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女将は(推定)S級冒険者  作者: 長久保いずみ


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34/66

34.酒は飲んでも呑まれるな

「おーい、誰かいるー?」

 朝早い銀のカナリア亭に、誰かが呼びかけた。

 ネリーがドアを開ける。

「お、ネリーちゃんか。女将さんは? ……ああ、今手が離せない感じ? じゃあこれ、渡しといてくれるかな? 一緒に手紙もあるからさ。見せればわかるよ。じゃあね」

 カウンターで成り行きを見守っていた一同は、ネリーがなにかを抱えて戻ってきたことに安堵する。いつぞやの誘拐犯のような輩が出たら、料理そっちのけで大捕り物に発展していた。

「おかえり。誰だったの?」

「見た感じ、『頂の牡牛亭』の店主のようでしたよ」

「……おい」

 アルベルトが険しい顔をする。

「これ、酒だぞ」

「「えっ」」

 フラヴィとスタニスラフが固まった。

 ディアナが首をかしげる。

「あらー。この間の一件、根に持たれたかしら?」

「十中八九それだな」

 ネリーの手から贈り物を受け取ったアルベルトがため息をつく。

 一抱えもある樽のふたを開けると、アルコールの芳醇な香りが漂った。

「おお、上物の香り」

「普通に店で出したら銀貨数枚はかかりそうですね」

 香りを嗅いだフラヴィとスタニスラフがそれぞれ感想を言う。

 身を乗り出してお酒の匂いを嗅いだネリーが、鼻を抑えて顔をしかめた。

「ああ、ネリーはお酒ダメでしたか」

「店で提供したり、料理酒にして消費しよう。女将さん、くれぐれも飲むなよ」

「わかってるわよお」

 肉と野菜を一緒に炒めながらディアナが答える。

『女将さん、お酒飲めない?』

 ネリーがメモに書いて訊ねる。

「飲めないというか……飲んだら豹変する」

「残念なことに記憶がないのよねえ」

 呑気に答えるディアナに対し、アルベルトたち三人は苦いものを噛んだり疲れたような顔をする。

「料理長、試飲してもいい?」

「僕もお願いします」

「わかった」

 フラヴィがいそいそと持ってきた小さなカップに、それぞれ少しずつ注ぎ入れる。

「いただきまーす」

「いただきます」

 軽くカップを掲げて二人が一息で飲む。

「うっわ、強っ!」

「強いですね……。料理長、これ加減しないとすぐに火事になりますよ」

「そんなにか」

「お酒としても提供できない感じ?」

「水で薄めればどうにか、ですね。強い人でもジョッキは無理です。水のカップでも引っ繰り返りますよ」

「まあまあ。奮発したわねえ」

 ディアナが目を丸くする。ネリーもしげしげと酒樽を見つめた。

「わけわかんない、って顔してるね。ネリー」

 フラヴィの指摘にネリーは頷く。ディアナがお酒を飲めなくても、ここは酒場だ。同業者に塩を送るような真似をして、どんな嫌がらせになるのだろうか。

「女将さん、食べ物への好奇心は人一倍あるからさ。珍しい食材には目がないんだよね。その一環でこのお酒を飲んじゃったら……醜態を晒す可能性があるでしょ?」

 彼女が言わんとしていることが分かった。つまりディアナを通じた銀のカナリア亭へのイメージダウンを狙っているのだ。やっていることが回りくどくて閉口する。

「ちなみに、店に直接嫌がらせをしたら女将さんが直々に乗り込んで成敗したことがある」

 アルベルトが小声で教えてくれて、ネリーは大いに納得した。なるほど直接痛い目を見たことがあるから、こんな小技しか使えなくなったのか。

「まあ、この間の村の救助で町を巻き込んだからね。嫌がらせの一品にしては上等でしょ」

 酒樽のふたを閉めたフラヴィが言った。

「いいじゃないの。繋がりっていうのはあるに越したことはないんだし」

 飄々と言いながら、ディアナはかまどからフライパンを下ろした。

「定期的に冒険者のみんなに巡回してもらっているけど、あれ以来魔物も来ていないみたいだし、畑も順調だって話よ」

「その巡回費用もこちらが出しているんですよね。女将さん、お人よしが過ぎませんか?」

「そう?」

 ディアナは首をかしげた。

「偶然、拾えたSOSがあったから、それに対処しただけよ。みんなもなんだかんだ言って協力してくれたし。畑が持ち直せたら、物品払いでうちや町のパン屋さんに卸してもらう約束だし。まあ、何件も続くようならちょっと考えるんだけどね」

 そうそうあってたまるか、とアルベルトたちは内心で突っ込んだ。なんとか自力で辿り着ける距離だったというのも今回は大きい。遠方からの救援要請なんてそもそも届いた時点でどれほど生き残っているか。さすがにそれはディアナも断るだろう。彼女自身も、自分の手が届く範囲というのをきちんとわかっている人だ。

