40.生態調査
「今日は同行させていただき、ありがとうございます」
「いいのよ。約束だもの。ブライアンとお付きの方もよろしくね」
「はい、女将さん」
「こちらこそ……」
朝、銀のカナリア亭の裏で合流したのは、ソフィアとその護衛、そして冒険者のブライアンだ。
「私は明日のご飯のために好きに狩るから、ソフィアは怪我しないところで調査をしてもらえると嬉しいわ」
「もちろんです! 地図もありがたいですけど、やっぱり現場を見るのが一番ですからね」
うきうきが隠せないソフィアの手には地図が握られている。隣に立つブライアンが作成したものだ。魔物の詳細な分布図なので、冒険者はもちろんディアナも重宝している。
「それで、女将さん。今日はどちらへ?」
ブライアンが訊ねると、ディアナは答えた。
「今日は南側へ行くわ。できるだけみんなのペースに合わせるから安心して」
その言葉に本当に安心したのはブライアンだけ。ソフィアと護衛は揃って首をかしげていた。
「……ご、ごめんなさい、女将さん……」
「いいのよ。それより足と息は大丈夫?」
「はい……おかげさまで……」
そう答えながら、ソフィアはぜーひゅーと言っている。
彼女は出発して十分と持たずにダウンして、ディアナに負ぶってもらっていた。ディアナにとっては大股程度でも、常人にしてみれば常に軽い駆け足なのだ。そりゃスタミナ切れを起こす。ディアナが背負っていたリュックは護衛に持ってもらい、ナタは彼女が片手で引きずるように持っていた。
「ブライアン、もうあなたのギフトは発動しているの?」
「はい。まだ魔物の群れも遠いです。だから安心してください」
「ありがとう、心強いわ」
ブライアンのギフトは気配特化型の魔法だ。自分や周囲の気配を完全に遮断できるし、逆に自分以外の気配を探知することもできる。ソフィアの調査においても、これだけ安心できる人材はないだろう。
「あら」
ディアナが立ち止まる。
「見て,ボアボアの親子よ」
ナタを持っている手で指し示した先には、こちらに気付かずのんびりと歩くボアボア親子の一団だった。親らしき大型の個体が二体と、子どもらしき固体が七体。親が警戒しながら草を食み、その周りで子どものウリボアたちは同じように食事をしたり、子ども同士でじゃれあったりしていた。
「まあ」
ぐったりしていたソフィアが目を輝かせる。
「可愛らしいですね」
「ええ」
「女将さん、降りていいですか?」
「ええ」
ディアナから降りたソフィアは、鞄から紙束とペンを取り出してその様子をスケッチする。たまに余白へなにかを殴り書きしていた。
ものの数分で、草地でくつろぐボアボア親子が描き上がった。
「すごい、上手だわ」
「自分でスケッチできると、その分コストを削減できますからね。あと、私自身の見た印象っていうのが強く出るし」
「なるほどねえ」
ディアナにとって、ボアボアをはじめとした魔物たちは食糧だ。冒険者たちにしてみれば、日々の糧であり人類を脅かす敵対者。
だがソフィアが描いたボアボアの親子は、敵意も悪意もない穏やかな姿をしていた。冒険者たちの介入がなければ、自然の摂理に沿って穏やかに生涯を終えられると錯覚してしまいそうなほど。
「……ねえ、ソフィアはどうして魔物の研究者になったのか、聞いてもいい?」
「簡単ですよ。魔物のことをもっと知りたいからです」
ソフィアは即答した。
「みんな、魔物のことを怖がるくせに、怖いってだけでよく知らないんですよね。どんなふうに怖いのか訊ねてみたら、『魔物だから』って言うんですよ? 怖がるにしても、どこのなにが怖いのかが少しでもはっきりしたら、私はすっきりするんですよね」
「ちなみに聞くけど、あなたは魔物が怖くないの?」
「全然」
にぱっとソフィアは答えた。
「言葉が通じないし、敵とみなしたら襲ってくるし、そりゃ命の危険は数え切れないくらい経験しましたけど。それで魔物が怖いと思ったことはありませんね。むしろ、彼らがどういう風にものを考えているのか知りたいです」
