31.亜人について
「なあなあ、女将さんってゴブリンとか亜人系って食べたことある?」
ある日の銀のカナリア亭で、冒険者の一人がそう訊ねた。ディアナの顔が引きつる。
「ないわよ」
「そうなの?」
「ぜんぶ試してそうだけど」
「亜人系は食べないって決めてるの。だって、こう……似てるじゃない」
なにが、とは言わなかった。冒険者たちも察した。
同時に食欲も失せた。
最初に質問した冒険者に非難の目が集まる。
「お前なあ……」
「悪い。正直好奇心だった」
「ネリーちゃん、このテーブルにフルーツ持ってって」
ディアナが指示を飛ばして、厨房にいたネリーが小皿に紫色の粒を乗せる。大粒のブドウだ。
「おー、ありがとうな」
「お代はきっちり請求するからね」
「えー、サービスじゃないのー?」
冗談めかして言うが、ディアナは笑顔で撤回しなかった。
「まあでも、ここら辺は亜人系がいないから助かるよな」
「その分強力な魔物がすぐ隣にいるんだけど」
魔物というのは、一部を除いて一所に留まる傾向がある。住処を追われたり、そもそも定住が性に合わない種類の魔物は、食料と安寧の地を求めて彷徨い歩く。
「そういやあ、お前Eに昇格するためになに倒した?」
「ゴブリン。単体だと思ってたら群れでよ。あやうくパーティが全滅するところだった」
「俺ラットマン。あいつら下水に潜んで町の基礎をかじってやがったんだ」
「ぎゃー、やめろ!」
「それ以上メシを不味くさせるな!」
「んだよ、話を振ったのそっちだろ!?」
笑い声が店に反響して消えていく。
亜人系の魔物は、その中で言えば特殊な系統である。徒党を組んで村を襲う場合もあれば、城を築いて他の魔物や人類を計画的に襲う場合もある。一個体の危険度が最低のF級であることから、新人冒険者が一人前になるための登竜門的な扱いをされていた。
――が、亜人系の真に恐ろしいところは、突然変異個体の多さである。
巨大化や頭領的な存在は序の口。人語を解する上に魔法の達人的な個体が現れれば、一足飛びにA級の判定が下される。
そうしたことから、亜人系の魔物は「階級詐欺」と呼ばれることがしばしばあった。
「でも急にどうしたの? 亜人系の依頼でもあったの?」
フラヴィが冒険者たちに訊ねると、その一人が頬を掻いて頷いた。
「ああ、まあそうなんだよ。依頼自体は隣の町なんだが、どうもその近くにゴブリンが住み着いたらしいんだよ」
「えー、ヤダー」
「だから、調査や討伐の依頼が向こうの町で組まれてるんだ。もしかしたら討伐から逃れた個体がこっちに来るかもしれないって注意喚起が来てよ」
「その時はちゃんと退治してね?」
「もちろんだ!」
「ま、こんな辺境に来る物好きな個体なんてそうそういないと思うけどな!」
冒険者たちは笑って、口直しのブドウを味わう。
人はそれを、予感と言う。
◆ ◆ ◆
「……おい、誰だ? こんな辺境に来る物好きな個体なんていねえっつったの」
「知らね」
「俺じゃねえ」
三日後の冒険者ギルド。依頼が張り出される大きな掲示板の前で、冒険者たちは渋面を浮かべていた。
中央にでかでかと貼られたのは、隣町の掃討作戦についての情報だった。どうやら大きな巣をつくっていたらしく、冒険者たちがそこを焼き討ち。命からがら逃れたゴブリンが、スレンドの町の周辺に潜んでいる旨が記されていた。
「周辺って、具体的にはどれくらいの範囲?」
冒険者の一人が受付嬢に聞く。
「町を中心として、スレンドの森がすっぽり入るくらいの範囲です」
「かなり広いじゃねえか!」
「これ、増えたら森がゴブリンに乗っ取られねえ?」
誰かの言葉にギルドがしんと静まり返る。
「……それ、ヤバくねえか?」
「ああ」
「魔物が狩れなくなるってことは……」
「銀のカナリア亭存続の危機じゃ?」
沈黙は、時間にしておよそ一秒。永遠よりも長く感じられたそれは、冒険者たちの悲鳴によって打ち破られた。
「やだ! そんなのやだ!」
「俺だって嫌だよ!」
「おい誰か女将さんに伝えてこい!」
「もう行ってる!」
「ブライアンどこ行った!? ゴブリンの位置割り出せ!」
「そんな能力持ってるわけないだろ!?」
ぎゃーぎゃー騒ぎながら、冒険者たちは依頼書を掲示板から引きはがす。受付のカウンターにそれを叩きつけ、彼らは言う。
「ゴブリンの調査、及び討伐の依頼を受ける!」
そのゴブリンは、洞穴の中に身を隠していた。
住処を突然人類に焼き払われ、同胞も人類も押しのけて逃げてきた。
幸い、自分の存在に気付いたものは誰もいない。