 からんからん、と市場が開く合図が鳴る。

「時間か。フラヴィ、スタニ、どちらか行けそうか?」

「ごめん、あたしパス」

 フラヴィが力なく手を振った。

「あらあら。けっこう強いのね。お水いる?」

「お願い……」

「フラヴィはそのまま休んでいなさい。スタニ、ネリー、行くぞ」

「はい」

「いってらっしゃい」

 スタニスラフとネリーが頷いて、三人は市場へと向かう。

「……それにしても、そこそこお酒が強いフラヴィちゃんが酔っちゃうくらい強いお酒なんて、本当に珍しいわね」

「女将さあん、今止められる人がいないんだからやめてよねえ……」

 しげしげと酒樽を見つめるディアナに、カウンターに突っ伏したフラヴィが釘をさす。

「わかってるわよ」

「それより、今日のお昼なにー?」

「今日はお肉と野菜を炒めたものをサンドイッチにするわ。隠し味はコジマソースよ」

「やったー」

 フラヴィが嬉しそうな声を上げる。気だるそうなのは、やはり酒に酔ったせいか。

 しきりに酒樽を気にするディアナの視界から隠すため、フラヴィは酒樽を抱え込んだ。

「あ、フラヴィちゃんずるい」

「ずるくないー。女将さん狩りに行けなくなったらどうするのー?」

「うう……」


◆   ◆    ◆


 夕方、酒場を開く前には、フラヴィの調子も回復した。

「へー! そんなに強い酒もらったの?」

「そう。よかったら飲んでみる? サービスで銀貨一枚」

「マジ? ちょうだい!」

「俺も俺も!」

 スタニスラフほどではないが、フラヴィも口がうまい。酒樽に入っていた酒があっという間に減っていく。

「うっわ、強い!」

「なんだこれ!?」

「うおー、頭にくるー……」

「おーい、しっかりしろー」

 珍しい酒を飲んだ冒険者たちが口々に感想を言う。それに感心する者、ツッコミを入れる者、心配する者と様々だ。

 厨房では、アルベルトがスプーンで垂らす程度の酒を入れて肉に香りを移している。横にはカップ一杯ほどの酒が置かれている。フライパンを傾けて酒に火を近づければ、魔法のように一瞬だけアルコールが燃える。

