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女将は(推定)S級冒険者  作者: 長久保いずみ


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29.姉、襲来

 冒険者になる人種は実に様々だ。ヒューマンはもちろん、エルフやドワーフ、ホビットにリザードマン……。人類に区別される種族には冒険者がいると言っても過言ではない。

 スレンドの町で暮らす冒険者たちもその例に漏れない。構成する人種はヒューマンに偏っているが、他の人種がいないわけではない。

 その分、ヒューマン以外の人種は目立つ。良くも悪くも。


◆   ◆    ◆


「いらっしゃいませ」

 酒場のドアが開き、ディアナは反射的に振り返った。

 そこに立つ人物を見て、驚き固まる。彼女の声に反応して入り口の方を見た冒険者たちも同様だった。

 若葉色の長い髪を緩く束ねたエルフの女性だった。冒険者でないのは戦装束を身に付けていないことからわかる。エルフの国ウッディントローンから散歩に来たような、柔らかいワンピース姿だ。ちなみにスレンドの町とウッディントローンは馬車で数ヵ月はかかる距離にある。

 金色の瞳でゆったりと店内を見回した女性は、ディアナが我に返る前に呟いた。

「スラー、いるんでしょう?」

 その言葉の意味を理解する前に、店の奥からせわしない足音が近づいてくる。

 血相を変えたスタニスラフが、唖然としたまま声を震わせる。

「……姉さん? なんでいるの?」

 ディアナたちの思考が停止する。エルフの女性はのんびりと、彼に手を挙げて見せた。

「や、遊びに来たよ」

 本当に遊びに来たような口調だった。


「スーくん、休憩入って」

 いろいろと言いたいことを飲み込んで、ディアナが絞り出した。それが「お姉さんの相手をしろ」という意味であることくらい、スタニスラフもわかる。

「はい。姉さん、奥に行こう」

「私はどこでもいいけどね」

 スタニスラフの姉は弟に導かれるまま、店の奥に歩いていく。自然と道が開いていくのを楽しそうに見ている。

「エルフが珍しいの?」

「姉さんが、だよ。家族構成なんて言ったことも聞かれたこともなかったし」

「そっか」

「それより、どうして急に来たんだ? 連絡の一つもなかったじゃないか」

「さっきも言ったとおり、遊びに来たんだよ。連絡しなかったのは、さぷらいず? って奴」

 テーブルについたスタニスラフは頭を抱えた。こんな心臓に悪いサプライズはいらない。

 水を持ってきたネリーがおろおろとスタニスラフとその姉を見やる。姉はネリーを見て、にこりと微笑んだ。

「可愛らしいお嬢さんだね。スラーの彼女かい?」

「同僚だよ。ネリーちゃん、悪いけどキノコなしのサラダと野菜だけのスープをお願い」

「おや、私は肉もイケる口だよ?」

「ここがどういう店か教えたはずだ。それとも食べれるの?」

「うーん……。見てから考える」

「ネリーちゃん、念のためスープの肉は一人前だけお願い」

 ネリーが伝票に注文を書き込む。しきりにこちらを気にしながら厨房に向かっていった。危ないな、と思った直後に冒険者とぶつかってお互いに謝っていた。

「口が利けない聖女っていうのは、彼女のことかい?」

 急に話題が転換し、スタニスラフは怯む。

「……まあね。なに? 国も聖女を狙っているの?」

「いいや。風の噂に聞いて、興味があったんだよ。それ以外にも、お前が気に入っているこの店が気になった」

 姉は店内を悠然と見回す。

「賑やかだけど、騒がしくない。それに空気も軽い。いい場所だね」

「ああ」

 それには同意する。

「一年程度で放浪するお前が、急に一所(ひとところ)に留まるなんて言い出した時は驚いたよ。お前は静かな場所を求めて歩き回る子だったから」

「まあ、ね」

 これにも同意する。

「耳は疲れないのかい?」

「母親かよ。不思議なことに、疲れないんだ。話し声を聞くのが楽しい」

「へえ」

 姉が意外そうな顔をした。

「お前に秘密を握られるのが怖くないのかい?」

「悪用しないのがわかっているんだよ。僕だって他人の弱みを握ったって使いようがないし。人間模様を観察するのが楽しいのさ」

 スタニスラフはそう答えて、自分も店内を見やる。

 酒で理性のタガが外れた客たちが、普段は言えないようなことを言って発散する。お互いに酔っているので多少の悪口は許容の範囲内だ。そもそも、大喧嘩に発展するほど彼らは我慢しない。我慢はストレスになり、それが注意力を奪ってダンジョンで命を落とす。命は誰だって大事だ。だったら、まだストレスが軽いうちに別れたり和解の道を選んだ方が健全だ。

 それをわきまえているから、スタニスラフも安心して聞き流せる。

「へえ」

 姉は楽しそうに弟を見た。

「じゃ、お前が女将さんたちのことを私たちに教えているのも、彼女たちは知っているのかい?」

「一応ね。知られて困るような秘密は漏らしていないし。僕が楽しかったらそれでいいって言ってくれるよ」

「優しいね」

「まったくだ」

 エルフの寿命は長い。いや永い。人間は頑張っても百年生きられるかどうかなのに、それはエルフにとって瞬きほどの時間。その違いからヒューマンとエルフは同じ人類に分類されるが、他種族に比べて海よりも深い溝がある。

 永遠の美しさを保つエルフに嫉妬したヒューマンが、彼らを殺して回ったという過去もある。それが国単位で起こった事例もあるのだから、種族間で和解できる日はわからない。もしかしたら、エルフ感覚で果てしない時間を要するか、永久にその日が来ないかもしれない。

