35.招かれざる客2
「いらっしゃい。あら――」
「魔物の肉を出す店ってのはここか?」
はじめまして? とディアナが訊ねるより前に、相手が訊ねた。
一瞬で店内の空気が張り詰める。
「……ええ、そうよ」
ディアナが笑顔を張り付けて頷いた。
「へえ、本当にあるんだな」
相手が大袈裟に肩をすくめる。二人組の男だ。身なりからして冒険者だろうか。
「誰だ?」
「さあ?」
「新参じゃね?」
冒険者たちが小声でささやき合う。
暮らしが気に入ればその街に長くとどまるし、肌に合わなければ別の街に行く。冒険者たちは概してそういう生き物だ。この男たちもどこかから流れてきたのだろう。
「お好きなテーブルへどうぞ」
「なんだ、案内してくれねえのか?」
「気が利かねえな」
文句を言いながら男たちは空いたテーブルへ向かう。
「フラヴィちゃん、注文いい?」
「ネリーちゃーん、こっちいいかなー?」
常連客たちがフラヴィとネリーを男たちのテーブルから引き離す。ディアナたちは内心でグッジョブを送った。ああいういかにも素行が悪そうな客には、女性を近付けさせないのが一番である。
「いらっしゃいませ」
笑顔を張り付けたスタニスラフが、男たちに対応する。
「当店は仕入れた肉によってメニューが変わります。本日のおすすめはコカトリスの半身揚げです。いかがしますか?」
「なら、それをもらおうかな」
「俺も」
「かしこまりました」
スタニスラフが慇懃に礼をして厨房に伝えに行く。
二人組の男がさっそく、声も潜めずに言葉を交わす。
「なかなか賑やかだな」
「ああ。魔物の肉っつーからどんなゲテモノかと思ったが、見た感じ普通の料理だしな」
「実は騙されてんじゃねえの? 魔物の肉とか言って、普通の肉料理とか」
「そんなメリットどこにあんだよ? むしろ逆だろ?」
「あ、そっか」
おかしそうに二人は声を上げて笑う。周りが耳をそばだてていることにまったく気付いていない。
「よう、ねーちゃん。あとで酒持ってきてくれねーか?」
「かしこまりましたー」
フラヴィがそちらを見ずに通り過ぎる。ネリーは大回りして厨房に戻った。
厨房でフラヴィが舌打ちする。ホールに聞こえないよう小声で言った。
「さいっあく。あいつらお尻触ってきた」
「なに?」
アルベルトの手が一瞬止まる。ネリーが「大丈夫?」と読唇術で訊ねてくる。
「どうせあとちょっとで出禁判定下るでしょ。それまで我慢よ」
「追い出す段になったら、そこの欠けているカップや皿を遠慮なく投げていいからな」
「やった」
フラヴィがガッツポーズをする。店の奥には、処分に迷っている欠けた食器が雑に積まれている場所があるのだ。
アルベルトが手際よく大きな半身を皿に載せる。
「できたぞ。フラヴィとネリーはあっちのテーブルに酒を持ってってくれ。こいつは女将さんとスタニに持って行かせる」
「わかった」
フラヴィとネリーが、それぞれお酒が入ったジョッキを持ってホールに出る。入れ違いにディアナとスタニがやってきた。
「女将さん、次で追い出してくれ」
「わかったわ」
入店して数分で、マナーの悪さは早速露呈している。よくあれでC級の冒険者になれたものだ。あるいは、町を狙う盗賊団の斥候かもしれない。
いずれにせよ、長居させるつもりはない。
「お待たせいたしました。コカトリスの半身揚げです」
「おっ、これがか!」
男二人組が目を輝かせた。
「本当にこれがコカトリスなのか?」
「ええ。毎日、近くの森で狩りをして調達しています」
「コカトリスって、尾の魔物に毒があるんだろ? 大丈夫なのか?」
「ご安心を。毒を持つ尾は森で斬り落としてあります。当店で使用するのは鶏の部分のみです」
スタニスラフが淀みなく答える。さも自分が狩ってきましたと言う顔をしているから、事実を知っている周りは笑いをかみ殺すのに必死だった。
「へー」
「どうぞ、お熱いうちにお召し上がりください」
