディアナは後ろの集団を指さす。

「あいつらを町から追い出して。ただし殺さないでね」

「承った」

 こっそり裏口から逃げたフラヴィは、

「女将さん、めっちゃいい笑顔してた」

 と後に語った。

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