 だからと言って、スタニスラフがこの店を離れることはないし、姉にもその権利はない。これから先、何百年と自分たちは生きるのだ。ならば楽しい記憶は少しでも多い方がいい。

「おや、料理が来たかな?」

「そのようだね」

 お盆を持ったネリーが、人波を縫ってやってきた。キノコがないサラダと、野菜のスープ、そしてパン。パンはスープを頼むと自動的についてくるものだ。スープのうち一つは肉が入っていた。気持ち少なく感じるのはディアナの配慮だろう。

「ありがとう、お嬢さん」

 姉がにこりと笑って言うと、ネリーはわたわたしながら頭を下げて厨房に走った。

「面白い子だね」

「あんまりからかわないでよ。姉さん、昔から男女問わず人気があったんだし」

「今も変わらないよ。この間、花束を持って求婚されたし」

「うわ、今もいるんだ。そいつは?」

「断ったよ。相手の一方的な一目ぼれ。アプローチも全部すっ飛ばしてきたからね。いっそおかしくて笑っちゃった」

「あ、そう」

 姉がこうして相手をフッたのは、星の数といい勝負である。今さら驚かない。

 エルフは他の種族に比べて美形が多いのだが、スタニスラフの姉はその中でもとりわけ美人で有名だった。

「それより、冷めないうちに食べたら?」

 肉が入ったスープを姉に押し付ける。食べられそうになかったら自分が食べるだけだ。

「ああ、いただくよ」

 姉は短く食前の祈りを捧げてスプーンを手に取った。

「……ああ、美味しいね」

 スープを飲んだ姉の顔がほころぶ。続いて肉をすくい上げた。

「…………。へえ、面白い」

 よく噛んで味わって、姉はスープの中を覗き込む。

「これ、なんの魔物の肉だい?」

「ビッグ・ベアの肉だよ。焼くのもいいけど、スープによく合うんだ」

「他の魔物は?」

「日によって違うからね。明日はメタルポインターが出る予定」

「……食べれるの?」

「食べれるよ。一口大よりちょっと小さく切って焼くのがおすすめ」

「嘴とかは?」

「そこは無理だから、頭ごと女将さんが捨ててる」

「そうか。あいつら最近増えすぎているから、近々討伐体が組まれる予定なんだ。食べられるなら食べてしまいたいな」

「クレームは受け付けないよ?」

「もちろん。で、どうやって作るんだ? レシピは門外不出か?」

「いいや、そこは隠していなかったよ。シメリツユってあるだろう? あれを肉と一緒に漬け込むんだ」

「へえ。酔い覚ましの薬に使うあれをねえ……。どれくらい漬ければいいの?」

「最低でも一晩。一日あれば肉が柔らかくなるから、水気とシメリツユをよく拭いて、あとは他の肉と同じように調理すればいい」

「意外とシンプルなんだね」

「そう。肉も漬けてしまえば厄介な硬さや臭みがなくなるし、シメリツユの匂いも移らない」

「へえー……。まあ、物は試しだ。参考までに明日も食べに来ていい?」

「断ったところで来るんだろう? 勝手にどうぞ」

「ありがとう」

「ついでに自分の分はちゃんと払ってくれよ」

「え、奢ってくれないの?」

「そんなこと一言も言ってないから」

 ぽんぽん言葉を交わしながら、姉弟はサラダとスープを食べきる。

「じゃあ、僕は仕事に戻るよ。ついでにこれは片付けておくから」

「ありがとう。気の利いた弟でお姉ちゃんは嬉しいよ」

「はいはい」

 適当に受け流して、スタニスラフは空の食器を手に厨房に向かう。

「びっ…………くりしたぁ~」

 食器を水桶の中に浸けて、スタニスラフは大きく息を吐き出した。

「久しぶりに身内の相手をして疲れたか?」

 アルベルトが気遣い半分、からかい半分で訊ねる。

「まあ、……はい。予告もなにもなかったので心臓が止まるかと思いました」

 ホールにまだ戻りたくなくて、ついでにと洗い物を片付ける。こまめに片付けておくのはディアナの方針だった。

「ちらっと見ただけだったが、綺麗な人だったな」

「ええ、まあ。身内の贔屓目を抜きにしても、国一番の美女って言われてましたし、実際その通りです」

「なんで急に来たのかわかったか?」

「あちこちふらふらしていた僕が腰を落ち着けたんで、どういう場所か興味を持ったみたいです」

「なるほど」

 そこで一度会話が途切れた。

 深く突っ込まないのがありがたい。

 銀のカナリア亭の従業員は皆面白い。それぞれに人には言えない秘密や過去を抱え、時にそれを共有して、でも深くは入らない。その絶妙なバランスがスタニスラフは好きだ。

 スタニスラフの耳が良いことを利用する気もない。厄介者扱いもしない。ただ一つ、知り得た秘密をむやみに話さないことが、彼がここで働く条件だ。

 だからスタニスラフは、店の喧騒をただの伴奏として聞くことができる。それがどれだけ心地いいか。知り得た秘密を聞き出そうと迫る兄姉(きょうだい)たちや今までの人々にはわかるまい。

「そういえば、今度ウッディントローンでメタルポインターの討伐があるんですって」

 ふと、思い出してスタニスラフは言った。

「姉が調理法を知りたがっていたから教えました」

「そうか」

 アルベルトは頷いた。

「受け入れられるといいな」

「ええ」

 酒場の奥では、一人になった姉が冒険者に絡みに行くのが聞こえた。暇を嫌う彼女らしいと思いつつ、止められないので放っておく。

 とりあえず、はやく帰ってくれと思った。エルフの時間感覚的に、それが叶わないことはわかっていたが。


 姉が国に帰ったのは、一ヵ月後のことだった。

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