ゴブリンは亜人類の中でも特に狡猾な生き物だ。自分の境遇を嘆き、受けてきた仕打ちを決して忘れない。それを燃料にして理不尽な怒りを燃え上がらせ、人類に復讐するべく爪を研ぐ。
そのゴブリンは、生き延びた安堵を一瞬のうちに忘れ、他のゴブリンと違わず理不尽な怒りを抱いた。
だが、単に人類を襲ったところで返り討ちにされるのは目に見えている。奴らが数で制圧したように、こちらもそれを上回る数がいなければ太刀打ちできない。
そのゴブリンは、他のゴブリンに比べてわずかばかり頭がよかった。人類側からすれば毛ほどの差もあるかどうかだが、ゴブリンにとってその差は大きい。
さて、どうしたものかと思案したゴブリンは、不意に洞穴の奥から懐かしい気配を感じた。
はて。自分以外にこの洞穴にはいないはずなのに。どうしてか同胞の気配がする。
ゴブリンはそちらへ歩いていき、洞穴の行き止まりで地面を掘った。
爪になにかが当たる。
きらきらしたものだった。
見たところ、この大きなきらきらしたものから同胞の気配を感じる。他にも大きなきらきらがあったので、試しにくっつけてみる。
三つの大きな塊が、ぴたりと組み上がった。
するとそのきらきらは完全な球体となり、禍々しい光を持ってゴブリンを包み込む。
ゴブリンにはそれが心地よく、自分の体の中から力が湧き上がってくるようだった。
――もし、魔物にも進化や才能の開花と言った現象が起こるのだとするならば。
おそらくこの瞬間を指すのだろう。
◆ ◆ ◆
ざわざわと森が騒がしい。
魔物たちの気が立っている。
ディアナはすぐにナタのカバーを外し、いつでも振り回せるよう柄に手をかけた。
「女将さん」
後ろから来た冒険者が言った。
「フラヴィちゃんから伝言です。スタニが部屋で布団にくるまっているそうです」
「そう、ありがとう」
ディアナは固い声で返した。
冒険者がゴブリンの残党の報告に来て、すぐのこと。
急にスタニスラフが耳を塞ぎうずくまったのだ。幸い倒れるようなことはなかったが、青い顔で「森が怖い」と言い出す。たとえ魔物の住処であろうと、エルフと森の親和性は高い。スタニスラフの尋常ではない様子に、ディアナもゴブリンの調査に加わったのだ。
スタニスラフが直近で異変を感じ取った出来事と言えば、スタンピードだ。まさか、こんな早いタイミングで再び来るとは思えない。なにか異常があると踏んで間違いなかった。
「私は森の北側を見てくるわ」
「俺らも行きます」
「じゃあ、他のみんなは南北をくまなく見よう。いいか、魔物たちを必要以上に刺激するな」
A級冒険者のガンスが指揮を執り、冒険者たちが森に散る。ディアナと共に北へ向かうのは、店の常連でもあるジョシュアとヨハンだ。
「森の北って、コカトリスの住処がある場所ですよね」
走りながら、ジョシュアは頭に地図を思い浮かべる。
「ええ。でも、相手はゴブリンよ。どんな場所にいるのか見当もつかない」
ディアナも答える。今回は二人に合わせて走っているので、彼女にしてみればかなりゆっくり走っていた。
「女将さんでも、心当たりはないんですか?」
「私だってなんでも知っているわけじゃないわ。でも……そうね、今回で言えば、心当たりはある」
「えっ」
「前のスタンピードの時、北のはずれにある洞窟で雨宿りをしたの。そこに、変な水晶を持ったおじいさんがいてね。結論から言えば、その水晶がスタンピードを起こす鍵だったの」
「はあ!?」
ジョシュアが大声を上げた。
「そんな大事なこと、なんで教えてくれなかったんですか!?」
「ネリーちゃんの聖法力で壊れたのよ。念のため粉々に砕いたんだけど、もしあれをゴブリンが修復したとなったら厄介よ」
「厄介ごとが厄介ごとを復活させるとか笑えねえ……」
ヨハンが顔を引きつらせる。
「だからまあ、安心しておきたいから、北側から潰していくのよね」
「なるほど。……え」
森が開けた。と同時に、緑の肌を持つ魔物の群れで視界が埋まる。
「あー、やられた」
ディアナが頭を抱えた。
「ギャギャギャッ!」
突然現れた冒険者たちに、ゴブリンの群れが喚き立てる。その数は十や二十では収まらない。
「光魔法、撃ちます!」
ヨハンが空に向けて弓を放つ。はるか上空で起動した光魔法が、まばゆい閃光となって森を照らす。この光を頼りに冒険者たちが集まってくれる手筈だ。
光に怯んだゴブリンたちだったが、害がないとわかるとすぐに嘲り、手にした棍棒や石を使って反撃に出ようとした。
その首が、ナタの一薙ぎによって宙を舞う。
「さて、水晶を持つゴブリンはどこにいるかしら」
