33.泥棒
バリバリバリッ!!
「ほぎゃあああああっ!!」
雷鳴に似た音と誰かの悲鳴で、銀のカナリア亭にいた全員が飛び起きた。
「何事だ!?」
アルベルトがドアを開け、
「泥棒よ!」
ディアナが部屋から飛び出してくる。
他の従業員や冒険者たちも次々に起きてきた。
「なんだなんだ?」
「すげー音がしたな」
「泥棒だって」
「え、マジ?」
「対策魔法に引っかかったのか」
「なんだ、朝じゃないのか……」
「おい、こいつすぐに寝やがったぞ」
「ほっとけ。俺らは泥棒を見に行こうぜ」
野次馬化した冒険者たちが酒場に向かう。食料にしろ金銭にしろ、泥棒は店の天敵だ。しかもスレンドの町最強とうたわれるディアナが主人の銀のカナリア亭に手を出すなんて、よほどの命知らずだ。そんな下手人はそうそうお目にかかれない。
ぞろぞろと酒場に顔を出すと、床に伸びた男をディアナがふん縛っているところだった。
「女将さん、そいつ知り合い?」
「いいえ。誰か、衛兵を呼んできてくれないかしら」
ディアナの言葉に冒険者の何人かが詰所に向かった。
「う……くそ……」
「あら、目が覚めたみたいね」
ディアナが男を起こす。男は自分の身動きが取れないこと、周りを人で囲まれていることに気付いた。
「おい、なんだお前らは。見世物じゃねえんだぞ!」
「いやいや。この店に手を出すとかよっぽどの物好きか命知らずだからよお」
「好奇心が抑えきれないって」
「気持ちはわかるけど、もうちょっと言い方を考えてね?」
呆れたディアナがそう言うが、止める気は全くない。
「それより」
と、ディアナは拘束した男を見る。
「衛兵さんが来たらちゃんと取り調べを受けてもらうけど、うちの食糧庫にどうして入ったの? お腹すいた?」
「…………」
男はそっぽを向いたまま答えない。
そこに冒険者たちが口を挟む。
「安心しろよ、女将さんは別に取って食ったりしねえって」
「そうそう。取って食うのは魔物だけ!」
冒険者たちがどっと笑う。
「うるせえ! そもそもお前ら冒険者のせいだろうが!」
男の怒声が響き、店内が静まり返った。
「あ? 俺ら?」
「そうだ! ちゃんと依頼を出したのに守ってくれなかっただろう!? おかげで村の畑は全滅だ! 保管していた麦も食い荒らされたんだぞ!」
「え、それ、いつの話?」
「一週間前だ! その日の午後には張り出されるって言ってたぞ。すぐに来てくれるんじゃなかったのかよ!」
先程と打って変わって吠える男に、冒険者たちが「あちゃ~……」と言いたげな顔になる。
「それは……」
「なんつーか……タイミングが悪かったな」
「はあ!?」
「あのな、冒険者ギルドが発行する依頼って、二種類あるんだわ」
「なにを……」
「国が補助金を出してくれる定期依頼と、一般の人から受理する一般依頼。一般の依頼も、カネを出せばちゃんと受理されるし俺らも受けるよ。でも、俺らは朝一で依頼を見て受けるんだ。午後に出た依頼を見る人はほぼいない。で、受理されなかった依頼は明日の朝一に出る依頼に埋もれて見付けづらくなる」
冒険者の丁寧な説明に、男の顔色がどんどん悪くなる。
「運が良ければ、俺らのうち誰かが討伐に乗り出してただろうよ。でも依頼書の山に埋もれちまったら、それも難しい。なんというか……本当に、タイミングが悪かったって一言に尽きるんだよ」
「…………なら、俺らはそのまま飢え死にしろっていうのか?」
男が声を絞り出した。
「お前らが行かなかったせいで、何十人、何百人の村人が飢えて死ぬんだぞ!? 最後は魔物に食い散らかされて村が滅びる! それがお前らの望んだ結末かよ!?」
「別にそうは言ってねえよ。月単位でほったらかされた挙句、時効を迎える依頼だってあるんだ」
「そんなことはどうでもいい! お前たちが、一つの村を滅ぼしたんだって言ってるんだ!」
詭弁だ。誰もがそう思った。
どの依頼が受理されるかは運次第。日焼けした依頼書が何枚も燃やされていくのを冒険者たちだって知っている。でも彼らの体はそれぞれ一つずつしかないし、受けられる依頼はもっと少ない。日々を生きるため、そして明日も生きられるように、自分たちの実力と命を天秤にかけて依頼を受けるのだ。