「じゃ、遠慮なく」
二人がコカトリスにかぶりつく。
目がさらに輝いた。
「えっ、なにこれ!?」
「うっま! 今まで食べた奴で一番美味い!」
先ほどまでの態度の悪さはどこへ行ったのか、一心不乱に食べ進める。
冒険者たちも、ホッとしたように自分たちの料理に集中する。
「やっぱうめえよな、ここの料理は」
「ああ。女将さんと料理長が魔法をかけてるって噂は伊達じゃねえよな」
「そんな噂あったのか?」
「前にな。あんまりにも美味いもんだから、よそのおやっさんが偵察に来てた」
「で、盗めたのか?」
「ぜんっぜん! 女将さんからレシピを聞いて、試しに魔物肉を扱ってみたけど、味がまるで違うんだよ」
「今でも頑張って対抗してる店はあるけど、やっぱりこの店には敵わないんだよなあ」
「へー」
しばらく二人組は、食べるのに夢中で特にアクションを起こさなかった。ディアナとスタニスラフがそちらへの警戒をしつつ接客にあたる。
「女将さん、サラダある?」
「あるわよ。追加注文する?」
「おねがーい」
「フラヴィちゃん、おかわりー!」
「またー? 二日酔いするよー?」
「ネリーちゃん、ネリーちゃん。これ美味しいよ? 食べる?」
「はいはい、従業員はちゃんと賄いがあるから食べさせないで」
「えー」
「女将さん、そんな殺生なー」
いつもの銀のカナリア亭が戻ってくる。
魔物メシに舌鼓を打ち、酒でのどを潤し、仕事の失敗も成功も笑い話に変えていく。
「あー、食った食った」
「美味かったな、魔物肉」
二人組が完食したタイミングで、その空気がまた緩やかに張りつめていく。
「お嬢ちゃーん、おあいそー」
「はーい」
やれやれ、と思いながらフラヴィが近付く。周囲ではさりげなくディアナやスタニスラフが対角線上に立った。狼藉を働いてきた時にいつでも飛び出せる位置だ。
「コカトリスの半身揚げが二人前で、お代は銀貨二枚になります」
「あいよ」
ちゃりん、とテーブルの上に投げ捨てるように銀貨が転がる。それを叩きつけるように受け止めて、
「なあ嬢ちゃん」
その手が押さえつけられる。
「ちょっと大人しくしてな」
視界の端でナイフが煌めいた。
「ぐっ」
太い腕が首に回される。一瞬の息苦しさで呻いた。
「てめえらそこを動くな!」
男のがなり声が店内に響いた。
「動くとこいつの命はねえぞ!」
眼前にナイフを突きつけられたフラヴィに、常連客から悲鳴が上がる。
「フラヴィちゃん!」
「てめえら卑怯だぞ!」
「聞こえなかったのか?」
フラヴィを人質に取る男が、彼女の目の下にナイフを押し付ける。血が赤い玉となって膨れ上がり、やがて弾けて頬を伝った。
身を乗り出しかけた冒険者たちが、ぐっと立ち止まる。
「おい、店の有り金ぜんぶ持ってこいや」
もう片方の身軽な男が、手にしたナイフをディアナに突き付けて言った。
ディアナは真顔で男とナイフを交互に見つめる。ちらとフラヴィを一瞥すると、スタニスラフへ視線を向けた。
「スーくん、衛兵は?」
「あと五分ほどで着きますよ」
スタニスラフの冷静な声に動揺したのは二人組の方だ。
「なっ、は!?」
「いつの間に……!?」
フラヴィを人質に取っている男の手が掴まれる。
「え」
ごきん、と音がして、ナイフを持つ手の甲が腕にくっついた。
「いっ、ぎゃ――!」
さらにごきん、と音がする。反対側の手も同じように手の甲と腕がくっついた。
「うっわ」
「ぎゃああああっ!!」
ドン引きする冒険者たちの前で男が崩れ落ちる。
「え、おい……!」
なにが起こったのか理解できなかったもう一人の男が相方を見る。そのこめかみに向かって
「ふっ!」
綺麗な左フックをディアナが見舞った。
強烈な脳震盪を食らった男が昏倒する。
「はい、スーくん、ロープ」
「ありがとうございます」
ディアナが投げ渡したロープをスタニスラフが受け取り、二人をぐるぐるに縛り上げる。