冷たい目で見下ろしながら、ディアナは独り言ちた。
「ギャギャギャアッ!!」
同胞を殺された怒りから、ゴブリンたちが喚き立てた。すぐに飛び掛かろうとするが、その前にナタの餌食となる。
向こうから来るのを幸いに、ディアナはナタを振り続けた。
「うわー……」
「前よりえげつなくねえか?」
ジョシュアとヨハンは、ナタの攻撃範囲から離れた場所に立ち尽くす。一応、彼女から離れた個体がいたらそちらを対処するようにとは言われていたが、ゴブリンたちのヘイトはディアナに集中している。下手に手を出すよりも静観する方がお互いによかった。
そんな二人の後ろから、ぬっと影が出てくる。
「あれ、もう……」
応援に来てくれたのか。ジョシュアがそう言いかけて、次に出そうになった悲鳴をなんとか飲み込んだ。
森の王ビッグ・ベア。それが十体ほど、森の方からのそのそと歩いてきていた。
ビッグ・ベアがトラウマな二人は、互いの手で自分たちの口を塞ぎながらゆっくりと距離を取る。幸いビッグ・ベアたちは眼中にないらしく、悠然とした足取りでゴブリンたちに近付いていく。
「グギャ?」
ディアナの背後を狙っていたゴブリンたちも遅れて、のそのそとやってきたビッグ・ベアたちをなんだろうかと見上げて。
「ゴアアアアアアアッ!!」
「キャ――」
大木を薙ぎ払うその剛腕によって、蹂躙された。
「えっ」
これにはディアナも、ゴブリンたちも、ジョシュアとヨハンも驚いた。
魔物同士が戦うのは、冒険者たちもよく見る。それは自分たちの存亡をかけた戦いだ。負けた者は死ぬ。自然界の絶対的な掟だ。
だけど、今彼らは明確にディアナの味方をした。魔物が人類の味方をする。ありえない現象だった。
「グギャギャギャギャ!?」
ゴブリンたちが何事かと喚き立てる。
「お前こっちの味方じゃないのか!?」
と言いたげな雰囲気だ。
「ゴアアッ!!」
「ギュッ」
だが、ビッグ・ベアの咆哮に委縮する。
「あー、なるほど?」
ナタについた血を振り払い、ディアナは一人納得する。
「つまり、よそ者さんを歓迎しないってことね?」
「ゴアアアッ!」
その通り! とでも言いたげにビッグ・ベアたちが吠えた。よく見たらその後ろには、コカトリスやビーストウルフ、ボアボアなど、森に棲む魔物たちが勢ぞろいしている。上空からの鳴き声で見上げてみれば、メタルポインターの群れが飛来している。
「なら――」
にっこり。ゴブリンたちをその場に縫い止めるほどの殺気を浴びせながら、ディアナは笑う。
「魔物は魔物に片付けてもらいましょうか」
ディアナがジョシュアたちのところへ退いたのが合図だった。
「ゴアアアアアアアッ!!」
「ギャギャ――――ッ!!」
森の魔物たちがゴブリンの群れに突進する。ゴブリンたちが逃げ惑う中、上空からメタルポインターたちが的確に彼らを貫く。
ボアボアにはね飛ばされる。コカトリスの蹴りが炸裂する。ビーストウルフが貧弱な肉を噛みちぎり、ビッグ・ベアが薙ぎ払う。
安全圏に避難してきたディアナは、「わあ」と感嘆のため息を漏らす。
「みんなすごいわねえ」
「……魔物って、怖えな」
「な」
冒険者とは思えない感想を漏らしたジョシュアたちの声は、魔物たちの咆哮にかき消された。だってあの暴力の渦に飛び込むなんて自殺行為すぎる。
「あ、ヨハン」
ディアナが不意に呼びかけた。
「あそこのゴブリンを倒して」
「え、はい」
ヨハンが弓を番え、逃げようとしているゴブリンの頭を射る。
鉄の矢に頭を貫かれたゴブリンが、悲鳴も上げずに絶命する。
ディアナが素早くその死体に駆け寄り、なにかを拾い上げて戻ってくる。
「それ、なんですか?」
ジョシュアたちが覗き込む。見た目は占い師が使う水晶玉のようだ。外側は透き通っているのに、内側は向こう側が見えないほど黒く濁っている。
「これがスタンピードの時に見つけた水晶よ」
「えっ、壊したんですよね」
「そのはずなんだけどねえ」
ディアナも首をかしげている。
「元に戻るとか、訳がわからないわね。どこかに厳重に封印した方がいいかしら」
「いっそ、聖法国に送り付けます?」
「あら、いいわね」
ジョシュアの提案にディアナが笑った。
――ところで、他の冒険者たちだが。
「なにあれ」
「こわぁ……」
ゴブリンが蹂躙される様を見て、森の陰に隠れて震えていた。
なお後日、とある小包が送られてきた聖法国は、一時厳戒態勢が敷かれたとか。
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