だけどそれは冒険者たちの都合だ。この男の村は、今まさに、滅びようとしている。
「畑を荒らされたのね?」
男の後ろから、ディアナが静かに言った。
「その魔物たちは、まだ村にいるの?」
「そうだ」
「数や規模、魔物の種類は覚えてる?」
「種類はわからん。四足の集団だ。二十匹はいたぞ」
「となると、ボアボアかビーストウルフあたりかしら」
「ちょ、ちょっと待って、女将さん」
冒険者が慌てて止めに入った。
「流れるように話しちゃってるけど、そいつの村に行くの?」
「ええ」
「今から? どうやって?」
「場所を聞けばそこまで走っていけるわよ。あ、材料を持ってっちゃうから、明日の夜は臨時休業するわね」
「待て待て待てさらにわけがわからん」
別の冒険者が頭を抱えた。
「そいつは未遂とはいえ食料泥棒だぞ? あと、さっきはあえて言わなかったけど、魔物に襲われて滅んだ村なんて、この世にいくつあると思ってるんだ?」
「知ってるわよ。でも、話を聞いちゃったら居ても立ってもいられないの」
ディアナは笑顔で答える。
「それにね、私は飢えが一番嫌いなの。自分が解決の手段を持っているのに、自業自得ですねって済ませるのは嫌なのよ」
ディアナの顔には強い決意が浮かんでいた。誰がなにを言おうと、その決意をてこでも動かさない意志に冒険者たちが絶句する。
「……なんで」
絶句していたのは、男も同じだった。震える喉をなんとか動かす。
「あんたは、冒険者か? 違うだろ? なんで、見ず知らずの俺にそんなことをしてくれるんだ?」
「そうねえ……」
ディアナはしばし考える。
「さっきも言ったとおり、私は誰かが飢えているのが嫌なのよ。それを今回、教えてくれたのがあなただったってだけの話。私が勝手に、あなたの村に押し掛けて料理を振る舞うだけよ。つまり私のワガママってことね」
「そのワガママに付き合わされるこっちの身にもなれ」
アルベルトが腕組みをして言った。
「前のドラゴン退治の時とはわけが違う。女将さん一人で行って、魔物の討伐から調理、後片付けまでする気か? いくらなんでも体が持たないぞ」
「村の井戸が無事とは限らないもんね。どれくらい水を持っていくの?」
フラヴィも口を出す。
「それに、村の備蓄まで喰い尽くされたとなれば、今回行っただけで解決する問題でもないでしょう? 少なくとも数ヵ月、作物が実るまでの食料を確保しなければこちらに依存する結果になります」
スタニスラフが冷静に未来を予測する。
考えが及ばなかったのか、ディアナが沈黙した。
「……じゃあ、どうするの?」
ディアナも引くつもりはない。だが、ただ一度食事を振る舞うだけでは根本的な解決にはならない。村が再び前を向くきっかけを作らなければ。
「こういう時こそ、女将さんの人望でしょう」
にこーっと、スタニスラフが笑う。
食えない飯テロを発動させる前と同じ笑顔に、冒険者たちはなんとなく巻き込まれる未来を予想した。
◆ ◆ ◆
ひたひた。小さな足音に身を竦ませる。
村に魔物が入り込んでからどれくらい経っただろうか。畑が荒らされ、人が襲われ、最後は食料も食い尽された。
あとに残っているのは、各家庭で備蓄していた一握りの麦。それを一日一粒ずつ食べて、辛うじて飢えをしのいでいた。
お隣さんはどうなっただろうか。お向かいさんはどうなっただろうか。
気になるけれど、行く気力はなかった。だって、家を出たら魔物の餌食になってしまう。
「かあちゃん、お腹すいた」
腕の中の子どもがそう訴えた。
「今日はもうご飯を食べちゃったのよ。明日まで我慢して」
「やだ、やだ。お腹すいた~!」
痩せたその体のどこにそんな力が残っていたのか。子どもは火が付いたように泣き出した。
「静かにして! 魔物が来るでしょう!」
急いで子どもの口を塞ぐ。沈黙したこの村では、物音ひとつでも大きく響く。
どん、と鈍い音がした。
どん、どん。
ノックの音ではない。なにかが、ドアを押している。
かんぬきをかけているから、そう簡単には破られない。
でも、もし、魔物だったら?