「おおー!」

 それを間近で見ているカウンター席の客から拍手が起こった。

「料理長、それちょうだい!」

「おう」

「次、俺な!」

「俺も!」

「わかったわかった、順番だ」

 子供をなだめるような口調になったが、客もすでに酒が入っているので誰も気にしなかった。

「お酒の効果ってばすごいわねえ」

 ディアナが感心したように言った。

「あ、料理長。これ飲んでもいい?」

「ん? いいぞ」

 横に置いておいたキッチンドリンカー用の水だろう。そう思って頷いたアルベルトは、次の瞬間かすめ取られたものを二度見する。

 スプーンが入ったカップ。それを景気よく煽るディアナ。

「女将さん、それお酒!!」

 普段は出ない大声に、酒場がぎょっとした。

 アルベルトの叫びの意味に気付いたのは、フラヴィたち従業員を含めて約半数。残りはきょとんと「料理長ってあんな大声でるんだー」と思っていた。

 アルベルトの叫びに気付いていないのか、ごくごくとディアナの喉が鳴る。高い度数の酒が一気に彼女の体内に回る。

「……ん~?」

 カップから口を離したディアナは、とろんと顔を緩ませた。

「なぁに~、料理長~? 聞こえなかった~」

 ほんのり赤みが差した頬。それだけなら「ちょっと酔ったかな?」程度に見えるだろう。

 だが、それこそがディアナが泥酔している証拠だった。

「女将さんが持っているそれ、酒だったんだ。こちらに渡しなさい」

 フライパンを火から遠ざけて、アルベルトが手を伸ばす。ディアナはすでに空になっているだろうカップを自分の腕に抱き込んだ。

「いや」

「嫌じゃない。返しなさい」

「い~や~!」

 間延びした声で拒否し、ディアナはホールに飛び出す。近くで固まっていたフラヴィの後ろに隠れた。

「フラヴィちゃあ~ん。料理長がいぢめる~」

「あー、うん。そうだねー」

 フラヴィが棒読みで返す。冷や汗がだらだら流れていることに、ディアナだけが気付かない。

「女将さん、今日顔赤いよ? 熱でもあるの?」

「そ~お? 私はいたって元気よお~」

 にこにこ。へらへら。

 やたら距離が近いことと、言動がちょっとおかしいことを除けば、いつものディアナに見えなくもない。

「な、なあ、女将さん酔っちゃったの?」

 冒険者が近くの仲間に小声で訊ねる。彼はディアナが酔った姿を見たことがなかった。

「ああ。油断するな。診療所送りにされるぞ」

 同じく小声で返したのは、彼よりちょっとばかり町で長く住んでいる冒険者。彼はディアナの酔った姿を見たことがあった。

 アルベルトが厨房から出てくる。

「女将さん、今日はもう休んだ方がいい。ふらふらしているぞ」

「大丈夫よお~」

 アルベルトが伸ばした手を、ディアナがぺいっと振り払う。

 接触したところから、ばちん、と大きな音がしてアルベルトの体が回転した。

 酒場にいた常連客達が二度見する。

「え、え?」

「今なにが起こった?」

「料理長が回転したように見えたけど?」

「安心しろ、俺もだ」

 どよめきがあちこちのテーブルから起こる。

「料理長、ダンス踊れたの~?」

 ディアナがけらけら笑う。アルベルトは苦い顔をしていた。

「ネリーは危ないからここにいてください」

 スタニスラフの言葉にネリーが頷く。加勢すると言われてもなんとか説得するつもりだった。その分、アルベルトの負担が増してしまうが。

 体を回転させることでうまく衝撃を逃がしたアルベルトは、静かに息を吐き出した。叩かれた手にはまだしびれが残っている。

「女将さん、重い」

「あら~、ごめんなさいね~」

 フラヴィがさりげなく離れた。人質がいなくなって安堵しつつ、正面から彼女の攻撃をどこまでさばけるのか、緊張が走る。

 ディアナが体を左右に大きく揺らしながら、一歩前に出る。

「あら?」

 その足が大きく上にあげられる。それでもバランスを崩さないのはさすがの体幹か。

「あらら~?」

 もう片方の足も宙に浮き、いよいよ後ろへ引っ繰り返りそうになる。だがその頭や背中も、見えない手で優しく受け止められる。

「女将さん、もう閉店ですよ」

 ふわふわと宙に浮くディアナにスタニスラフが呼びかけた。

「え~、もう~?」

「はい。後片付けは僕らがやっておきます。女将さんは休んでいてください」

「う~、まだ動けるのに~」

「大丈夫ですよ。さ、部屋に戻りましょう」

「や~だ~」

「嫌じゃないです。さあさ、行きますよ」

 スタニスラフがディアナの背中を押す。ディアナは宙に浮いたまま手や足を出して拒否する。その一挙手一投足が相手の骨を折りそうなほど鋭いものだったが、風に柔らかく阻まれて誰にも届かない。

 蹴っ飛ばされた酒場のドアに大穴が開く。ディアナの裏拳を食らった蝶番が悲鳴を上げて外れた。

「…………はああああああっ」

 ディアナの姿が完全に見えなくなったあたりで、アルベルトが膝に手をついて大きく息を吐き出した。フラヴィが声をかける。

「料理長、大丈夫だった?」

「手がちょっと痺れただけだ。誰か、伸びてる人はいないか?」

 手をさすりながらアルベルトが訊ねる。常連客たちが自分の周囲を見回し、誰も引っ繰り返っている人がいないことを確認する。

「ん、大丈夫だ」

「こっちにもいないぞー」

「そうか」

 アルベルトがほっと息を吐く。

 次の瞬間、バキャッ! と木が折れるような音が響いた。全員が飛び上がり、息を潜める。

 十秒経ってもなにも起こらない。さらに三十秒ほど経過して、スタニスラフが戻ってきた。どことなく疲れた顔をしている。

「女将さんを寝かせてきました。サイドボードが真っ二つにされましたけど」

 十中八九、先ほどの音はそれだ。

「明日は買い出しと修繕だな」

 アルベルトが天井を見上げて呟く。

「……女将さん、おっかねえな」

 誰かがぼそっと呟く。

「酒が絡まなきゃ、いい人なんだよ」

 どこぞの暴力亭主に対する常套句のような言葉が、別の誰かから漏れる。

「なあなあ料理長、女将さんが酔っちゃった酒、まだある?」

「あるぞ」

「一杯くれ」

「わかった」

「俺もー」

「あんたら、あんなのを見た後でよく頼めるわね」

 同じテーブルにいた冒険者が呆れたように言う。

「まあ、好奇心が半分と、あと半分は焦り」

「は?」

「女将さんがまた飲んで豹変したら怖いから、さっさと酒樽を空にしたい」

「同感」

「ああ、なるほど……」

 真顔で主張する二人に、呆れていた冒険者も頷く。

 たしかに、明日もこんなことが繰り返されたら寿命が縮む。

「料理長、私も一杯もらえる?」

「強すぎるから、水で薄めさせてもらうぞ」

「え、じゃあ俺らも飲めるかも?」

「やめろ、お前下戸だろ!」

「はいはーい! 俺らが代わりに飲むから水割りちょうだい!」

「ずりいぞ!」

「文句があるなら内臓に言え!」

 やかましく言い合う冒険者たちに背を向け、アルベルトは厨房に戻る。フラヴィも加わって、注文を受けた分の水割りを作っていく。

「まったく、なんのためにカップの柄を変えていたと思っているんだ」

「あれ、絶対確信犯だよね」

 小声で言い合う。

 フランベ用の酒は、花柄のカップにスプーンがある。口が酸っぱくなるくらい言い含めていたし、そもそもディアナ用のカップは別に用意されていた。

 頂の牡牛亭の目論見通りにディアナが泥酔してしまったが、生憎とそんなトラブル程度で潰れるほどヤワな店ではない。

「明日、女将さんが起きられなかったらどうする?」

「シメリツユをありったけ食べさせればいいだろ」

「そうだね」

 文句を言ってきたら説教してやる。

 二人で神妙に頷き合って、それぞれの仕事に戻っていった。

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