「そう」
その感性は、ディアナにはわからないものだった。
魔物は人類を襲う。だから人類は魔物を狩る。自分たちが生まれる以前から繰り返されてきた摂理だ。魔物メシを作る今でも、それを疑ったことはなかった。
「あ、またボアボアだ」
ソフィアが声を上げる。
森の奥地から別のボアボアの一家が顔を出した。すわ一触即発かと思ったら、双方の親はフゴフゴと鳴いて場所を譲り合っている。ウリボアたちは増えた仲間と遊び始め、あっという間に団子状態になった。
「可愛いなあ~」
と言いながらソフィアはさらにもう一枚スケッチする。後ろで護衛の男とブライアンが「可愛い……?」と顔を見合わせていた。
「なるほど、一口サイズのハンバーグというのもアリね」
隣ではディアナが新しい料理のアイデアを呟いている。団子状態のウリボアに注がれている視線に、男たちが二度見した。
「じゃあソフィア、私は狩りに行くわね」
「はい。……え」
ソフィアがスケッチの手を止めてディアナを見た。
「もしかして、あの親子を狩るんですか?」
「あなたの研究対象を狩らないわよ。それだけの理性は持っているわ。ちょっとお店に戻ったら、この近くで明日のご飯を調達してくるわね。お昼ご飯も各自でよかったわよね?」
「はい」
ディアナに訊ねられ、ブライアンが慌てて頷く。
「じゃあ、帰りにまたこの付近で集合でいいかしら」
「ええ。できるだけここから離れません」
離れないようにソフィアを見張っておく、と続きが聞こえた気がした。ディアナは笑って頷く。
「じゃあまた、夕方にね」
ディアナは踵を返し、三歩ほど歩いたところで振り返った。
「あ、そうそう。あそこにトレントが三体くらいいるから、気をつけてね」
彼女が指さしたのは、ソフィアたちの左手にある木々。三人が唖然としている間に、ディアナはさっさと行ってしまった。
「…………。気付いていました?」
護衛の男がブライアンに訊ねる。
「…………。全然。今、探知をかけて気付きました」
ブライアンが冷や汗を流しながら答える。
「あー、だからボアボアさんたち、あっちに近付かなかったんですね」
ソフィアが呑気にひとりごちる。
ボアボアの一団はしばらく、のんびりと日向ぼっこをしていた。
◆ ◆ ◆
「学者さん、調査ははかどってる感じ?」
「ええ、おかげさまで。あ、この小さなハンバーグ、美味しいですね」
「女将さんのアイデアなんだ。急に帰ってきてびっくりしたけどね」
夕方の銀のカナリア亭の一角で、フラヴィとソフィアが言葉を交わす。
「その女将さんは?」
「厨房。ハンバーグ量産中なんだ」
フラヴィが指さした厨房では、アルベルトの陰に隠れてディアナが作業していた。
今日のメニューはボアボアのハンバーグだ。いつものように手の平より大きな楕円形で作るのではなく、一口サイズのハンバーグを好きな数だけ注文するスタイルを取った。数とお値段は比例するが、たくさん食べたい人や小食な人など、おおむね好評だ。
フォークで刺しただけで肉汁が溢れる。一口で食べればお肉と肉汁で口の中がいっぱいになった。わざと二口くらいに分けて食べると、肉汁が少なくなる分お肉の食感をよりはっきり味わえる。軟骨やスジらしき硬めの食感がクセになりそうだった。
「ネリーちゃん、ハンバーグおかわり! ちっちゃいの三個!」
「俺五個追加!」
「マジで? 食べきれるの?」
「パンがねえんだもん、数食わなきゃ体が持たねえって!」
酒場のそこかしこで、注文が入ったり雑談が飛び込んでくる。
「フラヴィちゃん、いいー?」
「はぁい。じゃ、失礼しますね」
フラヴィは一礼してソフィアから離れた。ソフィアは、自分のテーブルにある手つかずのパンを見やる。
「…………。やっぱり、小麦の影響はここにもあるんですね」
「でしょうね」
護衛の男は面倒くさそうに相槌を打った。