部屋の隅にいっそう縮こまる。子どもも泣き止んで、自分の体に縋りついていた。
どん。
みしっ、と嫌な音がした。
かんぬきがかかっているはずのドアが隙間を作る。
低い場所に、黒い目が、
「みなさぁ~~~~ん!!」
力強い声が、空気をびりびりと震わせた。
「スレンドの町から、救援に参りましたあ!!」
きゅうえん。救援?
誰が。どうして。
そんな疑問が、魔物の咆哮でかき消される。
いけない。今必要なのは、魔物を倒せる冒険者なのに。
家の外が魔物の声で埋め尽くされる。それを少しでも聞かせまいと、子どもを強く自分の腕の中に抱き込んだ。
ガウガウ、バウワウ、ワウッ、キャイン、キャイン!
咆哮が、悲鳴に変わる。声が小さくなっていく。
あれ、と思って顔を上げる。
「待てこらー! 逃げんじゃねえー!」
「タダ働きの恨みー!」
野太い声が、まさに恨みを乗せて放たれる。こちらが冒険者だろうか。
時に荒くれ者や無法者と同義にされる冒険者たち。彼らが本当に来てくれたらしいのはありがたいが、タダ働きとはどういう意味だろうか。
不意に、悲鳴が遠のいた外からノックの音が響く。
「スレンドの町から救援に参りました。銀のカナリア亭の女将ディアナと申します。ドアを開けていただいてもよろしいですか?」
村人たちは皆、痩せていたが無事だった。
「よかった、本当によかった……!」
「あなた……!」
「おとうさん!」
酒場に侵入していた男が、滂沱の涙を流して妻と子供たちを抱きしめる。
「奥さん、マジで女将さんに感謝しといてくださいね」
静かに泣く妻へ、冒険者が耳打ちする。
「衛兵さんに掛け合って旦那さんを無罪放免にしたの、女将さんですから」
妻が思い切り顔を上げる。信じられない、と顔に書いてある彼女へ冒険者は苦笑する。
「女将さんのおせっかい、ここに極まれりってね。町を巻き込んであんたたちを助けるんだって動いたんだから」
「こら、そこー! おしゃべりしてないで手伝って!」
「はいはーい! まあそういうわけだから」
冒険者は手を振って、なにやら準備をしている一団の方へ飛び込んでいった。先程から女将らしき女性の元気な声が指揮をする。
「血抜きは村の外でやってね! あっちにいい感じの木があるから、そこに吊るしちゃって!」
「「「へーい!」」」
「かまどを組んだらスーくんは火をつけて! その上に鍋を乗せて水を入れてって!」
「女将さん、お野菜まとめていれちゃう?」
「火が通りにくいニンジンや玉ねぎから入れて! 葉物野菜は最後でいいから、とにかく皮むきとカットを最優先!」
「肉、ぜんぶ切り終わりました!」
「ありがとう! こっちのお鍋にぜんぶ入れちゃって! フラヴィ、アク取りお願い!」
「はーい!」
村人たちが呆然としている間に、てきぱきと準備が進められていく。
「なあなあ」
そこにひょっこり現れた男が声をかけた。
「村長さんっている? それか村の畑に詳しい人」
「あ、あそこに……」
「ありがとう」
男は帽子をかぶり直して、村長のところに向かっていった。
「なあ村長さん。俺ぁ女将さんから畑の立て直しを一任されたんだが、あんたんところ、どんなものを植えていたんだ?」
「……それを聞いてどうする?」
村長が男を睨んだ。
「もうこの村にはなにもないぞ。家畜も、畑も、なにもかもだ!」
彼の言う通り、村にたくさんあったはずの家畜は食い荒らされた。畑も食べ尽くされた。これ以上なにを奪うというのか。