「こいつら、どこに置いときます?」
「詰所まで運びましょう。フラヴィ、怪我は大丈夫?」
「ちょっと痛かったですけど、まあ大丈夫です」
「いや、目の下だろ!? 大丈夫じゃないって!」
「ヒーラー! ヒーラーはいるか!?」
冒険者の中からヒーラーが引っ張り出され、フラヴィの治療に当たる。
「ありがとう、お酒代をちょっとサービスしてあげるね」
「いいわよ。フラヴィちゃんも、大きな怪我がなくてよかったわ」
「うん。……えーっと、ネリー? 大丈夫だから。しがみつかないで」
フラヴィが困ったように言うが、成り行きを見守っていたネリーは首を横に振って離れようとしない。
「ネリーちゃん、しばらくフラヴィが無茶しないように見張ってて」
「女将さんまで!?」
「だってフラヴィ、女将さんほどではないけど無茶しようとするじゃん」
「うぐ」
「ちょうどいいから、二人とも賄いを食べていなさい」
アルベルトが手招きして、フラヴィがしぶしぶ厨房に入る。いつもよりちょっと早い賄いの時間に、ネリーの方はスキップしていた。
「フラヴィちゃん、ネリーちゃん」
先ほどフラヴィを治療したヒーラーが手を振る。
「こっちで一緒にご飯食べない?」
「賄いだったらいいでしょ?」
冒険者たちの誘いに、アルベルトがディアナを見る。
「いいわよ。こんな騒ぎになっちゃったし、ご飯のシェアも大目に見るわ」
「やった!」
冒険者のグループがハイタッチした。
「じゃ、私はこいつらを詰所に突き出してくるわ」
縛り上げられた二人組の首根っこを掴んで、ディアナが店を出る。
「スタニ、しばらくホールを任せたぞ」
「わかりました」
アルベルトに頷いて、スタニスラフはホールを回りに向かった。
厨房から賄いセットを持ってホールに戻ってきたフラヴィたちは、冒険者たちの輪に加わる。今日は野菜と肉がたっぷり入ったスープとパンのセットだ。
「もう痛くない? 大丈夫?」
「うん、ぜんぜんヘーキ」
「よかったあ。どうなることかと思ったもん」
「ねえ、さっきのごきん、てやった奴、どうやったの?」
「どうって、こう、えいやってしただけ」
「それがなかなか難しいのよね……」
「ねえねえ、誰か実験台になってくれない? すぐに治すからさ」
「「「遠慮します!」」」
周りの冒険者たちが、打ち合わせなしで唱和した。息が合いすぎる拒絶にけらけらと笑い声が起こる。
「そんなに拒否んなくったっていいじゃん」
「男って意外と軟弱ねえ」
あれこれつまみながら好き勝手に言う。
ネリーがメモに書いてフラヴィに見せた。
『私も習いたい』
「えー……。まあ、護身術の範囲だったら、いいかな?」
『さっきのは?』
「あれはコツがいるのよ。ネリーでもできる護身術、考えておくから」
『ありがとう!』
ネリーが満面の笑みを浮かべる。
メモを横から覗き込んだ冒険者が口を開く。
「ねえ、フラヴィちゃん。私たちも習っていい?」
「えっ」
「あたしも! たまに女ってだけでこっちに絡んでくる奴がいるからさ」
「覚えといて損はないと思うんだよ」
「みんな強いじゃん。ダメなの?」
「ダメ。どれだけ強くても男ってのは女を下に見る奴がいるからさ」
「ちゃんと対抗できるってだけでも心の支えになるんだよね」
うんうんと冒険者たちが頷く。周りの冒険者たちが気まずそうに背中を向け始めた。わかりやすい連中である。
「じゃあ、朝の早い時間帯でもいい?」
「もちろん!」
「依頼書を取っておけば横取りされる心配もないもんね」
「日取りが決まったらまた教えてね!」
「……ん、わかった」
――数日後、毎朝護身術の練習をするフラヴィや女性冒険者たちを見かけるようになった。それを見た町の女性たちも教えを請うようになり、治安がちょっとだけ向上したとか。
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