ソフィアは学者だ。領地経営は専門外である。それでも、イナゴの被害によって小麦不足にあえぐ領民の姿を、同行している間に嫌というほど見てきた。
少ない小麦を奪い合う村人たちを見てきた。両手にすくう程度の小麦を差し出して、税の免除を訴える人を見てきた。
監査官であるアウグストは、それを淡々と書類に書き起こしていた。胸ぐらを掴まれ、泣き付かれ、罵倒されようと、領民の前でその表情が崩れることはなかった。
表情が変わるのは、彼が眠る時だけ。苦しそうな顔をしてうなされるアウグストを毎晩のように見た。
それほどまでに辛い仕事なら、辞めてしまえばいいのでは。一度だけ、ソフィアは彼にそう進言した。だがアウグストは
「誰かがやらなきゃいけない仕事なのは、変わりありませんよ。たまたま自分が生まれた家が監査官の仕事をしていたというだけです」
と言ってはぐらかした。
理屈ではわかっている。アウグストが、おそらく他の監査官よりもずっと優しい性格であることも。
学者の道を志し、不自由することなく生きてこれたソフィアにとって、それは人生観にヒビを入れるほどの衝撃だった。
(力になりたいなあ)
そう思っても、自分は魔物の生態を調査するだけの学者。畑が違い過ぎる。
(畑――)
ソフィアの脳裏に、荒れた畑が甦る。アウグストの調査に同行した際に見たものだ。
それを、金色の稲穂で埋め尽くしてみる。向こう一年を生きるための糧が広がる。
イナゴという突発的な大災害は、バラカルニ地方だけでなく様々な国と地域にも被害をもたらしていると聞いている。その全容が明らかになるには、おそらくあと数年はかかる。
それまでの間に、何人死んでしまうだろうか。村がいくつ滅びてしまうのだろうか。
今すぐ小麦が流通されなければ、元に戻るまで何年も時間がかかる。
この街だって、小麦以外でも野菜や動物の飼料などで被害をこうむっている。病気や飢えは時間の問題だった。
(時間――そう。時間。あっという間に小麦や野菜が生るような魔法があれば……)
たとえば、ダンジョンのように。
「――!!」
天啓だった。
「あの、アウグストさんって今、町長の家にいますかね?」
ソフィアは護衛の男に訊ねた。男は唐突な問いに面食らった顔をしたが、すぐに表情を取り繕う。
「監査官殿はすでに近隣の村へ向かっていますよ。追いかけるんですか?」
「いいえ。……そうですか」
ソフィアは首を振った。テーブルの上に残っていたハンバーグを食べる。
(まあ、言ったところですんなり案が通るとは思っていないけど)
やらずに飢え死にを待つなんて、ソフィアの性分ではない。
(でも実験はしたいな。小麦は無理だろうから、野菜の種をどっかから……それこそ厨房から貰ったりとか)
ちらと、厨房を見やる。相変わらずハンバーグを量産する動きは止まらないようだ。
「あ、ねえねえ。ちょっといいですか?」
前を横切ったネリーを捕まえる。
「食事の記録を取る一環で、野菜の種を採取しているんです。一個でいいので貰うことって出来ますか?」
ネリーは不思議そうな顔をしていたが、「確認してみます」とメモを見せて厨房に引っ込んだ。少しして戻ってきた。
『種、ありませんでした』
「そうですか。ありがとうございます。気にしないでください」
お礼を言って考える。今日のハンバーグの付け合わせは、ジャガイモとタマネギだった。種がなくて当たり前だ。
土の上で生る野菜類は全滅したとみていいだろう。ならば、今度はどこかから種イモや球根を調達する必要がある。
(ってなると、農家さんだよねえ……。さすがに農家まで行ったらフィールドワークの範囲外だ。怪しまれるし止められるし怒られる)
難しい顔をしながら、ソフィアは粛々と料理を平らげた。ワイン水で口の中をさっぱりさせたら、当面の方針は固まっていた。
(よし、森の中で野菜を探そう!)
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