「うん、だから、畑に蒔きなおすにはなにがいいかって聞いてんの」
男は飄々と言った。
「よそ様の畑だ。俺に手出しできることなんかたかが知れてる。だからあんたらには種を分ける。その種でもっかい畑を作りなおしゃいい。見返りっつったらアレだけどよ、麦が収穫出来たらちっとだけ町のパン屋に卸してくんねえか?」
「…………その目的はなんだ?」
村長はなおも男を睨む。
「この村を乗っ取るのか?」
「あっはっは!」
男は口を開けて笑った。
「ばっかなこと言うんじゃねえよ。俺ぁ自分とこの畑で手一杯よ。こんな遠いところの畑まで見れねえって。でも、目的かー……」
男はふと、かまどを囲んで鍋をかき回す一団を見た。
「強いて言うなら、女将さんのうんめえ飯が食えることかな。美味いって評判なんよ。俺ぁいつも酒場が開くまで待てないから、町のみんながちっと羨ましかったんだ」
「そんなに羨ましいなら、泊まればいいじゃん」
様子を見に来たらしい冒険者が横から口を出す。
「いやいや無理無理! お袋に殺される! それに日中も畑の世話とかあるんだ。市場が終わったらすぐに帰んないと間に合わないよ」
「そっかー、残念」
そこにネリーがやって来てメモを見せる。
『女将さんに、お肉を譲ってもらうのは?』
「え、そんなことできないよ」
『女将さん、優しい。頼んだら、きっと叶えてくれる』
「うーん、そうか。ダメ元で頼んでみるかな」
「いいんじゃねえの? 酒場もいい収入源になるだろうし!」
冒険者の言葉にネリーがこくこくと頷く。
「ついでにな、村長さん。俺らも女将さんのおせっかいに巻き込まれたの」
冒険者が腰を下ろしてそう言う。
「ギルドの正式な依頼を受けていないからタダ働き。しかもメインはあんたらに飯を振る舞って、当面の食糧と作物のタネを渡すことだからさ。俺らにしてみりゃメリットなんてなーんもないわけ」
「ならば、なぜ」
「女将さんの店にあいつが泥棒に入ったのが運のツキ」
冒険者が親指で、後ろにいる男一家を指さす。
「あれで女将さんのおせっかいが発動してな。町を巻き込んだ救援活動になったわけ。俺らはぶっちゃけ、女将さんがあんたらのついでに振る舞ってくれる料理が食べたいから参加しただけ」
その時、即席のかまどを組んでいた方向から「できたー!」と歓声が上がった。
「お、できた?」
「よっしゃ行こうぜ!」
農夫と冒険者が揃って駆けだす。ネリーは彼らを引き留めようと手を伸ばしたが間に合わず、代わりに村長の手を取って彼を起こした。
「……見返りなぞなにもないぞ」
村長はなおも悪態をつく。だがネリーはにこりと笑い、彼や村人たちの背中を押す。
「こらー! 先にこの村の人たちからでしょ!」
「誰ですか、先に食べちゃう悪い人は?」
「あらあら、食い意地が張っていること」
かまどの方で先にがっついていた冒険者たちが、「すみませんでした!!」と平伏する。無法者のイメージが強い彼らが一般人に頭を下げている様に、思わず噴き出した。
「ふっ……変わり者だな」
かまどの近くまで来ると、持ってきたらしいボウルにスープがよそわれる。
「はい、どうぞ。まずはスープを飲んで胃を温めてね」
ディアナが笑顔と共にボウルを渡す。
肉も野菜もたっぷり入ったスープは、ささくれた気持ちをゆっくりと溶かしてくれた。
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